第104話 クレーマー
シーカーズギルドの中に、落胆ムードが漂っている。
「なんていうかぁ……これじゃないのよぉ~」
マイマイが受付机に突っ伏して嘆いている。
「そうね。もうちょっと捻って欲しかったわ」
キララも不満そうだった。
「騎士だの魔法使いだのになるより、現実的で分かりやすいぜ?」
ケインには好評らしい。
「私は、【魔技突撃兵】と【狙撃猟兵】でした」
ユキがレンの顔を見た。
「僕は、【機甲特技兵】と【戦空操兵】だった」
レンは、ボードのステータスを見ながら答えた。
キャラクタークラスの欄が増え、2つのクラスが並んでいる。それぞれのキャラクタークラスには、短く説明書が添付されていた。
受付の女の説明では、通常はクラスを1つ取得してスタートするそうだが、レン達は獲得ポイントと討伐モンスター数を考慮して、最初からツインクラスになるということだった。
キララ達は、いくつかの候補から選択できると考えていたようだが、実際は『キャラクタークラスの付与を行います』の一言でイベントが終わってしまった。
以降、こうしてクレームを続けている。
「マルチでしょ~? トリプルとかぁ……クアッドだっていいじゃん! なんで、2つだけなのよぉ?」
マイマイ達は、"ツインクラス"という点も不満だったらしい。
「おまけに、私達3人揃って【魔工技士】と【探求士】って……手を抜き過ぎでしょ? 専門分野はどこに消えたのよ? いくらなんでも大雑把過ぎるわ!」
腕組みをしたキララが不平を並べている。
「大分類として考えれば間違っちゃねぇよな? クラスはともかく、ステータスは行動で差別化されるんだろ? 悪くねぇと思うが……」
「ケインは甘いのよ! この手のゲームでクラスは重大な分岐を生み出すのよ?
努力じゃどうにもできないくらいの絶望的な差がついたりするんだから!」
「お、おう……」
キララに睨まれてケインの腰がひけた。
「ねぇ、トラ子ちゃ~ん?」
マイマイが、受付の女に話しかけた。
「何でしょう?」
"トラ子"と呼ばれた受付の女が、疲れの滲む顔に精一杯の笑みを浮かべて応対する。
黄色がかった茶髪に黒毛が縞模様を作っている獣人だった。髪の間から、三角の獣耳が覗いている他は、これといって"トラ"のような特徴は無さそうだが……。
「クラスってぇ、今から変更できないのぉ~?」
何度も繰り返された質問だった。
「神様が選定したものですから……こちらでは、どうすることもできません」
"トラ子"の回答も、繰り返しのものになる。
「むぅ~ん……そればっかりじゃん。なんとか頑張ってよぉ~ トラのパワーはどこにやったのよぉ~」
マイマイが机上に顔を埋めた。
「ギルドで取得したクラスは基礎クラスになります。世界各地にある神殿などで、新たにクラスを取得することもあるそうですよ? どこかの神殿で、クラスを変更することが可能かもしれません」
「あのねぇ、トラ子ちゃん……ゾーンダルクは馬鹿みたいに広いのよぉ? どこまで行っても海、海、海なのよぉ~? 探して回れとか、本気で言ってるのぉ~?」
片頬を机上につけたまま、マイマイが横目で"トラ子"を見上げた。
「おい、もう気が済んだだろ? いつまでゴネてるんだ? いい加減にしろって!」
ケインがマイマイの背を叩く。
「ケイン、なんとかしてよぉ~」
受付机に突っ伏したまま、マイマイが唸った。
「ほら、受付さんが困ってるだろ。さっさと飲みに行こうぜ」
苦笑しつつ、ケインがマイマイを受付机から引き剥がす。
「だってぇ……私とケインが同じクラスって酷くなぁ~い?」
「……肩書きなんざ、どうでもいいだろう?」
「ステータスの伸びに影響するのよぉ~」
「いいから、ほらっ……ああ、ちょっとカフェに行ってるから、何かあったら連絡してくれ」
ぶつぶつ文句を言っているマイマイを引きずって、シーカーズギルドから出て行った。
「私も飲んでるから、後でね」
見るからに不機嫌そうな顔で、キララも外へ出て行った。
「大変そうですね」
ユキが呟いた。
「キャラクタークラスって、思ったより重要なのかな?」
レンは、受付の女を見た。
"トラ子"呼ばわりされていた女が、憔悴しきった顔で立ち尽くしていた。
(訊きたいことがあったんだけど……)
先に、銃砲刀店を見てからにした方が良さそうだ。
「トリガーハッピーに行こうか」
「そうですね」
レンとユキは、静かになったギルドを出て
渡界者が持ち込んだ武器は、"トリガーハッピー"の商品として店頭に並ぶ。
