第33話 渡界準備
(飲料も食料も、衣類の予備も十分にある。銃も弾薬も揃えた)
トリガーハッピーを出たところで、レンは大きく息を吐いた。
陸上自衛隊が使用していた旧式の重機関銃と対物ライフルを買うことができた。
加えて、弾芯が通常の鉛ではなく、タングステン製になっている徹甲弾が手に入った。サイズは、12.7×99mm。同じ口径の対物ライフルでも使用できる銃弾だ。特派の誰かがゾーンダルクに持ち込んだ品らしい。
店主の話では、地球側からゾーンダルクに持ち込まれた銃や銃弾は、一定の審査期間を経てからトリガーハッピーの販売品として並ぶらしい。
普段使いの小銃には、HK417 という銃を選んだ。使用するのは、前回の64式小銃と同じく 7.62×51mm の銃弾だ。中小型のモンスターが相手なら何とかなる。
加えて、人間を相手にする時のために、MP7 という短機関銃と専用の消音器を購入した。
・自動小銃:HK417(7.62×51mm)
・短機関銃:MP7 (4.6×30mm)
・自動拳銃:SFP9 (9×19mm)
・重機関銃:M2 (12.7×99mm)
・対物狙撃銃:M95(12.7×99mm)
・各種銃弾
・予備の銃身
・破片手榴弾
・攻撃手榴弾
・閃光発音筒
これに加えて、前回の装備もそのまま持って来ている。特に、医薬品や缶詰類は大量に買い込んであった。一応、米や味噌といった食材も持って来たが、ゆっくり調理をする時間があるかどうかは疑問だ。
「今回はどのくらいの滞在期間を想定していますか?」
ユキは、相変わらず丁寧な言葉遣いのままだった。直そうという気が無さそうだ。
「最長で3か月。それで一度ステーションに戻るつもり」
「それから、またゾーンダルクに戻るのですか?」
「多分ね」
そう簡単には、"マーニャ"は見つからないだろう。3ヶ月でステーションに戻り、またゾーンダルクへ渡る。それを繰り返すつもりでいた。
ユキと連れ立って歩きながら、レンはふと足を止めた。
前に利用したことのあるカフェが、木調を基本にした外観に変わり、大きな観葉植物がテーブル周りに置かれていた。
カフェだけでなく、ステーション全体に植栽が増えたようだ。
「ケインさん達がいません。先に、シーカーズギルドへ行ったのでしょうか?」
ユキが店を覗き込むようにして言った。被っているニット帽の襟から少し白金髪がこぼれて見えている。
「少し髪が伸びた?」
「もう坊主頭とは呼べないくらいです」
ユキがニット帽を脱いで髪を掻き上げて見せた。白金色の髪がステーション内の照明を浴びて銀色に見える。
「次にステーションに戻る時には、もっと伸びてるね」
「ショートボブだと言い張れるくらいになっていたら嬉しいです」
「ショートボブって、どのくらい?」
「このくらいです」
ユキが襟に手を当てて見せる。今は長めの坊主頭になっただけで、まだボブと言えるようなものではないらしい。
「今だと?」
「ただのベリーショートです」
「ふうん」
端正な容貌をしているから、どんな髪型をしても似合いそうだ。
(そう言えば……)
あまり髪のことを気にしていなかったが、レン自身はそろそろ切った方が良さそうだ。前髪が眼にかかりそうなくらいに伸びていて、照門やスコープを覗く時など邪魔になるだろう。
(ナイフで切ろうかな)
レンは、伸びてきた前髪を指で摘みながら、ふと足を止めた。
補助脳のメッセージが視界に浮かんでいた。
『地球側から、53名がステーションに入りました』
(フレイヤが言っていた特派の部隊か)
渡界者が全滅した時に備えて、富士山頂に詰めていた部隊だろう。
今回は、防衛省が主導する調査隊が2つ、ヤクシャ達が同行する異界探索協会の調査隊が1つ、ケイン達のプライベート調査チームが1つという構成だった。
加えて、特派部隊がステーションに集結したことになる。
「何か見えますか?」
ユキが、レンの視線の先を見ながら訊いてきた。
「え? あぁ……いや、前髪を切ろうと思って」
レンは、自分の前髪を引っ張って見せた。
「レンさんも坊主頭にします?」
「それでも良いかも」
ゾーンダルクでは、そうそう頭を洗うことができないし、何をするにも長い髪は邪魔になる。いっそ、坊主頭にした方が楽かもしれない。
「そう言えば、ケインさん達は【コス・ドール】を解放したそうです」
「【コス・ドール】を?」
ボード内に表示されるマネキンに衣服などを装着しておけば、瞬時に着替えができるというものだ。着替える前の衣服はマネキンに装着されているから、再び元の衣服に戻すのも一瞬である。便利なメニューだが、なけなしの異能ポイントを注ぎ込むほどだろうか?
