第171話 火力演習


「順調に侵略されちゃってるわね」

 

 呟いたキララの横顔を、タチバナがちらりと見やる。

 

「これ……日本列島は完全に孤立しちゃったわ。モデウスの上陸で……もう、駄目ね」

 

 "鏡"から迷い出る単体のモンスター、大氾濫によるモンスターの大量発生、国を隔てるように陸海空に巣を作って居座る大型モンスター群、白いゴキブリに酷似したモンスターの大繁殖、"ヒトデ"に酷似した巨大異物の出現、海から現れる半透明の巨大マネキン、浮遊する肉食の大型モンスター……。

 

 "ナイン"と同盟を結んだ僅かな国を除き、ユーラシア大陸に国家の体を成している国は存在しない。

 

「新政府だと称する集団がいくつかあるようですが?」

 

 タチバナが画面に表示された映像を見つめた。

 黄色や赤の布を額や腕に巻いた軍服姿の男達が、自動小銃を手に笑顔で写真を撮っている。

 

「ネット回線や電話回線が死んだから連絡手段は狼煙や口コミ、移動手段は馬と牛よ? 虎の子の装甲車両は民間自動車に鉄板を貼り付けただけだし……見ているだけで涙が出てくるわ」

 

 キララが内モンゴル自治区を映した衛星画像を見ながら、気になった箇所を拡大する。

 

『こちら、レン』

 

 現地に居るレンから連絡が入った。

 

「キララよ。うらんはだ? ちょっと読めないけど、山岳地に山賊っぽい連中が523名居るわ」

 

『ナイトメアのクリーチャーをいくつか仕留めました。無反動砲があれば楽ですが、重機関銃でも十分に殺傷可能です』

 

「ユキちゃんも同じことを言っていたわ。あちらは、ウミウシのようなクリーチャーだったみたい」

 

『ユキはどこに?』

 

「チチハルからウラジオストックに向かって移動しているわ」

 

『ユキは特装を使っているんですよね?』

 

「ユキちゃんのはゾーンダルク製……ナンシーさんの肝入りだからね」

 

 キララが笑う。

 

『武器は?』

 

「刀っぽい大きな刃物よ」

 

『……いいな』

 

「あはは……レン君のハサミだっていけてるわ。レン君、移動中みたいだけど、マイちゃんのセンサー埋設してくれた?」

 

『はい。でも……たった今、金色のクリーチャーを発見しました』

 

「えっ! やったじゃん! いきなりポップしたの?」

 

 キララの前にあるモニターに、レンが視認しているクリーチャーの映像が届いた。

 イソギンチャクのような形状をしたクリーチャーだった。灰褐色の筒状の体から黄金色の触手が生えている。

 

『直径274メートル……高さは60メートル。地面から1メートルくらい浮いています』

 

「仕掛けてみる? ゲームの資料には……クラスⅢのボス・クリーチャーとしか記載が無いわ」

 

 "T.L.G.Nightmare"の設定資料を捲りながら、キララが眉をひそめる。

 

『座標を送るので弾道ミサイルを撃ち込んでもらえませんか? 厚いエネルギーの膜に覆われているようです。試作のロケット弾と地対空ミサイルは、もう撃ち尽くしました』

 

「1分以内に発射するわ。カオルちゃん、マイマイに伝えて」

 

 キララがタチバナに向けてタブレット型の端末を滑らせる。

 

「了解です」

 

 頷いたタチバナが火器管制カプセルに入っているマイマイにメッセージを送る。

 

「大陸間弾道弾……9発、発射されました」

 

 コールから30秒も経たない内に、南鳥島の海中から大型のミサイルが垂直に打ち上げられた。続けざまに、海面を割って大型のミサイルが発射煙を残して青空へ打ち上げられる。

 

「レン君、マイちゃんが9発も撃っちゃったわ」

 

『確認しました。終末誘導装置の作動を確認してから退避します』

 

 レンの声と共に、成層圏めがけて昇ってゆく飛翔体の様子が映し出された。

 頂点高度1500キロメートルに達した後、弧を描きながら秒速10キロメートルで目標座標めがけて降下を開始する。かなり大型の弾道ミサイルだった。

 

「マイちゃんが組んだAIコントロールを載せた新式よ。そこらの空対空ミサイルより追尾性能が高いらしいわ」

 

『金色クリーチャー……位置に変更無し。太陽に向かって触手を伸ばしているようです。内包エネルギーが上昇中……』

 

 伝えるレンの声が緊張する。

 

「内包エネルギー? 何か……攻撃準備かしら?」 

 

 キララが呟いた。

 

『移動する様子はありません』

 

「弾道弾って遅いわね。まだなの?」

 

『ミサイルの中では速い方ですよ』

 

