第8話 ガーディアン

「レンです」


「ケインだ」


「マイマイよ」


「私、キララ」


「ユキです」


 5人顔を合わせて探索士名を名乗り合った。

 探索士同士は、"探索士名"で呼び合うのが決まりになっている。

 ケイン、マイマイ、キララは三十歳になったかならないか。ユキはレンより一つか、二つ年上だろう。

 銃声を轟かせた場所に居続けるのは危ないので、5人で周囲を警戒しながら夜の森を歩いていた。


「他の人は?」


 レンは、4人の顔を見た。


「いや……バラけちまって分からねぇんだ。たまたま合流できた奴等とも色々あってな」


 ケインが答えた横で、


「喧嘩したのよ」


 キララと名乗った女が不満げに言った。


「あの時は、仕方無かっただろ?」


 ケインがむっとして言い返す。


「殴ることは無かったでしょ?」


「だってよう……」


「ちょっと、止めてよぉ。こんな時に」


 マイマイが間に入って二人を宥めていた。


(なんか、揉めたのかな?)


 レンは、それ以上は訊ねようとせず、夜闇に沈む木々の間へ眼を向けた。



 ピピピッ!


 ピピピッ!


 ピピピッ!



 小さな警報音が耳の奥で鳴っていた。

 落ち着いて話を聞くのは後にした方が良さそうだ。


『高濃度ナノマテリアルを検知しました』


 補助脳からのメッセージが浮かんだ。

 同時に、視界に小さな光点が一つ点った。


「何か来たみたいです。向こうは、こちらに気付いています」


 レンは、巨樹の幹へ身を寄せて64式小銃を構えた。



- 487m



 補助脳が計測した測距数値を横目で確かめつつ、スコープを覗いて相手の姿を探す。

 その頃になって、ケイン、マイマイ、キララの3人が慌てて近くの木の陰へ駆け込んだ。

 視線を巡らせると、やや離れた巨樹の陰で、ユキが片膝を地面について64式小銃を構えていた。


(ユキさんは、本格的に戦闘訓練を受けてるな)


 無駄に動き回らず俊敏に動いている。何かが来たと報せただけで、レンが意識を向けている方向に注意を払いつつ、遮蔽物に身を入れて小銃を構えていた。

 レンより、少し年上のように見えるが、実際は何歳なのだろう? レンと同じように、特別措置法が出された後で戦技校に通った世代だと思うのだが……。


(でも、入院していたんなら、そうとは限らないのか?)


 レンが、ユキに意識を向けた瞬間、



 ビィーーー……



 いきなり、頭の中で警報が鳴り響いた。



『ロックオン、アラート!』


『ロックオン、アラート!』


『ロックオン、アラート!』



 警報音と共に、視界に真っ赤な文字が躍る。

 直後、視界前方で小さく噴射光が点ったのが見えた。


(ロックオン……って、まさか!?)


 レンは、頭から巨樹の裏側へ飛び込んだ。

 直後、立て続けの爆発音が響き、巨樹の幹を激しく震動させた。辺りを熱風が吹き抜け、鼓膜が破れたかのように鳴り続ける。


(……ミサイル!?)


『赤外線映像を表示しますか?』


(頼む)


 レンは巨樹の陰から飛び出して、斜め前にある別の樹へ駆け込んだ。

 視界の中に、赤い線で囲まれた相手の輪郭が浮かび上がる。



 ビィーーー……



『ロックオン、アラート!』


『ロックオン、アラート!』


『ロックオン、アラート!』



(再装填が早過ぎる!)


 レンは、樹の裏で身を縮めて頭を抱えた。

 激しい爆発音と共に巨樹が震動する。今度は少しは耳を守れた。


(まだ遠い)


 レンは、さらに前に出て別の樹へ移動した。小銃で狙うには距離がある。無駄に弾をばら撒きたくなかった。



 ビィーーー……



『ロックオン、アラート!』


『ロックオン、アラート!』


『ロックオン、アラート!』



 三度目のアラートが頭の中で鳴り響いた。


(……いける?)


