第105話 教導依頼
- 151.4m
対象との距離が表示された。
(あの人達は……)
通りの向こうから歩いてくる自衛隊員の中に見知った顔があった。
(あの時の人達だよな?)
初めて渡界した後、山頂に戻ったレンに温かいうどんを食べさせてくれた自衛隊員がいた。後ろに見える大男は、"とうどう"という名前だった気がする。"いとう"という女性自衛官もいた。
(他の3人は知らないな)
『富士山山頂での戦闘に参加していました』
画面の隅に小枠が開き、斜面を滑り降りてくる自衛隊員達の映像が再生された。その内の3名の顔が拡大表示される。
(ああ……あの時の部隊にいたのか)
言葉を交わした記憶は無かったが、
「レン君、こっちだ!」
ケインが新しくできた公園の入り口で待っていた。
遊具など無い低樹に囲まれた円形の公園で、敷地の内側は色鮮やかな芝生に覆われている。その芝生にレジャーシートを拡げて、キララが笑顔で小さく手を振っていた。
「あれ? マイマイさんは?」
「あいつは、
ケインが顔をしかめる。
「説教部屋?」
「あの真っ暗な部屋だ。しつこくクレームをやった罰で監禁されちまった」
そう言いつつ、ケインが通りの向こうにいる自衛隊員達に目を向けた。
「あいつら、まともそうか?」
「虫はついていません」
おかしなナノマテリアルも入っていない。
「そうか。なら、ちょっと話をしてみようぜ。日本政府がどんな指示を出したのか聞いてみたい」
ケインが自衛隊員に向けて軽く手を振った。
「そうですね」
レンの視界に、自衛隊員達の情報が表示された。身体情報から、所持している武器の種類や装備している位置、弾倉や弾数など。
(普通の武器しか持っていないのか)
銃の種類は違うようだが、使用している銃弾はレン達の銃とほぼ同じものだった。何か特殊な武器や銃弾を持ち込んでくれると、トリガーハッピーの品揃えが良くなるのだが……。
「駆け足! 待たせるな!」
先頭を歩いていた大男が大声で号令し、自ら先頭を走ってくる。
「あいつ、声でけぇな」
ケインが苦笑する。
「お久しぶりです。レンさん! 無事に会えて良かった! トウドウです! 覚えていますか?」
大男が笑顔でレンの前に進み出ると、迷彩戦闘服の胸ポケットに貼ったネームタグを指差した。"東堂"と書かれた漢字の下に、"TODO"とローマ字が縫い付けてある。
見ると、全員が同じように胸と肩にネームタグを縫い付けていた。
「富士の山頂では、お世話になりました」
レンは、整列した自衛隊員の顔を見回してからお辞儀をした。
「いや、こちらこそ……あの時、狙撃兵を発見してくれたおかげで、隊員を失わずに済みました。感謝します!」
「6名だけで渡界ですか?」
レンは、トウドウの顔を見上げた。
「山頂襲撃に備えて部隊の配置が変更されている最中です。こちらへ人員を割く余裕がないのです」
トウドウの話では、いきなり出現した武装集団の襲撃を受けて、大勢の負傷者が出たらしい。たまたま、裾野の演習場へ行っていたトウドウの隊は無事だったのだが、"鏡"の守備は、より打撃力の高い部隊が担うことになった。
「まだ……先日、ゾーンダルクへ送った部隊が戻らんのです」
「先日というと、あの会議の時の大所帯か?」
ケインが訊ねた。
