第76話 オニヤンマ
(……1分か)
空中に浮かんだ銀色の文字を見て、レンは小さく息を吐いた。
1秒よりは良いが……。
(1分だけか)
照準器を覗きつつ、じわりと指先を絞り込んでいく。
ダァーン!
銃声と共に衝撃が肩を打つ。ボルトを引いて次弾を装填しつつ、レンは次のゴブリンへ狙いを定めた。
ダァーン!
銃声と共に、400メートル先で迫撃砲を撃とうとしていたゴブリンが頭部を撃ち抜かれて転がる。
******
アグレッサー [ ゴブリン・ガンナー ] を討伐しました!
獲得時間:1分
******
******
アグレッサー [ ゴブリン・ガンナー ] を討伐しました!
獲得時間:1分
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続けざまに、2体分の討伐表示が浮かんだ。
(迫撃砲を持っていても、ガンナー?)
小銃持ちのゴブリンと同じ表示だった。獲得した時間も同じく1分ずつ。
『"雷筒蜘蛛"が接近してきます』
- 510.6m
離れかけていたミサイル蜘蛛が、銃声に気が付いて戻って来る。
(頭より少し後ろ……膨らんだ胴体が柔らかい)
あの蜘蛛は、そこまで硬いわけではない。ミサイルさえ撃たせなければ良い。
レンは、巨大蜘蛛の腹部に照準を定めて引き金を絞った。
即座に次弾を装填して、次弾を放つ。
立て続けに表示される"命中しました"というメッセージを確認しながら、レンは空になった 12.7×99mm 弾の弾倉を入れ替えた。
(どうなった?)
遊底を引いて弾を装填しながら照準器を覗く。
3本の円筒を背負った大蜘蛛が、横倒しになって脚を痙攣させていた。いい場所に弾が当たったらしい。
だが、まだ討伐表示は出ない。
レンは、顎牙が伸びた蜘蛛の頭部に狙いを付けた。
その時だった。
『"ゴブリン・スポッター"による観測が開始されました』
補助脳の警告が表示された。
レンは、照準器を覗いたまま、静かに
(位置は?)
大蜘蛛の頭部が損壊したのを見届けて、レンは補助脳の情報に目を向けた。
『ポインターが照射されています』
補助脳のメッセージを見るなり、レンは地面に顔を押しつけた。
ポインターというのは、"リザード・スナイパー"の狙撃銃から照射される不可視の照準補助光だ。
レンが顔を地面に押しつけた直後、50センチほど横で地面が爆ぜ散った。少しして、遠雷のように銃声が響いてくる。
『方位82、誘導線を表示します』
視界に表示されたガイドラインを見ながら、レンはM95対物狙撃銃の銃把を握って大きく向きを変えた。
- 973.6m
『ポインターが照射されました』
再び、警告メッセージが出る。
今度は伏せない。
(……あれか)
レンは、ゆっくりと息を鎮めながら引き金を絞っていった。
前方で発射煙が上がり耳元を嫌な擦過音が通り過ぎる。直後、レンのM95対物狙撃銃の銃声が轟いた。
『命中しました』
補助脳のメッセージが浮かび、"リザード・スナイパー"の頭部が割れた様子が拡大表示される。
(スポッターは?)
補助脳に問いかけた時、
******
ガーディアン [ 雷筒蜘蛛 ] を討伐しました!
獲得時間:3分
******
レンの目の前に、討伐情報が浮かび上がった。倒れて足掻いていた巨大蜘蛛が死んだらしい。
(この表示、邪魔だな……)
レンは顔をしかめた。わずかな時間だが、視界を妨げられてしまう。
『表示を補正しますか?』
(獲得時間の合計だけ分かればいい)
『処理します』
レンのリクエストに応じて、視界の左下に"試練"で獲得した合計時間数が小さく表示された。
[ 38 min ]
(……観測役は、どこ?)
『"ゴブリン・スポッター"の位置を確認しました。誘導線を表示します』
(お願い)
レンは、補助脳が表示したガイドラインを見ながら対物狙撃銃の銃口を移動させた。
富士山で遭遇した時は、つるりとした灰色のプラスチックのような色彩をしていたが、照準器越しに捉えた"ゴブリン・スポッター"は、地面に同化するような迷彩柄をしていた。
姿勢を低くしてゆっくりと移動している。その特徴的な頭部に照準を合わせ、レンはゆっくりと引き金を絞った。
ダァーン!
銃声と共に、銃把を握る手と肩に衝撃が返る。
レンは、すぐさま次弾を装填して、先に撃った"リザード・スナイパー"に狙いを戻した。
まだ、獲得時間数が増えていない。
『風速値に合わせて照準補正を行います』
引き金を引く寸前に補助脳のメッセージが表示され、レンは指の力を抜いた。
『補正完了しました』
(……ありがとう)
レンは、倒れている"リザード・スナイパー"の喉元を狙って引き金を絞った。
被弾して動きを鈍らせた相手だ。狙い通りの箇所に命中して、エアロヘルメットのような頭部が胴体を離れて地面を転がった。
[ 40 min ]
獲得時間数が2分増えた。
レンは倒れている"ゴブリン・スポッター"に狙いを付けて引き金を引いた。
わずかに間を置いて、獲得時間が1分加算される。
(周囲の探知情報を……一番近くに居るモンスターは?)
