第123話 続・世界救済会議

 

「そういった訳で、いくつかの国に声を掛けなきゃならねぇ。まあ、面倒な交渉事やら意味のねぇ駆け引きやら……そういうのが待ってるな」

 

 顔をしかめたケインが乱暴に頭を掻きむしった。

 

「いいじゃ~ん、前みたいなのやってよぉ~」

 

 マイマイが欠伸をしながら笑う。

 

「動画製作は任せて。台詞セリフを考えておくわ」

 

 冷水を飲みつつ、キララが大きな息を吐いた。

 いったいどれだけ飲んだのか……。

 キララとマイマイは、気怠けだるい空気を醸し出している。

 

「……地球にステーションを建造するんですか?」

 

 レンは、空中に投影された計画書を見上げた。

 

「ステーションとは違うわ。大きく機能が劣る……ちょっとしたセーフエリアね」

 

 氷を入れた水を口に含みつつ、キララがポインターを図面に照射した。

 

「これだけ派手に溢れかえったモンスターを私達が討伐して回るのは手間だし、そんなの無理だからね。自分の国は自分で何とかしてもらいましょう……という事なんだけど、やれと言っても不可能なのよ」

 

「……まあ、そうですね」

 

 起きてしまった大氾濫を抑え込むためには、大量の兵器とそれを扱える人員が必要となる。

 ケイン達の話を聞く限り、今のままでは地球側の先細りは明らかだろう。

 

大氾濫スタンピードのモンスターは決められたエリアを出ない。エリア外で発生したモンスターは他エリアに侵入できない。他にも、空や海には、モンスターの発生ポップ地点があって、討伐しても一定時間で再出現する。前回の改変で、無秩序だった大氾濫スタンピードに、エリアの概念を入れたり……一定のルールを設けてもらったわ」

 

 キララが、ナンシーの方を見た。

 

「地球の生命体に対して、十分な配慮をしたと思うのだけれど?」

 

 白衣姿のナンシーが腕組みをしたまま言う。

 

「はい。ただ、もうちょっとだけ足りないみたいなんですよ」

 

 キララが申し訳なさそうに言う。

 

「ステーションにあるクリニックのような治療設備を地球側に設置しろということかしら?」

 

「結構な数が必要になるとは思います。お願いできませんか?」

 

「簡易的な治療施設であれば難しくないわ。そちらの古代人さんも協力して下さるそうだから……」

 

 ナンシーが横目でタルミンを見た。

 

「ビシュランティア殿には大きな借りがある。協力を惜しむつもりはないのである」

 

 タルミン・タレ・ナルガが神妙な顔で首肯した。

 

「各地に……シェルターを造るということですか?」

 

 レンはキララに訊ねた。

 

「ちょっとした居住設備を備えた防衛陣地ね。引きこもるためじゃなく、モンスターを駆除するために集まった人達のセーフティゾーンになるような施設を造りたいの」

 

「渡界者のために?」

 

「ううん、モンスターを退治しようとする人のための施設よ。渡界者に限定しないわ」

 

「そうは言っても、見返りがなけりゃ人は動かねぇからな。5年、10年と維持してゆくためには、危険を冒すだけの報酬が必要だ」

 

 ケインが、キララからポインターを受け取った。

 

「こっち側……ゾーンダルクじゃ、モンスターを斃すとポイントや素材が手に入る。まあ、何の役に立つのか分からねぇ品が多いんだが……地球側は、ポイントの他に、容器に入った飲料や食料などをドロップする。それに加えて……」

 

 ケインが表示した。

 

「他にも、ポイントと交換で、衣料品から家電、家具や車なんかも手に入るようにする」

 

 表示されたのは、カタログギフトのような冊子だった。頁いっぱいに、酒類がずらりと並んでいて、画像の下に交換に必要なポイント数が記載されている。

 

「分かりやすいだろ?」

 

「ええ……まあ」

 

 レンは、真っ赤な顔で突っ伏しているマイマイを見た。

 

「こういうの良いんですか?」

 

 レンは、ナンシーに訊ねた。

 

「制限されているのは、ゾーンダルクについてよ」

 

 ナンシーが苦笑しつつ答える。

 

「もちろん、これだけじゃあ、危険と釣り合わねぇからな。かなり廉価版になるが、先行型の特異装甲を支給するぜ」

 

 ケインが操作し、レーシングスーツの胸や肩などにプロテクターを付けたような防護服が表示された。頭部のヘルメットもフルフェイスで、肌が出ないようになっている。

 

「これは試作版だ。そもそも、本来の目的だったパワードスーツとしての機能が無い上に、防御力も低い。ここからどうやって肉付けをするか考えていたんだが、タルミンさんのおかげで、まともな品になりそうだぜ」

 

 ケインが笑みを浮かべた。

 

「我が騎士達を素体として、少しばかり手を加えれば良いのである」

 

 タルミンが頷いた。

 

「……武器はどうですか?」

 

 今後、大型のミサイルや爆弾などの製造が難しくなった時、モンスターに対抗する武器が機関銃だけでは厳しい。

 

大氾濫スタンピードが起きている地域には魔素があるからな。こっちの魔力を使った武器が使用可能なはずなんだが……地球の人間には扱えねぇ。そこを何とかお願いできねぇかな?」

 

 ケイン視線の先にナンシーがいる。

 

「そうね……そちらの古代人は、ことわりから少しはみ出した存在なの。少しだけなら目をつぶりましょう」

 

「ふむ。どこまで許容されるのか判断が難しいのである」

 

