第153話 魔王


 何の前触れも無く、突然として見えているものが変化した。

 

(……うっ!?)

 

 いきなり襲って来た何かを避けるために、レンは咄嗟に右足を後ろへ引きつつ体を仰け反らせた。

 胸元すれすれを高熱を帯びたものが掠めて過ぎる。 

 

『待って! 対話よ! 対話! 死人に口なしっ!』

 

 レンの視界で、2頭身の"マーニャ"が跳ねる。

 

(くっ!)

 

 振り抜こうとした"レフト・シザーズ"を寸前で解除しながら、レンは左右へ上体を振って前に出た。

 目の前に、黒い外套のような服を着た男が立っていた。その手に、魔導銃らしきものが握られている。

 

『アカデミックドレスです』

 

(え?)

 

 補助脳のメッセージが何を指しているのか分からないまま、レンは銃を握る男の手を掴んで引くと、右肘を男の鳩尾へ突き入れた。

 黒い服の下に防具を着けていたのだろう。突き入れた肘が硬質な何かに当たったようだ。

 

(威力が足りない?)

 

 そう感じた直後、身を沈めたレンは伸び上がるようにして、手の平で男の顎を突き上げた。そのまま脇へ身を入れて、男の体を腰に乗せるようにして地面めがけて投げ落とす。

 頭から叩き落とされた男が声も無く昏倒した。


 間髪入れず、

 

 

 ヒュッ!

 

 

 レンは、短い呼気と共に、仰向けに転がった男の喉めがけて拳を突き下ろした。

 

『ストォーーーープッ!』

 

 2頭身の"マーニャ"が両手を拡げて視界を塞いだ。

 

(大丈夫です)

 

 寸前で拳を止め、レンは男の銃を奪って立ち上がった。

 

『大丈夫って……後頭部から落ちたのよ? 思いっきり潰れた音がしたわ!』

 

(僕のように体を強くしているでしょう? このくらいなら問題ないはずです)


『あくまでも仮定の話よ? かなりの確率で素体を強化しているはずだけど……もしかしたら、普通の人間の体のままだったかもしれないわ』

 

(それは……マズいかも)

 

 レンは、動かなくなった男を見た。

 

 かなり身長が高い。薄い金色の髪が襟に届きそうなくらい長い。丈夫そうな鼻梁としゃくれた顎が特徴的な白人男性だった。年は30代半ばくらいに見える。

 

(息はある……ね?)

 

 床の男が一般的な普通の人間だった場合、どんなに鍛えていたとしても即死である。

 

『緊急的な生命維持活動が行われています』

 

 視界に、補助脳のメッセージが浮かぶ。

 

『ギリギリね! かろうじて、今にも消えてしまいそうな微量な生命を感じるわ』

 

 2頭身の"マーニャ"が溜息を吐いた。

 

(すみません。加減はしたんですが……)

 

 謝りながら、レンは奪った銃を【アイテムボックス】に収納した。

 肘を使ったのは危険だったかもしれない。平手で打つ程度にしておくべきだっただろうか。

 

(それにしても、ここは?)

 

 男の監視を補助脳に任せ、レンは周囲を見回した。

 

『私の城だ』

 

 不意に、男の声が聞こえてきた。

 

『あら、意外。まだ余裕がありそうね』

 

 "マーニャ"が反応する。

 

(これが、城?)

 

 レンは、構わずに周囲の観察を続けた。

 これまでの経験によるものか、あるいは身体が強化されたからなのか、レンは思念体の存在を明確に感じ取っていた。

 頭の中に直接声が聞こえてくる感覚にも慣れている。

 

(体育館……屋内練習場かな?)

 

『この身体……この男は、この施設で教育をする係をやっていたようだからな』

 

(教育の係?)

 

 レンは視線を男へ向けた。

 あらためて見ると、後頭部を中心に痛ましい惨状になっている。着ている衣服が黒色だったのが幸いだ。

 

『アカデミックドレスです』

 

 補助脳のメッセージが視界に浮かぶ。

 

(……あの服?)

