第28話 イベント終了

(う……あ?)


 レンは目覚めた。


(えっ!?)


 慌てて起き上がって身構える。そこは、アパートの部屋だった。


(……生きてる? どうして?)


 レンは、自分の体を見回した。


 高層ビルの中で、身の丈が3メートルほどの双角の鬼人を相手に包丁一本で近接戦闘をやり、脇から心臓へ包丁を突き入れた。

 ほぼ同時に、鎌のように伸びた両手の爪がレンの背を引き裂き、鬼人に食い付かれて左の鎖骨を噛み砕かれたのを感じた。


 相打ちだったが、レンの方が先に息絶えたらしく、第7ステージをクリアできなかった旨の通知が目の前に表示された。


 そこまでは、覚えているのだが……。


(死んで……戻った?)


 裂けて血だらけだったはずの衣服が無傷だった。体のどこにも傷がない。手や爪から硝煙の臭いがしなかった。

 流し台の下扉を開けると、使っていたはずの出刃包丁が収まっている。


(今までのは、夢……幻覚だったのか?)


 レンは、床に転がっているスマートフォンを見た。

 画面が明るくなっている。

 拾い上げてみると、メッセージが届いていた。いつもの電話会社からの通知かと思ったが……。


(TLGナイトメア運営?)


 レンは、メッセージを開いてみた。




******


 こんにちは!

 TLGナイトメア運営スタッフ、使徒ちゃんです!

 帝王種ボーナスイベント結果の発表と、ボーナスが決定したのでお知らせします。


 到達ステージ :第7ステージ


 討伐モンスター:ゴブリンβ

        :トロルα

        :グレムリンα

        :ワーウルフα

        :ゴーストθ

        :キメラリーチγ


  討伐ポイント:21,000

  異能ポイント:60

  技能ポイント:92

  採取ポイント:0


 固定報酬   :フェザーコート


 獲得スキル  :悪疫抗体・パワーヒット・アクロバット・インファイト

        :ハルシネイト・エナジーサック


 以上になります。


******




(なんだこれ……?)


 レンは、スマートフォンの画面を見たまま顔をしかめた。


(……遊ばれた?)


 そういうことなのだろう。命懸けの戦いの全てが、ゾーンダルクの偽神によるゲームだった。


(帝王種というのは、ゾーンダルクで仕留めた赤い鳥だよな)


 あの巨鳥を討伐したことでイベントが起こったのだとすれば、ケイン達も同じような遊びに巻き込まれたのだろうか?


(フェザーコートは……衣服じゃないのか?)


 アイテムボックスの中に、それらしい名称の物は入ってなかった。


『エネルギー障壁のようです』


(何だ、それ?)


『周囲に不可視のエネルギー膜が展開されています』


(……何もないけど?)


 レンは、体の周囲に手を伸ばしてみた。


『外部からの一定以上の衝撃に対して反応するようです』


(それって、どの程度の防御能力? 9ミリ拳銃弾くらい止められる?)


『不明です。実際に被弾しないと正確な性能調査を行えません』


(当てにしない方が良さそうだ)


 レンは小さく息を吐いた。


(悪疫抗体は? 体に何か変化があった?)


『肉体を構成するマテリアルに変化はありません。ただ、不可視のエネルギー膜が各細胞を包んでいます』


 補助脳が応答した。


(それって、大丈夫なのか?)


 これ以上、体に妙な物が入るのは勘弁して欲しい。


『拒絶反応は出ていません』


(……パワーヒッターとアクロバット、インファイターは?)


『パワーヒッターは、衝撃力の付与です』


(衝撃……特に体が強くなったような気はしないけど?)


 体の力が増したのだろうか?

 レンは、ステンレス製の鍋を掴んで力を込めてみたが、鍋はビクともしなかった。


『対象に攻撃を加えた際に、何らかのエネルギーによる威力の加算が行われるようです』


(また不思議エネルギーか)


 レンは顔をしかめた。


『アクロバットは、何らかのエネルギーによるサポートで、曲芸的な動きを安定して行えるようです』


(なにそれ?)


『高いスピードとバランスを維持し、正確にコントロールされた跳躍、宙返り、着地を行えます』


(……ふうん)


 普段の生活ではもちろん、戦闘中でも宙返りをしたことはないのだが……。


『インファイターは、近接戦闘時に行った攻撃に威力の加算が行われるようです』


(それも、不思議エネルギーで?)


『対象に行った攻撃に対して、効果調整が行われるようです』


(それ……誰がどうやって判定してるんだ? 攻撃が当たったかどうか、誰かが見ているのか?)


『不明です』


(う~ん……じゃあ、ハルシネイトとエナジーサックは?)


『ハルシネイトは、対象の感覚を狂わせる指向性のエネルギー波。エナジーサックは、対象から何らかのエネルギーを吸収するようです』


(そもそも、今の情報をどうやって調べてるんだ? 知識として備わってるのか?)


『内包しているマテリアル体の深層に、今回の改変についての調査結果が記述されていました』


 視界に意味不明なメッセージが浮かび、レンは顔をしかめた。


(……記述って、プログラムみたいな?)


『知識内に存在する用語の中では、"プログラム"が最も近いです』


 正解とも不正解とも取れる回答だった。


(さっきまでいた町は幻覚か? あのモンスター達は幻影だった? ちゃんと痛みを感じたんだけど?)


