第103話 隷属の徒

 

(説教部屋?)

 

 マイマイ達の話声を聞いて、レンは首を傾げた。

 いきなり転移光に包まれ、初めての場所に連れて来られていた。

 

 照明の無い真っ暗な部屋の中だった。

 部屋の中には、ケイン、キララ、マイマイ、ユキ、レンの5人が立っている。明かりは無くても、互いの姿だけははっきりと見えていた。

 

 ややあって……。

 

「御免なさい。待たせてしまったわね」

 

 謝罪を口にしつつ、ナンシーが現れた。

 今日は、いつも"マーニャ"が着ているような紺色のビジネススーツの上から白衣を羽織っていた。

 

「改変早々、運営の謝罪案件かなぁ?」

 

 マイマイの呟きが聞こえる。

 

「不具合では無かったわ」

 

 ナンシーが苦笑を浮かべた。

 

「あらら……」

 

「"マーニャ"さんは留守かしら?」

 

 ナンシーがレンを見た。

 

「富士山の"鏡"を見に行きました」

 

 観察した後、補助脳経由で情報を届けると言っていたが……。

 

「そう……ノジウム……思念体の一つが"鏡"から地球側に渡っていることが判明したと伝えたかったのだけど」

 

「ノジウムというのは? それが、思念体の名称ですか?」

 

 レンはメモを取ろうとして動きを止めた。

 【アイテムボックス】が機能しなかった。そういう場所らしい。

 

「"マーニャ"さんが命名したわ。他に、ルシウム、フェート、ムイオン、アプール……全部で5体ね」

 

 ナンシーが真っ暗な部屋の中を歩いて移動する。

 

「思念体か。地球の誰かの思念が混ざっている存在らしいな」

 

「物質生成装置を使ったと言ってたわ」

 

 ケインとキララが補足した。

 

「改変後、思念体は"魔王"になったわ」

 

 ナンシーが厳しい表情で言った。

 

「色々と訊きたいんだが……」

 

 言いかけたケインを、ナンシーが軽く手を挙げて制した。

 

「まず、ステーションに侵入した異物について説明しておきましょう。質問はその後で受け付けます」

 

「……分かった」

 

「ステーションに侵入した2体は、こちらの世界……ゾーンダルクで生み出されたものではなく、地球側で生成されたものであることが分かりました」

 

 そう言って、ナンシーがレンに視線を向けた。

 

「レン……以前、あなたが持ち帰った砂を覚えているかしら?」

 

「モンスターの素材になるという白い砂ですね」

 

 あの時、かなりの量を持ち帰ったが……。

 

「2体の細胞に、あれに似た物質が含まれていました。極めて劣悪で不完全な代物ですが……」

 

「あの2人は、全身が変質していたように見えたわ。他の男達とはまるで違う生き物のようだった」

 

 キララが指摘する。

 

「ああ、あなたは"分析スキル"を所持していたわね」

 

 ナンシーが小さく頷いてから、視線をマイマイへ向けた。

 

「そして、あなたは"洞察"だったわね」


「ノジウムというのが、地球で人間を改造してるってことぉ? 人間っぽいのを作っても意味が無いよねぇ? 作るなら怪獣みたいなのを作ればいいじゃん?」

 

 マイマイが腕組みをして唸る。

 

「何のために生成したのかは不明よ。創造の素子……どんなに精密に模倣をしようとしても、完全なものを生成することは不可能だわ」

 

 ナンシーが言った。

 

「ちなみに、あの時、ペナルティで消された男達は? 最後に消えた2人がモンスター混じりだってのは分かるけど、他の……自分達を警察官だと言っていた男達は何だったの?」

 

「あれは隷奴人……虫で操られた死体です」

 

「……えっ?」

 

 キララが眉をひそめた。

 

「脳に寄生させた隷属虫が、与えられた行動命令に従って動かしている死亡した人間です」

 

 ナンシーが人差し指でこめかみを突いて見せた。

 

「脳を……それも、地球に入り込んだ思念体が?」

 

「隷属化をするための虫……前に、エインテ人とユニトリノ人を治療した時にも話したと思うけれど?」

 

「ああ……あれが使われていたの? でも、マキシスやミルゼッタは生きていたわ? ナンシーさんが蘇生したってこと?」

 

 キララの眉間に皺が寄った。

 

「いいえ、ゾーンダルクの……体内に豊富な魔素を保有した生物なら、生命活動を維持したまま隷属虫を寄生させることができるわ」

 

「地球人は魔素が無いから……死体にしてから寄生?」

 

「隷属虫を寄生させて死体を操る……思念体ノジウムの関与は確定だな」

 

 ケインが唸る。

 

「その……そいつらは、どうやって富士山の"鏡"から入ってきたんだろ? 外で守備していた自衛隊はどうなったのよ?」

 

 キララがケインを見る。

 

「それを"マーニャ"さんが調べに行ったんだろ」

 

 ケインがレンを振り返った。

 

「まだ連絡はありません」

 

 レンは首を振った。外を見に行くと言って消えてから、もう40分近く経っている。

 

「ナンシー先生ぇ 地球上でも転移の魔導具は使えますかぁ~?」

 

 いきなり、マイマイが質問をした。

 