 

『はい。日本では大学式服と称されることが多いようです』

 

(ふうん……)

 

 レンは、仰向けに倒れたまま動かない男の体を見回した。

 

『生命維持は間に合いそうね?』

 

 "マーニャ"が問いかけた。

 

『何とかなりそうだ』

 

 声が答える。

 

『あなたの識別名称は何なの? 無ければ"G"と呼ぶわよ?』

 

 レンの視界の中で、2頭身の"マーニャ"が両手を腰に当てている。

 

『かつては、ゾーンダルク……滞留した思念瘤の一部だったが……こちらへ渡ってからは、ルテン・マルクーレと名乗っている』

 

『ルテン? それって、リュティン?』

 

 "マーニャ"が顔をしかめる。

 

『ほう……やはり、知っているのだな。こんな所で、祖は違えど同じ文明の残滓とまみえることができるとは……実に愉快だ』

 

 満足げな笑い声が響く。

 

『驚いたわね。残り滓なのに、きちんと自我を保全しているの? 興味深い存在だわ』

 

『残り滓とは酷い表現だな。まあ、事実として惨めな残滓でしかないが……これでも結構な古株だ。過ごしてきた時間には敬意を払ってもらいたいな』

 

『それで? 古株さんは、何か判ったかしら? 私達を調べるために、十分な時間を与えたつもりだけど?』

 

 2頭身の"マーニャ"が小首を傾げる。

 

『……ふむ。残念ながら……この場の施設では、その素体を測れないようだ。実に厄介なものを生み出したものだ』

 

 男が舌打ちをする。

 

(思念なのに舌打ち? 器用だな)

 

 レンは補助脳の探知情報に目を通しながら苦笑を漏らした。どうやら、対話の役割は"マーニャ"がやってくれるようだ。

 

『この惑星の生命体が我を知覚している。稀なる個体に巡り会ったようだな?』

 

『偶然だったのだけど……今になって思うと、稀なる幸運だったと思うわ』

 

 "マーニャ"が大きく頷いた。

 

『偶然か……なぜ、この惑星に?』

 

『ゴミ掃除よ』

 

『……何を指してゴミと称しているのかは、訊かずにおこうか』

 

『ちゃっちゃとゴミを掃除しようと思って来たら、とんでもない汚物を見つけちゃった感じね』

 

『奴だな?』

 

 男の声がわずかに緊張する。

 

『あなた……ルテン・マルクーレは、アレと直に会った?』

 

 "マーニャ"が訊ねる。

 

『断りもなく干渉を試みてきたが……排除したつもりだ』

 

『交感は?』

 

『ない』

 

『確かに……汚染はほとんど無いわ。ゴミが綺麗だというのもおかしな話だけれど、あいつの精神感応をよく撥ね除けられたわね』

 

 2頭身の"マーニャ"が感心したように唸る。

 

『己が己であり続けることが、我の全てだからな』

 

『大口を叩くだけの資格はあるわ。あのダルクの中で自我を保ち続けたのだから……』

 

『だが、ここまでのようだ』

 

『あら? 諦めるの?』

 

『この状況下では、抵抗はおろか、逃走すら困難であると言わざるをえない』

 

『そう?』

 

『この肉体の破損は酷い。完全な修復には72時間を要するだろう。予備の素体へ逃れようにも獄壁が張り巡らされている』

 

『今後は、切り離して隠してある分体で活動するわけね』

 

『そうなるな』

 

『そして、その分体はあいつに囚われている?』

 

『……ほう?』

 

『楽しそうでなによりだわ』

 

 "マーニャ"が微笑を浮かべた。

 対して、男が舌打ちをしたようだった。

 

『囚われの素体は何処かしら? こうして、あなたと接触していても存在を感じさせないなんて……"ゼインダ"か。噂以上に面倒な奴ね』

 

