第113話 機能不全

 

 - 82.8m

 

 

(コンマ以下は省略して欲しいと言ったよね?)

 

 レンは、測距表示を見て呟いた。

 

『……外部からの干渉を受けています』

 

 補助脳からのメッセージを見て、レンは小さく息を飲んだ。

 少し前を歩いているユキが、無言で問いかける。

 

(何でもない)

 

 レンは軽く首を振ってみせた。

 

(こうして対話をしているのに……乗っ取られてるのか?)

 

 コンピューターのハッキングのようなものだろうか?

 

『脳の防壁は破られていません。外部への情報表示プロセスに汚染箇所が存在します』

 

(……情報表示に?)

 

 "マーニャ"による対思念体用の防壁をどうやって破ったのだろう? 

 

『外部伝達用の脆弱な部位が侵食されたようです』

 

 補助脳そのものは影響を受けていないが、補助脳から外部へ出力するための表示ツールに障害が発生しているらしい。

 

(今も?)

 

『汚染した箇所を切り離し、新規に構築中です』

 

(この熱源の位置情報もおかしいのか?)

 

 レンは、視界に表示されている無数の"光点"と測距値を見た。

 

欺瞞ぎまん情報が混在している可能性があります』

 

 補助脳のメッセージを見て、レンは軽く唇を噛んだ。

 

『脳内のセーフゾーンに、視覚情報、魔素探知、熱探知の順で再構築を行います』

 

(どのくらいかかる?)

 

『再構成まで、27分間が必要です』

 

(……分かった)

 

 それまでは、視界に点在する"光点"も仮の物だと考えておく必要がある。

 すべてが誤情報というわけではないのだろうが……。

 

「ユキ……」

 

 レンは小声でユキを呼んで、探知に障害が発生していることを伝えた。

 

「了解です」

 

 ユキが頷いた。

 

(【アラート】に切り替えるから、視界の情報を消して)

 

『情報表示をオフにします』

 

 補助脳のメッセージと共に、視界に表示されていた様々な探知情報が消えた。

 

 レンは、ボードメニューを開くと【アラート⑤】をセットした。

 ユキが常時使用している【アラート】と同じものだ。補助脳の探知に頼っていて、ほとんど使ったことがないから感覚は掴めないが無いよりマシだろう。

 

(耳というより頭の中に響く……)

 

 補助脳の位置表示が視覚に訴えるものだが、【アラート】は"音"で対象の位置を報せる仕組みになっている。

 

(いつから干渉を受けていたか分かる?)

 

『精査中です』

 

(こんなことができるのは……"マーニャ"と同じような思念体だよな?)

 

『不明です』

 

(……うっ!?)

 

 前を歩いていたユキが、いきなり右上方に向けてHK417を構えた。

 

(この音?)

 

 先ほどから、小さなアラーム音がいくつも重なって聞こえている。音源の位置によって、聞こえてくる方向や距離が異なる。

 

(理屈は分かるんだけど……)

 

 

 ダダダッ!

 

 

 転移して現れた黒いゴブリンをユキが撃ち落とした。

 

 

 ダンッ!

 

 

 床に転がったゴブリンの頭部を撃ち抜き、ユキがレンを振り返って前方に見える扉を指差す。

 

(……中で待ち伏せか)

 

 レンは、HK417を構えながら扉へ近づいた。

 あと数歩まで近づいた時、目の前の扉が爆ぜるように吹き飛び、無数の光弾が襲って来た。

 瞬間、レンは床すれすれに身を沈めて光弾を潜ると室内に向けてHK417を連射した。

 ピンを抜いた閃光発音筒スタングレネードを放り入れながら、戸口正面から脇へ逃れる。

 派手派手しい爆発音と閃光に包まれた室内めがけ、ユキが銃撃を繰り返しながら手榴弾を放り入れた。

 腹腔に響く爆発音を待ってから、レンは戸口から中を覗きながら大柄なゴブリンを狙い撃った。


(……何も無い部屋だな)


 抵抗らしい抵抗をさせないまま、レンとユキは、7体のゴブリンを撃ち倒して室内を制圧した。

 

 不意に、鋭くアラームが鳴った。

 

(右……かな?)

