第5話 ゲートイン
「じゃあ、タガミさん、行ってきます」
「行ってきます」
「ありがとうございました」
「また会いましょう」
ゲート前に集合した面々が口々に声を掛けながら、淡く光る円形の台座に上がり、光柱に包まれて消えていった。
全員が、支給された鉄帽、迷彩戦闘服、戦闘靴という恰好で、戦闘背嚢を背負い、自動小銃を肩からさげ、腰には自動拳銃と銃剣を吊っている。
「無理はするなよ!」
タガミが一人一人に声を掛けて見送っていた。
「お世話になりました」
頭を青々と剃りあげた少女が、深々とお辞儀をしてからゲートへ入っていった。
(同い年くらい?)
後ろ姿しか見えなかったが、声の感じからして年が近かった気がする。ほっそりと華奢な体型で、頭部の治療を受けたのか頭髪を全て剃っていた。
(さあ……行くか)
残っているのは、レン一人だ。
「みんな元気なもんじゃないか。あれが、昨日車椅子やストレッチャーで運び込まれた連中だったって信じられるか?」
タガミが呆れたように言った。
現代の医療技術では治せない傷病を抱えていた全員が、ステーション内の治療院で病気や怪我を完治させていた。
もちろん、まだ体力は戻りきっていないのだろうが、みんな見違えるように元気になったのは事実だ。
「ゲームみたいな不思議な世界ということで……もう、驚かないことにします」
小銃の具合を確かめながら、レンは答えた。
支給されたのは、64式小銃という、かなり前に自衛隊で使われていた自動小銃だった。
銃弾は、7.62×51mm。学校の訓練で使用した銃より反動が大きそうだ。
セレクターを引っ張り出して回し、"タ"の位置に合わせる。
("タ"が単発で、"レ"が連射なんだよな?)
「骨董品だが、そいつは悪くないぜ……常装薬だから威力もそれなりだ。君のは狙撃仕様だな」
タガミが、レンの64式小銃を見ながら言った。
「狙撃? スコープは付いていますけど……」
「狙撃銃としちゃ微妙なんだが、それっぽく使える」
「そうなんですね」
「スコープを使うなら、そこの隙間に何か挟んでおいた方が良いぞ」
タガミがスコープを取り付けてある台座を指さした。
「ここですか?」
「すぐズレるんだ。まあ、そのスコープも、ちょいちょい調整しないと明後日の方向を向くから……まあ、そんなもんだと思って付き合ってやってくれ。それと、分解整備はやめた方が良いな。ちっとばかり面倒だ」
「そうなんですね」
「性能そのものは悪くないんだが……稼いだら、もうちょっと新しいのに変えた方がいい。君の体格には、ちょっとばかし大き過ぎるだろう」
「分かりました」
レンは素直に頷いた。
大きくて重い。レンにとっては使い勝手が悪そうな小銃だった。そうでなくても、弾倉ポーチを着けた防弾チョッキが重い。加えて、戦闘背嚢を背負っているから、装備だけで30㎏を超えているだろう。戦技教練で多少は体を作っていたが、まだまだ体力不足だった。
「それじゃあ、僕も行きます」
「資料で読んだと思うが、ゲートはランダムジャンプというやつだ。どこへ出るか分からんから気をつけて行け」
タガミに見送られつつ、レンは戦闘背嚢を背負って光る円台へ上がった。
この円形のゲートは、複数人が同時に入っても別々の場所へ散らされるらしい。3~5箇所の到着ポイントがあって、どの到着ポイントに飛ばされるかは不明だと、研究チームの中間報告書にまとめてあった。
レンの視界が真っ白に染まり、軽い衝撃と共に足下の感触が変わった。
渡界は一瞬だった。
(森……)
到着したのは、巨大な木々が乱立する森だった。
(まず、安全確認……)
レンは、64式小銃を手に周囲を素早く確認した。
「オープン・ボード」
調査資料に書いてあったようにコマンドを小声で口にしてみる。
慣れると無言で行えるらしいが……。
レンの眼の前に、長方形の画面のようなものが出現した。
よくゲームなどにある、ボードという基本情報画面だった。
(資料の通り、何かのゲームを模倣して作った世界かもな)
並んでいるメニューを見て、レンは【検索】に指を触れた。
すると、もう一枚、別の画面が現れた。
(ネームリストは空欄)
自分を中心とした半径300メートルの半球内に人間がいれば、名前が表示されるはずだった。
「クローズ・ボード」
コマンドを声に出してボードを閉じた。
これを何度か繰り返せば、声を出さなくてもイメージだけでコマンド操作できるようになると資料に書かれていた。
(さて……)
ポータルポイントという、ステーションへ帰るための転移装置を見付けることが最優先の目標だ。
そして、見付けたポータルポイントの近くでモンスターを狩る。
危険になったら、ステーションへ逃げ込む……。
(……つもりだったんだけど)
実際に来てみると、右も左も分からない。
どちらを向いても、果てしなく巨大な樹が乱立しているだけだった。当たり前だが、どこに、ポータルゲートがあるのか全く見当がつかない。
方位磁石を見ると、針が落ち着かずにゆっくりと回転したままだ。地球の方位磁石は、ゾーンダルクでは役に立たないらしい。
(仕方がない)
とりあえず、何か変化を見付けるまで同一方向に歩いてみるしかなさそうだ。
ここで動かずに待っていても助けは来ない。来るとしたら、レンを食べに来るモンスターくらいだろう。
レンは、64式小銃に銃剣を取り付けた。
(えっと、1発装填してあって弾倉に19発で、予備弾倉が6つあるから……小銃弾は、140発?)
拳銃は、9発。予備弾倉が2つだけ。
他に持っている武器は、破片手榴弾3個、攻撃手榴弾3個、小銃に取り付けた銃剣、背嚢の携帯シャベル、小さな折り畳みナイフくらいだ。
(無駄撃ちしたら、詰むな)
それ以前に、64式小銃が動作不良を起こしたらお終いだ。
(それにしても、これ……どこへ行けば良いんだ?)
どちらを向いても、同じような巨樹が果てしなく続いているように見える。
仮に地図を持っていても、現在地が分からないとどうしようもないのだが……。
(他の人は、どうしてるのかな?)
先にゾーンダルクへ渡った人達はどこにいるのか?
同じ森の中にいるのだろうか? それとも、全く別の土地にいるのだろうか?
合流するべきなのか? あえて単独行動を選ぶべきか?
(もしかして、ステーションに地図とか売ってた?)
あれこれ考えながら小一時間ほど歩いた頃、ようやく変化が現れた。
前方の樹々が
巨樹の向こうに、岩山らしき物が見える。
初めての変化だった。
(後ろ……何もいないよな?)
レンは、巨樹に身を寄せて背後を振り返った。それから、頭上を振り仰いだ。
一番低い枝まで優に50メートル近くある。とんでもなく大きな樹だった。こんな樹が当たり前のように乱立している森の中だ。
(森って、こんなに静かなんだっけ?)
もっと鳥とか虫とか、小動物の気配なんかがあるイメージだったのだが……。
(日本じゃないから、森の生き物も違うのかな?)
ボードを表示させて、一緒に渡界した人がいないかどうか検索し、またボードを閉じる。
例の"創造神"が用意したシステム画面らしいが、未完成なのか、条件を満たしていないのか、今のところ【検索】しか使用できなかった。
(ボードのメニューには、【ワールドマップ】とかあるのにな)
グレーアウトして使用できないメニューばかりだった。
(あっちの明るい所が安全とは限らないか)
巨樹に身を寄せたまま、レンは大きく深呼吸をした。
自分でも不思議なくらい気持ちが落ち着いている。あまり良い状況ではないのだが、焦りはなく、冷静さを保てていた。
(……ん?)
軽い微震を感じて、レンは緊張した。
状況は全く違うが、足元から揺さぶられる感覚は、演習場の訓練棟が倒壊した時を思い出させる。肌が粟立つような恐怖を覚えた。
(何だ?)
微震が伝播した巨樹から身を離すと、レンは地面に片膝をついて64式小銃を構えた。
何となくだが、前方の樹々が疎らになった方向から揺れが伝わって来た気がした。
(位置がズレた?)
レンの記憶より、岩山が少し離れたようだ。
(気のせい?)
そう思いながら岩山近くの巨樹や地面を注視していると、再び振動が伝わって来た。
(……動いた!?)
岩山が移動した。
(あんなのが、生き物?)
レンはスコープを覗いたまま、ゆっくりと動いている岩山を観察した。4倍ちょっとの照準器だが十分だった。
(大きすぎて、全体が分からない)
レンの位置からでは、巨大な岩の塊にしか見えない。
ただ、ゆっくりとだが移動していることだけは確かだった。あの岩山は、周囲の地面を揺らすほどの重量をした生き物だ。
(……こっちには進めないか)
もしかしたら、
(でも、どうしよう?)
レンは、ここまで歩いて来た方向を振り返った。
今から元の場所に戻ったところで状況は良くならない。ここからスタート地点に戻ったら、往復二時間をロスしただけになる。
(他は、どっちを向いても同じような感じだけど……)
前方の開けた明るい場所を見ると、このまま立ち去るのは惜しい気がしてしまう。
せめて、どんな場所なのか近寄って確認してみたい。
(……あれが離れるまで待とうか)
あの動く岩山は、やっと見付けた"変化"だった。
(このまま待とう)
レンは、岩山が移動するまで木陰に潜み続けることにした。
(樹に登れないかな?)
少し高い位置からでないと、岩山の全体が把握できない。
そう思って、銃剣を巨樹の幹へ突き刺そうとしてみたが……。
(……えっ)
銃剣の切っ先が、樹皮に当たって弾かれてしまった。
(嘘だろ?)
もう一度試してみるが、刺さるどころか削れもしない。
(いや……これ、どうなってるんだ? 樹の方が鋼より硬いの?)
呆れながらも、"不思議な世界"だから……と自分に言い聞かせ、レンは巨樹に登ることを諦めた。
もう、変に動かずに、じっとしている方が良さそうだ。
そう思った時、いきなり辺りが暗くなった。
(うっ!?)
ぎょっと身を
巨樹の枝葉で何も見えなかったが、巨樹の
(どこ?)
レンは、上方に向けて64式小銃を構えた。
撃つためではなく、見るために照準器を覗く。
(枝が邪魔で……)
何も見えないとぼやきかけた時、突風で枝葉が揺れ動いて隙間から空が見えた。
そこに、翼があった。
レンの眼は、燃えるように紅い色をした大きな翼の一部を捉えていた。
直後のことだった。
ドシィッ!
重い衝突音が響いて、何かが破砕する音が聞こえた。
慌てて向けた視線の先で、先ほどまで
(……は?)
ギィィィ!
シャアァァァ!
何かの生き物の鳴き声が交錯した。
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レンは、ゾーンダルクへ降り立った!
レンは、大きなモンスターに遭遇した!
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