第152話 対話


『……暫定的な対抗措置として、魔素を吸って酸素を排出する装置を用意するわ』

 

 "マーニャ"が壁面の液晶モニターにポインターを向けつつ説明をしている。

 酸素を吸って魔素を吐き出すヒトデに対抗し、魔素を吸って酸素を吐き出す物を用意するのだという。

 

『本来なら、この惑星全体の大気バランス……生物に与える影響を観察しながら調整をしなければいけないのだけれど』

 

 そう言って、"マーニャ"が溜息を吐いた。

 

「先生ぇ、それって今から作って、間に合いますかぁ~?」

 

 マイマイが挙手して質問をする。

 

『間に合わせるわ』

 

 "マーニャ"が即答した。

 

「その装置? それを"ゼインダ"や魔王が狙って来る可能性があるわよね?」

 

 キララが言った。

 

『こちらも、ヒトデを破壊するでしょう? 数の増減は、大気の状態を監視しながら調整するしかないわね』

 

「……そうね。どこの国でも、異物を放置しないと思うし……」

 

『酸素を排出し過ぎると生き物にとっては毒になるから、大気循環を補助する物を別途用意する必要がある……それについては、どうかしら?』

 

「異論は無いわ。それが可能なら……地球上の大気成分を保全することは、人類を存続させるための最低条件になるもの」

 

『今回は魔素だったけれど、もっと悪意のある微生物……毒素を吐き出す物だった場合に備える必要があるわ』

 

 "マーニャ"が腕組みをして言った。

 

(……何かありそうだ)

 

 レンは注意深く見守っていた。

 "マーニャ"の様子がおかしかった。いつもの自信に満ちた雰囲気ではなく、言葉にも迷いのようなものが感じられる。

 

(酸素を吸って魔素……毒を出す? 大変なことなんだろうけど)

 

 そんな程度の生き物が問題になるだろうか?

 いつもの"マーニャ"なら、一笑に付して片付けてしまう程度の問題のように思う。

 

(それだけ"ゼインダ"という奴が厄介なのかな?)

 

 深刻そうな表情で話している"マーニャ"に違和感を覚えつつ、レンは補助脳の探知情報に目を向けた。

 

『ちょっと事情があるのよ』

 

 いきなり、レンの視界に2頭身の"マーニャ"が出現した。

 キララ達の前に立っている"マーニャ"と同じく、紺色のビジネススーツに白衣を羽織っている。

 

(……事情?)

 

『色々としがらみ? 約束事があって、今は教えることができないのだけれど……その時が来たら、マイチャイルドには全部説明するわ』

 

 両手を腰に当てて、"マーニャ"が大きな溜息を吐いた。

 

(そうですか)

 

 レンは、会議を続けている壇上の"マーニャ"を見た。

 

(器用ですね)

 

 あちらでは、地球の環境をどうやって護ればいいのか、ケイン、キララ、マイマイを相手に白熱した議論を行っている。

 

『複数の思考を同時に走らせているだけだもの。簡単よ。それより……"ゼインダ"ね。あれがこの惑星に存在しているとなると、思考の地盤? 前提となる潜在的な危険について大幅に考え直さなければいけないわ』

 

(地球の人間を滅ぼそうとしているというのは、本当なんですか?)

 

『可能性の一つよ。極めて高い確率だとは思うけれど……まだ確証は無いわね』

 

(向こうは、"マーニャ"さんのことを?)

 

『気が付いているでしょう。だから、迷っているのよ』

 

(迷う?)

 

『どこまでやってくるのか。どこまで本気なのか……どこまでやり合うつもりでいるのか』

 

 "マーニャ"が腕組みをして首を傾げた。

 

(その"ゼインダ"も、身体……肉体は無いんですよね?)

 

『そうね。何らかの生物に入っていなければ、こちらの世界に干渉できないわ』

 

(魔王は別の誰かに入っているんですね)


 魔王と"ゼインダ"が同居しているということは無いだろう。

 

『あら? どうしてそう思ったの?』

 

(今の事態は、魔王が望む……ゲームのような世界とは違う気がします)

 

 目に見えない微生物を使って酸素を奪い、人類を死滅させようという発想は、魔王のものとは相容れない気がする。

 

『私もそう考えていたわ。盤上の駒を動かして遊ぼうとしている魔王と、遊戯盤や駒そのものを焼却してしまおうとする"ゼインダ"は相容れない。思念体であるが故に、同一の肉体の中に存在することは不可能ね』


(つまり、魔王と"ゼインダ"……それぞれが入った2人の人間が居ると言うことですね)


『そういうことね。本来は、思念による対話が成立しないと入ることはできないのだけれど……』

 

(僕の時のように……?)

 

『あるいは、私のような存在を知覚……は、できないまでも、理解する存在がいたのかもしれないわ』

 

(理解……ですか)

 

 レンは、ケイン達に目を向けた。

 

 あの3人なら、どうだろう?

 

『"ゼインダ"は入っていないわよ?』

 

(でも、理解はできそうですよね?)