「魔素不足を解決すれば短時間稼働できるでしょう。地球上には、魔素が存在しませんから……魔素の封入器で持ち込んだとしても30分ほどで消えてしまいます」

 

「でもぉ……大氾濫スタンピードで出てきたゴブリンは普通に活動してますよねぇ~? 持っている鉄砲とか、魔素は関係無いんですかぁ?」

 

大氾濫スタンピードが発生している間は、一定範囲内に"鏡"から魔素が供給されます」

 

「なるほどぉ……そういう仕組みかぁ~」

 

 マイマイが思案顔で呟いた。

 

「つまり、大氾濫スタンピードが起こりっぱなしの地域は魔素が無くならないのね」

 

「ノジウムが拠点にしているのはそういう地域だな」

 

 キララとケインが納得顔で頷いた。

 

 その時、

 

『ハロ~、マイチャイルド!』

 

 レンの視界に、2頭身の"マーニャ"が出現した。

 何のつもりか、黒いインバネスコートを羽織って、片眼鏡を掛け、右手には大きな虫眼鏡を握っている。

 

「……彼に、小さなお友達から連絡が来ているみたいだわ。少し待ちましょう」

 

 ナンシーが笑みを浮かべてレンを指差した。

 ケイン達が口を噤んでレンを見つめた。

 

(どうでした?)

 

『500人くらいが山頂に立てこもっていたわ』

 

 "マーニャ"が目で見た光景なのだろう。レンの視界に、山頂の様子が映し出された。

 

(この人達、隷属の虫がついているんですよね?)

 

 自衛隊の陣地だった場所に、背広の男達が立てこもっている。M2重機関銃が据えられた銃座にも……。

 

 砲撃の痕跡だろうか。所々陣地が崩れて、負傷したらしい大勢の男達が地面に転がっていた。その周囲には、牛乳のような白い液体が散っている。

 

『全員、脳内に虫がいたわ』

 

(ノジウムというのがやったんですよね?)

 

『使用された転移装置が使い捨ての粗悪品で、転移元まで辿れなかったけれど……自衛隊の記録に、転移直前の空間の歪みと、男達が空中から出てくる映像があったわ』

 

 "マーニャ"が右手を振ると、視界の中に四角い小枠が開いて、転移の瞬間を映した映像が再生された。


 映像の感じからして、明け方だろうか? 

 守備隊は、完全に不意を突かれた形で、頭上3メートルほどから降り注いでくる男達に混乱し、陣地を放棄して撤退したようだった。

 

(虫を取り出せませんか?)

 

『取り除くことは簡単よ? でも、すぐに活動を停止するわ。だって、最初から死んでいるんだから』

 

 2頭身の"マーニャ"の頭上に、髑髏マークが浮かんだ。ナンシーが言った通り、死体に隷属虫を寄生させた状態のようだった。

 

『地球の人間には、生きたまま虫を寄生させることが難しいの。だから、虫を寄生させる前に殺害したのね。隷属虫が死体を操っている状態……といったら分かる? 心臓の代わりに、虫が体液……専用の血液の循環を行っているの。白い色をした体液なんだけど』

 

 寄生した虫が、自分の体の一部として動かしているらしい。生前の記憶や自我を虫がそのまま取り込んでいるのだとか……。

 

(死体を……じゃあ、あの人達はもう……死んでいたんですね)

 

 レンは眉をしかめた。

 

『少々の損壊では、活動を停止しないけれど……頭の虫を破壊したら終わりよ』

 

(自衛隊はどうなりました?)

 

『21分前まで、航空機が空から攻撃を行っていたわ。今は、鉄砲を持った人達が近くまで登って来たみたい』 

 

(陣地を取り戻せそうですね)

 

『時間の問題ね』

 

 "マーニャ"が肩を竦めた。

 

(でも……転移装置で増援が送られるとまずいです)

 

 せっかく陣地を取り戻しても、また転移による襲撃をされると……。

 

『わずかな魔素をかき集めて、ぎりぎり稼働させたような粗末な装置よ? そこまで便利に使えないわ。有視界での短距離転移ならともかく、長距離からの転移は受動装置を設置していないと不可能なのだから』

 

(……あっ! じゃあ、山頂にその装置があるということですね?)

 

『もう、受動器を見つけて回収しておいたわ! お土産よ!』

 

 2頭身の"マーニャ"が胸を張った。

 

(さすが"マーニャ"さん……ありがとうございます)

 

『でもねぇ……肝心の思念体の居所が、ぼんやりしか掴めなかったのよ。それに、受動装置を山に埋設した存在を発見できなかったし……』

 

 "マーニャ"が、がっくりとこうべを垂れた。

 

(……マーニャさん、まだ外なんですか?)

 

『念のため、全員の虫を調べてから戻るわ』

 

(了解です)

 

 答えたレンの視界で、2頭身の"マーニャ"がひらひらと手を振って消えていった。

 

 全員の視線がレンに集まっていた。

 

「"マーニャ"さんから連絡です」

 

 レンは、今のやり取りをそのまま伝えることにした。

 

 

 

 

 

======

隷属虫で操られた死体が、転移して襲って来たらしい!

 

相手の真意は不明のままだ!

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