第61話 メッセンジャー


 ポーン……



 電子音が鳴った。



******


 槍牙魚 [ ニードルダンサー ] を討伐しました!


******

 

 

 銀色に光る大きな文字が浮かび上がった。

 続いて、取得したポイントとカード化したアイテムが表示される。

 

 

***

 

 討伐ポイント:900

 異能ポイント:25

 技能ポイント:30

 採取ポイント:150

 

***

 

 

[槍牙魚の牙 :8]


[槍牙魚の鰓蓋:2]


[槍牙魚の腹身:1]


[槍牙魚の背身:1]


[槍牙魚の中骨:1]


[槍牙魚の銀鱗:9]

 

 

 操縦桿を握るレンの手元にエーテルバンクカードが現れ、6枚の小さなカードを吸い込んでいった。


(今日は、ここまでかな?)


 もりを保持している金具が歪んでしまった。機首周りの損傷も無視できない状態になっている。

 3基の動力炉は問題無いが、先ほどから <酸素循環器> と姿勢を変えるためのバーニアスラスターがいくつか咳き込むような音をたてている。


『レン君、ここまでにしよう。そろそろ、クレーンの巻き上げ装置が怪しくなってきたし、外から見ても実験機の損傷も目立つわ』


 キララから魔導通信が入った。


「了解です」


 最初の1匹を仕留めた後、もりを取り替えながら追加で7匹を仕留めることができた。

 上々の成果だろう。


(ナノマテリアルも摂取できたから……)


『上々の成果です』


 補助脳のメッセージが浮かんだ。

 心なしか文字が踊っているように見える。


『アイミル号は、このまま九号島の船渠ドックへ向かうわ』


「了解」


 やや右に傾いてしまう機体姿勢を修正しつつ、レンは動力炉の出力を絞ったまま慎重に高度を上げた。


『いやぁ~、獲ったな! こんだけデカいと捌くのが大変だぜ』


 ケインの満足そうな声が聞こえる。製作した装置類が全て想定通りに機能したのだ。ケイン、キララ、マイマイの気分は上々だった。


『洗い場が無いけど、魚の内臓とかどうするのぉ~?』


 3人が魔導通信で雑談を始めている。


『血抜きは諦めて、輪切りにして冷凍しちまおうぜ』


『冷凍する前に、血と腸を抜かないと駄目でしょ?』


『そりゃ、その方が良いんだが……』


『島内に解体場があるはずよ? モンスターだけじゃなくて、鉱物とか……何でも処理してくれる大きな倉庫みたいな建物なんだけど』


 ミルゼッタが割って入った。


『おっ? そんな施設があるのか?』


『ゲームによくある解体屋ね?』


 ケインとキララが食い付いた。


『おおぅ~、そんなのあるんだぁ!』


 マイマイの声も弾む。


『でも、船で端から端まで見て回ったけど、それっぽいのは無かったわ。地下かな?』


『いや、地下施設も調べたぜ? 例の"鶏卵"で全体図を確認しただろ?』


『"鶏卵"で造る施設じゃない?』


(島主の創作メニュー? リストにそんな施設があったかな?)


 ケイン達のやり取りを聞きつつ、レンはアイミル号に続いて船渠近くへ実験機を降下させていった。

 吊り下げた巨魚を岩の上に降ろすアイミル号を横目に見つつ、船渠奥に実験機を進めると、床上でマキシスが手を振っているのが見えた。

 

(……ふぅ)

 

 静かに実験機を着陸させて、レンは体の緊張を解いた。

 

(銛打ちの感覚は掴めたけど……)

 

 接近すると、巨魚の不意の動きに対応しきれない。特に、銛で魚を貫いた直後などは、反射的に暴れる魚体がぶつかって機体が傷む。

 銛の押し棒の長さを思いっきり長くするか、安全な距離から射出する方法を考えた方が良さそうだ。

 

(……ナノマテリアルの摂取方法も、何か考えないとなぁ)

 

『取得したナノマテリアルが一定量を超えました』

 

 補助脳のメッセージが浮かんだ。

 

(まあ、そうだろうね)

 

 合計8匹の巨大魚のナノマテリアル塊を摂取したのだ。摂取率は、91%だったそうだが……。

 

『既存のナノマテリアル・Rチューンを、進化型のナノベース・Rチューンドマテリアルに置換します』

 

(ふうん……?)