 

 頭に響いてくるアラームを頼りに、自分の右側へ銃口を向ける。そこに、銀色をした細身の人型モンスターが転移をして現れた。

 先日、アイミル号を襲った銀色のモンスターだ。

 

(マカブルだったかな?)

 

 突進して距離を詰めてくる"マカブル"を正面から迎え撃ちつつ、レンは大きく横へ跳んで、自分が立っていた場所めがけてHK417を連射した。

 

 硬質の命中音が鳴り響き、何も居なかったはずの場所に小柄なゴブリンが現れて床に転がった。

 

(姿が見えないだけのゴブリンか)

 

 かなり小柄だが外見はよく見かけるゴブリンと変わらない。武器は両腕に生えた鋭利な突起物らしい。

 

 見ると、ユキも2体の小柄なゴブリンを仕留めていた。

 

「シザーズ、オン!」

 

 HK417を【アイテムボックス】に収納しながら、レンは迫ってきた"マカブル"めがけて殴りかかった。

 "マカブル"も緋色の光刃を伸ばして斬りつけてくる。

 

 

 バジィィ……

 

 

 鋭い閃光と共に、シザーズと光刃が衝突して火花を散らす。

 焦げた臭いの中を、レンと"マカブル"が激しく斬り結んだ。片や緋色の光刃、片や特異装備の"はさみ"……どちらも両手から武器を生やしての斬り合いである。

 

 近接戦闘に特化した"マカブル"を相手に、腕力も俊敏さも立ち回りも、全てにおいてレンが圧倒した。

 

 連続して繰り出すレンのシザーズを捌ききれず、"マカブル"の纏ったエネルギー障壁が激しく明滅して削れる。

 

(……もう少し?)

 

 レンの方は、至近距離で打ち合いながら"マカブル"の光刃をすべて避けている。フェザーコートは減っていない。

 

(あ……)

 

 不意に、"シザーズ"に伝わっていたエネルギー膜の反発力が消えた。

 そう感じた瞬間、レンは光刃を弾きながら踏み込んで、右の"シザーズ"で"マカブル"の膝を挟みながら背後へと回り込んだ。

 膝下を切断された"マカブル"が姿勢を乱して倒れ込む。

 

(次は……?)

 

 レンは、迫ってきているはずの別の敵を探しながら、起き上がろうとする"マカブル"の首を断ち切った。

 

「……レンさん」

 

 ユキが周囲を警戒しながら駆け寄ってきた。

 

「敵は?」

 

「反応が消えました」

 

「消えた?」

 

 レンは、改めて【アラート】に意識を向けた。

 

「確かに……何も聞こえなくなった」

 

「レンさんが、そのモンスターを倒すと同時に反応が消えました」

 

 ユキが床に倒れている"マカブル"を見た。

 

「こいつ、何か特別なモンスターだったのかな?」

 

 そう思って"マカブル"を観察してみたが……。

 

(こういうの……補助脳が復活しないと無理だな)

 

 レンは、シザーズの先で"マカブル"の頭を転がしながら溜息を吐いた。

 

 次の瞬間、

 

「あっ!?」

 

 思わず声を漏らしていた。

 情報表示の消えたクリアな視界に、白いツナギ姿の"マーニャ"が現れたのだ。

 

『そいつよ!』

 

 2頭身の"マーニャ"の頭上に吹き出しが浮かぶ。

 

(そいつ?)

 

『その銀色の……』

 

("マカブル"のこと?)

