第62話 報奨の呪文


 魚の頭、骨が資源に化けた。

 魚の身は、島の食料としてシーカーズギルドが買い取った。

 魚の鱗とヒレ、皮は、加工品としてシーカーズギルドが買い取った。

 魚の血と内臓は、処理されてどこかへ消えた。

 シーカーズギルドの説明では、ギルドに納品した骨や鱗は、島の資源として謎のインゴットに加工され貯蔵庫に納められるらしい。


「儲かったねぇ~」


 マイマイが上機嫌である。


 大きさで多少の違いはあったが、"ニードルダンサー"1匹が平均500万ウィル。8匹分を8人で分けたから、全員がほぼ500万ウィルの収入を得ることになった。

 シーカーズギルドで買い取り金額の分配と対象者を訊かれた時に、8人での均等割を依頼したのだ。


 ミルゼッタが恐縮してアイミッタの分け前を他の人で分配して欲しいと言っていたが、ケイン達はあれこれ考えるのは面倒だからと取り合わなかった。

 こういうゲームに詳しいキララとマイマイの提案で、お金ウィルは均等割にすると予め取り決めてあったのだが、想像していたより金額が大きかったために腰が引けたらしい。


「500万ウィルなんて端金よ。これからは、じゃんじゃん魚が獲れるんだから」


 キララの鼻息が荒い。

 

「魚の骨が、資源インゴットに化けることが分かったのはデカいぜ。海水淡水化装置も何とかなるんじゃねぇか?」


 EBCエーテル・バンク・カードを浮かべて眺めながら、ケインが言った。


「500回、ナンシー先生のお世話になれるねぇ~」


 マイマイが縁起でもないことを言う。


「でも、このお金……どうやって受け渡しをするの? 銀行じゃ、できないって言われたし……シーカーズギルドでも無理だったでしょ?」


 キララが首を捻る。ウィルというのは、現物が存在しない通貨である。地球で言うところの電子通貨のようなものだ。財布から出して渡すことはできない。


「ウィルをやり取りする魔導具とかないの?」


「商人ギルドで、公証人が立ち会えば可能よ」


 ミルゼッタの話では、公証人が居ない場所でのウィルのやり取りは不可能らしい。


「九号島に、商人ギルドって無かったよねぇ?」


 マイマイが首を傾げた。


「イーズの商人が来れば商人ギルドの建物が出現するわ」


「イーズ……」


 キララがアイミッタを見た。


「じゃあ、ちょっとした物を売り買いとかは? その辺の石を、ケインに10万ウィルで買ってもらえば、10万ウィルを渡すことができるんじゃない?」


「商人ギルドに登録していないと、決済用の魔導具が無いため、ウィル払いによる物の売買ができません。未登録の個人間で行えるのは、物々交換のみになります」


 マキシスが言った。


「あらら……妙なところで厳しいのね」


強請ゆすりとかできないのかぁ……シーカーズギルドに持ち込む前に、獲物を横取りするしかないのねぇ」


「公証人ってのは、地球と同じ役回りなのか? 書類の公証ならともかく、金のやり取りで出番があるイメージはねぇんだが?」


 ケインが首を捻る。


「まあ、ゾーンダルクだからねぇ~」


「個人間のお金の授受に証人がいるってこと? それなら、銀行とかシーカーズギルドの職員に立ち会いを頼んだら良いんじゃない?」


 というキララの意見により、実際にシーカーズギルドと銀行に行って依頼をしてみたが、どちらも受け付けてもらえなかった。


「……そういえば、ウィルって銀行の口座に入ってるのよね? 利子とかどうなってるの?」


「利子って何なの?」


 ミルゼッタ達は知らないようだった。

 

「えっ? 銀行って口座のお金の運用とかやってないの? ただ預かってるだけ?」


「運用?」


 ミルゼッタとマキシスが怪訝そうな顔のまま首を捻っている。

 

「まあ、とりあえず急いでウィルの受け渡しをする必要はねぇだろ? 地下の"鶏卵"に行って何が作れるか見てみようぜ」


 ケインがキララ達に声を掛けた。

 そこへ、レンが戻ってきた。島主に連絡事項があるということで、一人で"鶏卵"まで行って来たのだ。


「……レンさん?」


 黙ったまま、じっと一点を見つめているレンを見て、ユキが声を掛けてきた。


「ん?」


「どうかしましたか?」


「うん……なんか、島の位が上がったらしい」


 レンは手帳を開いて、"鶏卵"内部で亡霊から伝えられた内容を、この場の全員に話して聞かせた。

 

 

巨大魚ニードルダンサー8匹の獲得によって、第九号島は <黒鉄くろがね> の位階となる。

・拡張可能な施設の種類が増える。

・報奨物資として、<資源インゴット> が与えられる。

・第九号島に、<領空権> が与えられる。

・位階が<黒鉄くろがね> になったことで、治安維持のための<衛兵ガーディアン> が配置される。

 

 

「……以上です」

 

 レンは手帳を閉じた。

 

「島が成長するという話は聞いたことがありましたが……」

 

