第170話 追認



 灰青色に塗装された大型トラックが50台、東北自動車道を北上していた。自衛隊が使用している73式大型トラックに酷似しており、荷台は防護板に囲まれた特殊仕様のように見える。

 

 運転席の上部には、真っ青な生地に白字で"9"が描かれた小旗が翻り、車体側面にも、大きく"9"の文字があり、その下には『救援部隊 - Rescue Forces』と描いてある。

 "ナイン"国が派遣した救援部隊であった。

 

 日本の高速機動隊のパトカーと白バイが併走しつつ停車を呼びかけていたが、"ナイン"のトラックは制限速度を超過したまま高速走行を続けていた。

 

『トウドウだ。東北道はどうだ?』

 

 無線から部隊長の声が響く。

 

「こちら、イトウ。まもなく、花巻南を通過します」

 

 イトウが無線で答えた。

 

『北陸道のカザマが死人の転移テロ攻撃を受けた』

 

「……被害は?」

 

『車両、物資共に損害は無い。車両は、死人による近接爆発に耐えたそうだ』

 

「タイヤや車軸も?」

 

『燃料タンクを含め、まったく問題が無いらしい。車外に出ていた者が負傷したが、積載している簡易治療システムのおかげで命に別状はないそうだ』

 

「死人テロは久しぶりですね」

 

 ここしばらく、鳴りを潜めていた。

 

『ああ……だが、キララさんの説明通り、"ナイン"の防護システムは死人の転移を防いでくれる。死人が車内へ直接転移を試みても、弾かれて車両の周囲へ転がることが確認できた。十分、戦えるぞ』

 

「朗報です」

 

『カザマの奴、とりあえず転移テロをさせてから迎撃すれば良いから楽だと笑っていた』

 

「無駄に警戒する必要はなくなります」

 

『そうだな。こちらは、東名三ヶ日を過ぎたところだが……高機が煩くてかなわんな』

 

「こっちも、まとわりついて鬱陶しいです」

 

『警察にも連絡は入っているはずだが……まさか、速度超過の取り締まりではないだろうな?』

 

「通行帯違反かもしれませんよ」

 

 イトウが小さく笑い声をたてた。

 

 その時、

 

 

 ドンッ!

 

 

 爆発音と共に、重たい衝撃が車両を揺すった。

 

「近い……攻撃を受けました」

 

『通信、終わる。こちらも攻撃を受けたようだ』

 

 トウドウからの通信が切れた。代わりに、車両間での通信が始まる。

 

「どうだ?」

 

 イトウが運転席の男に声を掛けた。

 

「12号車が自爆テロを受け、高機の白バイが巻き込まれたようです」

 

「こちらの被害は?」

 

「走行に問題無し。11号車、13号車から目視したところ、大きな損傷は確認できないと言っています。48号車が白バイ隊員の救護のため停車を要求しています」

 

「救護を許可する。それにしても……移動している車両に転移テロか」

 

 眉をしかめたイトウが呟いた。精密に転移するためには、転移先の座標を定める装置が必要となる。

 

 

 ピピッ! ピピッ! ピピッ!

 

 

 短いコール音が三度鳴った。

 

「イトウです」

 

『タチバナです。転移元を突き止めました。西和賀町、湯田ダム付近です』

 

 "ナイン"のタチバナからだった。

 

「逆探知のようなことができるんですね」

 

 転移を仕掛けてくる相手の居場所を突き止める……日本には無い技術だった。

 

『死人による自爆テロだけでなく、"騎士"を転移させてくる可能性があります』

 

 すでに、"騎士"による転移攻撃は折り込み済みである。救援部隊は、そのための装備を与えられていた。

 

「"騎士"は、すでに日本国内に?」

 

『不明です。今、"ナイン"の攻撃隊が死人の拠点を殲滅しました』

 

「さすが……対応が早いですね」

 

 発見から襲撃まで1分も経っていない。

 

『"騎士"による攻撃があった場合は、戦闘用特殊装甲服並びに全ての火器の使用を許可します』

 

「了解」

 

 表情を引き締め、イトウが頷いた。

 

『高速機動隊の無線が転移座標の割り出しに使用されているようです。隊員の救護は構いませんが、無線機を所持したままトラックに同乗させることは避けるべきでしょう』

 