HK417やM2重機関銃などと同じように、新しく追加された武器が売られているかもしれない。
「……核兵器の使用許可ができるような人が操られたら、富士山どころか……世界が危ないな」
レンの眉根が寄った。
「隷属虫は予想外でしたけど……越界してきた思念体が現れる可能性を考えて、"マーニャ"さんが、ウラン235と238、プルトニウム239の核分裂が起きないようにしてくれたそうです」
ユキが手帳を見ながら言った。
人類の滅亡を阻止する方法を考えていたのだから、"核"の脅威に目を向けるのは当然と言えば当然だが……。
ケインやキララから相談されて、"マーニャ"が対処してくれたらしい。
「そんな方法があるの?」
「方法は分かりません。ただ、できると仰っていました」
無理を承知でキララが問いかけた時、"マーニャ"が事もなげにできると断言したそうだ。
「"マーニャ"さんができると言うなら……できるのか」
レンは小さく息を吐いた。
「それから……"鏡"によって魔素が溢れ出した地域は擬似的なゾーンダルク化になっていて、電子機器や火力の高い武器が機能しなくなるらしくて、ミサイルの発射も難しくなるそうです」
「
火器に制限が無いなら、大型のモンスターが出てきても対処できるだろうと思っていたのだが……。
「核兵器だけでなく、原子力発電所も動かなくなるそうです。だから、電力供給が不安定になって混乱するだろうと……それでも、ウランとプルトニウムの脅威を無くす方が人間の生存率が上がるからと、キララさん達が"マーニャ"さんを説得していました」
「……そうだったんだ」
地球に行って、ゲームばかりしていたという話だったが、しっかりと地球の未来のことを考えてくれていたらしい。
ウランやプルトニウムの核分裂を起きなくしたことが、人類存続に繋がるのかどうかはレンには分からない。
ただ、地球上から核の脅威が消えることは良さそうに思える。
「ぁ……」
レンは小さく声を漏らして足を止めた。
『ステーションに、人間が入りました』
視界中央に、補助脳からのメッセージが浮かんでいた。
(人間なのか? 変なマテリアルは? 隷属虫は?)
『検知されません』
「レンさん?」
ユキが小声で問いかけながら身を寄せた。
「ステーションに誰か入って来た。6人……自衛隊のように見える」
レンの視界に、戦闘迷彩服姿の男女が集合して話し合っている様子が映っていた。
(外の制圧が終わったのかな?)
山頂に陣取っていた虫付きの死人達を処理したのだろう。
レンは、ケインに宛ててピクシーメールを飛ばした。念のため、キララとマイマイにも送る。
「どうします?」
「まず、ケインさん達と合流しよう。隷属虫がついた人はいないけど、日本政府から何か命令されているだろうから」
どんな命令を受けているにせよ、日本の自衛隊員ならステーション内での違反行動は避けるだろう。渡界経験者がいれば、それなりに対話が成立するかもしれない。
「また、シーカーズギルドの会議室を借りますか?」
そう言いながら、ユキがピクシーメールを飛ばした。
「誰宛?」
「アイミッタちゃんに」
ユキが答えた。
「あっちは問題無かったのかな?」
「無事に終わったみたいです」
「……なんか、ゾーンダルクの方が平和だよな?」
「そうですね」
ユキが頷いた時、
リリリン……
涼やかな鈴の音がしてピクシーが現れた。紺色の水着を着たピクシーだった。
ほぼ同時に、マイマイとキララのピクシーも姿を現した。
リリリン……
もう一度、音が鳴った。
淡いピンク色を基調にした花びらのようなスカートを穿いたピクシーが現れた。
「アイミッタちゃんのピクシーです!」
ユキが驚いたように言ってピクシーを見つめた。
どうやら今回の改変で、アイミッタ達、ゾーンダルクの人間もピクシーメールを取得したらしい。
「あの子、欲しがっていましたから……良かった」
ピクシーから手紙を受け取りながら、ユキが口元を綻ばせた。
(アイミッタのことになると、すごく優しい顔をするよな)
嬉しそうなユキを見ながら、レンは目の前に浮かんだ3体のピクシーから手紙を受け取った。
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マイマイ&キララがクレーマー化している!
アイミッタ達もピクシーメールが使えるようになった!
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