 

『そうね。特に、あのお友達……直感というの? 先に正解を知覚して、そこへ辿り着くための理論を後から用意するタイプだから……素体としてはかなり優秀ね』

 

(マイマイさんですね)

 

 レンは頷いた。

 

『他の2人のお友達は、基礎情報を積み上げて手前から地場を固めて進むタイプだから、認識できない事象については対応できないわ。あの2人は自我が揺るがないから難しいでしょう』

 

(なるほど……)

 

 何となくだが、"マーニャ"が言わんとすることが理解できる気がした。

 

『手に入れた情報を整理して分析をする能力は、他の2人の方が優れているわね』

 

(そんな感じですね)

 

 特に、キララは、納得がゆくまで質問をして、感じたことや思ったことをそのまま言葉にしてぶつける。遠慮無く率直にものを言う人だった。

 

『3人のお友達に共通しているのは、理解したことを実際に形にする……執念というの? 熱意の量がただ事では無いことよ』

 

(分かる気がします)

 

『話を戻すわ。"ゼインダ"がどういう素体を選んだのかは知らないけれど、あの3人のお友達を選ばなかったのは幸いだったわ』

 

(そんなに自由に選べるものなんですか?)

 

『本来、知的生命体に入ることは極めて困難よ。思念が干渉し合って、不安定な状態になるから……素体を構成するマテリアルを根本から見直す必要があるわ』

 

(……マテリアル)

 

 レンの眉が軽く跳ねた。

 

『マイチャイルドの場合は、生命の保全を優先した結果よ。過程は全く別物だったわ。だけど、そうね……世界のどこかで同じようなことが起きた可能性は否定できないわ』

 

(僕と同じような存在が他にもいるんですか?)

 

『君と同程度の存在がいるのなら、魔素で満たすような面倒なことをせずに人類を殲滅しているでしょう。それをしない……できないということは、まだ準備が十分ではないか、そもそも直接対抗する手段を持っていないか………』

 

 2頭身の"マーニャ"が難しい顔をして首を振る。

 

("マーニャ"さん、他に何か心配事があるんですか?)

 

『あら? いきなり、どうしたの?』

 

 2頭身の"マーニャ"が驚いた顔でレンを見る。

 

(そう見えます)

 

『そうね。まだ教えることができない事情が絡むから、全てを説明するわけにはいかないのだけれど……予測がとても難しい問題を抱えているのよ』

 

 "マーニャ"の頭上に吹き出しが浮かんだ。

 

("ゼインダ"のことで?)

 

『もちろん、"ゼインダ"が起因することよ。"ゼインダ"が何を仕掛けてきても、対処することは可能なのだけど……とにかく事態の長期化は避けたいわ』

 

 "マーニャ"が顔をしかめて唸る。

 

(それだけ地球が傷むから?)

 

『……それも深刻な問題ね』

 

(他にも理由が?)

 

『あるわ。君に教えられない事情が理由で、もっと深刻な事態を招きかねないの。できることなら、それだけは避けたいわ』

 

(教えてもらえないんですか?)

 

『今は伝えることができないのよ。その時が来たら全てを教えるわ。約束します』

 

(……分かりました)

 

 これ以上訊いても答えてくれそうにない。

 "そういう事情がある"と教えてくれたのだ。いつか話してくれるのだろう。

 

『そのために、いくつか調べておきたいのだけど……私より"ゼインダ"の方が情報収集能力に優れていることは伝えたわね?』

 

(はい)

 

『"ゼインダ"は所在を掴ませずに隠れているわ。でも……』

 

(でも?)

 

『魔王を発見したわ』

 

 "マーニャ"が言った。

 

(……転移しますか?)

 

 レンは静かに立ち上がった。

 

『転移はするけれど、撃滅は待ってね』

 

(なぜです?)

 

『対話をして頂戴』

 

(対話……)

 

 レンの表情が曇る。撃つべき相手と何を話せと言うのだろう?

 

『内容はどんなことでもいいわ。その時間を使って、魔王の状態を調べておきたいのよ』

 

(僕が対話をしている間に?)

 

『思念体の残滓がどういう状態になっているのか、詳しく調べておく必要があるわ』

 

(魔王の状態ですか?)

 

『鉄を食べる虫や魔素を吐く生き物を、誰がどうやって創造したのか知りたくはないの?』

 

(魔王を仕留めてから調べたりできませんか?)

 

『ことわざにあるでしょう? 死人に口なし? そういう感じよ。思念が存在している間に調べないといけないのよ』

 

(それ、ことわざじゃないです)

 

『あらそうなの? とにかく、口封じをされる前に魔王に接触して、得られる情報は得ておきたいわ。罠なら罠で、"ゼインダ"の足跡が見つかるかもしれないから……とにかく動いてみましょう』

 

(……分かりました)

 

 顔をしかめつつ頷いたレンの視界に、座標と地形図が表示された。

 

 

 

 

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レンは、対策会議を傍観している!

 

魔王の所在が判明した!

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