「……承知しました。こちらの車両無線は大丈夫でしょうか?」

 

 イトウが訊ねた。

 

『技術的なことは分かりませんが、シールドされているから問題無いそうです』

 

「了解です」

 

『それから、我々の救援活動について、日本政府から追認する旨の通知が届きました。これから会見が行われ、日本政府が"ナイン"に依頼をして行っている救援活動だと発表が行われるそうです』

 

「元同僚と撃ち合いをしなくて済みますね」

 

 イトウが苦笑を浮かべる。

 

『予定通り、"ナイン"公館用地という名目で、日本全国に土地を確保しました。ほとんどが利用者が寄りつかなくなった旧道の駅や廃業したパチンコ店跡地等ですけどね。位置は、お渡しした端末で確認できるはずです』

 

「確認しました」

 

 イトウがタブレット型端末を見ながら答える。

 

「……石鳥谷の道の駅に、陸自の車両が待機しているんですね?」

 

 車載のナビゲーションシステムに、詳細な位置情報が反映されてゆく。

 

『73式大型トラック、74式特大型トラック、87式偵察警戒車、16式起動戦闘車を確認しています。他に急行中の車両があるようです』

 

「指揮官への連絡は?」

 

『死人の転移テロがあったことは伝えてあります』

 

「政府の追認については連絡が入っているのでしょうか?」

 

『はい。現地の警察官も来ているようですが……ちょうど、可木谷総理大臣の会見が始まりました。映像、送ります』

 

「ありがとうございます」

 

『こちら、48号車。負傷者を収容、これより移動を開始します』

 

 タチバナとの通話を終えると、白バイの隊員を救助していた48号車から無線が入った。

 

「こちら1号車。無線の破棄は行ったか?」

 

『裸に剥いて治療ポットに押し込みました。追いつくために、速度超過の許可を願います』

 

「踏めるだけ踏め。警察への説明は、"ナイン"上層部が行う」

 

『了解です』

 

「……73式とは思えない乗り心地ね」

 

 イトウが運転席の男を見る。

 

「まあ、別物ですね。外観だけは73式トラックに似せてありますが……」

 

 男が苦笑する。

 死人の自爆テロを受けて、装甲に覆われた車体はともかく、剥き出しのタイヤや車軸がほぼ無傷。フロントガラスにヒビ1つ入っていない。

 

「……マイマイさんが、バリアだと言っていた。たぶん……そういうものなんでしょう」

 

 イトウも苦笑を浮かべた。

 "ナイン"と日本の間には、信じがたいほどの技術格差が生じている。まだ、ほんの一部にしか触れていないが……。

 

「"ナイン"を敵に回すべきではないと思いますけどね」

 

 男が呟く。

 

 携帯端末の画面には、可木谷総理大臣が映っていた。

 "ナイン"との同盟を考えていること、同盟の前に通商条約を結ぶ手続きを開始したこと、"ナイン"と日本国が共同で救援活動を計画していること、"ナイン"による救援物資を集積するための用地を準備すること等……。

 

「まだ何も決まっていない……決める気が無いのか」

 

 イトウが画面に映る総理大臣の顔を見ながら眉をひそめた。

 

「日本……どうなるんですかね?」

 

「さあな」

 

「"ナイン"は日本を救うつもりなんですよね?」

 

「日本が拒まなければな」

 

「富士の"鏡"が大氾濫を起こしにくくなったのも、"ナイン"のおかげですよね」

 

「そうだな」

 

「日本政府は何を躊躇っているんですか?」

 

「……さあな」 

 

 イトウは小さく首を振った。

 

「またパトカーです。これ、本当に連絡が入っているんですか?」

 

 パトカーが併走しながら、左に寄って停車しろと電光掲示板を点滅させている。

 

「死人テロは、パトカーのデジタル無線から転移先の座標を割り出しているそうだ」

 

 イトウが顔をしかめた。

 直後、1号車の前方に複数の人影が湧いて出た。

 

「このまま進め」

 

「了解」

 

 死人がフロントガラスめがけてぶつかってくる。

 

 

 ドンッ!

 

 

 ドンッ!

 

 

 ドンッ!

 

 

 重たい爆発音を響かせ、死人が爆発四散した。




======

"ナイン"の救援部隊が活動を開始した!


救援部隊が死人による転移テロで狙われている!

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る