レンと違って、ケイン達は獲得した異能ポイントが少なかったのに……。
「今回、ゾーンダルクから持ち帰った素材で、防護服を試作したみたいです。ただ、脱着がとても大変なので、どうしても【コス・ドール】が必要だとキララさんが言っていました」
3人が共同で新素材の防護服を開発したらしい。日本に戻って、わずかな時間しか無かったはずなのに、かなりの種類の試作品を作ったようだ。
「どんな服なんだろう?」
「何種類かあって……防刃能力の高いスキンスーツに、防弾ジャケットやズボン、防護服……導火線の付いた爆弾を試作したと言っていました」
「爆弾? 手榴弾じゃなくて?」
そんな物をどこで作って持って来たのだろうか? まさか、池袋の研究所で爆弾を作っていたとは思いたくないが……。
「威力と燃焼時間を強化したナパーム弾だと言っていました」
「そんな物を、導火線で爆発させるの?」
レンは声を潜めた。
「そうみたいです」
「う~ん……」
レンは唸った。
ナパームというくらいだから、広範囲を火炎で燃やす爆弾なのだろう。導火線に着火した後に、延焼範囲から逃げ遅れて炎に呑まれるような気がする。
「ナイフでもなかなか切れなくて、水中でも火が消えない導火線らしいです」
「そんなのがあるんだ?」
レンが首を傾げた時、向こうから呼び声が聞こえてきた。
見ると、昔の駅舎のような建物の前で、マイマイが手を振っていた。
(あれが、シーカーズギルド?)
レンは、どこか和風な雰囲気がする建物を見回しながら近付いて行った。漆喰を想わせる白塗りの壁に、墨色の屋根瓦、玄関は黒格子の引き戸になっていた。
「遅いよぉ~」
マイマイが、腕時計の文字盤を指で叩いて騒いでいる。
レンは、自分の腕時計を見た。それから、念のためボードを開いて時間を確かめた。
「まだ集合時間の30分前ですよね?」
遅刻ではないはずだ。
「みんな、1時間前から来てるの!」
「いや……早過ぎでしょう」
レンは苦笑しつつ、マイマイに引きずられるようにして建物に入った。
「おう、早かったな」
ケインが書類の束を手に近付いて来た。
「急かすようで悪いが、パーティの登録を済ませてくれ」
「ここで、何を登録するんです?」
レンは木造の館内を見回した。
外観より広々として見える。正面奥には銀行のようなカウンター、左右には何かの店が並んでいた。
(あっちは……掲示板?)
少し離れた場所で、キララが壁一面に貼られた紙切れを眺めていた。
「あそこの受付で簡単に終わります。ゾーンダルクで有効な身分証を作るための作業でした」
ユキが指さした。見ると、部屋の奥の方に木製の机があり、和装の女性がぽつんと座っている。
「身分証? あっちで必要になるのかな?」
「個人情報が、エーテルバンクカードと共有されているみたいでした。あと……レンさんは、ボードメニューの【ステータス】を解放していましたよね?」
「うん」
基本メニューは全て開放済みだ。
「シーカーズギルドで登録が終わると、【ステータス】の情報が沢山増えます」
「そうなの?」
「はい。力が強くなったり、眼が良くなったりした理由が分かります」
ユキが微かに苦笑したようだった。
「へぇ……やっぱり、何か理屈があったんだな」
レンは、シーカーズギルドの受付を見た。
「ボードに追加できるメニューもありました。ただ、獲得に必要なポイントが多いです」
「みんなは、もう登録済み?」
「はい。1時間前に終わりました。終わるまで向こうで待っていますね」
そう言って、ユキがキララ達の方へ去って行った。
(1時間前って……いつからステーションに来てたんだ?)
レンは、すっと背筋の伸びたユキの後ろ姿を見送り、それから改めて建物の中を見回した。
(こういう場所も、偽神のゲーム内……なんだよな)
ステーションを用意したのは、ゾーンダルクの創造神だ。レン達に与えられているボードも……。
何もかも、ゾーンダルクの創造神が用意した遊戯盤の上で行われている。いつでも取り上げることが可能な玩具を与えられ、檻の中で遊ばされている気分だった。
(面白くないな)
レンは、軽く眉をしかめながら奥に見える受付へ向かった。
======
レン達は、最終準備を行っている!
ケイン達が自作の装備品を持ち込んだようだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます