第75話 スターター・ライフル

 ナンシーが近づいて来て、頬に柔らかいものが触れたと感じた瞬間、レンは見知らぬ場所へ飛ばされていた。

 "試練"の空間に転移したのだろう。何度も経験した感覚だった。

 

(……暗い? 夜?)

 

 レンは、演台のような石造りの台座の上に立っていた。

 周囲にはレンの背丈ほどの低木が生い茂っていて、台座の上に居ても遠方までは見通せない。

 

(森……だよな?)

 

 レンは物音を立てないよう、ゆっくりと身を屈めた。

 どこかで水音が聞こえる。

 

 

 - 119.3m

 

 

 100メートルほど離れた場所が強調表示された。跨いで渡れるほどの水の流れがあるらしい。

 

(空は……雲? 霧かな?)

 

 頭上を黒紫色をした煙のような何かが覆っている。

 

『高濃度ナノマテリアル反応を感知しました。俯瞰図マップに表示します』

 

 補助脳のメッセージが浮かび、レンの視界に周辺を俯瞰した地図が描き出される。おそらくモンスターだろう。光点が地図の方々に点った。

 

(一番近いのは?)

 

 

 - 306.2m

 

 

 レンの思考に応じて、最寄りのモンスターまでの距離が表示される。視界の地図上に点在する光点の一つに、▽ マークが付与された。

 すぐ近くに他の光点が7つ集まっている。同種のモンスターが群れているのだろう。

 

(単体で離れているのは……これかな?)

 

 

 - 491.3m

 

 

 地図上で、ぽつんと孤立している光点がゆっくりと離れていく。

 

(少し起伏はあるけど、隠れる場所はないな)

 

 レンが立っている地点を中心にした、周囲の観測情報が表示される。

 範囲は、半径10キロメートル。補助脳は、空中、地中を含めて球状に探知している。

 

(探知範囲内に、709……)

 

 かなりの数の反応がある。

 レンは、周囲の地形とモンスターの位置を頭に入れてから、持ち込んだ装備品の確認を行った。

 

 肩に吊っていたHK417、予備弾倉を入れたポーチ、ナイフと手榴弾、9ミリ自動拳銃、手に抱えていたM95対物狙撃銃アンチ-マテリアル ライフル……。

 戦闘背嚢の中には 弾芯がタングステン製の12.7×99mm 弾が詰まった弾薬箱が2つと、破片手榴弾と攻撃手榴弾、M95の予備銃身、他は3日分の水と食料を入れてきた。肩ベルトが千切れそうな重量になっている。

 

(もし、モンスター1匹につき1秒だったら……)

 

 9万匹近く討伐しないと24時間を超えないことになる。さすがに、1匹1秒などということは無いと思いたいが……。

 

『遭遇済みのナノマテリアル体を探知しました』

 

 補助脳のメッセージが表示された。

 

(……ブユとか?)

 

 見えない砲弾を撃ってくる羽虫がいるのは想定している。そのための対物狙撃銃アンチ-マテリアル ライフルだ。本当なら、M2重機関銃を持ち込みたかったが、重たい背嚢を背負った上に、あんな物を抱えて走るのは不可能だ。

 

『"雷筒蜘蛛"です』

 

 メッセージと共に、見覚えのある蜘蛛の姿が視界に描画された。

 

(あの時の……)

 

 背中にミサイル発射筒を背負った大型の蜘蛛だった。ユキ達と出会った時に襲って来たモンスターだ。

 

『外形及び表面積が、98%一致します』

 

(装備も一緒?)

 

 レンの問いかけに応じて、巨大蜘蛛の背にある3本の円筒だけが拡大表示された。

 

(前は、500メートルくらいで撃ってきた)

 

 木々が乱立した森の中だったが、今回は踏み倒せそうな低木が茂った丘陵地である。

 

(他に、知っているモンスターは? 近いやつから)

 

 ミサイル蜘蛛の動きを見ながら補助脳に問いかける。

 

『"ゴブリン・スポッター" と "リザード・スナイパー"を確認しました』

 

 

 - 1,733.9m

 

 

 レンの視界に、富士山で遭遇した2種のモンスターが表示された。

 

(……銃器を持った奴ばっかりじゃないか。さっきの7つの光点は?)

 

『外形は、"ゴブリン・スポッター"に似ています。所持武器は未知の物です』

 

 

 - 306.4m

 

 

 描画された外見は、ゴブリンのものだった。所持している武器は、自動小銃のような形状をしている。

 

 レンの視界に、7匹のゴブリンが順番に描画されていった。

 

(あれ? こいつ……)

 

 1匹だけ、小銃ではなく小型の迫撃砲らしき武器を所持していた。

 レンは地形図に目を向けた。

 

(射線が通りにくい地点を割り出せない?)

 

『対象の位置によって変動します』

 

(蜘蛛の動きを見ながら、この7匹をやる)

 

 レンは地図上に点在する光点を見ながら、迷彩柄の戦闘背嚢を背負い上げた。

 

『候補地を表示します』

 

 補助脳が地図上に ①~④ の番号を表示した。それぞれに吹き出しが付いて、7匹のゴブリンからの距離が記載されている。

 

(……②にする)

 

 他の候補地より遮蔽率は低いが、ミサイル蜘蛛との間に7匹のゴブリンを置くことができる位置だった。

 

『推奨移動ルートを表示します』

 

(助かるよ)

 

 恐ろしく重たい戦闘背嚢を背負っての移動だ。おまけに、肩には自動小銃を担ぎ、手にはM95対物狙撃銃を抱えている。余計な動きは避けたい。

 

(7匹のゴブリンとの戦闘後、ミサイル蜘蛛が寄って来なければ、逆側の……孤立して動いている奴を狙おう)

 

 

 - 497.5m

 

 

 地図上を単独で徘徊する光点が拡大表示された。

 

(うん、そいつ)

 

 ゴブリンとの戦闘中に、襲ってくる可能性もある。

 

(そいつも銃器持ちかな?)

 

 一歩一歩、下草が覆った地面を踏みしめて歩きながら、レンは視界に映った無数の光点を見つめていた。

 泣き言を言える状況では無いのだが……。

 

(この数を……一人で?)

 

 1発で1匹を斃せたとしても弾薬が足りない。弾を撃ち尽くした後は近接戦闘になる。

 

(このゴブリンで、何分稼げる?)

 

 雷筒蜘蛛を斃せば、どのくらい加算できるのだろう?

 ゴブリン・スポッターやリザード・スナイパーは?

 

(でも、僕が交渉した結果だから……)

 

 ナンシーの"試練"を発生させたのは、レンなのだから。

 そして、この場には、レンしかいないのだから。

 すべての責任を負って、レンがやらないといけない。成し遂げてみせないといけない。

 

(やるしかないって、分かってるんだけど……)

 

 始まってしまった以上、24時間より下回ることは許されない。24時間より1分でも1秒でも多い猶予時間を手に入れないといけない。

 

(……ユキが一緒だったらな)

 

 せめて、背中を誰かに護ってもらえたなら……。

 そんな考えが脳裏を過り、レンは眉をひそめた。いつの間にか、ユキを頼る気持ちが芽生えてしまっている。

 

 

 ピッ! ピッ!

 

 

 顔をしかめて俯いたレンの耳に、小さなアラーム音が聞こえた。

 

『予定移動地点です』

 

(ここが?)

 

 低木が疎らになった小高い丘の上で、想像していたより体が隠せない。わずかに窪地があって、伏射をすれば射線を切れそうだったが……。

 

(これ、向こうの射線に頭が出てるんじゃない?)

 

『頭頂部から7センチが、射線上に晒されます』

 

(……そうなんだ)

 

 レンは窪地に座って、ゴブリンがいる側へ視線を向けた。

 こちらから狙えるということは、向こうの射線も通るということだ。

 

 

 - 326.4m

 

 

 先ほどの場所より距離は開いている。

 

(ここでやる)

 

 レンは戦闘背嚢とHK417を地面に下ろし、12.7×99mm 弾が詰まった重たい弾薬箱を引っ張り出して窪地に置いた。さらに、横にM95用の予備弾倉を2つ並べる。

 それから、M95対物狙撃銃の二脚バイポッドを拡げて地面に据え付けた。

 

『重力、大気成分は、第九号島と同数値です。風速、湿度を表示します』

 

 補助脳のメッセージが視界に浮かんだ。


(観測、お願い)


 照準器を覗くと、観測情報が視界の左側に並ぶ。300メートルちょっとの距離では詳細な情報など不要だったが、視界に溢れる情報量に慣れておきたい。

 レンの意思に応じて、補助脳が俯瞰図を縮小して配置を変えてくれる。


『フェザーコートの残量表示は消しますか?』


(いや、そのまま表示しておいて)


『了解しました』


(射撃練習しておいて良かった)


 持ってきたM95対物狙撃銃は、第九号島の射撃場で何度も試射を行っていた。弾道の癖は補助脳が把握している。

 

(……よし)

 

 照準器を通してヘルメットのようなゴブリンの頭部を見つめている内に、ざわついていた気持ちが静まってきた。

 レンは一度照準器から顔を離し、側面のボルトを引いて初弾を装填した。そのまま地面に腹ばいになって対物狙撃銃の銃把を握り、照準器を覗いた。


(狙いやすいのは頭だけど……)


 対象は、以前見たゴブリンと似た姿をしていた。

 つるりとしたプラスチックのような肌身で、体には雌雄を表すような部位はない。頭部はフルフェイスのヘルメットのような形状だった。

 

 レンはじわりと銃身を下げて、頭部を支える細い首に狙いを付けた。胴体と頭部を切断できれば、1発の銃弾で仕留められる。対物狙撃銃の 12.7×99mm 弾には、それだけの威力がある。

 

(動きに変化はない。まだ気付かれていない)

 

 このまま引き金を引けば、戦いが始まる。

 響き渡る銃声にどれだけのモンスターが反応するかは分からない。近くに探知できないモンスターが潜んでいる可能性もある。

 

(でも……)

 

 撃たなければ始まらない。

 レンは大きく息を吸い込むと、ゆっくりと吐き出してから、冷えた引き金を絞った。

 

 

 ダァーン!

 

 

 "試練"の世界に、対物狙撃銃の銃声が轟いた。

 

 

 

 

 

======

 

"試練"の空間は、銃を持ったモンスターがいっぱいだ!

 

レンの"試練"が始まった!

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