第124話 朝食会


(今日は、何だったっけ?)

 

 眠気の残る頭で、ぼんやりと行動予定を思い浮かべる。

 就寝前の出来事を思い出している内に思考が徐々に目覚め、やろうと思っていた事柄がはっきりとした輪郭を持って現れる。

 1つ、2つでは無い。

 両手では数え切れないほどの"やらないといけない事項"が次々に浮かび、付随して"やっておくべき事項"が湧いて出る。

 

(……う~ん、取りあえず、イーズ問題からか)

 

 レンは、潔く寝台を降りると、着ていた寝間着や下着を【アイテムボックス】に収納して熱いシャワーを浴びた。

 ボードメニューを押せば体を清潔に保つことはできるのだが、こうしてお湯を頭から浴びると目が覚める気がする。

 

(6時……)

 

 そろそろユキが来る時間だった。

 あちらは、レンより早起きだ。第九号島の橋梁から内港周りをジョギングしてからシャワーを浴びて、ぴたりと6時にやって来る。

 

(ちゃんと食べてるんだけどな……)

 

 大きく伸びをして、体の張りを解しつつ、レンはボードメニューを開いてメールボックスを確かめた。

 

(67通……)

 

 未読メールが増えている。

 着順に読み始めようとした時、

 

 

 キンコーン……

 

 

 部屋に備え付けのドアフォンが鳴った。制作者はケインである。

 

「おはよう」

 

 応答のボタンを押すと、

 

『おはようございます』

 

 壁に埋設されたスピーカーから、いつもと変わらないユキの声が聞こえる。

 

「すぐ行くよ」

 

 レンは、魔導式の照明を消しながら部屋を出て、隣にある応接室に向かった。

 

 島主の部屋だからという理由で、通常の居住スペースの他に、飲料サーバーが設置された応接室が増設されている。

 応接室で、ユキが運んできた朝食を食べつつ、その日の行動を確認することが毎朝のルーティンになっていた。

 

(今日は……イーズか)

 

 "カイナルガ"から帰還して、7日が過ぎた。

 今日は、タルミン・タレ・ナルガに呼ばれたイーズの会頭が、第九号島を訪れる予定になっている。


 イーズの商人には、"現地人の浮遊島間を周航する定期船の運営" "ステーションから渡界者が降り立つ始まりの島と島を周航する連絡船の運営" を取り急ぎ提供してもらうことになり、ナンシーから許可をもらった。

 "無法な"渡界者に備えて、"使徒ちゃん"が警邏を行うらしい。

 

(タルミンさんは大丈夫だと言ってたけど……)

 

 イーズ人が素直に従うかどうかは分からない。

 

「……おはよう」

 

 応接室に入るなり、レンは軽く目を見開いた。

 

「おはよ!」

 

「おはようございます」

 

 アイミッタとミルゼッタが朝食を並べたローテーブルを囲んで待っていた。

 

「早起きだね」

 

 レンは、アイミッタに声を掛けた。

 アイミッタがはにかんだように笑いつつ傍らの母親にしがみつく。

 

「どうしても、一緒に食べたいって……邪魔だったかい?」

 

 ミルゼッタが、アイミッタを膝に抱え上げながら言った。

 

「いいえ……朝から凄い」

 

 レンは、ローテーブルに並べられたサラダの山と、焼かれたベーコンや茹でたソーセージ、目玉焼きを見回した。

 

「スープとパンです」

 

 ユキが籠と鍋を載せたワゴンを押して入って来た。

 

「すごい量だね」

 

「余ったら、アイミッタのおやつになります」

 

 ユキが微笑する。

 

「今日は、改修したアイミル号の試験運転なのよ」

 

 ミルゼッタがパンを皿に取り分けながら言う。

 新しい魔導式の動力炉を試しつつ、マイマイが考案した仕掛けを使って巨魚釣りを行う予定になっているらしい。

 

(釣り? 大丈夫かな?)

