第115話 遺跡

 

 崩れかかった石壁を背もたれにして、レンとユキは食事を摂っていた。

 巨石を積んで造られた大きな建造物の中だったが、床が淡く光っていて暗闇というほどではない。

 

(補助脳の探知範囲には、生き物の反応が無い)

 

 レンは缶詰の戦闘糧食"しいたけ飯"を頬張りながら、探知情報に目を通していた。

 

 遺跡内では【アイテムボックス】や【ピクシーメール】など、すべてのボードメニューが機能したため、すでにアイミル号には状況を報告してある。

 

(現在地は、"wasted resource"……廃棄された資源?)

 

 ナンシーから与えられた【天眼】に表示されているのだから、この遺跡はナンシーが護っている世界にある場所なのだろう。

 "綿飴わたあめ"のような思念体が創作した空間とは違うらしい。

 

「アイミッタのピクシーです」

 

 ユキの声が明るく弾む。

 見ると、ユキの前にアイミッタのピクシーが浮かんでいた。アイミッタは、レンとユキの脱出に備えて緊張を強いられていたはずだ。連絡がついたのは幸いだった。

 

 わずかに遅れて、

 

 

 リリリン……

 

 

 澄んだ鈴の音と共に、紺色の水着を着たピクシーが現れた。

 

(ケインさんか)

 

 レンは、ピクシーが差し出す小さな手紙に指を触れた。

 小さかった手紙が目の前に浮かび上がって大きく拡がる。

 

(ここが見えない?)

 

 ケイン達には、【天眼】に表示されている座標を報せてあった。アイミル号で近くまで迎えに来てもらうつもりだったのだが……。

 

(見えないのか……アイミッタにも?)

 

 座標が示す場所には、島や岩など、それらしいものは存在していないらしい。

 

(また、どこか別の空間?)

 

 強襲した敵の島から赤茶けた荒野の世界へ、そして思念体と戦った真っ暗な空間を経て、古びた石造りの建造物が立ち並ぶ場所に……。

 再び、おかしな空間へ転移させられたのかもしれない。

 

『大気成分、重力値、魔素濃度……すべてがゾーンダルクの平均的な数値です』

 

 視界に、補助脳のメッセージが表示された。

 

(……ゾーンダルクに似せた別世界とか?)

 

 レンは、ちらと頭上を見上げた。

 約30メートル上に天井がある。今座っている床と同様、大きな石を組み合わせて造られた天井だった。左右に見える壁も同じような石造りだ。

 

(砂……埃かな? 表面はザラついているけど……)

 

 崩れるようなもろさは感じない。

 石の表面を指で撫でつつ、レンはユキの方を見た。

 

「アイミル号は、第九号島に帰って待機してもらおう。あまり、島を空けるのはよくないから」

 

「分かりました」

 

 頷いたユキがピクシーを召喚してメッセージを送る。

 

(これ、燻製スモークっぽい?)

 

 "ウィンナーソーセージ"を囓りつつ、ユキから貰った味噌汁を飲む。

 とにかく今は腹ごしらえだ。

 

『微弱なエネルギー反応が出現しました』

 

 視界に、補助脳のメッセージが浮かんだ。文字色は、緑色。それほど緊急性はなさそうだが……。

 

(ゴブリンとは違う?)

 

 レンは、残っていた"しいたけ飯"を掻き込んだ。

 

「敵ですか?」

 

 ピクシーメールを送り終えたユキが、レンの様子に気付いて壁に立て掛けてあったHK417に手を伸ばした。

 

「弱い反応が……3つ。まだ遠いよ」

 

 ポリ袋に空き缶を入れて【アイテムボックス】に収納すると、レンもHK417を手に取った。遺跡内では音が大きく反響して耳に障るため、2人とも銃口に消音器サプレッサーを付けている。

 

 

 - 803m

 

 