「はい。ピクシーメールというのかな……あれで定時報告が行われていたのですが、4日前の報告を最後に途絶中です。捜索隊の募集が行われたため、我々の隊が志願しました」
トウドウ達は全員が初渡界になるため、48時間の適応訓練を受けたそうだ。
過去の渡界者から収集したゾーンダルクの情報を元にしたプログラムらしく、モンスター情報だけでなく、【ピクシーメール】はもちろん、他のボードメニューやスキルなどについても一定の予備知識を持っているらしい。
「あのメールは、パーティやクランに登録している相手にしか送れないからな。ピクシーを送っていた人間がやられたか……だが、さすがに全滅するようなことはねぇだろう?」
「はい。本部も全滅は想定していませんでした」
「ピクシーを送っていたのは何人だ?」
「……8名です。200名の中隊毎に1名ずつ配置していました」
200名を1単位にした部隊が7つと、複数回の渡界経験者を集めた100名の精鋭部隊で構成されていたらしい。
「それなら、他にも【ピクシーメール】を解放した人が居たんじゃねぇか?」
「居たとは思いますが、なにしろメンバー……いや、クランですか? そういうやつに登録していないから、日本側にレシーバー役が存在しないそうです」
「……なるほどな」
ケインが溜息を吐いた。
その時、
ビィィーー
短く警報のような音が鳴り響いた。
直後、道の真ん中に、マイマイが転がり出てきた。そのまま地面の上に伸びて動かなくなる。
「おっ……釈放されたか」
ケインがほっとした顔でマイマイに駆け寄った。
「ケイン……ビール飲みたいよぉ」
すっかり
「おう、あっちで飲もうぜ!」
ケインが、キララのいる芝生の方を指差す。
「うぅ~ 酷い目にあったよぉ」
「肝試しなんかやるからだろ。自業自得だぜ」
笑いながら、ケインがマイマイを抱え上げた。
「どのくらい文句言ったら、ジェイル送りになるのか確認したかっただけなのにぃ~」
マイマイが唇を尖らせる。
「まあ……思ったより、許容範囲があったんじゃねぇか?」
「調査して裁定した結果ぁ~ あなたは禁固3日になりましたぁ~ って、"使徒ちゃん"に言われたのぉ」
使徒の声が聞こえたのと同時に、"説教部屋"に収監されたらしい。
(また……あいつが?)
"使徒ちゃん"と聞いて、レンの眉根が寄った。
「3日? こっちじゃ、30分くらいだったぜ?」
「時間の流れが違うのかもねぇ……あぁぁぁ、アイテムボックスは使えないし、暗いし、寒いし……暇だったぁ~」
身体能力がかなり上がっているのだろう。ケインがマイマイを軽々と抱えて、石段を降りてキララの方へと歩いて行く。
「何事ですか?」
トウドウが、身を屈めてレンに訊ねた。
「たぶん……ステーションのスタッフに、どれだけクレームを付けたらハラスメント通報されるのか試した……のかな?」
レンはユキを見た。
「そうみたいです」
ユキが少し呆れた顔でマイマイを見ていた。
「ふうむ……色々と試行していらっしゃるのですね」
トウドウが感心したように唸った。
「トウドウさん達は、未帰還の部隊を捜索するんですか?」
レンの視界に、"鏡"の前にある楼門前に積み上げられた装備品の山が映っていた。
大量の7.62×51mm 弾と、12.7×99mm 弾、手榴弾や小型のグレネードランチャーを持って来たようだ。残りの荷物は医薬品と食料だった。
(グレネードランチャーは機能しないんじゃなかったけ?)
