第219話 平和裏



 穏やかな話し合いになった。

 

 白衣姿で額の眼を開いている"ナンシー"と同じく白衣を羽織った"マーニャ"、レンと使徒だという甲冑姿の女だけが存在する特異な空間の中、地球とゾーンダルクの関係を確認し、譲ることができる部分と譲れない部分の擦り合わせが行われた。

 

 対談は、専ら"ナンシー"と"マーニャ"の間で行われ、たまにレンに問いが向けられる。

 

 内容の大半は、ゾーンダルク内におけるレンの行動条件についてだった。

 

 "ナンシー"は、ゾーンダルクに良い感情を抱いているとはいえない地球人"レン"が、破壊衝動に囚われる可能性を危惧しているという。


 "マーニャ"は、素体の細胞素材に手を加えたのは事実だが、レンの能力そのものはレン自身の意思と経験が形成したものであり、封印することは不可能だと断っていた。

 

「一方的に"鏡"を押しつけて、これまで築いてきた世界を破壊したのはゾーンダルク……創造主でしょう? 恨みに思うなという方が無理というものだわ」

 

 呆れたように"マーニャ"が言う。

 

「それについては、可能な範囲で償いをしてきたつもりです」

 

「全く足りていないし、壊されたもの、死んでしまった生き物は蘇らないわ」

 

「……引き続き、私に許された権限の範囲で、貴女達に協力することを約定します」

 

「貴女ではなく、貴女の上役に直接告げたいのだけれど?」

 

 

「それが不可能であることは分かっているのでしょう?」

 

 "ナンシー"が小さく息を吐いた。

 

「存在格そのものが異質……というより、私が認知できるのかどうかも怪しいわ。恐らくは、人間の……生物の悲哀のような感情は理解できないでしょうし……自我という概念が存在するのかどうか」

 

「それについては、答える術を持ちません。私自身……」

 

「それでもね。相手がどんな存在であっても、言葉というものを理解しようがしまいが言ってやりたいのよ。ふざけるな! ってね」

 

 "マーニャ"が、少し離れて控えている使徒を指差した。

 

 控えていた使徒が、ギョッと眼を見開いて腰の剣に手を添えた。

 

「……この者が何か?」

 

 "ナンシー"が使徒を見る。

 

「ノリよ」

 

「え?」

 

「創造主が居ないから、その子を指差しただけよ」

 

 "マーニャ"が笑みを浮かべる。

 

「……なるほど」

 

 "ナンシー"が、今にも剣を抜きそうな使徒を目顔で制して"マーニャ"に向き直る。

 

「貴女が期待するような封印は不可能なのだけれど……協定という形で封印をすることは可能よ」

 

「協定……ですか?」

 

「約束事を文字にして互いに確認しましょう。言葉だけの口約束よりも少し信頼度が増したものになるわ」

 

「しかし、それでは……」

 

「あまり拘束力は期待できないわね」

 

「それでは意味がありません」

 

「意味はあるわよ?」

 

「そうでしょうか?」

 

 "ナンシー"の双眸が尖る。

 

「裏切られたことが?」

 

 "マーニャ"が小首を傾げた。

 

「……かつて、地球に存在していた頃に……祭司によって」

 

「ツキがなかったわね。同情するわ」

 

「どれほど言葉を飾っても……約定を交わしても、人間という生き物は容易く裏切るものです」

 

「そうかもしれないわね」

 

 "マーニャ"が、うんうんと首肯をする。

 

「……であるのに、協定で満足しろと言うのですか?」

 

「そうよ?」

 

「裏切られることを覚悟せよと? 甘んじて騙されろと言うのですか?」

 

「お互い様でしょう?」

 

「私が? 何を裏切ったと?」

 

「分からないわ」

 

「貴女は……」

 

「誰が誰に何を期待しているのか。何を信じているのかなんて、私には分からないわよ? だから、いつ誰が裏切られたと感じている……感じたのかなんて分からない。生き物の数だけ思考が存在するわ。すべての思考が同じ方向に揃うことなんてない」

 

 そう言って、"マーニャ"がレンを振り返った。

 

「現代の地球人は、教育によって観念を整えられているのだけれど……同じフォーマットの教育を受けた人間同士は、正邪の感じ方が揃う傾向にあるわね」

 

「……何が言いたいのかしら?」

 

