第231話 二次会
「おぉ、来たぜ! ご両人の到着だ!」
ケインの声に、歓談で賑わっていた会場が静かになる。
「ご両人って、古臭いねぇ~」
良い感じに酔いが回ったマイマイが、ケインの背中を乱暴に叩きながら、入り口で面食らっているレンとユキに手を振った。
レンが機人化して飛び去った後、場所を移しての内輪会が催されていた。
いわゆる二次会というやつである。
ケイン達の他には、クロイヌ達、それにタガミやトガシ、トウドウ達といった元自衛官、数少ない親族であるタシロナとカナタ、そして"ナイン"運営の中枢を担っているタチバナとモーリ。
ゾーンダルク側からは、ミルゼッタとアイミッタにマキシス、タルミンとプリンス、勇者達。
さりげなく、"ナンシー"と"マーニャ"がテーブル席についている。
「レン君、どうしちゃったの? 妙に気合い入ってたけど?」
タガミの腕を引っぱるようにしてキララが近づいて来た。
「ええ……と? ミーティングでしたよね?」
レンは、ここで今後の打ち合わせがあると聞かされていたのだ。
「まあ、ミーティングだな。少しばかり賑やかだが……」
タガミが苦笑気味に言った。
「この面子が集まるのは滅多にねぇからな。難しい話は後にして、とりあえず飲もうってことになった」
腰砕け寸前のマイマイを支えたケインが、ドリンクを並べたワゴンを押してくる。
「みんな、元気そうですね」
レンはジンジャーエールを、ユキはミネラルウォーターを手に取った。
「なんだかんだと面倒事はあったが、当面の山場は超えたからな。ちっとばかし浮かれてもバチはあたらねぇだろ?」
「いつも飲んでるじゃないですか」
笑いながら、レンはユキを促して空いている席に向かった。
「ああ! レン殿とユキ殿はこちらに!」
大きな声がした。
誰かと思って顔を巡らせると、少し離れたテーブルで白いタキシードを着たバロットが手を振っていた。
「……あれ? 叔母さん達と一緒?」
バロットが居るテーブルには、タシロナとカナタが座っている。
隣のテーブルには、ヤクシャ、フレイヤが居た。
「知り合い……だったっけ?」
「何かあったみたいですよ」
首を傾げるレンの後ろ腰を、ユキが柔らかく押す。
「何かって?」
「カナタさんに訊いてみて下さい」
ユキが微笑した。
「ふうん?」
どこか笑いを堪えたような
「これって……」
戸惑いつつも何となく状況を察して、レンは叔母達のテーブルへと近づいて行った。
「先日より、カナタさんとお付き合いをさせて頂いております!」
レン達が来るのを待って、バロットが大きな声で言った。
「……え? ああ……うん」
レンは、真っ赤な顔で座っているカナタを見た。
それから、隣の
「驚いたけど、良かった……のかな?」
「なんか、こうなっちゃった」
隣のテーブルで、妹のフレイヤが苦笑している。
「私は賛成したわ」
「まあ、いつもタキシードというのはどうかと思うけどな」
ヤクシャがジョッキを手に近づいて来て、レンの肩を叩いた。
「久しぶりですね」
「ああ……レン君ほどじゃないけど、みんな忙しくしているからな」
「でも、なんか慣れちゃったかも」
フレイヤが明るく笑う。
「鍛えた身体が役に立つ。それが実感できて嬉しい」
バロットが席に座った。
「……カナタとは、どこで?」
レンは訊ねた。
「ダンジョンで」
「危ないところを助けてもらったの」
バロットとカナタが重なるように答えた。
「そうなんだ」
カナタの言う"危ないところ"について詳しく訊こうとしたが、
「呼ばれています」
ユキの声で、レンは会場に視線を向けた。
「う……」
テーブルを左右へ移動させ、空いたスペースにマイクスタンドが置いてあった。
床にはスピーカーが並べてある。
レンが低く唸ったまま中腰で固まっていると、
「陛下、お言葉を賜りたく存じます」
イーズの"プリンス"がやってきた。
「お言葉って……」
「どのようなことでも……こうして、陛下と直接
片膝を床について、"プリンス"が深々と頭を下げた。
「……まあ……伝えようと思っていたことはあるけど。ここで言うべき?」
レンは、ユキを見た。
ユキが微かに口元を綻ばせて俯いた。
「じゃあ……行こうか」
レンはユキを促して、マイクの近くへ移動した。
それを見て、会場の面々が拍手を始めた。
「マイチャイルド、何のイベント?」
「なにかしら?」
"マーニャ"と"ナンシー"がふわりと舞うようにして移動してきた。
『いや、アレです。スピーチ……の続きかな』
レンの声が、床に置いたスピーカーから響いた。
『会場に入った時、キララさんに訊かれましたけど……』
「そうよ! いつものレン君らしくなかったから、ちょっと気になってたのよね」
キララが言うと、同意する声が方々であがった。
やはりと言うべきか、レンの少し熱が籠もった演説に、違和感を感じていた者がいたようだ。
『実は……』
レンは、居並ぶ"ナイン"の主要人物を見回してから、隣のユキの腰に手を回した。
『子供を授かりました』
顔を赤らめながら、ユキが静かに告げた。
その瞬間、会場から音が消えた。
そして、
「きゃあぁぁぁーーー」
「ええぇぇぇぇーー……」
「おおぉぉぃ!」
悲鳴とも怒号ともつかない大きな声が会場を揺るがした。
『まだ妊娠初期です。それで、"ナンシー"さんに相談しようと思い、先日メッセージを送りました』
ユキが"ナンシー"を見る。
「診察予定は明日だったわね。そういうことなのね。驚いたけど……分かりました」
