第172話 ぼやき


「予定通り、特装服と装甲車両、迫撃砲と地対空ミサイルの供与を行ったわ。対価は、期限付きで領空を使用する権利……オーストラリアは、希望するミサイルの数が多かったから海の一部を貰ったわ」

 

 キララが中央モニターに表示された地図上に朱点を点滅させる。

 

 "ナイン"が設置したデータリンクにより同盟国がDBにアクセスできるようになり、魔王が利用した"T.L.G.Nightmare"とキララが製作した"The khaos chain"による世界改変の概要が共有された。対価として、各国の領空や領海の使用権、氷河や島、砂漠など、無人の土地などが"ナイン"領となった。すべて60年の期限付きだ。

 

「海中は、まだ手つかずよ。南鳥島周辺しか探査を行っていないわ」

 

 説明しつつ、キララが世界地図の一部を拡大する。

 

「同盟国は、フィンランド、オーランド、アイスランド、デンマーク、グリーンランド……オーストラリア、ニュージーランド、トンガ、キリバスね」

 

「アメリカはどうなりました?」

 

 タチバナが質問をした。

 

「東西と北側に分裂中よ。国土の中央部分から南側は放棄したみたい。いずれ取り戻すつもりでしょうけど……クリーチャーが湧いて、モデウスが海から来て……ちょっとした地獄絵図ね」

 

 キララが数枚の衛星写真を並べて表示した。

 

「じり貧だが……よく持ちこたえていると言うべきだろう」

 

 ケインが呟く。

 

「日本は、イギリスとアメリカに"ナイン"との同盟について相談をしているが……」

 

「ヨーロッパは、NATOの流れで軍事連合を組もうとしているわ。まあ……余裕のある国が無いから、役割の調整に苦労しているみたい」

 

 キララが別の映像を表示した。

 

「ノアの箱船か」

 

 ケインが笑う。

 

「大型タンカーを連結して海岸に並べて疎開地代わりにしていたみたいだけど……」

 

 モデウスの大群に襲われてタンカーごと海に没してしまった。

 

「イギリスは、地下に都市を造っているらしいな」

 

「実態は、ビルの地下部分を利用したシェルターね。地下鉄を避難所にする国は他にもあるけど……例の白いゴキが大量発生して地下を占拠しちゃったから」 

 

「……ここにきて、死人を使った自爆テロが増えている。数や規模を考えると、魔王の拠点はヨーロッパか?」

 

「う~ん……内モンゴルの近くだと思うなぁ~」

 

 マイマイは旧中華人民共和国の内モンゴル自治区辺りが怪しいと言い続けている。

 

「まあ、魔王の所在はどうでも良いわ。"鏡"と"T.L.G.Nightmare"と"The khaos chain"で発生するモンスターやクリーチャーの規模感は把握したから、同盟国の支援は難しくないわ。計画通り、"ヒトデ"領の管理とリンクさせて、シーカー主導のマーケットを構築しちゃいましょう」

 

「賛成だ」

 

「賛成~」

 

「……という感じで、報告は終わりになるんだけど、王様はどう思う?」

 

 キララがレンを見た。

 一応、レンは"ナイン"の国王ということになっている。

 

「シーカーズリンクはどうなりました?」

 

 レンはタチバナを見た。

 ゾーンダルクのシーカーズギルドと個人情報を共有し、地球側で討伐したモンスターやクリーチャーをポイントに換算してEBCにカウントするようならないかと、ナンシーに要望書を提出してあった。

 

「リアルタイムでの反映は難しいとの回答でしたが、【エンカウンターカメラ】の映像をステーションのシーカーズギルドに提出すると査定した上でポイントが貰えるようになりました」

 

 タチバナが、"ナンシー"のピクシーが届けたメッセージを転送する。

 

「……少し面倒ですけど、まあ仕方が無いのかな?」

 

 レンは転送されたメッセージを読んで小さく頷いた。

 

「上出来だと思うわ。地球側には不干渉の"ナンシー"さんが折れてくれたんだから……これで、今後"ナイン"が世に出す全ての品をEBCのウィルで取引きすることができる」

