第101話 ティータイム


「外周の調査は完了だな」

 

「海中の探査もできるように……何か機材を考えたいわ」

 

 ケインとキララが話し合いながら部屋に入ってきた。

 島主の館にある会議室である。

 

 ここ数日、第九号島と新発見した島を行き来しながら、出現するモンスターの種類、討伐時に遺すアイテム、島内で採取できる物などを中心に探索を行ってきた。

 

「これ、もっと小さくしようよぉ~」

 

 マイマイが通信装置を叩いている。

 

「魔力を充填する容器を工夫しねぇと駄目だな」

 

 ケインが筒状に丸めた紙をレンに向けて差し出した。

 

「これは?」

 

「イーズの偉い方から預かってきた。詫び状と……まあ、読んでくれ」

 

 ケインが苦笑している。

 

「詫び状?」

 

 レンは、紙を束ねている紐を解いた。

 癖のついた紙を開いてみると、イーズとファゼルダ、デシルーダの関係性が相関図と共に記されていた。

 

(……中立を保ちたいから情報は売れませんってことか?)

 

 色々と書いてあったが、興味を引くような内容では無かった。正直なところ、改変事項の確認が忙しくて、イーズの商人に構っている暇がない。

 

「ファゼルダとデシルーダの上に、蟲王というのが支配する国があるらしいぜ」

 

 いきなり、ケインが言った。

 

「イーズの連中が恐れているのは、その蟲王らしい」

 

「蟲王……ですか?」

 

 レンは首を傾げた。

 

『イーズの商人、キュリス・マイノームの会話に登場しました』

 

 視界中央に、補助脳のメッセージが表示された。

 

(そうだっけ?)

 

「世界を支配しているらしいぜ? どの範囲を世界だと言っているのか知らねぇがな」

 

 ケインが笑う。

 

「その蟲王というのが、ゾーンダルク……じゃなくて、魔王なんですか?」

 

「どうも違うようだな。世界の改変前から存在しているって話だ」

 

「う~ん……改変前から思念体の一つがロールプレイをやってたのかもぉ?」

 

 マイマイが通信装置の裏蓋を開きながら言った。

 

「……ありえるな」

 

 ケインが頷く。

 

「ファゼルダやデシルーダと敵対するなら、蟲王の帝国と戦争になるということね……その魔導板はもっと薄くできるかも」

 

 キララがマイマイの手元を覗き込む。

 

「イーズの奴らは、やたらと蟲王を恐れていたな」

 

「そうなんですか」

 

 レンは、イーズの商船長の顔を思い出しつつ、補助脳が表示しているイーズとの会話記録を読み返した。

 

(ああ……本当だ。あの女の子の方がそんなことを言ってる。ファゼルダとデシルーダは、どちらも蟲王の……帝国の属国? ファゼルダの領空にデシルーダが攻め込んでいたんじゃなかった?)

 

 それとも、同盟国同士が領空内で合同訓練でもやっていたのだろうか?

 

『ミルゼッタとアイミッタです』

 

(……ん?)

 

 補助脳のメッセージに促されて、レンは視線を扉へ向けた。

 ほどなくして、扉がノックされ、ミルゼッタが顔を覗かせる。

 

「ミルちゃん、どうしたのぉ?」

 

「島主さんに、シーカーズギルドから伝言を預かって来たわ」

 

 ミルゼッタに目配せされて、アイミッタが小走りに入ってきた。その手に、A4サイズより少し大きいくらいの紙が握られている。

 

「ありがとう」

 

 レンは床にしゃがんて紙を受け取り、ざっと目を通してからケインに手渡した。

 

(初期クラスの適合判定?)

 

 全ての渡界者は、ステーション内のシーカーズギルドで"クラス"を得ることができる。獲得した"クラス"に応じた成長補正が得られる他、クラス専用の武装や固有スキルなどが解放される。なお、武装やスキルの解放にはポイントが必要となる。

 

 そういった内容の通知文書だった。

 

「キャラクタークラスの設定イベントだな」

 

 ケインが紙をキララ達に見せた。

 

「いっぱい要望出したよねぇ?」

 

「経験と獲得ポイントで、選択できるクラスの種類が変わるはずよ。私とレン君が同じようなクラスじゃおかしいもの」

 

(クラス……"他のゲームで職業と呼ばれるもの"だっけ?)