 補助脳が測距値を表示した。視界左上に、小さな立体地図が表示される。

 白色の ◎ がレン、○がユキ、上層に浮かんで見える緑色の ▽ が探知した反応らしい。

 

「方向としては、こっちなんだけど……」

 

 レンは、斜め上方を指差した。

 綺麗に均された石の壁がそびえていて、壁梯子や階段などは見当たらない。

 

「……登ってみようか」

 

 レンとユキは壁際に寄って石の表面を確かめた。

 壁を構成する一つ一つの石が大きく、表面は綺麗に整えてあるため指や爪先が掛かるような箇所がほとんど見当たらない。

 

「とりあえず、天井まで登ってみよう」

 

 レンは、HK417を収納した。

 

「シザーズ、オン!」

 

 両腕に特異装甲の鋏を生やすと、レンは床を蹴って垂直に跳び上がった。

 8メートルほどの高さで上昇の勢いが落ちる。

 寸前で、レンは左腕の"シザーズ"を壁面めがけて打ち込んだ。

 

 

 ガッ!

 

 

 硬質の衝突音が鳴り、シザーズが中程まで石壁に突き刺さった。

 

「ユキ」

 

 レンは、見上げているユキに声を掛けた。

 直後、ユキが同じように跳躍して来る。

 

「乗って」

 

 レンは、右腕の"シザーズ"をユキの足下へ差し伸ばした。

 ユキの戦闘靴が"シザーズ"を踏む。その感触を確認すると同時に、レンはユキを上方へと投げ上げた。

 

 間髪入れずに、空いた"シザーズ"を石面に叩き付けながらレンも上へ跳ぶ。

 途中で、落ちてくるユキを受け止めつつ、石壁に"シザーズ"を突き入れると、再びユキを放り上げる。

 

 ユキを抱えて跳ねるより、一度の跳躍距離が伸びるだろうと思ったのだが……。

 

(……微妙だったかも?)

 

 レンは同じ作業を繰り返し、天井付近まで辿り着いた。

 

『壁面と同じ材質です』

 

 補助脳が天井を覆った石面を探査する。

 

「登り口は無さそうだ」

 

 レンは、天井の石面を見回して呟いた。

 

「あそこに……あの石は少しくぼんでいます」

 

 ユキが指差したのは、天井ではなく斜め下方に見える壁面だった。

 

『指示されたターゲットを確認。拡大表示します』

 

 補助脳のメッセージと共に壁面の一部が大きく映し出された。

 

 レン達から40メートルほど離れた位置で、他の石と同じように長辺が5メートル以上ある巨石だ。

 

「確かに……ちょっと表面が削れているかな?」

 

 レンは、石の表面を見ながら呟いた。ほんの僅かな差だが、周囲の石よりも数ミリ程度奥に引っ込んでいるようだった。

 

『擦過痕を確認しました』

 

 レンの視界の中で、巨石が白線で縁取られ、周囲の巨石との境目が拡大表示される。その境目に擦れた痕があるらしい。

 

(……2、3ミリの……これが?)

 

 ただの汚れのようにも見えるが……。

 

「石を押し込む仕掛けになってる?」

 

 あの汚れのようなものが擦過痕なら、巨石が奥へ動いた痕ということになる。

 

「そうかもしれません。でも……」

 

 "シザーズ"の上からユキが床面を見下ろした。

 

 巨石は床から15メートルくらいの高さにある。

 仮に、何かの仕掛けであったとして、誰がどうやって使用するためのものなのだろう?

 

「……押してみようか」

 

 レンは、壁に刺していた"シザーズ"を引き抜きながら壁面を蹴った。

 右手の"シザーズ"にユキを乗せたまま、斜め下方に見えている目的の石の近くへ降りると、隣の石に左手の"シザーズ"を突き入れて体を固定する。

 

(動くかな?)