 

「シーカーズマーケットの通貨もウィルに限定できますね」

 

 タチバナが頷いた。

 

「ウィルを稼ぎたかったら、地球のクリーチャーやモンスターを討伐するか、渡界をしてゾーンダルクのモンスターを退治しないといけない。"ヒトデ"のダンジョンに出るモンスターはどうなるんだっけ?」

 

「それも、査定の対象になるそうです」

 

「良さそうだな」

 

 ケインがマイマイを見た。

 

「探索者……シーカーのランク分けは?」

 

「地球側で取得したポイントのみで査定することになるわ。ゾーンダルクで稼いだポイントは加味されないから、私達はランク外になるかも」

 

 キララが笑いながら言った。

 

「弾道ミサイルでイソギンチャクを噴き飛ばしたじゃん!」

 

「それは、【エンカウンターカメラ】が作動しないでしょ?」

 

「極超音速ミサイルでモデウスを……」

 

「それも、【エンカウンターカメラ】が動かないわ」

 

 キララが首を振ると、マイマイが缶ビールを持ったまま机に突っ伏した。

 

「その理屈で言うと、遠距離からの狙撃なんかはどうなるんだ? あれも映らないんじゃねぇか?」

 

 ケインがレンを見る。

 

「ゾーンダルクではポイントになりましたよ? アイテムのカードも落ちましたし……」

 

 アイミス号で巨魚を仕留めた時もポイントが入っていた。

 

「だったら、弾頭ミサイルでもポイント稼げるんじゃないのぉ?」

 

 マイマイが顔を上げた。

 

「う~ん……どう思う?」

 

 キララが苦笑気味にケインを見る。

 

「入らねぇと思うが……まあ、導入後にやってみれば分かるだろ。だいたい、ウィルなんかいらねぇだろ? あんなもの稼いでどうするんだ?」

 

「気分の問題よぉ~」

 

 マイマイが机面に額をつける。

 

「転移便が届く時間です」

 

 タチバナがキララに声を掛ける。

 

「あっ、そうね! マイちゃん、短魚雷の製造プログラムを起こしておいて!」

 

 声を掛けながら、キララが部屋から駆け出してゆく。

 

「魚雷撃ってもポイントにはならないんだよねぇ?」

 

「たぶんな」

 

「レールガンとかならぁ?」

 

「……線引きがよく分からねぇが、照準方法によっては、銃の狙撃に近い……のか?」

 

 ケインが自信無さそうに首を傾げる。

 

「レールガンの設計図を拾ってこようかなぁ」

 

「個人で運搬できる武器でないとカウントされないのでは?」

 

 タチバナが言った。

 

「そうなのぉ?」

 

「そうだったかな?」

 

 マイマイとケインが顔を見合わせる。

 

「大きさや重量に制限があったかどうかは分かりませんが……ミサイルでも、個人が携行できる物なら【エンカウンターカメラ】が記録をする可能性があると思います」

 

「そうだったのかぁ~」

 

 マイマイが唸った。

 

「ゾーンダルクでは使えませんでしたが、こちら側なら無反動砲や小型の迫撃砲など個人が携行して運用できる武器が沢山あります。マイさんが製作した戦闘服を着て、そららの武器を使用すれば、ポイントを稼ぐことは難しくありません。多少訓練すれば、誰にでもできることです」

 

 タチバナがマイマイを見つめた。

 

「う、うん……そうだよねぇ」

 

「他方……ゾーンダルクから送られる物資を元に、最先端のミサイルや魚雷を製造することは、マイさんやキララさん、ケイン先輩にしかできないことです」

 

「……魚雷作るかぁ」

 

 マイマイが小さく息を吐いて、空になったビール缶を机に置いた。

 

「海中のモンスターを一発で粉々にするくらいの魚雷をお願いします」

 

 タチバナが笑顔で言った。

 

「う~ん、速いのなら簡単に作れるんだけどなぁ……威力はどうだろ? 色々縛りがあるしぃ~」

 

