第107話 進化の兆し


『ゴブリンタイプが、第九号島への侵入を開始しました』

 

 レンの視界に、補助脳のメッセージが浮かんだ。

 

(やっぱり、スズメバチだけじゃなかった!)

 

 視界の表示を横目に、レンは"アイミス"を急上昇させた。

 わずかに遅れて、ファゼルダの機銃雀蜂から放たれた30ミリ光弾が掠めて過ぎる。

 

 レンは機体を捻り、鋭角にターンしながら火器管制用のトリガーを引いた。急速に流れ過ぎる視界の中で、被弾した2体の"機銃雀蜂"が防殻の破片を散らしながら落ちていく。

 

(先に、スズメバチを殲滅する)

 

 ファゼルダの"機銃雀蜂"が撃ってくる30ミリ光弾が"アイミス"に迫る。寸前で、"アイミス"の機体がぎりぎりの回避行動で光弾をやり過ごす。

 

 

 ビィーーー…………

 

 

『ロックオン、アラート!』

 

『ロックオン、アラート!』

 

『ロックオン、アラート!』

 

『ロックオン、アラート!』 

 

『ロックオン、アラート!』

 

『ロックオン、アラート!』

 

    ・

    ・

    ・

 

 警報音が聞こえ、補助脳の警告メッセージが躍る。

 

(空対空ミサイル……)

 

 ミサイルを背負った蜘蛛がいるのだ。蜂がミサイルを抱いていても不思議ではない。

 

 レンは周囲へ視線を巡らせた。

 接近してくるミサイル群が赤く強調表示され、視界隅にミサイルの形状が描画された。

 

(全長80センチ、直径7センチ?)

 

 ずいぶんと小型のミサイルだった。

 

(……色違いがいる)

 

 "機銃雀蜂"の大群の中に、銀色の個体が点在していた。

 ミサイルを放ったのは、新顔の"銀色"らしい。

 

 "アイミス"の速度を落として、ミサイルを振り切らないように追尾させながら、レンは眼下の岩塊めがけて降下していった。

 "機銃雀蜂"が追いすがって光弾を撃ってくるが、レンは余裕をもって回避している。

 

(これ……いつもと違う……なんか……感覚が凄い)

 

 レンは、右手の操縦桿スティックと左手の推力制御スロットルレバーを微調整しながら、バイザーに映る情報と、補助脳の探知情報をすべて同時に把握していた。

 

(クラスが【戦空操兵】になったから?)

 

 単に身体能力が向上しただけではない、これまでとは隔絶した異様な感覚だった。

 

 めまぐるしく変化する情報を目にした直後に理解して体が動いている。自分でも怖くなるくらいに周辺の空域が見えている。

 

(なんだ、この感覚……これは……)

 

 恐れに似た感情が腹腔から上ってきて、レンは歯を食いしばり腹に力を入れた。

 

 全てが見えた。

 顔を向けなくても、"アイミス"の全周全てを把握できる。

 飛来する光弾やミサイルだけでなく、押し包むように迫る"機銃雀蜂"が移動する"その先"が見える。

 意識を集中すれば、大気を舞い散る微細な粒子すら捉えられるようだった。

 

(砲撃が来る)

 

 ゆったりと流れていく視界の中、レンは操縦桿スティックを右へ倒し、推力制御スロットルレバーを引いた。

 止まった時間の中で、レンだけが自由に動いているような感覚だ。

 

 "アイミス"のマノントリからはしゃいだような応答が伝わり、"アイミス"がのろのろと流れる視界の中を切り裂くように向きを変えて加速する。

 

 下から上へ、紅蓮の魔光砲が噴き上がり、追っていた"機銃雀蜂"やミサイル群を呑み込んで灼き払っていった。

 

 放たれた魔光の余韻が残る中、レンの"アイミス"は急降下して岩塊に迫った。

 

(岩塊というより……何だっけ?)

 

『松かさに似た形状です』

 

 眼下に見える巨大な岩塊を観察しながら、レンは機体を左右に振ってから垂直に上昇した。

 

(まつぼっくりだ!)

 

 レンは、トリガーレバーを引いた。

 

『こちら、キララ。アイミル号の操舵室よ』

 

 キララの通信が入った。

 

「レンです」

 

 岩塊の表面にある亀裂を狙って30ミリ光弾を撃ち込みつつ、機体を左に捻って伸びてきた火線を回避する。

 岩塊に、対空砲らしき物があるらしい。岩肌の方々から機銃の光弾が襲ってきた。

 

("アイミス"の損傷は?)

 

 まだ、被弾はしていないが……。

 

『機体運動により、メインフレームの疲労が蓄積しています』

 

 補助脳が答えた。

 

(まだ飛べる?)