ゾーンダルク内では不発の割合が多くて信用できないという評価だったはずだが……。
「我々が受けた任務は2つです。1つは、レン君達に書状を渡すこと。もう1つが、未帰還部隊の捜索です」
「僕達に……手紙?」
「内容は知らされていないので、開封後はそちらで保管なり処分なり、自由にして下さい」
そう言って、トウドウがA4サイズの茶封筒を差し出した。
『金属反応無し……ナノマテリアル反応無し……ガス反応無し……』
補助脳のメッセージが表示される。
「確かに受け取りました」
レンは、分厚い茶封筒を受け取った。
「助かります」
トウドウがほっと息を吐いた。ステーションでレンに会えるかどうか不安だったのだろう。一番難しいと考えていた任務があっさり片付いて安堵したようだった。
「隊長、せっかくレンさんに会えたんですから、探索の方法などアドバイスをもらった方が良いと思います」
そう進言したのは、イトウという女性隊員だった。富士山の下山を引率してくれた自衛官だ。
「む? ああ、そうだな」
「アドバイスですか?」
レンは、イトウの顔を見た。
「はい。私達は今回が初渡界です。渡界前に与えられた情報が、十分なものなのかどうか……意見をもらえませんか?」
イトウが真剣な表情でレンを見つめる。
「良いですよ。代わりに日本の様子を教えてください」
レンは、ケイン達のレジャーシートの横を指差した。
先ほど帰還したマイマイが、ケインに絡みながら缶ビールを飲んでいた。
「レン君、すっかり有名になっちゃったけど大丈夫?」
気安げに声を掛けてきたのは、山頂でうどんを作ってくれたカザマという若い男だ。
「大丈夫じゃないです。僕は、日本が嫌いになりました」
レンは、そっぽを向いて答えた。
「ええっ!? それは……いやっ、気持ちは分かりますが、みんながみんな悪い奴だというわけじゃない」
トウドウが大慌てでレンの前に来る。
「冗談ですよ?」
レンは、小さく笑みを浮かべてトウドウを見た。
「……いや、焦らせんで下さい。肝が冷えます」
「お勤めご苦労様です」
レンは軽く頭を下げて笑いをごまかした。
「やれやれ……ゲートに入る前から汗をかきました」
トウドウが笑う。
「ははは……元気そうで安心したよ。ちょっと心配していたんだ」
カザマが笑いながらレンの二の腕を叩いた。
「パーティ……クランのみんなのおかげです。僕一人だったら、今頃何をやっていたか分かりません」
「レン君、渡界時間がエグいもんなぁ……たぶん、世界一じゃない?」
「そうなんですか? 僕にとっては、ゾーンダルクの方が安全なんです。日本に行っても、なんか面倒そうですし……」
「ああ、それ……もう、大丈夫かも。政治がどうとか、国がどうとか言ってる状態じゃなくなってるよ」
カザマが言った。
「えっ?」
「この前、ケインさんが演説で言ってたでしょ? 無事な国がいくつ残ってるんだって」
「……言ってましたね」
世界を
「実際、何カ国が無事なのか確認できないんだ」
「どういうことですか?」
「通信が遮断される……衛星経由なら途切れ途切れに連絡ができるんだけどね。すぐに不通になってしまうらしい。おまけに、日本周辺の海上や空中なんかに、モンスターが出るらしくて、海外からの船便や航空便が途絶えたんだ。今は、そっちの対応をするだけで手一杯になってる」
「
イトウが言った。
夜になっても町があるはずの地表に明かりが点かないらしい。時々微かな火の灯りが映ることもあるそうだが……。
「いくらモンスターが溢れたとしても、いきなりやられることは無い。武器や弾薬は十分にあるはずなんですが……少なくとも主要な都市はモンスターの大群に呑み込まれたと判断せざるをえない。そういう状況です」
トウドウが厳しい表情で頭を振った。
その大きな声が聞こえたのだろう。缶ビールを呷っていたケインが近づいて来た。
「"鏡"の分布図と予想されるモンスターの出現領域、大氾濫で引き起こされる災害については、すべての国や地方の行政機関に通達してあるわ。どこの国にも優秀な教育を受けた人材がいるんだから、どうすれば立て直せるかくらい考えるでしょ」
そう言って、キララが小欠伸を噛み殺した。レジャーシートに座り込んだまま、眠そうな顔をしている。
「少なくとも、私の研究仲間は正しく理解して情報発信をしたはずだから……どこの国だって、手遅れにならない内に国家として対策を取るわよ。頭に変な虫が湧いてなければね」
「……それは、日本政府にも?」
トウドウが訊ねた。
「当たり前でしょ? 一番最初に送ったわよ」