 新しい不思議マテリアルに換装されるということだろう。想定していた内容だった。


『肉体の耐久値が5%上昇します』


(……へぇ)


『空間認識能力が25%上昇します』


(そうなんだ?)


 確か、前回も同じように体の耐久と空間認識能力が上がった気がする。

 レンは被っていたヘルメットを脱いで、汗で張り付いた前髪を乱暴に掻き上げた。


『第一段階で、眼球および視神経をナノベース・Rチューンドマテリアル製のものにアップデートします』


(……えっ!?)


 レンはぎょっと目を見開いた。


『第二段階で、脳、および各臓器、神経、血管をナノベース・Rチューンドマテリアル製のものと交換します』


(ちょ、ちょっと? 何だって?)


『第三段階で、残りの体組織全てをナノベース・Rチューンドマテリアル製のものと交換します』


 補助脳のメッセージが、次々に浮かんでは消えていく。


『マテリアル交換完了まで、46時間23分かかる予定です』

 

 

 コッ! コッ!

 

 

 外から軽く叩く音が聞こえた。

 マキシスが操縦席まで梯子を掛けて上って来たのだろう。

 

(まあ……今更だよな)

 

 レンは、溜息を吐きながら、操縦席に覆い被さっている防護板を押し上げた。

 自然の明かりが差し、清涼な外気が吹き込んできた。

 

「かなり傷みましたね。特に機首周りの歪みが酷い」

 

 機体に梯子ラダーを掛けて、マキシスが待っていた。

 

「ちょっと手間取りました」

 

 やや疲れの滲む顔に笑みを浮かべつつ、レンはマキシスが差し出したカップを受け取った。

 中身は、よく冷えたレモン果汁入りの炭酸水だった。

 

「あの大きさの魚を8匹も獲ったんです。最上の戦果と言えるでしょう」


 マキシスが笑みを浮かべる。


「もう少し良いやり方があるかもしれません」


 レンは喉の奥で微炭酸を味わいながら一息ついた。

 ふと思いついて、マキシスの顔を見た。


「そういえば……」


 ミルゼッタが話していた"解体場"について訊ねてみた。

 他の島には、モンスターの解体などをする処理場があるという話だったが、この島には無いのだろうか?


「ああ、解体場は、シーカーズギルドが管理する施設です。モンスターなどの処理をシーカーズギルドに依頼することで、島内のどこかに施設が出現するはずですよ」

 

 マキシスが笑顔で教えてくれた。

 当然のことのように言っているが、日本から来たレン達にとっては目を剥くような新情報である。

 

(モンスターを持ち込むと解体施設が出現? そんなこと……ある? あるのか?)

 

 レンは、色々と混乱したまま実験機を降りた。

 自分の体の素材を含め、ゾーンダルクには理解できない不思議なことがいっぱいあるらしい。

 いい加減慣れたつもりだったが、まだまだのようだ。

 

「えっ!? そうなの?」


 マキシスから聞いた処理場の話をすると、キララ達が声を上げて驚いた。


「そんな馬鹿な……と言いてぇがゾーンダルクだからな」


「ゲーミングワールドだもんねぇ~」


 マイマイが笑う。

 

「ポイントが手に入りましたから、新しいスキルが解放できますね」


 レン自身は、"ボード"メニューを全て解放済みだったが、ケイン達はまだ解放していないメニューが残っている。


「それだ!」


 キララとマイマイが目を輝かせて"ボード"を開いた。


「素材カードも貯まってきたが……あれは、どうやって使うんだろうな?」


 ケインが首を捻っている。EBCに吸い込まれる素材カードは、シーカーズギルドでも取り出したり、換金したりできなかったのだ。


「今更だけど、【アイテムボックス】に入ってる蟻の頭なんかをギルドで売ったら、処理場ができたんじゃない?」

 