レンは弾薬箱から大きな銃弾を取り出し、空になった弾倉に詰め始めた。弾倉は大きくて嵩張るので、挿しているものを含めて3つだけ持ってきている。
『"ゴブリン・スポッター"と"リザード・スナイパー"がいます』
- 1,371m
(狙撃銃持ちなら寄って来ない)
向こうの銃の腕前は分からないが、レンの方は補助脳による強力な支援がある。
レンは照準器の中央やや下に"リザード・スナイパー"の頭部を捉えた。
(この距離でも……)
補助脳が観測情報を元に弾道予測を行って、照準器内に赤い光点を浮かべている。レンは光点を目標に重ねて、ブレないように引き金を絞るだけだ。
ダァーン!
『命中しました』
(少し右にズレた?)
倒れた"リザード・スナイパー"から、"ゴブリン・スポッター"へ狙いを変えながらレンは慎重に引き金を引いた。
『命中しました』
(……今度は、左か)
右へズレた気がして意識し過ぎたらしい。狙った箇所から3センチ程度のズレが生じている。
ボルトを引いて装弾して、引き金を引く。先に"リザード・スナイパー"、それから"ゴブリン・スポッター"に止めを刺す。
『方位218、"雷筒蜘蛛"が出現しました』
- 1,841m
視界中央に、補助脳のメッセージが表示された。
先ほど斃した蜘蛛とは真逆の方角だ。
(他のモンスターは?)
レンは、視界に俯瞰図を表示させた。自分を中心に、半径1キロ、2キロ、3キロ……と表示の範囲を変えながら、周囲に分布するモンスターの位置を確認する。
(蜘蛛は放置。方位25の4匹を狙う)
『地形が射線を阻害しています』
(移動する。距離1000の候補地をいくつかお願い)
指示しながら、レンは重たい弾薬箱と弾倉を戦闘背嚢に入れた。M95対物狙撃銃の二脚を畳んでから、歯を食いしばって戦闘背嚢を背負い上げる。
『候補地を表示します』
視界の
(……②にする)
レンはHK417を肩に吊るし、M95対物狙撃銃を抱えて歩き始めた。
『上空に、高濃度ナノマテリアル反応が出現しました』
- 9,944m
(空!?)
レンは急いで姿勢を低くし、戦闘背嚢を地面に下ろした。
視界右下に、半球状の探知図が表示された。レンの直上より右側から、モンスターを表す反応が1つ、点滅しながら高速で接近してくる。
こちらを見つけている。明らかに、レンを狙った動きだ。
『高度3000を水平方向に移動中です』
(過去に遭遇したことがある?)
レンの顔から血の気が退いていた。高空を自在に飛びながら攻撃されると、手持ちの武装ではどうしようもなくなる。
『未確認の飛行体です』
赤い巨鳥や"ゴイサギ"では無いらしい。
(近くに隠れる場所は……無いな)
レンは周囲を見回してから、地面に置いてある迷彩柄の戦闘背嚢に目をとめた。
(……使えるかも)
横倒しにしていた戦闘背嚢を引き起こして縦置きに据えると、二脚を畳んだままの対物狙撃銃の銃身を背嚢の上蓋に置いた。
これなら、何とか射撃の角度を取れる。
(……高度は3キロちょっとか)
銃の有効射程外だ。運良く当たったとしても、有効弾にはならないだろう。
しゃがんだ姿勢で銃口を上空へ向けつつ、レンは補助脳が表示した誘導線を目で追った。
(あれは……)
資料で見たことのあるシルエットだった。
レンの視覚情報を補正し、補助脳が対象物を描画する。
(ボンバー・グライダー?)
大氾濫時に、富士山の"鏡"から出てくるモンスターだった。トンボに似た外見で、その名の通り、空から爆弾を落として攻撃してくるらしい。大きさは、航空自衛隊のジェット戦闘機くらいある。
(資料通りなら……)
"ボンバー・グライダー"は急降下爆撃だけをしてくる。高空で爆弾を落とさずに、目標めがけて急降下をして爆弾を放つらしい。幾度となく目を通した自衛隊の資料に記載されていた。
(……爆撃は避けられないけど)
急降下してくる時を狙うしかない。地上にいるレンが狙えるのは、"ボンバー・グライダー"が急降下をしてきた時だけだ。
(どうせ、逃げられない)
開けた丘陵地だ。近くには身を隠す場所は無かった。フェザーコートを信じて狙撃を行うしかない。
- 3,108m
わずかな時間で、6キロ以上も移動して上空に到達している。
『対象の下部に、紡錘形の物体が現れました』
補助脳によって描画された巨大なトンボが、紡錘形の大きな爆弾を抱いた。資料通り、1度の急降下で投下する爆弾は1発だけらしい。
(無誘導だよな?)
わざわざ急降下をして狙ってくるのだから、誘導爆弾ということは無いだろう。
『対象が降下を開始しました』
補助脳の測距値がめまぐるしく変化する。
投下された爆弾が落ちて爆発するまでの間、撃てるだけ撃たなければいけない。
[ 43 min ]
レンは、視界の隅に表示された獲得時間を見た。
まだ1時間にもなっていない。
(コートで防げるのか?)
フェザーコートはMAX表示だったが、至近距離で爆弾を受けたことは無い。どこまで耐えられるのだろうか。
(まだ……死ねない)
当てたい場所は、トンボの牙のような形状をした大顎の下だ。急降下してくる巨大トンボの大顎に狙いを付けながら、レンは腹腔から這い上がってくる震えに耐えていた。
- 1,833m
一瞬で減った測距値を見ながら、レンはM95対物狙撃銃の引き金を絞った。
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