 

 不安が過るが……。

 

「私も一緒です」

 

「そうなんだ」

 

 ユキの言葉に、レンは安堵した。

 

「あれ……でも、人形の耐久試験は?」

 

 "死告騎士"をベースに試作した衛士人形の性能試験は、ユキとキララが担当していた。

 

「昨日の試験で終了です。今日から量産するそうです」

 

「へぇ……」

 

 技術的なことはまったく分からないが、あれだけ複雑な造りをした物が、昨日の今日で量産することができるのだろうか?

 

「第九号島内でしか稼働できないシステムになるそうです」

 

「……ふうん?」

 

「元々の衛兵の乗り物にするらしいよ」 

 

 ミルゼッタが補足した。

 

「なるほど……」

 

 幽体のような連中が中に入って動かす仕組みらしい。

 

「地下街の売り子さん達には別の人形を用意すると言ってたね?」

 

 ミルゼッタがユキを見た。

 

「はい。見栄えを良くするそうです」

 

 今のままでは、文字通りの"ゴースト"タウンである。

 

「人形の街になるのか」

 

 レンはアイミッタの視線に気付いて、胸の前で手を合わせた。

 

「いただきます」

 

 それを合図に、ミルゼッタとアイミッタが、右手の拳を自分の額に当てて俯く。

 ミルゼッタの住み暮らしていた島の風習らしいが、由来や理由はよく分からないそうだ。

 

「ファゼルナの本島の位置が分かったそうですね」

 

 ユキが訊いてきた。

 

「うん。まあ、本島と言っても、あの綿みたいな思念体を消滅させたから、まとまった動きができないみたい。あれが支配していたんなら……あっ、これ美味しい」

 

 レンは真っ白なスープを口に入れて軽く目を見開いた。

 とろりとして甘味のあるスープだった。

 

「新タマネギと牛乳で作ったスープです」

 

「へぇ……なんか甘くて美味しい」

 

 新タマネギというのは、新しいタマネギということだろうか?

 どんなものか想像しつつ、レンはボードに溜まった未読メールを開いた。

 

「ほとんど、ケインさんからの作業進捗メールだ」

 

「私にも同じメールが来ていました」

 

 ユキがパンをちぎりながら言った。

 

「あ……アイミッタから手紙が来てた」

 

 レンは、ミルゼッタの膝に座っている未読メールの差出人を見た。

 

「ほらね?」

 

 ミルゼッタが笑いながらアイミッタの顔を覗き込む。

 パンを頬張っていたアイミッタが、ごそごそと膝上で動いてレンに背を向けた。

 

「返事が来ないって、ぐずってたのよ」

 

「返事? 急ぎだった?」

 

 レンは急いでアイミッタのメールを開いた。

 

 内容は、朝食を一緒に食べようというものだった。

 

「……ごめん、遅くなったね」

 

 レンは、ピクシーを喚んで返信メールを書いて送った。

 

 

 リリリン……

 

 

 涼やかな鈴の音が鳴り、アイミッタの前にピンク色の髪をした小妖精が浮かび上がる。

 

『お手紙ですぅ~』

 

 語尾を伸ばした声と共に、ピンク色の長い髪をした"ピクシー"が現れた。 

 

(他には……)

 

 レンは、未読メールの件名と差出人を手早く確認した。

 

「……あ」

 

 ユキからも一通届いていた。

 

「なんか……ごめん」

 

 レンは、対面に座っているユキを見た。

 

「アイミッタちゃんとミルゼッタさんを朝食に誘いました……と書いてあります」

 

 ユキがアイミッタを見ながら目元を和ませる。

 何を思ったのか、ピンク色の髪をしたレンのピクシーに、小さくちぎったパンを与えようとしていた。

 

「……デシルーダの拠点も分かったから、あそこの思念体も仕留めようと思う」

 

 レンは、厚切りのベーコンで野菜をくるんで頬張った。

 

「ファゼルナとデシルーダの他に、大きな国は無いのですか?」

 