 ぶつぶつ言いながら、マイマイが自分の端末を持って会議室から出て行った。後ろをケインが追いかける。

 

「トウドウさん達は? 救援隊はどうなりました?」

 

 レンはタチバナに訊ねた。

 トウドウが東海・近畿方面、カザマが北陸方面、イトウが東北方面へ、それぞれ救援物資を積んだ装甲トラックを走らせている。死人による転移テロを受けたことは報告を受けていた。

 

「トラックを下車中に自爆テロを受けて何名か負傷したようですが、簡易治療装置のおかげで死者は出ていません。探知した転移元には、ユキさんが攻撃を加えています」

 

 タチバナの後ろに控えていたモーリが答えた。

 

「爆弾を使うとしたら、道中……休憩中、それから救援物資の積み下ろしをする現場ですよね?」

 

「はい。積み下ろしの場所だろうと思います」

 

 モーリが頷いた。

 

「マイマイさんの特装を使えばやられることはないだろうし、相手が動いてくれた方がいいんですが……」

 

 魔王ルテンは姿をくらましたままだ。"マーニャ"は別空間に逃げ込んだまま戻って来ていないだろうと言っていた。

 死人の転移テロは、"ゲームのような世界を楽しむ"というルテンの主旨から外れている。

 やるとすれば、ゼインダなのだが……。

 

(まだ生きているのかな?)

 

 "マーニャ"によると創造装置を動かすために、ルテンがゼインダのエネルギーを利用したらしい。そのルテンには少し前に行った刹那の攻防で、かなりの痛撃を与えたはずだ。

 

(……死人が自分達で判断して攻撃をしている? そんなことがあるのかな?)

 

 レンは、モニターに表示されたままになっている改変後の世界についての情報へ目を向けた。

 

(滅茶苦茶だ)

 

 でたらめな世界になってしまった。

 また、大勢の人間が命を失ったのだろう。また、人が住めない土地が増えただろう。また、いくつかの国が無政府状態に追い込まれるのだろう。

 

(もう……今生き残っている人達全員、ゾーンダルクに移住させた方が良いんじゃないか?)

 

 ちらと脳裏に乱暴な考えが浮かぶ。

 

(九号島が支援すれば、始まりの島で安全に暮らすことができるし……九号島の居留地に受け入れることだってできる)

 

 色々と問題は起きるだろうが、今の地球よりはマシだと思う。

 

「シーカーズリンクは難しいと思いますか?」

 

 考え込むレンを見て、タチバナが声を掛けてきた。

 

「いえ……ただ本当に、酷い世界になってしまったと思って」

 

 傷病特派で渡界した頃は、ここまで酷い世界ではなかった。

 

「そうですね。日本を見ていると、まだ救いがあるように感じてしまいますが……」

 

 タチバナが苦笑を浮かべた。

 日本には、もう隣国と呼べる国が存在していない。強いて言うなら"ナイン"なのだが……。

 

「ですが、これで終わるということはありません。案外、人間という生き物はしぶといですよ」

 

「"鏡"の数が少なかっただけで日本も危なかったんだけど……海底の"鏡"ごと南鳥島を引き受けた"ナイン"と通商条約すら結べないって、どうなんでしょうか?」

 

 モーリが顔をしかめる。

 

「連絡が取れないだけで国の元首が生き残っている国は沢山あります。"鏡"を排除できない以上、国として存続するのは難しいのかもしれませんが……一定の秩序を取り戻すことはできるはずです」

 

「秩序ですか?」

 

 レンはタチバナの顔を見た。

 

「ええ……それが、ゲームの設定のようであっても」

 

「……何でも良いから、そろそろ落ち着いて欲しいです。60年後、本当に創造者が戻ってくるとは限らないんですから」

 

 ぼやきながら、レンは端末に手を伸ばした。救援部隊のトウドウ達から着信が入っていた。

 

 

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改変後の世界について、調査結果が纏まった!


レンのメンタルが疲弊気味だ!

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