 

 レンは手帳のメモを探した。そもそも、ゲームの職業というものがよく分かっていないのだが……。

 

「クラスリストは、弄らせてもらえなかったから、どんな物が用意されているのか分からないわ」

 

「初渡界時でも4種類から選べるらしいぜ。俺達なら、結構選択肢が多いんじゃねぇか?」

 

「そうねぇ~ 8種類くらいかなぁ?」

 

「もっとあるんじゃない? あっ、でも、選択肢に表示されても獲得用にポイントが必要なんだっけ?」

 

「十分でしょ? レン君とユキちゃんのおかげで、笑えるくらいに貯まっているわよ」

 

 キララがボードメニューを開いて苦笑する。

 

「他の渡界者に申し訳なくなるぜ」

 

「この重たい箱を背負って待ってただけだもんねぇ~」

 

 マイマイが通信装置を平手で叩いた。

 

「モンスター情報はアップされた?」

 

 キララがミルゼッタに訊ねた。

 改変後に設置されたモンスター・データベースは、シーカーが討伐したモンスターの情報が自動的に登録される仕組みになっている。

 

「ゴブリン2種とワスプボア、ミミックリーフ、パフマインが新しく登録されていたわ」

 

 ミルゼッタが書き写した紙を差し出した。

 

「それから、私達もシーカーとして登録できたから、みなさんのクラン <ガーデン> に加入申請しました」

 

「あっ、できたんだぁ! じゃあ、ボードメニューもあるのぉ?」

 

 マイマイが駆け寄った。

 

「どうも違うみたい。【ステータスボード】という名称よ」

 

 言いながらミルゼッタが手元で何かを操作したが、レンには何も見えなかった。レン達のボードと同様、他の人には見えないようになっているらしい。

 

「ポイントも、"成長ポイント"というものしかないわ」

 

「エーテルバンクカードは同じやつよね?」

 

 キララが自分のEBCを表示させる。

 

「ええ……シーカーズギルドで案内されて、銀行で新規口座を開設したわ」

 

 ミルゼッタの手の甲に、見慣れた形状のEBCが浮かび上がった。

 母親の真似をして、アイミッタもEBCを浮かべてみせる。

 

「じゃあ、これからは、ミルちゃん達も素材カードが手に入るねぇ」

 

 マイマイが嬉しそうに言う。

 

「あれ? でも、クランのリストに名前がないわよ?」

 

 キララが首を傾げた。

 

「登録から表示まで時間がかかるのか?」

 

 ケインがボードを開いて確認した。

 

「……リーダーが許可してないとかぁ?」

 

 マイマイがレンを見た。

 

「えっ?」

 

 いきなり集まった視線の中、レンは急いでボードメニューを開いた。

 

「……クランって、チームみたいなやつですよね?」

 

 レンはボードメニューを操作して目的の頁を開いた。

 

(Clan……これ?)

 

 パーティとは別の集団の呼称があるらしい。Party メニュの一つ上に、Clan というメニューが増えていた。

 

「パーティは最大8名まで。クランは人数制限が無いわ」

 

「……クランで何が変わるんです? 今までも一緒に行動していましたよね?」

 

「一定距離以内に居れば、討伐時のポイントや素材が分配されるの。今までは、海の魚を獲っても、ミルゼッタやアイミッタはポイントを貰えなかったけど、これからは貰えるようになるわ」

 

「なるほど……じゃあ、クランに入っていない人が近くに居ても、その人にはポイントとか入らないんですね?」

 

 レンは小さく頷いた。

 

「でも……いつの間に、僕がリーダーに?」

 

「あれ? まだリーダー承認が終わってなかった?」

 

 キララが驚いたように言った。

 

「リーダー承認?」

 

「ああ、俺が仮リーダーでクランを作成して、レン君にリーダー権限を委譲したんだ。レン君の承認待ちのまま止まってたみたいだな」

 

 ケインが経緯を説明する。

 

「……いつの間に」

 

