第135話 未踏の島
『ユキです。北区域、痕跡なし』
ユキから魔導通話が入る。
「こちら、レン。南区域、痕跡なし」
レンは、短く区切りながら応答した。魔導通話装置の癖なのか、音声に波のような強弱が出て、聞き取りづらくなる瞬間がある。
持ち帰って調整をしてもらうまでは、使い方を工夫するしかない。
『ユキ、南区域に移動』
「レン、北区域に移動」
互いに担当区域を交代することを告げ合って、レンとユキは島内を移動してゆく。
"始まりの島"である。
富士山の"鏡"から通じる"始まりの島"ではなく、別の"鏡"から入る"始まりの島"だった。
同じように海面下に岩塊型の船を隠して上陸し、極力、人間と接触しないように努めつつ島内の探索をする。
現在探索中の島で、5島目。
(今回は、ここまでかな)
レンとユキは問題無いが、岩船に居るミルゼッタとアイミッタはそろそろ厳しいだろう。
(ここは、当たり?)
補助脳の探知能力をフルに活用しているが、島内のどこにも渡界者の痕跡が無かった。レンとユキが交互に探索区域を行き来して念入りに調べている。
(未渡界で確定だ)
5島目にして、初めて渡界者ゼロの"始まりの島"に当たったらしい。
(棲息しているモンスターは、どの島も同じだった)
脅威になるのは、唾液に毒がある中型犬くらいのトカゲ、拳大の赤い蟻、水たまりのようになって罠を張っている粘体、そしてポータルポイントを護っている姿の見えないナメクジだ。
他にも、大型のモンスターが何種類かいるのだが、物音を立てて騒がない限り近寄ってこない。
全長が10メートル程度あるため、どこに居ても見つけやすく、不意を突かれる心配が無い。9ミリ拳銃弾ではどうにもならないが、対物狙撃銃なら、頭部に3発、胸部と腹部に5発ずつ撃ち込めば仕留めることができる。
"パワーヒット"とチタンハンマーの組み合わせなら一撃で終わる。
(どう?)
レンは、補助脳に問いかけた。
『探知範囲内に反応ありません』
島内の地形情報が表示され、大気成分や気温などの情報、モンスターの分布図、熱源探知による現在のモンスターの位置情報……。
(変化ないな)
『発生する音の収集を完了しました』
(了解)
レンは、探索ルートを変えながら、ポータルポイントがあるガレ場へ向かった。
島内の東側、涸れ谷を少し遡った場所にポータルポイントがあった。すでに、ナメクジを排除して開放状態になっている。
ポータルを開放してから1時間以上経ったが……。
(もう湧いて出ないのか)
ポータルガーディアン [ ミスティスラグ ] というナメクジは、ポータルポイントを開放すると出現しなくなるようだ。
レンはHK417を手に周囲を見回した。
「レンさん」
木立の合間を抜けて、ユキが姿を見せた。
「渡界者はいません」
ユキが地図を拡げて探索ルートを見せる。
「そうみたいだ」
レンも探索した場所を教えた見せた。
それぞれ、水場や海岸線、小高い丘や鍾乳洞など気になる場所を巡っている。
その上で、補助脳が探知を行ったのだ。
「後は、ここがどこの"鏡"から入る場所なのか……だけど」
レンはポータルポイントから立ち上る光の柱を見た。
「ステーションに行けば分かりますね」
ユキが呟く。
案内板やシーカーズギルドや銀行の支店名で分かる。
「入ってみよう」
「はい。ミルゼッタさんに連絡を入れておきます」
ステーション内は安全地帯だ。"鏡"から地球側へ出なければ問題は無い。
レンとユキは、HK417を【アイテムボックス】に収納しながら淡く光っている光の柱に入った。
一瞬、周囲が暗闇に包まれ、すぐに明るくなる。
(これは共通なんだな)
転移の仕組みは、どこのポータルも同じ仕様なのだろう。
「門がありません」
ユキが頭上を見上げながら言った。
「……ないね」
レンは周囲をゆっくりと見回した。
富士山の"ステーション"なら、ライトアップされた楼門がある場所に、大きな灯籠らしき物が置かれていた。
「ゼロです」
「え?」
ユキに促されて鏡面を見上げると、渡界者数は「 0 」になっていた。
「大氾濫中かな?」
タイルが敷かれた床を軽く蹴って硬さを確かめつつ、レンは先に立って歩き始めた。
照明は明るく、空気は清涼で、物音はしない。
