第179話 レンの覚悟
アメリカ合衆国にある"鏡"から入った"始まりの島"に、10体の"ダルクバーブ"が出現するようになった。
島にあるポータルゲートのガーディアンが、"ナメクジ"から"ゴイサギ"に変わり、5体の"死告騎士"が徘徊するようになった。
当然起こるだろう衝突に備えて、用意してあったペナルティである。
無論、"ナンシー"が統括管理をしているペナルティだ。"ダルクバーブ"と"死告騎士"の提供は、タルミン。配置場所の指定は、レンが行った。
ペナルティの期間は、5年間。
地球とゾーンダルク、両世界に向けて"ナンシー"による"神の啓示"が発信された。
現地人との戦闘シーンも放送された。政府とは関わりの無い個人が犯した場合でも、同様のペナルティが発生する。
「絶望しかないわ」
キララが率直な感想を述べた。
「そうですか?」
レンは首を傾げた。
"ダルクバーブ"は、その異常なくらいの再生能力や巨体に似合わぬ素早い移動速度などに気をつければ対処は難しくない。頭蓋骨の内部に銃弾を撃ち込む方法を見つけるまでは苦戦を強いられるだろうが……。
"死告騎士"は、複数の重機関銃で撃ち続ければ何とかなる。まあ、先に発見されると高火力で攻撃をしてくるので簡単ではないが……。
「その"バーブ"がうろつくのは、"始まりの島"ですよね?」
タチバナが確認をする。
「はい。"死告騎士"が徘徊するのは神の大地だけです」
「最初で最後の島になりそぉ~」
くすくす笑いながら、マイマイが缶ビールを呷った。
「早速、うちの関与を疑ってアメリカさんから問い合わせが入ってるんだけど……どうしよっか?」
キララがケインを見る。
「よく通信が届いたな?」
「新規に衛星を打ち上げたみたいよ」
「へぇ? まだ、そんな余力があったのか」
「さすがは大国と言いたいところだけど……衛星どうする? 乗っ取っちゃう?」
キララに訊かれて、レンは頷いた。
大国には、かつて世界を主導していた自負がある。"ナイン"の存在をよく思っていない。必ず衝突する時が来る。油断なく準備をしておかなければならない。
経済による衝突は起こらない。もう勝負にならないくらいの格差がある。
全世界と、いつ断絶しても"ナイン"は平常運転のままである。
対話の窓口を必要としているのは諸外国であり、"ナイン"の側では無い。
そういう状況を作り上げた。
未だに、早期に通商協定を結び同盟国となった国々を除いて、多くの国は"ナイン"を国家として承認していない。
時期をみて、不穏な武装勢力という位置づけで"ナイン"を処分しようと、旧大国が動くことは想定の範囲内だった。
だから、"ナイン"は、地球の周りにある衛星群を支配下に置いた。
衛星による情報のやり取りは全て"ナイン"に筒抜けだ。当然、衛星リンクによる兵器の運用も筒抜けとなる。
「船や飛行機で攻めてくることは事実上不可能ですから、仕掛けてくるとすれば長距離ミサイル群ですが……」
タチバナがマイマイを見た。
「自分の国に降り注ぐことになるよぉ~」
「そうなりますよね」
「もう、引っ越しちゃったから……ミサイルとか降って"南鳥島"の地形が変わっても痛くも痒くもないしぃ~」
南鳥島の地表に建っているのは、カフェテリア兼事務棟である。地下にシェルターを兼ねた指令所はあるが、"ナイン"のメイン設備は"鏡"がある深海の直下、海底を掘った先にあった。
発見するためには、高性能な深海調査船で根気よく探し回る必要がある。
「何かあるぅ?」
新しい缶ビールを開けながら、マイマイがケインの手元を見る。
「ツブ貝にするか?」
ケインが缶詰のラベルを見せた。
「うむ。くるしゅうないよぉ~」
「弾道ミサイルなんか打ち落とせるだろ?」
ケインが缶詰を開けて爪楊枝を添える。
「電気が勿体ないから……ミサイル使って、ほどほどに落とそっかぁ?」
「打ち返すミサイルは足りてるのか?」
「昨日持ち込んだ素材で組み上げているから……数日は持つかもぉ~」
コリコリとつぶ貝の食感を楽しみつつ、マイマイが美味しそうにビールを飲む。
「アメリカは他の国にも呼びかけているみたいですね」
レンは、壁面に並ぶ各国の状況を映したモニターを見た。
この部屋では、"ナイン"が把握している全情報をリアルタイムで確認することができる。携帯端末や小型の通信機器から車両や船舶、航空機、無人機や誘導兵器……ほんの数秒でも通信を行えば、マイマイ自慢の諜報システムが傍受し、収集する。
コントロールを奪って、異なる攻撃目標を再設定することも可能だった。
