第125話 挨拶
「これ全部、イーズの船?」
レンは居留地の外港周辺に整然と並んだ浮動船を見回した。
明け方、防空隊からイーズの商船団から入港要請があったと連絡を受け、タルミンに確認をした上で入港を許可した。
「……係留できないな」
防空隊の報告では、881艦。いずれも、レン達のアイミル号より一回り以上大きい船ばかりだった。どれも、どことなくカタツムリを想わせる形状で、ヘラのような形をした船首側と、ずんぐりと膨らんだ流線型の船尾側。色は緑色をベースにした船が多い。
(攻め込まれたら、また被害が出るな)
タルミンの呼びかけで集まった船だと聞いているが、イーズ人全員がタルミンに従っているわけではないだろう。
(まあ、被害が出るとしても……)
居留地の外港は、第九号島の外縁やや下方に位置し、万が一、居留地で騒動が起きても港湾部ごと切り離せるような構造になっている。
戦闘が起きたからといって狼狽えるような人間は第九号島にはいない。
(大丈夫かな)
レンは補助脳が観測した情報に目を通し、全ての艦船の外形を記録した。
(イーズ人全員の容姿を覚えておきたい)
『記録します』
補助脳のメッセージが視界に浮かぶ。
その時、港湾区にある事務所棟から"死告騎士"によく似た人形が姿を現し、レンの方へ向かってきた。
『九号島の試作ガーディアンです』
(……みたいだね)
何度も戦った"死告騎士"よりは華奢で背丈が低い。外殻というよりも厚い皮革で覆われた体躯で、頭部には薄らと凹凸のある球形の頭が付いていた。
「島主様、お待ちしておりました」
びっくりするくらい綺麗な肉声を発し、人形が静かに低頭した。
「……みんな集まってる?」
レンは人形の全身を無遠慮に見回しながら訊ねた。
「はい。皆様、会場にいらっしゃいます」
「案内、よろしく」
「畏まりました」
再び、人形がお辞儀をする。
(これ、中に幽霊が入ってるんだっけ?)
受け答えが、やけに日本的だった。
(声は女の人……ちょっと年上くらい?)
『25歳を想定しているようです』
(ふうん……)
その"25歳"が、床から10センチほど浮かんで移動し、港湾区の奥に建てられた大きな倉庫群の1つへ向かっていた。
"白銀"になった時、第九号島全体が拡大しており、想像していより居留地も広くなっている。区画分けされた敷地は、港側に箱形の建物が並んでいるだけで、まだまだ余地があった。
(ん?)
人形について歩いていると、行く手に見える大きな建物から小さな人影が顔を覗かせた。
(アイミッタか……ユキも)
扉を開けて、アイミッタとユキが外に出てきた。
恐らく、アイミッタがレンの到着を"視た"のだろう。
リリリン……
不意に、涼やかな音が鳴り、ピンク色の髪をした"ピクシー"が現れた。
『防空隊からお手紙ですぅ~』
「防空隊? 敵襲かな」
小さな手で差し出された封書を受け取る。
『お返事、書きますかぁ~?』
「すぐ書くから」
"ピクシー"に待つように言って、レンは封書を開封した。
(警戒空域に船影……か)
第九号島の領空外だが、レンが警戒空域として拡張したエリア内に、小型艇が一時的に侵入し、先ほど空域外へ出て行ったらしい。
(ちゃんと緊急発進してくれたかな?)
後で、様子を詳しく聞いた方が良さそうだ。
前回、ファゼルナの岩塊に強襲された際の反省で、今は防空マニュアルを作って細やかに命令を出してある。マニュアル通りに実行してくれていれば、飛行戦用の"死告騎士"が5体、相手の所属や目的を問うために緊急発進をしたはずだ。
守備隊は砲撃準備をしてくれただろうか?
陸戦要員は配置についただろうか?
船渠の特務隊の動きは?