キララが眉をしかめながら言った。
「俺達が流した映像は、何の根拠も無く作ったものじゃねぇんだ。念入りに調べた事実と、その事実から推測される確度の高い未来予想を語ったんだぜ? 資源がどうこうって話は、おまけみてぇなもんだ」
ケインがビールを口に含んだ。
「俺達が掴んだ情報では、英国は"鏡"の
「……やはり、ステーションにも侵入していましたか。我々と交戦した連中も外国語を話していました。ただ、妙な血というか、白い液を流していましたが……」
「死体解剖はやったかい?」
「やったはずです。ただ、我々には何も」
「信じる信じないは任せるが……あいつら、頭の中に小さなモンスターが埋められていたぜ」
「えっ!? モンスターが頭の中に?」
「寄生した対象を隷属させる虫だ」
ケインが自分のこめかみに人差し指を当てた。
「虫で……隷属ですか」
トウドウが唸る。
「白い体液を流した連中は最初から死んでいたそうだ。どっかの何かが、地球人の死体を集めて、頭の中に隷属の虫を押し込んで操り人形にしているってことになる」
「そんなことが……ゾーンダルクの技術……モンスターは、そんなことができるのですか?」
「ゾーンダルクというか……"魔王"ってやつだろ」
「"魔王"というと、先日の"神の啓示"にあった?」
「地球側に"魔王"さんが侵入しているらしい。そいつが、転移装置って魔法の道具を使って、富士山の山頂に操り人形にした死人を送り込んできた……まあ、"魔王"がやったってのは推測だが、隷属虫を仕込まれた死人が転移して現れたってのは事実だぜ」
「転移……守備隊の報告書にもそれらしいことが書いてありました。何も無いところにいきなり出現して銃の乱射を始めたと……」
イトウが唇を噛みしめた。
「その仕掛けについては、分かっている範囲でレポートに纏めておく。ゲートに入る前に渡すから持っていってくれ。生きて帰って来るんだろ?」
ケインが、トウドウの後ろ腰を叩いた。
「もちろん、そのつもりです。ですが……できれば、ケインさんから日本政府に渡して頂けませんか? 我々は、いつ帰還できるか分かりません」
「そこは心配しなくていい。近日中に、しかるべき組織から発表することになっている」
「どういった組織なのですか?」
イトウが訊ねた。
「シーカーズギルドの地球版……異界探索協会のようなものを立ち上げる。俺達が集めた情報は、各ステーションにある情報交換用の掲示板で見ることができるようになるぜ」
ケインが空になったビール缶を軽く振った。
「まだ組織名は未定だが、あんたらも帰ってきたら参加してみないか?」
「いや、我々は自衛官でして……」
「今、アメリカとイギリスが渡界者の囲い込みをやっている。好きだからな、そういうのが……自分達に都合の良い国際規格ってのを作って、自分達が認めた者にしかライセンスを与えないという、いつものやつだ」
「世界がこんな状態なのに、そんなことをやって意味がありますか?」
イトウが首を捻った。
「連中はあると考えているんだ。犠牲を度外視して"鏡"に人を送り込めば、
ケインが苦笑しつつ首を振った。
「ただなぁ……ちっとばかし、
「アメリカがですか?」
「アメさんだけじゃねぇ。国土が広い所はどこも一緒だ。国内の"鏡"が多すぎて全部を管理できねぇまま半分以上を放置したからな……結構、ヤバいレベルのモンスターが出る"鏡"があるらしい。追加で、魔素の問題まであるから……想定していたより、生存可能域が狭くなるかもしれねぇな」
ケインが嘆息を漏らした。
「まあ……そういったことを書いた資料だ。あんたらにも渡すから暇なときに読んでくれ」
「分かりました。助かります」
トウドウがケインに向けて手を差し出した。
その手をケインが軽く握った。
「余計なお世話かもしれねぇが……生きて帰りたいなら、レン君とユキさんの話をよく聞いた方がいい。俺は、あんたらのことは知らねぇが……この2人が強いことはよく知っている。変なプライドは捨てて、本気で学んだ方がいいぜ。世界一の滞在時間数は伊達じゃねぇぞ?」
そう言って、ケインがマイマイ達の方へと去って行った。
「隊長?」
イトウがトウドウを見た。
「うむ……レンさん、それとユキさんだったかな? 面倒でしょうが、よろしくお願いしたい」
トウドウが、レンとユキを見てから頭を下げた。
======
富士の"鏡"から顔見知りの自衛隊員が入って来た!
レンとユキは、サバイバル教練を行うことになった!
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