「<黒鉄くろがね>って、私が暮らしていた島より上位よ? あの島は<赤銅しゃくどう> だったから……」

 

 マキシスとミルゼッタが顔を見合わせた。

 

「まさかのクラスチェンジ? 島全体がアップグレードしたってこと?」

 

 キララが低く唸った。

 

「魚を獲っただけで、ちょっとした騒ぎだな。しかし……<領空権>ってやつは何だ? 島の周りの空が支配できるってことだろうが……何か意味があるのか?」

 

 ケインが首を捻る。

 

「九号島の周りに、勝手に入ったらいけない空域ができたってことぉ?」

 

「今までは、視覚阻害効果のある魔力層で包まれていただけでしたが、位階が与えられた浮遊島は防御の障壁で覆われるようになります」

 

 マイマイの疑問に、マキシスが答えた。


「おおぅ~、島にバリアが付くんだぁ」


「それ、魔導砲を防げるの?」


 キララが訊ねた。


「そうですね……位階に準じて障壁の強度が変化するそうですが、<黒鉄くろがね> の障壁なら中型の魔導砲くらいは防げるでしょう」


「中型って、どのくらい? ゴブリン船に搭載されてたやつ?」


「そうですね。あの魔導砲による攻撃でしたら……数十発は耐えられると思います」


「凄いじゃん! あれ? でも、ゴブリン船がいっぱい来て、一斉に撃って来たら?」


「瞬殺ね」


 キララが笑う。


「駄目じゃん!」


 マイマイが唇を尖らせる。


「だから、自前で障壁装置を作るんだろ? 九号島にバリアが付いたのはラッキーじゃねぇか」


 マキシスの協力を得て、障壁を発生させる魔導器の設計は終わっている。船渠ドックの工作機械で、少しずつ部品を削り出しているところだった。


「魔導砲って、島の創作メニューにあったわよね?」


 キララがレンを見た。


「はい。防衛設備の項目にありました」


 創作可能物のリストも更新されて種類が増えていた。


「魚、もっと獲った方が良いわね」


「レン君の飛行機を直さないと無理だぞ?」


「……そうね。今度は、機首に尖った角を付ける? 銛も改良したいわ」


「衝角ありきなら、機体全体の強度を見直さないと駄目だろ?」


「銛みたいに、緩衝の仕組みを考えるとかぁ?」


「一方向からの衝撃ならやりようはあるんだが……暴れる魚の鰓蓋エラブタから棒を差し込むようなことをやるんだぜ?」


 ケイン、キララ、マイマイが集まって実験機について話し合いを始めた。


「もう一つ……」


 レンは、【アイテムボックス】から8枚のカードを取り出した。


「なに、それ?」


 みんながレンの手元を覗き込む。

 

 

 [ Treasure Dispenser ]

 

 

 銀色をした名刺大の金属板に、"トレジャーディスペンサー"と刻印されている。


「……キャンディのやつ?」


「ガチャじゃねぇか?」


「福引き券?」


 キララ達が興味津々、レンの顔を見る。


「短期間に、島を昇格させたことに対する特別報奨らしいです。1人1枚ずつ使用可能だと……島からのメッセージに書いてありました」


 レンは、全員に1枚ずつカードを配った。

 

「これ、どこで使うの? ディスペンサーも魔導具でしょ? 島にあるの?」


 キララが興奮顔で銀色のカードの表裏を確かめている。


「……その道具を島主の僕が召喚する……らしいです」


「えっ!?」


「レン君、ガチャ出せるのぉ?」


「どうやるんだ?」


「どうというか……」


 レンは、全員の視線が集まる中、やや顔を赤らめて俯いた。

 少し恥ずかしかった。


「レン君?」


「レンさん?」


 キララとユキがレンの顔を覗き込む。


「いや……その……変なことを言わなきゃいけなくて……ちょっと長いので」


 レンは俯いたまま小さく息を吐いた。カードを取り出した時点で覚悟を決めなければいけない案件だ。今更、尻込みをしてはいけない。

 

『全文、記録しています。視界に表示します』


 補助脳がレンの視界中央に、"呪文"を表示した。

 

(これ、ポーズもいる?)


『第4節までは右手を右側へ拡げて"呪文"を読み上げ、第5節からは左手を左側へ。最後の"キーワード"の前に両手を胸の前で交差させてから、勢いよく頭上へ掲げる……そう規定されています』


 "鶏卵"内で、亡霊から実演指導を受けている。万が一のことを考えると、省略などせず忠実に実行するべきだろう。


(……仕方ない)


 レンは溜息を吐きながら、右手を真横へ差し伸ばした。

 

「ピュルレ……ポワワーロ……ポムメイレ……ボルンセニョタイン」


 レンの左手が左側へと伸びる。


「ムンホモヤンル……アンアンチューレ……チュッチュムイムイ……」


 顔を赤くしながら、目の前に表示された"呪文"を読み上げて、右手と左手を胸の前で交差させる。


「アン! アアーン!」


 レンは、頭上に両手を掲げて声を張り上げた。





======


魚を納品したら、第九号島がランクアップした!


レンは、謎の呪文を唱えた!

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