戦闘靴が床を踏む音が聞こえるくらいに"ステーション"内が静まり返っていた。
「"ステーション"によって違うんだな」
レンは行く手に見えてきた石碑を見た。
富士山の"ステーション"では小さな瓦屋根がついた案内板だったが、ここでは大きな石碑だった。
「南鳥島ステーション案内図」
ユキが呟いた。
「本当に"鏡"があったのか」
レンは、石碑の絵図を確認した。
大きな道が一本あり、その左右に全ての施設が並んでるというシンプルな造りだった。
銀行やホテル、シーカーズギルドや銃砲刀店など、富士山の"ステーション"と同じものが揃っているようだ。
「施設を回ってみよう」
レンは、一番手前にある銀行に向かった。
富士山ステーションと比べて簡素な雰囲気である。廃屋とまでば言わないが、どこか寂しい感じの外観だった。
建付けが悪い引き戸を揺すりながら開けると、カウンターの向こうで何かを飲んでいた女が手にしたカップを取り落とした。悲鳴を聞いた感じ、かなり熱い飲み物だったようだ。
静かだった銀行内に、派手派手しい破砕音と悲鳴が響き、物音を聞きつけて奥の扉が開いて別の女が顔を覗かせる。
(……ジャージ)
奥から顔を覗かせた若い女は、黄色に黒い線の入ったジャージを着ていた。
レンとユキを見るなり、目を大きく見開いて口を半開きにする。
(ここのスタッフも……獣みたいな耳があるのか)
寝癖のついた女の頭を眺めていると、パタパタと慌てた足音が近づいてきた。
「いっ、いらっしゃいませぇ~」
割れたカップをそのままに、白いTシャツの上から紺色のジャケットを羽織りつつ、女がカウンターから出てきて営業用の笑顔を見せる。
三十歳くらいだろうか? こちらも獣の耳が頭の上にあった。
『えっと……どのようなご用件でしょうか~?』
笑顔を維持したまま女がレンを見る。
レンは、ちらと下を見た。
ジャケットで隠していたが、スカートのお腹のあたりが濡れている。
「それ……熱くないですか?」
『問題ございませ~ん』
女がにこやかに答えた。
「拭くまで待ちますよ?」
『まったく問題ございませ~ん』
「そうですか」
レンは、それ以上訊かないことにした。
「討伐ポイントの交換レートを知りたいんですが?」
『口座は、お持ちですか~?』
「はい」
レンは、左手を伸ばして、エーテル・バンク・カードを浮かび上がらせた。
『ご提示ありがとうございます。まあっ、富士山ステーション! 良いですねぇ~』
「……なにが良いんですか?」
『えっ? あ、いえ、何でもございませ~ん』
女が顔の前で手をヒラヒラと振る。
(お客がいないから、仕方ないのかな)
やや目尻下がりの女の目を見ながら、レンは内心で溜息を吐いていた。
富士山ステーションの女性店員とはまるで違う。同じ銀行でも、支店によって雲泥の差があるらしい。
『レートですね! 少々お待ちくださ~い!』
女が駆け足でカウンターの中へ戻っていった。
「……レンさん」
ユキに呼ばれて顔を向けると、ユキが壁際のボードを指差していた。
電光掲示板のような物があり、そこにレートが表示されていた。
(1ポイント=101.5 wil……少し上がった?)
これといって使い道が無いものだから気に留めていなかったが、レートは変動しているようだ。
「今、101ポイントを少し超えたくらいですね~」
大きな声で言いながら、女が駆け戻ってきた。
「……そうですか」
端数も大切なのだが……。
「このステーションは、いつできたんですか?」
レンは話題を変えた。
「え~と……もう、3年くらいになるかなぁ~?」
女が人差し指を頬に当てて首を傾げる。
(こんなポーズをする人、初めてみた!)
レンは軽く目を見開いた。
「初めてのお客様なんですよ~」
女がにこにこと笑みを浮かべて言う。
「でしょうね」
レンは、銃砲刀店へ向かうことにした。
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レンとユキは、未渡界の"始まりの島"を発見した!
レンとユキは、南鳥島ステーションに入った!
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