 レンは、64式小銃を構えるなり、巨樹の間に見え隠れする赤い円に、照準線を重ねて引き金を絞った。

 すぐさま、巨樹の裏へ逃げ込む。


(あれ? ミサイル、来なかった?)


 ロックオンだけして、こちらに回避行動を取らせたらしい。


『高濃度ナノマテリアル体が移動を開始しました』


(回り込む気か?)


 巨樹を遮蔽物にするレンを捉えられないと考えたのか、明度補正された視界の中を、赤色に光る円印が左側へ移動して行く。


 レンは、木陰から身を乗り出して64式小銃を構え、照準線を敵影に重ねながら引き金を絞った。

 4人と合流した時に、セレクターは"タ"にしてある。単発ずつ、狙いを付けながら撃った。


(当たっていると思うけど……)


『全弾命中しています』


 レンを鼓舞するかのように補助脳のメッセージが表示された。


『高濃度ナノマテリアル体が停止しました』


(よし!)


 離れていたら、ミサイルを撃ち込まれるだけだ。こちらから距離を詰めなければいけない。

 レンは、64式小銃を手に走った。



 ビィーーー……



『ロックオン、アラート!』


『ロックオン、アラート!』


『ロックオン、アラート!』



(また、ブラフだ!)


 レンは構わずに走った。

 撃てるなら、さっきも撃っていたはずだと考えたのだ。

 しかし……。


(えっ!?)


 前方で、噴射光が明滅した。ミサイル発射時の炎だった。


「うわぁっ!」


 思わず声を上げながら、レンは最寄りの木陰へ頭から飛び込んだ。

 直後、腹腔を揺する爆発音が連続して響き、巨樹裏を熱風が吹き抜けた。


『高濃度ナノマテリアル体が移動を開始しました』


「くそぉっ!」


 レンは、吼えるように声をあげて前に出た。もう、耳が遠くなっていて、まともに音が聞こえない。



 ビィーーー……



『ロックオン、アラート!』


『ロックオン、アラート!』


『ロックオン、アラート!』



(またっ!?)


 レンは、慌てて最寄りの樹の陰へ跳び込んだ。



 ダァン!



 警告音に、銃声が重なった。


『ユキによる射撃です』



 ダァン!


 ダァン!



 ユキが単発ずつ狙い撃っている。


『高濃度ナノマテリアル体が移動します』


 レンの方を向きかけた敵が、ユキの銃撃を嫌がって樹の裏へ逃れようとしていた。


『全弾命中しています』


(……助かった)


 這いつくばって爆発に備えていたレンは、急いで起き上がると前へ走った。

 もう、相手の姿形がハッキリと見える。

 体高が2メートルほどもある、大きな蜘蛛のような生き物だった。

 その背に、3本の円筒が浮かんでいる。


(あれがミサイル発射器?)


 筒の大きさからして、対戦車ミサイルのような物だろうか?

 レンは、64式小銃のセレクターを引き出して"レ"に合わせて押し込んだ。弾を惜しまず、ここで一気に攻撃をして仕留めるつもりだった。


(横に張り付けば、ミサイルを撃てないだろ!)


 レンは、向きを変えようとする巨蜘蛛の脇へ回り込みながら至近距離から銃弾を浴びせた。どうやら、ミサイルしか武器がない。

 かなりのダメージを与えている。蜘蛛の動きが鈍っていた。


『ナノマテリアル塊、位置を投影します』


 補助脳のメッセージが浮かび、巨蜘蛛の大きく膨れた背の辺りに青白い光が点った。


(深そうだけど……銃剣が届く?)


『届きます』


 レンの疑問に、食い気味にメッセージが表示される。


(なら、やってやる!)


 レンは64式小銃に取り付けた銃剣を構えて突進すると、青白い光めがけて渾身の力で突き入れた。



 ポーン……



 電子音が鳴った。


******


 ガーディアン [ 雷筒蜘蛛 ] を討伐しました!


******


 銀色に光る大きな文字が浮かび上がった。






======


レンは、ケイン、マイマイ、キララ、ユキと合流した!


レンは、ガーディアン雷筒蜘蛛×1を討伐した!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る