 苦笑気味のレンの声が答える。

 

「そうなの? なんか、まどろっこしいわね」

 

 キララが頬杖を突いて不服そうに口を尖らせながら、"金色のイソギンチャク"を中心に広域を映し出す。

 

『……来ました』

 

「来た? ちゃんと誘導してる?」

 

『良さそうです。退避します』

 

 報告と共に、レンの反応が地図上から消える。

 直後、モニターの映像が白黒に変わり、連続した爆発光や煙が表示された。

 

『当たったぁ~?』

 

 火器管制カプセルから、マイマイの声が響く。

 

「……全部命中したと伝えて」 

 

「分かりました」

 

 キララに言われて、タチバナがマイマイにメッセージを送った。

 

「爆煙でよく見えないわ。どうなったの?」

 

『エネルギーの膜はそのまま残っていますが、内包するエネルギー量が40%くらい減っています』

 

 レンの声と共に、観測情報がモニターに表示された。

 

「体を包むバリアにエネルギーを回したということ? 9発当てて4割か……"イソギンチャク"のくせに生意気ね」

 

『弾道ミサイルは、まだありますか?』

 

「在庫は……残18ね」

 

『ちょっと勿体ないですね』

 

「すぐに補充できるから良いけど……あっ、レン君、飛翔型のモデウスが集まって来ているわ!」

 

 キララがサブモニターを見ながら伝えた。

 

『確認しました。モデウスには、爆発で集まるような習性があるんですか?』

 

「そんな設定は無いわ。でも……"イソギンチャク"めがけて来ているみたい」

 

『確かに……僕の位置とはズレていますね』

 

「飛翔型モデウス、29体……」

 

「ユキさんが"金色のイソギンチャク"を発見しました。旧牡丹江市付近です」

 

 タチバナがユキと通話しながら報告をする。

 

「ボス・クリーチャーって、いっぱい居るの?」

 

 キララが"T.L.G.Nightmare"の設定資料を開いた。すぐに、閉じて溜息を吐く。

 

『もっと撃っちゃう~?』

 

 壁面スピーカーからマイマイの声が響く。

 

「……カオルちゃん、端末貸して。ユキちゃんに退避するように伝えて。ミサイル撃ち込むから」

 

「了解です」

 

「レン君、そっちはちょっと任せる。ユキちゃんがイソギンチャクを見つけたから、ミサイルを撃ち込むわ」

 

 キララが携帯端末を使ってマイマイにメッセージを送る。

 

『了解』

 

「ユキさんが退避します」

 

「地図から目標座標を割り出してくれる?」

 

「分かりました」

 

 タチバナが、衛星画像を旧牡丹江市を中心に拡大表示をする。

 そこへ、

 

「なんだ? えらく賑やかだな?」

 

 ケインが部屋に入ってきた。

 

「面白いことになってるわ」

 

 キララが正面モニターを指差した。

 

 翼のあるモデウスが、"金色のイソギンチャク"めがけて急降下をして溶解液を浴びせている。

 

「おっ? シールド……バリアか?」 

 

 緑色をした溶解液が、"イソギンチャク"の触手すれすれで何かに当たって外縁へ流れ伝い落ちてゆく。

 

『準備おっけぇ~』

 

 マイマイの声が響いた。

 

「……あいつは何を?」

 

 ケインが離れた場所にある卵型のカプセルを見た。

 

「大陸間弾道弾を撃ってるのよ」

 

「なにっ!?」

 

 ケインが目を剥いた。

 

「あれに向かってね」 

 

 キララがタチバナの前にあるモニターを指差した。

 

『モデウスの攻撃で、エネルギーの膜が消えかかっています』

 

 レンから通信が入った。

 

『もう、残ってるの全部撃っちゃうよぉ~?』

 

 マイマイの声が重なる。

 

「……これ、早く改善しないと駄目ね。通信システムを一本化しましょう」

 

 キララがタチバナを見た。

 

「そうですね。シールド通信による情報の共有方法、多人数による通話内容の自動仕分け、それから……」

 

 大きく頷いたタチバナが、部屋の隅にある卵型のカプセルへ目を向けながらタブレット型端末をキララへ渡す。ユキが遭遇した"金色のイソギンチャク"の座標が表示してあった。

 

『座標まだぁ~?』

 

 カプセルの壁面にあるスピーカーからマイマイの声が響いた。

 

「これが終わったら、あれに通話システムを組み込むわ。マイちゃん、撃たないと出てこないから」

 

 キララが苦笑しながら連絡用の端末でメッセージを送った。



 

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"ナイン"の総合火力演習が行われた! 


"T.L.G.Nightmare"のクリーチャーとモデウスが戦いを始めた!

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