(ピクシー経由だと、どうしても警報が遅れるなぁ)
返事を書きつつ、レンは小さく溜息を吐いた。
「とうしゅ?」
いつの間にか、アイミッタが近くまで来ていた。
レンの"ピクシー"を見て走ってきたらしい。
「お預かりしましたぁ~」
レンの返書を握って、"ピクシー"が消えていった。
「イーズとは別の船が近づいていたらしい」
アイミッタを追って来たユキに聞こえるように言って、レンはアイミッタを抱え上げた。
「ふね……」
アイミッタがゆっくりと周囲を見回し、一点を見つめて動かなくなる。
「ここ……めある」
アイミッタが自分の額を指差した。
「めある……め? 目か」
言わんとすることを理解して、レンは首を巡らせた。
無論、レンの目には遙か上方にある岩肌しか見えないが……。
(おでこに目か……まあ、そういう人間も居るんだろうな)
遠ざかって行くなら放置で良い。用があるなら、また来るだろう。
「どうしますか?」
訊ねながら、ユキが建物を振り返った。
「すまないね」
扉が開いて、ミルゼッタが出てきた。
「島主が到着しないと始まらないらしいよ」
笑いつつ、ミルゼッタがアイミッタを受け取る。
「イーズだらけ?」
「まあ……そうだね。いっぱい来てるよ」
「ここまでで良いよ。どうもありがとう」
レンは案内をしてくれた人形に礼を言った。
「また、いつでもお申し付け下さい」
人形がお辞儀をして去ってゆく。
(そういえば……警護人形を用意すると言ってたけど、間に合ったのかな?)
音を立てずに浮いて移動する人形を見送り、建物に入ろうとしたところで、
ピッ……ピピッ……
レンの視界に、補助脳が建物内部のナノマテリアル反応が表示された。
(……500人?)
イーズ人だけで、500。
少し離れた位置にある5つの熱源は、ケイン達だろう。
(警護人形は……あれか)
広々とした屋内に入るなり、レンは講演台を背にして整列をしている"警護人形"に目をとめた。
先ほど案内をしてくれた人形同様に細身だが、全体が黒塗りで首と手首、足首に真っ白な輪が付いている。
どの人形も方形の楯と銃剣の付いた魔導銃で武装しているが、他にも内蔵の武器がありそうだ。
レン達に気が付いたらしく、5体の警護人形が戸口へ移動してきた。
「警護主任です」
お辞儀をした人形には、腕が4本ついていた。
「……よろしく」
レンも頭を下げた。
「こちらへ」
くるりと向きを変え、"警備主任"が移動を始めた。
その後ろを、レン、ミルゼッタとアイミッタ、ユキの順で付いて歩く。
(なんか、変な事になった)
3歳児の外見をしたイーズ人に埋め尽くされた会場を眺めながら、レンは講演台の後ろに並べてある座席へ向かった。
「おお、遅かったな」
マキシスと話し込んでいたケインが、レンに気が付いて手をあげた。
「イーズとは違う船が近づいて来たようです」
レンは警戒空域に侵入した船がいたことを伝えた。
「アイミッタによると、ここに目がある人間が乗っていたそうです」
額の中央を指で押さえてみせる。
「あら、変わってるわね」
キララが率直な感想を漏らした。
「イグネ人であるな」
タルミンが断定する。
「南西諸島群を中心に生活している種族である」
「物見かな? イーズの大船団が移動したから追いかけて来たんじゃない?」
着席したミルゼッタがアイミッタを膝に抱えながら言う。
「ふむ。その者共に説明させるのである」
タルミンが、居並ぶイーズ人達を指差した。
イーズ人達は500人も座っているというのに、物音1つさせずに息を殺して座っている。
「まあ……なんだ。とりあえず、何か挨拶頼むぜ」
ケインがレンの肩を叩いた。
「分かりました」
小さく頷いて、レンは講演台に向かうと500人のイーズ人の顔を見回した。
(記憶できる?)
『問題ありません』
補助脳のメッセージが視界に浮かぶ。
「ここの島主です」
レンは、一人一人の顔をじっくりと見ながら話し始めた。
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第九号島の住人は、機械仕掛けの体を手に入れた!
レンが、イーズ人の顔を覚えようとしている!
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