その気になれば、エンジンの点火タイミングをずらしてエンジンを停止することだってできる。
「このご時世、ミサイルは貴重な宝物だからな。いくらアメさんでも、気安く撃つわけにはいかねぇ。何だかんだと理屈をつけて、"ナイン"を悪者にして他国を参加させるんじゃねぇか?」
ケインがグラスに氷を入れながら言った。
「当然、日本にも声が掛かるな」
それまで黙って聞いていたタガミが呟いた。
「日本かぁ~ どうするんだろうねぇ~」
他人事のように言ってマイマイが大欠伸をする。
「あいつ、マシな総理に見えたんだがな」
ケインが顔をしかめた。
「元気なのは、最初だけだったねぇ~」
「いつもの待ち受けでしょ? 誰かからガツンと怒鳴られるまで事態が収まるのをじぃ~と待ってるのよ」
キララが情報端末に指を伸ばした。
「米国から日本の官房長官宛てに通信が入ったわ。どうする? 遮断もできるけど?」
「そのまま触らないでおいて下さい」
レンは静かな面持ちで、画面を流れる情報を見守った。
「釘を刺すくらいはできるが?」
タガミがレンを見る。
「この状況で、アメリカに同調して"ナイン"を攻撃するようなら、もう……」
レンは小さく首を振った。
「……分かった」
「もうちょっと、ミサイルを増産した方がいいかなぁ~?」
酒気で真っ赤な顔をしたマイマイが空になったビールの缶を潰した。
「ミサイルなんか撃たなくても、救援部隊を引き上げて、ヒトデへの立ち入りを禁じればお終いよ。もう地方でも医療品や食糧不足が始まっているんだから……次のモデウスの襲撃地点も通知しないでおきましょう」
「分かりました」
キララの指示に、タチバナが頷いた。
「まあ、そんなことは銃を向けられてから考えりゃいいだろ? こっちの腹は決まってんだからな」
「ケインは、どっちだと思う?」
キララが訊ねた。
「とりあえず、どっちつかずの態度を取ろうとする。そして、アメリカから恫喝される。ここまでは鉄板だろう」
ケインが苦笑を浮かべる。
「良くも悪くも、大きく動かないことで延命してきた国だ。そこは変えられないだろう」
「じじ臭い」
モーリが切り捨てる。
「だが、ケインさんの言う通りだな。問題は、アメさんに脅された後だが……」
「真偽を確認したいと言ってくるんじゃない?」
キララが国家間の通話記録を抽出して並べてゆく。
「もちろん、うちは無関係だと答えるわ。それを持ち帰った日本がアメリカに伝えるけど、アメリカは信じないわよね」
「工作員が使えねぇんだ。裏の取りようがねぇだろ? アメさんも強硬には言えねぇんじゃねぇか?」
「あいつら、"ナイン"はテロ組織くらいにしか考えていないでしょ? "ナイン"の人間を差し出せとか、日本に要求してくるかも?」
モーリが呟く。
「何もしなくても、日本の立場は悪くなる一方ね」
タチバナが嘆息を漏らした。
「なんかやっても悪くなるし……もう、日本って詰んでるんじゃないですか?」
「もう、属国にしちゃおっかぁ~ どうせ自分達じゃ考えられないんだしぃ、アメリカの傘から出て、"ナイン"の傘下に入れって脅しちゃえばぁ?」
「噂をすれば……」
キララがタチバナに端末を渡した。
「会見の申し入れですね」
「オンラインにしましょう。もう、会うのも面倒臭いわ」
「何時間話しても、結論なんか出ねぇからな。俺の方で適当にやっとくぜ」
「同席、いいだろうか?」
タガミが申し出た。
「いいぜ。あと、カオルちゃんもよろしく」
「分かりました」
頷いて立ち上がろうとしたタチバナが、レンの顔を見て動きを止めた。
「"ナイン"を攻撃する動きを見せた国からシーカーズギルドやマーケットを引き上げます。ヒトデの周囲から施設を撤去。救援部隊の派遣を含め、すべての支援を打ち切ります。これは警告無く、即時に実行して下さい」
レンは、静かな面持ちでケイン達に指示をした。
「おう! 任せてくれ!」
「了解よ!」
「お任せあれぇ~」
酒気で赤らんだ顔をした3人が、急いで立ち上がって敬礼をする。
「タガミさん、タチバナさん、日本を占領するにはどうすれば良いですか?」
レンは、日本についての情報が流れている画面を見つめた。
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"神の啓示"によって、ペナルティが一般公開された!
レンが、日本征服を考えている!?
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