 

『それが悪性のウィルスを撒いてるのよ!』

 

(ウィルスを……)

 

 レンは、HK417を手に周囲へ視線を巡らせた。

 

『侵食領域は、5メートル圏内ね』

 

「ユキ、【アラート】が騙されてるかも。この"マカブル"がウィルスを撒いてるって」

 

 情報を妨害するウィルスに汚染された可能性について伝えた。

 

「いつからでしょう?」

 

 背中合わせに周囲を警戒しつつ、ユキが訊ねる。

 

「僕は、アイミル号でこの"マカブル"と近接戦をやったから……あの時からかも?」

 

「そのウィルスは……空気中に残留するものなのですか?」

 

『すぐに消える……揮発きはつって言うの? 10分ほど滞留してから効果を失って消える……思念体を内包したナノマテリアルね』

 

「……らしいよ」

 

 レンは、"マーニャ"の言葉をそのままユキに伝えた。

 

「私は感染していないのでしょうか? 【アラート】が機能しないようですが?」

 

 ユキが不安そうに訊ねる。

 

『【アラート】は機能しているはずよ?』

 

 視界の中で、"マーニャ"が首を傾げた。

 

(でも、音が鳴らなくなりましたよ?)

 

『近くにモンスターがいないからよ!』

 

 "マーニャ"が腕組みをした。

 

(あれだけ居たのに?)

 

『この辺り一帯が、別空間に移送されちゃったのよ!』

 

(えっ!?)

 

『これは、擬似的な融合を生み出す処理ね。かなり大掛かりな装置による特異空間の創造……う~ん、創造ではなくてコピーをしようとしたのね。結果としては失敗……コピー途中で不具合が起きた? ああ……島を攻撃したことが功を奏したのね』

 

 腕組みをした"マーニャ"の頭上にある吹き出しに次々と文字が流れていく。

 

「レンさん?」

 

「今、マーニャさんが色々と考えている。ここは、さっきまで居た島じゃないらしい」

 

「えっ?」

 

「違う場所……特異空間という所に飛ばされたみたい」

 

 レンは、"マーニャ"の吹き出しを読みながら言った。

 

「試練の時のような?」

 

 ユキが小首を傾げる。

 

「たぶん……」

 

 何が何だか分からない。ただ、"マーニャ"がそう言うなら、そうなのだろう。

 事実、あれだけ居たモンスターが消え去っている。

 

『ふふん……なるほどねぇ』

 

 "マーニャ"が笑みを浮かべた。

 

(マーニャさん?)

 

『事象としては、君の住んでいた星……地球のサーフェスモデルを作っている途中で、個々のマテリアルに設定していた要素の値が崩れて再演算をしている最中だった……打ち込んだハープーンが創造装置を破壊したから強制終了したのよ!』

 

(銛……ハープーンが?)

 

『前に話さなかった? 物質を生み出すためのツール……思念体にとってはお宝よ? 元々、壊れかけていたのだけど……島全体が工房になっていたようね!』

 

 "マーニャ"が笑顔で両腰に手を当てた。

 

(その装置が壊れたら、どうなるんですか?)

 

『もう、ルールを無視した物質を生み出すことはできなくなるわ!』

 

 モンスターや魔導具など、世界のことわりから外れた物を創造していた装置を破壊することに成功したらしい。

 

 まったくの偶然だったが……。

 

『あっちよ!』

 

 2頭身の"マーニャ"が左の方を指差した。

 

(あっち?)

 

『この出来損ないの空間を維持している魔導器が存在しているわ!』

 

(それを壊せば良いんですね?)

 

『壊せば、この空間が消し飛ぶわ!』

 

「えっ!?」

 

「……レンさん?」

 

『魔導器は放っておいても自壊するわ! あっちに空間の境界があるから、急いで飛び込むのよ!』

 

 "マーニャ"の吹き出しに、≫186秒 ≪ という文字が浮かんだ。

 

 

 

 

 

======

 

補助脳の一部が、ウィルスに感染していた!

 

レン達は、いつの間にか別の空間に転移させられたらしい!

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