第7話 渡界者
(なるほど……)
レンは、ボードを表示させたまま思案していた。
ちなみに、あの大ネズミは、毒爪鼠チェロスという生き物だった。
名前の通り"チェロスの毒爪"というカードが現れて、レンのエーテル・バンク・カードに吸い込まれている。
ネズミの討伐成果は、
討伐ポイント:8
異能ポイント:1
技能ポイント:1
採取ポイント:3
という、とても残念なものだった。
(結構、怖かったんだけどなぁ)
一匹一匹が中型犬くらいの大きさがある大ネズミである。
奇襲で一気に倒しきったものの、あの群れが最初からレンを狙って襲って来たらと思うとゾッとする。
(これって、どれを使えるようにすれば良いんだろう?)
ボードのメイン画面の上辺には、左から【ステータス】【コス・ドール】【アイテムボックス】【パーティ】【マップ】【戦闘記録】【検索】【その他】と並んでいた。
今までは【検索】以外、グレーアウトして使えなかったが、異能ポイントというのを消費することで、他のメニューも使用が可能になるようだった。
ボードの【検索】を行おうとして、うっかり他のメニューに触れた際、メニュー解放の有無を問うコマンドが表示されたのだ。
すぐにでも全部のメニューを解放したかったが、どうやら一つを解放するために異能ポイントが5ずつ必要らしい。【検索】だけは最初から使える状態だったから、全部を解放するために35ポイントが必要になる。
現在のレンが所持している異能ポイントは、6だ。
討伐ポイントと違って、異能ポイントは、少しずつしか所得できないようだった。
(解放するなら【マップ】か……【アイテムボックス】って、ゲームによくあるアレかな?)
しばらく悩んでから、レンは【マップ】を先に選ぶことにした。
これで、残る異能ポイントは、1になってしまった。
(このまま迷子になっている訳にはいかないもんな)
レンは、【マップ】を押してみた。
【ワールドマップ】と【エリアマップ】という項目が出てくる。幸い、下位のメニューは異能ポイントで解放しなくても使えるようだった。
さらに、【エリアマップ】を押すと、周辺図と共に、現在位置が ∧ という記号で表示された。
踏破エリアを認識してクリアになっていくシステムらしく、レンが歩いた場所以外は白くぼかして隠されていた。試してみた感じ、踏破認定の範囲は、レンから50メートルくらいまでだろう。
東西南北がマップ右上に表示されているから、同じ場所をぐるぐる歩くような事にはならない。
(【エリアマップ】で【エディット】……)
地図上に ○ マークを置いて、短文の説明を書き加えることができる。
("岩山龍の死骸"……)
地図上のマークに指を触れると、説明書きが小さな吹き出しになって表示された。
(指で地図の表示位置は動かせるけど、拡大縮小はできないんだ?)
あれこれ試してからボードを閉じ、レンは小銃の残弾を数えた。
ネズミ戦で、28発も消費していた。破片手榴弾を2個も使ったことを考えると、割が合わない気がする。
(ちゃんと訓練した人なら、もっと簡単に仕留められたんだろうな)
64式小銃の
もう夜半である。
ゾーンダルクがゲームのような世界なら、夜には昼間より危険なモンスターが出るかもしれない。
レンは夜間の移動を諦め、巨鳥にへし折られた巨樹が重なってできた隙間に潜り込んで隠れていた。
倒木の下には腹ばいになって通れるくらいの隙間があり、さらに奥へ潜り込むと別の巨樹が上から覆い被さってできた空間がある。レンが座っていられるくらいの高さがあった。
巨樹が折り重なっている上に、隙間を枝葉が覆っていて月明かりすら届いていない。
巨鳥には折られたが、巨樹は恐ろしく頑丈だし、枝葉の強さも尋常では無い。
ここは、ちょっとした避難場所に使えそうだった。
(問題は、外の様子が見えないことなんだけど)
『透過表示しますか?』
レンの思考に反応して、補助脳がメッセージを表示した。
(いや……今はいい)
岩山龍のナノマテリアルを吸収してから、やたらと補助脳が反応するようになった。
なんでも、ナノマテリアルの貯蓄率が230%を超えたらしい。
(ナノマテリアルが貯まったから、探知情報の精度調整をするって言ってたな)
レンは鉄帽を脱いで頭を掻きながら、戦闘背嚢を開けて食事の準備を始めた。
(他の人は、ちゃんとポイントを稼げてるのかなぁ?)
缶詰を一つと乾パンの袋を取り出した。とりあえず、今夜の食事はこれで良い。
缶詰には、"戦闘糧食さばトマト"と書かれている。汁気があって、喉の渇きも多少和らぐので有り難い。
(岩山龍の肉は、惜しかったな)
死骸にはまだ肉は残っていたが、毒爪鼠が喰い散らかした後では食べる気がおきなかった。
(ネズミめ)
レンは、手にしたフォークを、蓋を開けた缶詰に詰まっている鯖身に突き刺した。
(あっ……これ、美味しいな!)