「貴女が地球で暴れていた頃より、地球の人間……その文明は進化しているということよ。退化した部分も多いし、相も変わらず争いごとを繰り返しているのだけれど……ぎりぎり、進化していると思うわ」

 

「私は暴れてなど……」

 

「貴女、暴虐の何とかって異名がついているわよ?」

 

「……生き残りがいましたか」

 

「神官だか、神主だかが誓いを破ったからといって、世界を滅ぼそうとか……やり過ぎでしょう?」

 

「あの誓約は、破って良いものではありませんでした」

 

「頭にゲンコツ落とすくらいで許してあげるべきよ。貴女の方が遙かに存在格が上なのだから」

 

「……嘘は受け入れられません」

 

「貴女が暴れたからといって、マイチャイルドが暴れるとは限らないわよ?」

 

 "マーニャ"が微笑を浮かべて"ナンシー"の双眸を覗き込む。

 

「今は……そうかもしれません。しかし、いつか……心が変わることがあるでしょう」

 

「人間ですからね」

 

「そう、人間の思念とは極めて不安定なものです」

 

「私がいるわ」

 

「……貴女が?」

 

「私は、マイチャイルドに永住しているもの」

 

「しかし、封印はできないと……」

 

「約束を……協定を破りそうになったら、ちゃんと叱るわ。約束を守りなさいってね」

 

 "マーニャ"がレンを振り返って笑顔を見せた。

 

 

 

******

 

 

 

「そんな感じで……」

 

 レンは、マイマイ達にせがまれて"ナンシー"と"マーニャ"の話し合いの様子を語っていた。

 

「"マーニャ"さん詐欺師で食えるぜ!」

 

 酒杯を片手にケインが笑う。

 

「あははは……"マーニャ"さん、最高っ!」

 

 酒気で顔を真っ赤にしたキララが、大きなビールジョッキを高々と掲げた。

 

 横で、酔い潰れたマイマイが机に突っ伏している。

 

『地球を救った功労者に、詐欺は酷いわ! あの石頭を相手に頑張ったんだからね!』

 

 レンの視界の中で、2頭身の"マーニャ"が両手を腰に当てて苦情を言っていた。

 

 詳しいことは分からないが、ナンシーとの会談を終えた後、いつか来るだろう創造主との邂逅に備えて準備を始めているらしい。

 

 "リソース"というものの大半を、その作業に割いているそうだ。

 

「ていうかぁ~……もぉ、"マーニャ"先生ぇが神様で良くないぃ~?」

 

 いきなり、マイマイが起き上がった。

 

「あら、良いわね。じゃあ、女神様に乾杯しなくちゃ!」

 

 キララが湯飲みに焼酎を注いで渡す。

 

「女神様に乾杯っ!」

 

「かんぱぁ~い」

 

「いいねぇ」

 

 キララとマイマイの乾杯に、ケインも猪口を持ち上げて合わせる。

 

「いつから飲んでるの?」

 

 レンは、隣のユキを見た。

 

「帰路についてから、ずうっと飲んでいます」

 

 ユキが微笑を向ける。

 

「おおぉ~、ゆうしゃにかんぱぁ~い」

 

 呂律が怪しいマイマイが音頭を取り、

 

「勇者レンに乾杯っ!」

 

「これからも頼むぜ、レン君!」

 

 キララとケインが杯を呷る。

 

「……これ、教育上良くないかも」

 

 レンは、天井のカメラに眼を向けた。アイミスに見せて良いものかどうか……。

 

「アイミッタが……心配です」

 

 ユキが呟く。

 

 匂いだけで酔いそうなほど酒の臭いが凄い。レンもユキも立っているだけで顔が赤らんでいた。

 

「こらぁ~ふじゅんいせいこうゆうはゆるさんぞぉ~」

 

 酔っ払いが声をあげた。

 

「あら? 恋人同士なんだからいいんじゃないの?」

 

「ナインに条例は無かったぜ? あれ作らんと駄目か?」

 

 味噌を指で掬って舐めながら、ケインが真面目な顔で呟いている。

 

「……出ようか」

 

「はい」

 

 レンとユキは、アルコール臭が充満した部屋から退散した。

 

 

 

======

"ナンシー"との会談は、無事に終了したらしい?

 

"ナイン"には、「青少年~」より飲酒の規制条例を設けるべきだろう!

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