「俺達はもちろん、ユキさんも賛成してくれたぜ。全会一致というやつだな」

 

 レンの肩を叩いて、ケインが笑う。

 

「ユキも?」

 

 レンは視線を巡らせた。少し離れた場所で、ユキが紅茶を飲んでいる。我関せずといった様子で、こちらに顔を向ける気配がない。

 

「ゲームとか知らなくて、パーティとかクランとか、まったく分からないんですが……」

 

「大丈夫よ。リーダーなんか飾りだから。他の人が見て、なるほどと思う人にしておけばいいの」

 

「それなら、ケインさんが……」

 

 ケイン達の方が年上だし、世界の改変についても詳しいはずだ。

 

「だって、レン君は島主じゃん? ここで一番偉いのよぉ?」

 

「サブリーダーは俺だ。面倒なことは任せてくれ」

 

「そうそう、面倒くさいのは全部ケインに押しつけたらいいのよぉ~」

 

「そういうこと。レン君の仕事は、メンバーが出入りする時の承認ボタンを押すくらいね」

 

 ケイン、マイマイ、キララが笑顔で言う。

 

「……そうなんですか?」

 

 レンは、疑わしげにケイン達の顔を見回した。

 なんだか得体の知れないものを押し付けられた気分である。

 

(まあ……いいか)

 

 あまり難しく考えなくても、駄目なら駄目でリーダーを交代してもらえば済むだろう。

 レンは、クランのリーダーを引き受けた。

 第九号島の島主に比べれば、たいしたことではない気がしたのだ。

 

「あっ、ミルちゃん達がクランメンバー一覧に表示されたわ」

 

「さっすがレン君、男だねぇ~」

 

「押し付けたようで済まねぇな」

 

 3人が笑顔でレンの肩を叩いた。

 

「あの、僕は本当にゲームのことは分かりませんよ?」

 

なんにも問題ないわ」

 

「それより、クラスはどうなるんだ? 俺達はステーションのギルドに行けばいいが、ミルゼッタ達はどうなるんだ?」

 

「私達は、黒鉄以上の島にあるシーカーズギルドに行けばいいみたい」

 

「おぉう! じゃあ、第九号島でいいんだぁ!」

 

「クラスがどういうものなのか訊いてきたんだけど……よく分からなかったわ。適性に合わせて神から与えられるもの……って言われてもねぇ」

 

 ミルゼッタが苦笑する。

 

「あらら? こっちの人はそんな感じ? 選択式じゃないのかな?」

 

 キララが首を傾げた。

 

「どういうクラスが良いとか悪いとか、そういうのはある?」

 

 ミルゼッタがキララを見た。

 

「特に無いわよ?」

 

「じゃあ、何でもいいのね?」

 

「もちろんよ。アイミッタちゃんも、マキシスさんも、その……神から与えられるっていうクラスでオッケーよ」

 

「分かった。じゃあ、ギルドに行ってみるわ」

 

「俺達もステーションに行くか?」

 

「えぇ~? うるさいのが居るんじゃなぁい?」

 

「無視すればいいのよ。ステーションの中で馬鹿なことはやらないでしょ」

 

 キララが言うと、紅茶のカップを置いてユキが立ち上がった。

 しっかり話を聞いていたらしい。

 

(ステーションか……なんか、久しぶりだな)

 

 ユキの話では、ステーションもかなり発展しているらしい。第九号島の銃砲刀店とは品揃えが違うかもしれない。

 

「じゃあ、私達はステーション、ミルちゃん達はここのギルドでクラスをゲットだねぇ~」

 

「午後は、魚獲りに行こうか?」

 

「まだ、島の探索が終わってねぇぞ?」

 

 マイマイを先頭に部屋からぞろぞろと出て行く。

 

(あれっ? イーズはどうなったんだっけ?)

 

 ふと思い出して、レンはケインに声を掛けようとしたが……。

 

(まあ、後でいいか)

 

 とりあえず、"クラス"というよく分からないものを手に入れなければいけないらしい。ケイン達の様子からして、大事なことのようだった。

 

 

 

 

 

 

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イーズの商人から詫び状が届いた!

 

"クラス"を取得するためにステーションへ戻ることになった!

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