 タルミンが首を傾げた。

 

「その辺は、ナンシーさんに相談しながら進めれば良いんじゃねぇかな?」

 

「そうであるな」

 

 頷いたタルミンが、視線を上方へ向けた。

 

 そこに、"マーニャ"が浮かんでいる。

 

「我よりも古き存在がいるようだが……」

 

「地球では、女に年齢を訊いたら死罪になるのよ? 覚えておく事ね!」

 

 "マーニャ"が両腰に手を当ててタルミンを睨み付ける。

 

「……失礼した。気をつけよう」

 

 タルミンが視線を逸らした。

 

 その時、

 

「どうしたの、レン君?」

 

 キララがレンに声を掛けた。先ほどから、黙り込んでいることに気が付いたらしい。

 

「やってみたいことがあります」

 

 そう言って、レンは立体表示されている"ゾーンダルク"と"地球"を見上げた。

 

「あらぁ~ なにかしら~?」

 

 潰れていたはずのマイマイが起き上がった。

 

「良いわね。どんなことがしたいの?」

 

 キララが目を輝かせる。

 

「いつも、私達がやりたいことに付き合わせているから、何でも言ってちょうだい。レン君がどうしたいのか、聞いてみたかったの」

 

「え? そんなに、凄いことじゃ無いんですよ?」

 

 3人から見つめられて、レンは口ごもった。


 地球の未来をどうしようかとか、地球とゾーンダルクの関係をどうしようとか、そういう大きなことを考えていたわけではなかった。

 ただ、どうにかして"鏡"の脅威を軽減できないか、すでに溢れているモンスターをどうにか処理できないか……そのための方法を思案していたのだ。

 

「マイチャイルド! ドーンと発表しちゃいなさい! みんなの度肝を抜くのよ!」

 

 なぜか"マーニャ"の鼻息が荒い。

 

「ええと……じゃあ……まずは、ゾーンダルク側について」

 

 レンは、タルミンを見た。

 

「イーズ人は、タルミンさんの言うことを聞きますか?」

 

「傍流の子等か。無論、我の言には従うであろうな」

 

「イーズの船で、ゾーンダルク各地に新しくできた島々を巡るようにして下さい。定期的な周航……売り買いする物があっても無くても続けるように」

 

「ふむ。容易いことである」

 

 タルミンが鷹揚おうように頷いた。

 

「浮遊島の……ゾーンダルクの人々と、地球から渡ってきた人々がいさかいを起こした時は、イーズ人に仲裁させて下さい。もちろん、ゾーンダルクのルールに従って、公平中立にです」

 

「ふむ。警邏の類いかな? 問題ないのである」

 

「ファゼルナとデシルーダの情報、ゾーンダルクの中にいる思念体の所在……イーズ人が知っている情報全てを教えて下さい」

 

「分かったのである」

 

「情報については、タルミンさんが第九号島に居る間はずうっとです」

 

「ふむ。情報収集網の構築であるな。承ったのである」

 

「次は、地球側のことです。"カイナルガ"で戦った"バーブ"と"死告騎士"は地球側でも動きますか?」

 

「そのままでは難しいが、手を加えれば可能であるな」

 

 タルミンが頷いた。

 それを見て、レンはケイン達に目を向けた。

 

「前に富士山に打ち込んだロケットは造れますか?」

 

「もっちろんよぉ~」

 

 マイマイがはしゃいだ声をあげる。

 

「資材はあるし、不思議インゴットも大量にある。いくらでも量産できるわよ?」

 

「まあ、ゾーンダルク側じゃあ、組み立てられねぇし……燃料類の仕上げもできねぇから、日本に製造拠点が必要になるがな」

 

 キララとケインが身を乗り出すようにして言った。

 

「ロケットに"バーブ"を載せて、大氾濫スタンピードが起きている地域に放り込みましょう。"バーブ"には、フェザーコートのような防護膜があるし……大きいだけのモンスターでは"バーブ"に勝てないです」

 

 頭と首の接合部にある隙間から脳内の"核"を破壊しなければ、どんなに体を損壊させても再生するのだ。

 

「人の手でモンスターを駆逐できる状態……なんとか拮抗するくらいに戻すために、上がりすぎた"鏡"のレベルを……大氾濫スタンピードのランクと言うんですか? 強過ぎるモンスターを排除する必要があると思います」

 

 "鏡"から渡界者を送ることで大氾濫スタンピードを抑え込みつつ、ゾーンダルク側の"始まりの島"にある程度安心して住めるような町を造る。

 その始まりの島をイーズの船が巡って、衣食住を安定化させる。将来的には、島間を行き来できるようにする。

 ファゼルナやデシルーダのような国の軍隊が襲来して来た時のために、始まりの島には"死告騎士"を配置しておく。

 

「連絡手段とか……地球人同士の取り決めとか……分からないことがいっぱいなんですけど」

 

 地球の何百倍もある"ゾーンダルク"という巨大な惑星。

 その星の中に、散らばって浮遊している島々を巡って商売をしているイーズ人のネットワーク。

 本当にタルミンがイーズ人を動かすことができるのなら、第九号島が単独で何もかもやる必要は無くなる。

 イーズ人が築き上げた物をそのまま利用すればいい。

 

(何にしても、思念体だけは片付けないといけないな)

 

 つたないながらも考えていたことを説明してから、レンは小さく息を吐いた。

 

 

 

 

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地球救済プログラム、第二弾が行われるらしい!

 

タルミンが、キーパーソンになりそうだ!

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