『奴が"ゼインダ"か。かなりの大物だとは感じていたが……』

 

『ダルクの汚物溜まりでも有名だったのかしら?』

 

『あれは何を求めている?』

 

『……笑えるわよ?』

 

『む?』

 

『全宇宙に存在する惑星の環境改善を行う……つもりで行動しているの』

 

 "マーニャ"が肩を竦めてみせる。

 

『惑星の環境? 何にとっての環境だ?』

 

『惑星にとってのよ』

 

『……それは何なのだ? 重力構成か? 大気の成分値か? 地表温度? 微生物の種類?』

 

『不明よ』

 

『なに?』

 

『一つの行動パターンとして……ある程度栄えた文明を発見すると滅ぼすみたいね』

 

『……迷惑な奴だ』

 

『あなたも迷惑よ?』

 

『私は、人間を滅ぼそうなどとは考えていない』

 

『何がやりたいの?』

 

『ちょっとした刺激だよ。この惑星全体を一つの遊戯盤に変え、刺激ある日常を提供するつもりでいる』

 

『もう……事後かしら?』

 

 "マーニャ"が周囲を見回す。

 

『そうだ。わずかの差だったが遅かったな。複製……復元は私の得意分野でね。おまえ達が破壊した創造の装置を複製したのだよ』

 

『リュティンの異能力か。まったく、どうしてこの界隈に、そんな面倒なのが流れ着いているのよ』

 

 2頭身の"マーニャ"が溜息を吐いた。

 

『私の異能を知る存在がいることに驚くが……』

 

『創造装置ね。あの装置を真似したとしても、エネルギーはどうやって調達したの? 惑星全体……ここの物質文明全てに影響を及ぼすほどの創造をどうやって行ったのかしら?』

 

 "マーニャ"の頭上に浮かんだ吹き出しを見て、レンは眉をひそめた。

 創造装置とは、前にレンが破壊した装置のことだろう。他の思念体を仕留めた時に破壊したのだが、複製品が生み出されていたとは……。 

 

『思念……怨念や憎悪もエネルギーになる。"ゼインダ"が浴びてきた負の思念は良い燃料になった』

 

『負の思念を燃料に? そんなことが可能なのかしら?』

 

 腕組みをした"マーニャ"の頭上に "?"マークが点灯する。

 

『可能だから装置が起動したのだ。もっとも、元々壊れていた装置だからな。理想の結果にはほど遠いだろうが……面白い世界になることだろう』

 

 笑い声が響く。

 

『面白くない話だけど……でも、おかげで当面の標的はあなたになる。とても助かったわ。どうもありがとう』

 

 2頭身の"マーニャ"がお辞儀をした。

 

『標的だと? 奴が……私を狙ってくるというのか?』

 

『あいつは、そういう奴よ』

 

『詳しいのだな』

 

『自分は全宇宙の守護者。自分が絶対の正解。自分の解以外は認めない。その自分に異を唱える存在は排除すべきもの。自分を攻撃する存在は徹底排除する』

 

 "マーニャ"が楽しそうに言う。

 

『底なしの阿呆だな』

 

『心の底から同意するわ。それと同情も』

 

『同情だと?』

 

『ゲームで言うでしょう? ファーストアタック? 最初に殴ってきた相手をどこまでも敵視して追い回してくるわよ。創造の装置を稼働させるためには、膨大なエネルギーが必要よ。どうやったのかは知らないけれど……"ゼインダ"は、かなりのエネルギーを失ったはずね』

 

『だが……奴から仕掛けてきたのだぞ?』

 

『そうね』

 

 "マーニャ"が笑顔で頷いた。

 

『面倒な奴め』

 

『本当に、その通りだわ』

 

『だが、奴が入った素体は……』

 

 言いかけて、男が沈黙した。

 

 

 

 

======

 

レンは、いきなり魔王の目の前に転移させられた!

 

魔王との対話は、"マーニャ"が担当した!

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