第112話 突貫!


 金属の壁で覆われた巨大な浮遊島から、無数の魔光線が伸びていた。

 直径が100メートル近くある破壊光の帯が、大気を灼き蒼穹を貫いて奔る。

 突如として警戒空域に出現した飛行物体が、異様なほどの高速でファゼルナの浮遊島に迫っていた。

 

 大空を埋め尽くさんばかりの魔光砲火の中を、先端に長大な銛ハープーンを生やした円錐の金属塊が回避運動を行いながら迫る。

 

 白銀色をした"円錐"は、空を覆い尽くす弾幕を嘲笑うかのように、わずか数十秒で大型火砲では追い切れない近距離まで到達すると、小型の機関砲による対空砲火を嘲笑うかのように、巨大な浮遊島の周りを周回し始めた。

 

 迎撃のために出撃した"機銃雀蜂"の亜種が下腹部に抱えていた箱状の武装から、次々にミサイルを放っていたが、"円錐"の表面に届く前に不可視のエネルギー膜に防がれて飛散する。

 

 改めて言うまでもなく、"円錐"の中身は、ケイン達によって改造された"岩塊"だ。

 48基の動力炉を増設した"岩塊"に、先端部に長さ300メートルのハープーンを取り付けた傘状の外装甲フルメタルジャケットを被せてある。

 

 内部の"岩塊"中央には、イーズの商船から取り外したマノントリと昏睡状態のイーズ人が収納されていた。

 

 そして、"岩塊"の最後方には、液状の緩衝材に包まれた操縦席があり、レンとユキが座って操縦をしている。

 

 

 - 229m

 

 

「……突入箇所を探査中です」

 

 レンは、バイザーの情報を見ながら呟いた。

 

「全動力炉、正常です」

 

『モニターできているわ。状態監視装置は実用レベルね』

 

 遙か遠方に待機しているアイミル号から、キララが応答する。

 

「音声、とてもクリアです」

 

 以前の通信装置より、遙かに通信精度が向上している。雑音はほとんど入らず、はっきりと言葉を聞き取ることができた。

 

『1200キロでこれなら十分ね。理屈が分かると魔導って便利だわ』

 

 

 - 207m

 

 

(どこかにもろそうな場所は無い?)

 

 レンはバイザーの情報を消して、補助脳が補正した視界に戻した。

 

(この島、ファゼルナの……基地だと思うけど、こんなのがいくつもあるのか?)

 

 表面が金属板に覆われた巨大な浮遊島だった。

 外縁一周が、約4万キロメートル。

 表面積は、約450万平方キロメートル。

 島の80%以上が金属板で覆われ、わずかに覗いた隙間は岩のようだった。

 

 島の周囲を周回しながら、突入地点を探しているのだが……。 

 

「全体が金属で覆われて……草木はありませんね」

 

 ユキが呟いた。

 わずかに岩肌を残していたが、島の大半は分厚い金属板で覆われていた。

 

『防御用エネルギーの残量が35%に達しました』

 

 補助脳のメッセージが浮かんだ。

 追いすがってくる"機銃雀蜂"の対空砲火を浴びて、エネルギー膜が削られ続けている。

 

 

 - 993m

 


 レンは、"円錐"を加速させて島から離すと、雲霞のように集まった"機銃雀蜂"の大群を見下ろした。

 

(……かなり避けたんだけど)

 

 レンは、迫ってくる大型の光砲弾を回避するために"円錐"を真横へ滑らせた。そのまま推進レバー押し込んで"岩塊"のマノントリに最大速度を指示する。

 

「目標、上部中央。速度最大で突入します」

 

 レンは、島の上方から降下しながら、補助脳の誘導線に従って突入コースを微修正した。

 

「了解です」

 

『了解よ!』

 

 ユキとキララが同時に応えた。

 

 

 - 171m

 

 

 視界上辺の測距値がみるみる減って、島の表層を覆う装甲板が視界いっぱいに迫ってくる。

 

「……コンタクト」

 

 レンは静かに呟いた。

 直後、軽い衝撃が操縦席まで伝わってきた。

 

 ほぼ直上から急降下した"円錐"は、吸い込まれるように巨大な島の中央部に衝突し、金属の破砕音を響かせながら地表を砕き、大きく陥没させて停止した。

 "円錐"の先端に取り付けた特製の"ハープーン"は、表層の装甲板を貫いて深々と刺さっている。

 

(フェザーコートは?)

 

『未発動です』

 

 補助脳の回答に、レンは安堵の息を吐いた。

 "傘"ジャケットを覆っていたエネルギー膜と操縦席を包んでいた緩衝材が、完璧な仕事をしてくれたらしい。

 

旋回銛ハープーン、最大回転数に達しました」

 

 緩衝液が封入された仕切板の向こうから、物静かなユキの声が聞こえる。突き刺さった特製の"ハープーン"が高速回転をしながら解き放たれる時を待っている。

 

旋回銛ハープーン、分離」

 

旋回銛ハープーン、分離します」

 

 ユキが応える。

 

「……分離、確認しました。すべて正常です」

 

「緩衝液を排出して戦闘準備をしよう」

 

 伝えながら、レンは緩衝液の排出弁を回した。

 

『収容室の緩衝液を排出します』

 

 補助脳のメッセージが浮かんだ。

 

(イーズは生きてる?)