まったく期待していなかったが、"戦闘糧食さばトマト"は美味かった。
(乾パンは……乾パンだけど)
口の水分を持って行かれる味だった。
汁の一滴まで乾パンに染みさせて食べ終わると、レンはミニライトの明かりを消した。
(外は……)
『透過表示しますか?』
視界内に文字が表示された。
(やってみて)
承諾すると、レンが潜り込んでいる巨樹の外側の様子がモノクロで表示された。
(……なんかいるじゃないか!)
レンは、慌てて64式小銃に手を伸ばした。
『対象のナノマテリアルの内包量は0です。敵性体では無いと判断しました』
「ナノって……じゃあ、あれはゾーンダルクの生き物じゃないのか?」
レンは思わず声を出してしまい、慌てて口を噤んだ。
(……聞かれた?)
モノクロの視界の中、遠くに見えていた動くものが反応して、こちらに向かって移動を始めた。
(人間だ)
全部で四人。
どうやらレンと一緒にゾーンダルクに渡った第九期の傷病特派の人達らしい。小銃を手に周囲を警戒しながら固まって歩いている。
(どうしよう? ここで、出ていったら撃たれるかも?)
一瞬、やり過ごして回避しようかとも思ったが……。
(会ってみよう)
レンは、手早く荷物を戦闘背嚢に詰めて、64式小銃を手に"避難場所"から外へ這い出た。
相手は男1人に、女3人という組み合わせだ。
銃を構えている様子からして、あまり訓練を受けていない。
- 201.4m
視界の隅に数字が表示された。これは、補助脳による測距値である。
(攻撃されるかな?)
レンは、頭の中で補助脳に訊ねた。
『不明です』
補助脳からの回答が視界に表示される。
(なんか、誤射されそうなんだけど?)
とりあえず、声を掛けてみないといけないが、うっかり姿を見せると反射で撃たれそうな気がする。
真っ暗な中、緊張しながら銃を構えて歩いている様子が見てとれた。
レンは、木陰に身を入れたまま4人が近付いて来るのを待った。
- 150.7m
表示された距離が縮まった。
(他に何かいる? ナノマテリアルが無くても……とにかく動いているものは教えて欲しい)
『探索範囲に存在しません』
(暗いのに……あの人達、ずっと移動してたのかな?)
陽が暮れてかなり経つというのに、夜の森を移動し続けて来たのだろうか。
レンは、そっと木陰から顔を出して目視で姿を確認した。
瞬時に、モノクロの視界がカラー補正されて昼間と遜色ないようになる。
- 90.3m
レンは木陰に戻った。
4人とも64式小銃を持っている。
(そういえば、あの人達の名前を知らないな)
ステーションにいた時は、調査資料の読み込みや装具の点検に気を取られて、他の人達とまともに会話をしてない。
(あっ……しまった)
ボードの【検索】で調べれば名前が判ることに気が付いた。しかし、もう相手から目を離すのが怖い距離だ。
- 50.6m
距離が50メートルになったところで、レンは声を掛けてみることにした。
「第九期の者です!」
樹に身を隠したまま少し大きな声で呼び掛けた。
直後に、
ダァンッ!
銃声が高らかに鳴り、夜の静寂を引き裂いて木霊して響き渡った。
どこへ向けて撃ったのか、レンの近くには着弾しなかったようだったが……。
「ば、馬鹿っ! 撃つなよ!」
男の声がした。
「だって、びっくりして」
「静かにして! モンスターが来たらどうするのよ!」
女の声が聞こえた。
(いや、銃を撃った時点でアウトだろ)
レンは、4人と接触したことを後悔した。
(あっ……もう1人は?)
聞こえた声は、3人分だ。
『左後方から接近中です』
視界に文字が躍った。
(えっ!?)
レンは、慌てて振り返りながら64式小銃を構えた。そこに、同じく64式小銃を構えた少女が立っていた。距離は15メートルほど。大きな樹の後ろを回ってレンの背後を取ったようだった。
射線が通っていれば、もっと遠くから狙い撃たれたかもしれない。
(あっ……)
迷彩柄の鉄帽を被っていたが、頭髪が無いのは見て取れる。レンの前にゲートへ入った少女だろう。
(外国人?)
一瞬、状況を忘れて目を奪われてしまったほど、目鼻立ちの整った美しい容貌をした少女だった。年は、レンより少し上だろうか。
(撃たれるかな)
そう覚悟しながら、レンはゆっくりと銃口を逸らした。レンの方には、目の前の女の子を撃つだけの動機が無かった。
「ステーションで会いました?」
水色の瞳でじっとレンを見つめたまま、少女もゆっくりと銃口を下げた。
「ゲートに入る時に」
レンは小さく頷いた。
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レンは、ボードメニュー【マップ】を解放した!
レンは、同期の渡界者と遭遇した!
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