 ユキがミルゼッタに訊いた。

 

「私が知る限りは……昨日、タルミンさんに訊いたら、もう1つあるみたい。ただ、他の国に攻め込むようなことはしないって言ってたわ」

 

「国の名前は?」

 

「イーズよ」

 

「……ああ」

 

 レンは小さく頷いてスープを口に含んだ。

 

「ナンシーさんの話だと、覇権って言うのかな? 国の規模を大きくして、他の浮遊島を占領しようという動きは少ないみたい。島で生きることに精一杯で、他所の島に構っていられないのよね」

 

 ミルゼッタが苦笑する。

 そもそも、国土である"島"が空中を漂っているのだ。別の島が視界に現れるのは極めて稀で、古船で往来して細々と取り引きをする程度だった。

 付き合いの上で、多少の上下関係が生まれることはあっても、"支配"と言えるほどの状況にはならない。

 

「ファゼルナが攻めてくるまで、どうやって魚を獲るか……どうやって古船を延命させるか……そんな悩みしかなかったんだけどね」

 

「ミルゼッタさんが住んでいた島も探せますよ?」

 

 レンはミルゼッタの顔を見た。

 

「もう、あの島には何にも無いんだ」

 

「そうなんですか」

 

「そうだね……いつか、他の島の連中と取り引きなんかする時は役に立てると思う。言っちゃあなんだけど、タルミンさんもマキシスも……あまり常識を知らないからね」

 

 ミルゼッタが苦笑してみせる。

 

「そうなんですか?」

 

「あの2人は、あたし達のような普通の暮らしをしたことが無いよ」

 

「マキシスさんも?」

 

「エインテ人なんて、幻の民なんだよ? 生きたエインテ人に会うことが奇跡みたいなもんさ」

 

「ふうん……」

 

 その辺りの感覚はよく分からないが……。

 

「タルミンさんのような……」

 

「イーズなんて島主じゃなけりゃ口もきけないくらいだ。取り引きに失敗したら、土や真水が手に入らないんだからね。あたしが住んでいた島じゃ、息苦しいくらいにピリピリして対応したものさ」

 

「土と水か」

 

 どちらも、第九号島には潤沢にあるが、他の島には少ないらしい。

 

「支配って話なら、この島の……島主様が支配者なんじゃない? 誰も逆らえないわよ?」

 

「……えっ?」

 

「だって、水も土も食べ物も……船だって新造できるんだよ? ファゼルナのハチを蹴散らすし、もうデシルーダなんて相手にならないでしょ?」

 

「まあ、普通にやれば……負けないと思います」

 

 レンは頷いた。

 "思念体"が後ろで糸を引いているだろう国だ。準備が整い次第、仕掛けるつもりだった。

 

(あれ? そういえば……)

 

 岩塊で強襲した際にファゼルナの島に放置したイーズ人はどうなっただろうか?

 

 あの時は、面倒事を纏めて放り出すつもりだった。

 元々は、イーズの商人の側から持ちかけてきた話である。ファゼルナの島内の動力炉を稼働不全にするから同行させて欲しいと。

 正直なところ何も期待していなかったが、それで信用できない連中を放り出す事ができるのなら……と、岩塊に詰め込んで運んだのだ。

 

(回収……した方が良いのかな?)

 

 タルミンが、こちら側についた以上、イーズ人が第九号島に敵対してくる可能性は低い。今後のイーズとの付き合うためにも、放置したままというのはマズいような気がする。問題無いような気もするが……。

 

(でも、生きてるかな?)

 

 レンが首を傾げた時、

 

 

 リリリン……

 

 

 涼やかな音が鳴った。

  

『お返事ですぅ~』

 

 間延びした声と共に、アイミッタの返信を持って"ピクシー"が帰ってきた。

 

 

 

 

======

 

レンはゆっくりと朝食を楽しんだ!

 

その気になれば、世界を支配できるらしい!

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