 

『生命活動に異常なし』

 

(拘束具を解除してやって)

 

『固定帯を開放します』

 

「こちら、。アイミル号、聞こえますか?」

 

 レンは、アイミル号に呼びかけた。

 

『聞こえるけど……少し雑音が入るわね』

 

 キララが応答した。

 

「すべて予定通りです。これから潜入を開始します」

 

 補助脳の探知情報では、まだ"ゴブリン"や"機銃雀蜂"が来ていない。予想より対応が遅れている。好機だった。

 

『了解よ。気をつけてね』

 

「ユキ?」

 

「装備点検終わりました。いつでも行けます」

 

 仕切板の向こうから、いつもの落ち着いた声が返る。

 

 

 ピッピッピッ……

 

 

 小さな警報音が鳴った。

 

『複数の熱源が接近します』

 

 視界に、補助脳のメッセージが浮かび、迫ってくる大量のミサイル群が表示された。

 

(エネルギー膜に、残存エネルギーの全量を使って)

 

『全エネルギーを防御に回します』

 

 補助脳が応えた。推進用に割り振っていたエネルギーがまだ残ってる。

 

「ミサイル命中に合わせて、スモークを散布……爆煙に紛れて外に出よう」 

 

 レンは、視界に映っている円筒形のミサイルを見ながら、【コス・ドール】で戦闘迷彩服に着替えると、HK417を手に初弾の装填を確認した。最後に、鉄帽の紐を確認して大きく息を吸って静かに吐き出す。

 

 しばらくして、ミサイル群が命中したらしい爆発音が聞こえ始めた。

 

『スモーク散布します』


 補助脳が"岩塊"のマノントリに命令を伝達する。

 

「ユキ?」

 

 レンは、操縦室後方の小さな扉ハッチのレバーを回した。

 

「解錠確認しました」

 

 仕切板の向こうから、ユキの声が聞こえる。

 

「行こう」

 

 レンは、勢いよく小扉ハッチを押し開けて外に出た。場所は、"円錐"の最後尾だ。小扉ハッチが高い位置にあることは分かっている。

 隣の小扉ハッチが開いて、迷彩戦闘服を着たユキが姿を見せた。

 

 

 - 93m

 

 

 島の地表までの距離が表示される。

 

「降りるよ」

 

「はい」

 

 レンとユキは、ほぼ同時に扉の縁を蹴って地表めがけて飛んだ。

 濃緑色の煙幕が遙か上方まで覆って、陽の光が遮られている。

 ミサイルの爆発による爆煙や熱も残っていたが……。

  

 

 - 38m

 

 

 レンの視界に、引き裂けた地表が拡大表示され、推奨される侵入経路が複数提示された。例によって、推奨ルート毎に番号が振られる。

 

(7番にする)

 

 レンは、少し離れた場所にある侵入口を選択した。

 理由は無い。

 

 

 ピッピッピッ……

 

 

 再び警報音が鳴った。

 

『複数の熱源が接近します』

 

 視界に、第2波のミサイル群が表示された。

 

「ミサイルが来る」

 

 ユキに伝えながら、レンは先導して走った。

 ちらと上方を見上げながらユキが続く。

 

「この先に裂け目がある。そこから入ろう」

 

「了解です」

 

 ユキが頷いた。

 

『イーズ人が船外へ出ました』

 

 視界の隅に小枠が開いて、"岩塊"から出てくるイーズ人達の様子が映し出された。

 

(……敵の位置を)

 

 レンは、行く手に目を凝らした。

 モンスターを表す光点が視界いっぱいに点灯し、それぞれの光点の下に小さく距離が表示される。

 

(衝撃で倒れた?)

 

 忙しく移動する光点とは別に、じっと動かない光点もいくつかあった。

 

(前から、5体……)

 

 目指している地表の裂け目に向かって、島の内部から近づいてくる光点があった。

 

「5体」

 

「了解」

 

 囁いたレンに、ユキが頷いて見せた。

 

 

 - 92m

 

 

 最寄りの光点までの距離が表示された。

 地表を覆っている金属板が継ぎ目からめくれ上がり、人が通れそうな裂け目ができている。

 レンとユキは、躊躇ちゅうちょ無く裂け目から内側へ飛び込んだ。

 格納施設の天井部に空いた裂け目だったらしく、床面まで5メートルほどの高さがあったが……。

 

 

 ダダダダダダッ……

 

 

 レンとユキは、まだ空中にいる間に射撃を開始していた。

 レンがゴブリンの頭部を、ユキが胸部を狙って集弾させる。

 様子を見るために来ていたのか、ほぼ無警戒のまま大柄なゴブリンが床に転がった。

 

「ゴブリン・ジャックです」

 

 ユキがささやきながら左へ、レンは右へ大きく跳んだ。

 2人の間を正面から飛来した光弾が抜ける。

 応射してゴブリンの足を止めつつ、レンとユキは壁面の扉を開けて中へ入った。補助脳の誘導線が、部屋の奥にある扉へと続いている。

 

「転移だ」

 

「レイスですね」

 

 ユキが奥の扉のチェックに向かい、レンは後方に現れた黒いゴブリンを撃ち倒した。

 

『続いて、転移反応……2』

 

 補助脳のメッセージと共に、出現地点が赤枠で示される。

 レンは、ほぼ真横に出現したゴブリンを狙ってHK417の引き金を引いた。遅れて天井付近に転移してきた黒いゴブリンを、ユキが冷静に狙って撃ち落とす。

 

『通路正面に、大型の個体です。過去に遭遇履歴があります』

 

 視界右端に、モンスター情報が表示された。

 

(……ゴブリン・ブレイカーか)

 

 輪郭表示されたゴブリンの位置を確認しつつ、レンは扉を開けて通路へ出た。

 

 

 

 

 

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"まつぼっくり"の強襲は成功した!

 

イーズの商人を釈放した!

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