 

 ユキが身を屈めて乗っている右手の"シザーズ"を、石の表面に当てて軽く押してみる。

 

(あ……これ、動くかも)

 

 微かに石が動いたようだった。見た目ほどの重さは無いのかもしれない。

 

「押しますか?」

 

 ユキが訊いてきた。

 

「うん……動きそうな気がする」

 

「そうですか」

 

 ユキが目の前にある石面をじっと見つめた。

 

 どうするのかと見ていると、ユキが"シザーズ"の上に立ち上がり、拳を握って右脇に引きつけながら腰を沈めた。

 

「……パワーヒット、オン」

 

 呟きながら、ユキが左手を体の前へ差し伸ばす。

 

(えっ……?)

 

 レンがぎょっと眼を見開いた瞬間、

 

「せっ!」

 

 鋭い呼気と共に、ユキが引きつけていた右拳を真っ直ぐ突き出した。

 

 

 ズンッ!

 

 

 重たい衝撃音が石の壁面を揺るがした。

 

「やっ!」

 

 再び、鋭い気合いが聞こえ、"シザーズ"の上で身を捻ったユキが左足を跳ね上げて回し蹴りを放っていた。

 

 今度は、衝突音が鳴らなかった。

 右の拳が当たった瞬間、壁面の巨石が勢いよく奥へ吹き飛んだのだ。

 空振りした勢いのまま、くるりと爪先立ちで回転をし、ユキが壁面に正対して身構えた。

 

「動きましたね」

 

 ユキが静かに構えを解きながら言った。

 

「う、うん……お見事」

 

 レンは、巨石が消えてできた空洞を覗き込んだ。

 

 元の仕掛けがどうだったのかは知らない。

 おそらくはスイッチの役割をしていたのだろう巨大な石は、通路のようになった空洞の奥で砕けて散乱していた。

 

「"フェザーコート"が少し減りました」

 

 HK417を取り出しながら、ユキがぽっかり空いた空洞めがけて跳躍する。

 

「まあ……そうだろうね」

 

 レンは壁面に刺した"シザーズ"を引き抜いて、ユキの後ろから空洞に跳び込んだ。

 

 その時、

 

 

 ビィィィ……

 

 

 ビィィィ……

 

 

 ビィィィ……

 

 

 大きな音が鳴り始めた。

 

(警報!?)

 

 レンは、穴の縁から遺跡の床面を見回した。その視線を上方の天井へ向ける。

 

(何か反応は?)

 

『高エネルギー反応です。待避を推奨します』 

 

「えっ!?」

 

 軽く息を飲みつつ、レンは仰け反るように穴の縁から離れると、ユキを押し倒すようにして奥へ向かって跳んだ。

 直後、背後で凄まじい轟音が空気を震わせ、激しい閃光が視界を明滅させた。

 

『プラズマに似たエネルギー波です』

 

 補助脳のメッセージが浮かぶ。

 

(プラズマ?)

 

 レンは、床に伏せたまま首を捻って後方を見た。

 空気が灼けた臭いが漂う中、残滓のように青白い閃光が奔っている。レン達が居る空洞の中までは入ってこないようだった。

 

「トラップ……罠を発動させるスイッチだった?」

 

 侵入者を排除するための押しボタンのようなものだろうか?

 

「すみません。罠だったようです」

 

 レンの下敷きになって倒れたままユキが謝った。

 

「……あっ、ごめん」

 

 レンは、急いで起き上がるとユキの手を掴んで引き起こした。

 

「石のスイッチは、罠だったかもしれないけど……」

 

 レンは、散乱した巨石の残骸を指差した。

 促されてユキが目を向ける。

 

 本来の稼働域を大きく超えて移動した巨岩が突き当たりの壁を破り、小さな亀裂ができていた。

 亀裂から淡い光が射し込んでいる。

 

 

 

 

 

======

 

レンとユキは、古びた遺跡の探索を開始した!

 

侵入者除けのトラップを作動させたらしい!

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