 

『現状の回避運動を継続すると、3時間ほどで破断箇所が発生します』

 

(3時間か)

 

 必要十分な時間数だった。

 

 岩塊から外へ出ている"機銃雀蜂"は、803体しかいない。

 増援が来なければ、このまま殲滅できそうだった。

 

 

 ビィーーー…………

 

 

『ロックオン、アラート!』

 

『ロックオン、アラート!』

 

『ロックオン、アラート!』

 

『ロックオン、アラート!』 

 

『ロックオン、アラート!』

 

『ロックオン、アラート!』

 

    ・

    ・

    ・

 

 再び、警報音が鳴って警告メッセージが表示された。

 

(ミサイルと機銃で追い込んで、岩塊からの砲撃……)

 

 予想される攻撃パターンが脳裏に浮かぶ。

 

(アイミッタは、こういうのが見えているのかな?)

 

『こちら、キララ。船渠ドックにゴブリンが侵入したわ。どうしたらいい?』

 

「アイミル号に入って浮上。島内を低空で移動して下さい」

 

 アイミル号独自の防護壁を展開しつつ、ゴブリンが乗り込めない高度を維持していれば安全だ。

 

『ユキちゃんが新種のゴブリンを追って行ったの。すぐには戻れないと思うわ』

 

「ユキなら大丈夫です。すぐに、アイミル号の防護壁を張って浮上して下さい」

 

『了解したわ。全員に連絡するわね』

 

 キララが通話を切った。

 

(ユキが追って行った? 普通のゴブリンじゃないな)

 

 転移をする黒い奴か、白い船で見かけたような別種のゴブリンだろうか。

 

(ユキは大丈夫だと思うけど……他の施設はどうなっているんだ? 防衛隊の……亡霊は機能しているのかな?)

 

 防空隊がいるはずなのだが、空にそれらしいを見かけない。確かに、岩塊のコースは開けるように指示したが……。

 

『エネルギーの収束が開始されました』

 

 補助脳のメッセージが浮かんだ。

 

(……よし)

 

 "機銃蜂"の攻撃を回避しつつ、レンは"アイミス"の機首を岩塊に向けた。

 あえて、敵側が期待する回避位置へ移動し、岩塊からの砲撃コースに機体をさらす。

 

『外殻、開放開始』

 

 補助脳が岩塊の後部を拡大表示した。

 ゴツゴツとした岩のような外殻が持ち上がって、下から半球状のレンズのような物が突き出てくる。あれが砲塔なのだろう。

 

 "機銃雀蜂"とミサイルに追われて降下してくる"アイミス"を迎えるように、全部で九門の砲塔が突き出された。

 

(後部中央……あれにしよう)

 

 レンは、ちらと視界の隅に目を向けた。

 そこに、数値化された"フェザーコート"の残量が表示されている。

 

 

 - 100%

 

 

(ハープーンロッド……セーフティ解除)

 

 親指でトリガーガードを外しつつ、レンは推力制御スロットルレバーを手前いっぱいに引いて、フットペダルを床まで踏み込んだ。

 瞬時に、バイザーの左隅にある出力表示が上限まで跳ね上がり、耐Gスーツに護られた体を凄まじい重力加速度が襲う。

 

 

 - 1,297m

 

 

 測距値が大きく数値を減らした。

 

 直後、レンは推力制御スロットルレバーを戻して急減速しながら、操縦桿スティックを引いて急上昇させた。

 ほぼ同時に、トリガーを引いて底部に抱えていたハープーンを放っている。

 

『フェザーコートが発動しました』

 

 補助脳のメッセージが視界に浮かぶ。

 

 

 - 8,549m

 

 

 岩塊までの距離が表示された。

 接触寸前の位置から一瞬にして8キロ以上も離れた空の上へと上昇している。 

 

 

 - 68%

 

 

 "フェザーコート"の残量を確かめて、レンは大きく息を吐いた。

 一瞬の出来事だった。

 最大速力の"アイミス"は、1,000m を1秒とかからずに移動する。

 最大速力で急接近し、ハープーンを放って急上昇をしただけなのだが……。

 

(コートが、3割ちょっと削れられた)

 

 "アイミス"が放ったのは、長さ25メートル、直径50センチの総チタン製の銛ハープーンである。

 

『爆発光を観測しました』

 

 ほっと一息ついたレンの視界に、爆煙を上げる岩塊が映し出された。

 

 見ると、まつぼっくりのような岩塊の内部で、爆発光が連続して明滅している。

 "アイミス"から放たれたハープーンは、開いた外殻の中にあった砲塔を貫通した後、さらなる破壊をもたらしたらしい。

 

(思ったより、効果があるんだな)

 

 連鎖して爆発する様子を見ながら、レンは"アイミス"の機体情報に目をやった。

 

『チタン製ハープーンの投下により大幅に軽量化されました。推力60%以下での運用を推奨します』

 

 補助脳がメッセージを表示する。

 

(了解!)

 

 レンは操縦桿スティックを倒して、眼下を右往左往しているファゼルダの"機銃雀蜂"めがけて降下を開始した。

 

 

 

 

 

======

 

飛来した岩塊には大量のゴブリンと"機銃雀蜂"が乗っていた!

 

レン&"アイミス"が暴れている!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る