「かもねぇ……いぇす! ピクシーメールげっとぉ~!」


 マイマイが拳を突き上げた。


「わっ、可愛い! これ、マイちゃんのピクシー? 女の子よね?」


 キララの前に、黒い燕尾服に半ズボンという服装のピクシーが浮かんだ。レンやユキのピクシーと同じように仮面を付けていて口元しか見えないが、かなり幼い雰囲気だった。


「キラちゃんのピクシーも見せて」


「……待ってね」


 キララが"ボード"のメニューを操作する。

 そこへ、ミルゼッタとアイミッタが近づいてきた。後ろからユキが歩いてくる。

 

「ポイントが貯まりましたからね」


 一目で状況を理解したユキが微笑する。

 

「いつ見ても、不思議な……魔法ね」


 ミルゼッタが、宙を舞うピクシーを見ながら呟いた。


 ミルゼッタやマキシスには"ボード"というものが無い。

 レン達の目の前に浮かぶ、数値化された"ポイント"表示も見えないそうだ。何かを討伐したという表示だけが見えるらしい。

 シーカーズギルドで自身のステータスを確かめたり、印字することはできる。

 渡界者が持っていない魔力を生まれつき内包している。

 人種によっては、角や翼などがある。


 地球からの渡界者との違いは、こんなところだ。

 

「モンスターと戦うための魔法もあるんですよね?」

 

「火の玉を飛ばしたり、風を動かしたりするような魔法は大道芸扱いよ。中途半端な魔法より、魔導銃や魔導砲の方が威力が高いわ」


 ミルゼッタが笑う。ほとんどの魔法は、魔導具で代替できるそうだ。


「相手を混乱させたり、毒を浴びせたりするような魔法は無いの?」


 キララとマイマイがやってきた。


「う~ん、私が知る限りは……無いと思うけど?」


 ミルゼッタがマキシスに助けを求める。


「私達が魔法と呼ぶものは、自身に作用するものがほとんどです。エインテが知る魔法には、相手に毒を与えるような魔法は存在しません」


 マキシスが知らないとなると、発火や突風などを発生させる魔法自体が稀で、ゲームによくある相手に毒を付与するような魔法は無いそうだ。


「魔法で体を強くすることはできるんだ? 重い物を持ち上げたりできる?」


 キララが訊ねた。


「ええ……腕力を強くしたり、視力を良くしたり……瞬間的に体を頑強にする魔法はよく使われます」


 魔力を使って常とは違う能力を発揮したり、現象を引き起こすもの全てを魔法と称しているため、種類は膨大だという。

 マキシスが知らないだけで、キララ達が言うような相手に毒を与えたり、力を弱めたりする魔法が存在する可能性はあるそうだ。

 

「それでも、モンスターには勝てない?」


「人間が身体を強化してもモンスターより弱いですから」


 マキシスが苦笑した。元々の基礎が弱いため、魔法で強化してもモンスターを超えることはできないらしい。


「それに、すぐ魔力が尽きてしまうの。強い力を出そうとすればするほど魔力の消耗が酷くて……」


 そのため、必要な瞬間だけ魔力を使う訓練をするらしい。一度体内の魔力を枯渇させてしまうと、魔素を吸って魔力を回復するために、半日から丸一日の時間を要する。

 

「やっぱり、魔導の武器……それも、物理的に攻撃する物が必要ね」

 

 そう言いながら、キララがケインの喚んだピクシーへ目を向けた。

 長い黒髪を頭の左右で結んだ少女だった。他のピクシーと同様、顔は仮面に覆われていて見えなかったが……。

 

「ねぇ、ケイン? なんで、この子は水着なの?」

 

「いや……知らねぇよ」

 

 ケインのピクシーは、紺色のワンピース水着姿で宙に浮かんでいた。

 

「なんか、犯罪臭がするぅ~」


 マイマイが冷ややかな眼差しをケインに向けた。

 その時だった。

 

 

 ビィィィーーー……

 

 

 いきなり、大きな音が船渠ドック内に鳴り響いた。

 

「なにこれ……警報!?」


 キララとマイマイが手で耳を覆いながら周囲を見回す。

 

「僕宛に、メッセージのようです」


 レンの目の前に、白く透ける亡霊が浮かんでいた。

 

『島主様、第九号島から緊急連絡です』

 

 亡霊の頭上に吹き出しが現れた。







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銛打ち漁は、上々の成果を上げた!


第九号島から、メッセージが届いた!

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