 廃墟となった地元の町並みは幻影だったのか? モンスターとの戦闘は? 体に爪や牙が食い込んだ感触は? 殺された時の恐怖と絶望は?


『肉体が損壊し、生命活動が停止した直後に復元が行われました。同時刻に、わずかな空間異常を感知しました』


 レンが、鬼人に食い殺されたのは事実らしい。

 死んだ直後、体の傷だけでなく、衣服まで元の通りに復元したということだろうか?


(ふうん……)


 どういう技術なのかはまったく分からない。ただ、こんなデタラメなことができるのは、あの偽神しかいないだろう。完全に弄ばれている。


(クソッ……ムカつくな)


 レンは、顔をしかめつつメッセージアプリを閉じた。


(ゾーンダルクを創った神……)


 地球のゲームに詳しい神? どうにも胡散臭い話だ。ただ、何であれ、得体の知れない力を持った存在なのは間違いない。


(そんな存在を、地球の人間がどうにかできるのか?)


 どんな兵器を用いても"鏡"に傷一つつけられず、送り込む渡界者の生還率は未だに改善されていない。

 自衛隊を中心とした特派チームは、こんなデタラメな力を持った相手をどうしようとしているのだろう? 政府は、特派チームに何を要求しているのか?


(……ん?)


 またメッセージアプリに通知が届いたようだ。


(ケインさん? あっ……ユキさんやキララさん、マイマイさんからも?)


 立て続けに、メッセージが届いていた。

 開いてみると、全て帝王種イベントについてだった。

 全員が死亡を体験し、互いにメッセージを送って生きていることを確認し合っている。

 レンも、イベントが起こったこと、死んだと思ったら元の部屋に戻っていたことを書いて送った。


(出てきたモンスターは、みんな共通……だけど、最初に飛ばされた場所は違うみたいだ)


 荒廃した町の中という点は共通していたが、町並みはまったく違うようだった。

 それぞれが住んでいる町を舞台に、モンスターと戦ったらしい。


 ケインとマイマイ、キララは、フェザーコートと悪疫抗体を手に入れていた。

 最初の猛毒ゴブリンを相手に奮闘して、なんとか斃すことができたらしい。その後、毒にやられて死んだそうだ。


 ユキは、フェザーコートに加えて、悪疫抗体とパワーヒット、アクロバットとインファイトを手に入れていた。どうやったのか知らないが、ワーウルフαと刺し違えるところまでいったらしい。


(一番目のステージをクリアしたら、悪疫抗体が貰えるという仕組みか)


 レンは、七番目の鬼のようなモンスターと相討ちになったが、相手より先に死んでしまったことを伝えた。

 すぐに質問メッセージが相次いで飛び込み、ケインから会って話をしたいと誘われた。


(池袋……大氾濫の時、モンスターの爆撃で高層ビルが崩れた所か)


 ケインが指定してきた集合場所は、西池袋にある閉鎖された病院の近くだった。戦闘で多くの犠牲者が出た地区だったが、もう立ち入れるようになったようだ。


(田代の叔母さんに挨拶に行ってから……いや、アパートの解約が先か)


 このアパートの一階には、特殊拳銃を隠し持った住人がいる。さっさと出た方が良い。


(あっ、お金が振り込まれた!?)


 タイミング良く、銀行からメッセージが届いた。メッセージに金額は記載されていないが、内容はしっかりと覚えている。



 渡界準備金として、500万円。

 再就職就学支援金、500万円。

 緊急渡界協力金、1000万円。

 渡界者生活支援金、850万円(毎月)。



 これらの内、渡界者生活支援金だけは、向こう10年間、毎月25日に継続して振り込まれることになっている。

 渡界生還者は、所得税、住民税が恒久的に免除されるから、多くの者にとっては大幅な収入増となるだろう。

 未帰還率が89%でなければ、渡界希望者で溢れかえったはずだ。


 実際、一時は渡界希望者が大挙して富士山頂へ押しかけたそうだ。

 そして、そのまま消えていった。

 渡界を希望する者がSNSなどで呼び掛け合い"Xデイ"を決めて一度に殺到し、そのまま未帰還になったのだ。89%に持ち直しているのは、自衛隊の特派員達のおかげだ。


(これで、叔母さんにお金を返せる)


 レンは表情を明るくした。

 その時、またスマートフォンの画面が明るくなった。今度のメッセージは、異界探索協会からだった。



< 渡界者の皆様へ >


 ゾーンダルクの創造神だと称する存在から、システムのアップデートが通知されました。

 現在、次の変更点が確認されております。


・ステーション内に、レストランが設置されました。

・ステーション内に、シーカーギルドが設置されました。

・ステーション内に、トレーディングポストが設置されました。

・ボードメニューに、【ピクシーメール】が追加されました。

・ボードメニューに、【ゼロウェイスト】が追加されました。

・死亡した際、【デスカメラ】による映像記録が遺されるようになりました。


 以上になります。

 詳細については、最寄りの異界探索協会にお問い合わせ下さい。


< 異界探索協会 中野本部 派遣者調整員 立花薫 >



(あの偽神……また何かやったのか)


 レンは、溜息を吐きながらボードを開いた。








======


レンは、活動資金を手に入れた!


創造神によるアップデートが行われた!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る