"ナンシー"が微笑を浮かべて頷いた。
「ちょっと、マイチャイルド?」
『はい?』
「聞いてなかったわよ? どうなってるの?」
『いや、僕達も……はっきり判ったのは最近のことなので』
「判ったら、すぐ言わないと駄目でしょう? と言うか、連れ歩いて大丈夫なの?」
激高寸前の顔で、"マーニャ"がユキを指さす。
『大丈夫だと思います』
ユキが答えた。
「本当に? だって、私が集めた資料によると……」
「大丈夫よ。母子共に、私が完璧に護ります」
"ナンシー"が"マーニャ"の肩に手を置く。
「そう? 大丈夫? 本当に?」
「ええ、私の全能力をもって、万全の医療環境を用意するわ」
"ナンシー"が力強く請け負う。
「……そうね。貴女なら安心ね」
"マーニャ"が小さく息を吐いた。
『あの……』
「なぁに、マイチャイルド?」
顔を上げた"マーニャ"の目が尖っている。
『僕、相談事があると言いましたよね?』
「何の話?」
『だから、たきも荘から連絡しましたよね?』
レンに指摘されて、"マーニャ"が腕組みをして首を捻る。
「…………ぁ」
何か思い当たった顔で、"マーニャ"が小さく声を漏らした。
『宇宙のことで、マーニャさんが忙しくしていた時だったから……』
「恋人さんと2人で暮らしていた時ね。そうね。3年一緒に暮らしていたなら……これは、普通の出来事なの?」
"マーニャ"が"ナンシー"に訊ねる。
「どうなのかしら?」
"ナンシー"が、近くに居るキララに訊ねた。
「えっ……と、まあ、珍しいことじゃありませんよ? 特に、2人は若いから……でも、びっくりしましたけど」
『まあ、そういうことなので、何をどう準備したら良いのか。テキストや画像のデータとしては出産や育児の資料があります。ただ、実際に経験している人に相談したいと思って……』
レンは、呆然と立ち尽くしている叔母と、マキシス達の近くにいるミルゼッタを見た。
『色々と教えて下さい』
『お願いします』
レンとユキが並んで頭を下げる。
「なっ、なんという慶事っ!」
硬直していた"プリンス"が歓喜の声を張り上げた。
すぐ隣で、
「ぅおぉぉぉ……ユキ殿ぉ、おめでとう御座いますっ!」
バロットが顔を歪め、涙を流しながら拍手を始めた。
「おめでとう!」
「レン君、やるじゃねぇか!」
「さすが国王様!」
「祝賀会をやらなきゃ! 記念日制定ね!」
会場中に祝福の声が響き、次々に酒瓶の蓋が開けられた。
「ほら、そこっ! ぼんやりしていないで椅子を持ってきなさい! 妊婦さんを立たせてどうするの!」
"マーニャ"がトガシに指示をして、ユキのために席を用意させる。
『ああ、"マーニャ"さん』
「なに、マイチャイルド?」
『僕は、マーニャさんの子供なのでしょう? だから、マイチャイルドなんですよね?』
「そうね! もちろんよ!」
『ユキと相談したんですが、僕の母親として、生まれてくる子供に名前を付けてくれませんか?』
「えっ!? 名前を?」
思いがけない依頼に、"マーニャ"が目を大きく見開いた。
『まだ、男の子か女の子か判りませんから……生まれるまでに考えておいて下さい』
「なんか……うん、とても良いわね! 深奥から力が漲ってくる感じがするわ!」
"マーニャ"が顔を紅潮させて頷いた。
『忘れないで下さいよ?』
「任せなさい! マイチャイルド、それから、ユキ……素晴らしいわ! これが感動というものね! 2人に感謝するわ! あっ、ここに座りなさい!」
興奮してはしゃぐ"マーニャ"が、ユキの背を抱えるようにして用意された椅子に座らせる。
温和しく、礼を言って腰掛けたユキがレンの方を見た。
『そういうわけで……僕は、これから生まれてくる子供のために頑張ります』
自分の子供が、銃を握らなくてすむ世界にするために。
自分の子供が、化け物と戦わなくても良い世界を創るために。
『そのために……そのためなら、僕はいくらでも頑張ります。この先、どんなことが起きても……僕には護るもの……護りたいものができました。この決意が揺らぐことはありません』
そう言って、レンはユキを振り返った。
双眸に笑みを湛えたユキが小さく頷いてみせる。
「はいはい~ グラスを持ってぇ~」
「乾杯案件よ!」
マイマイとキララが、お酒を満たしたグラスを配り始めた。
それを見た元自衛官の面々が大急ぎでお盆を持って回る。
「レン君は、これね」
「ユキちゃんは、水」
いつになく、テキパキとした身のこなしでお酒を配り終え、マイマイとキララが自分のグラスを手にレンの方を見る。
『音頭は……新婚のタガミさん、お願いします』
レンは、キララの横で静かに酒を呷っているタガミに振った。
「むっ……お、おう!」
不意をつかれたタガミが、急いで前に出てきた。
「王様の指名なので僭越ながら。めでたいことばかりで、年甲斐もなく叫びたくなったところだ」
タガミが、琥珀色の酒が揺れるグラスを上へ突き上げた。
「我らが王に! 生まれてくる世継ぎに! ナインが築く未来を祝って! 乾杯っ!」
「乾杯っ!」
「乾杯!」
唱和の声と共に、皆がグラスを呷り飲み干していった。
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ミーティングは、2次会だった!
"マーニャ"が、おばーちゃんになった!
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