第14話 人の声


(……虫の音はするけど、どこにいるんだろう?)


 蟻より小さいと良いのだが……。

 レンは、朝靄の中で小さく息を吐いた。

 巨大オオカミからの逃避行でキララとマイマイが疲れ果て、倒木下で眠り続けていた。二人の付き添いはケインに任せ、レンとユキが交替で外の見張りをしている。


 腕時計を見ると、明け方にユキと見張りを交替して3時間過ぎていた。

 今回の戦いで黒牙狼ランカスを撃退した際、ユキと合わせて12頭を仕留めることができた。異能ポイントは、最初の狼からしか得られなかったが、討伐ポイントは個体数分加算されたようだ。

 結果としては悪くない。

 銃弾をかなり消費してしまったのは痛かったが……。


(ん……)


 レンは、白い靄が立ちこめた巨樹の間を見回した。


(なんか、聞こえる?)


 羽虫の音に混じって、微かな物音がするようだった。


『音響センサーに反応があります。重量物に潰されて落ち葉が圧壊する音のようです』


(何も見えないけど、遠いの?)


『探知範囲外です』


(……1,000m より遠いのか。だいたいの位置は分かる? 誤差があっていいから、おおよその距離もお願い)


 レンは、64式小銃の射撃モードを確認した。単発射撃の位置に合わせてある。

 ややあって、レンの視界に ▽ マークが灯った。



 - 1,731.9m



『対象の推定重量は約5トンです。接地音に金属の擦過音が混じっています』


(金属? また、ミサイル蜘蛛みたいなやつ?)


『対象は、停止状態を維持しています』


(……何か食べてるとか?)


『吸水音のようです』


(吸水って……水を飲んでるってこと? 池でもあるのかな?)


『真水を採取しているようです』


(……は? 採取って……水を飲んでいるんじゃなくて?)


『ごく微量ながら駆動音が発生しています』


(水を採取……それって、人間か……そういう考えができる生き物?)


『声帯による会話が確認できました。使用された言語は、日本語ではありません』


(英語?)


『地球の言語では無いようです』


(それ……意味は分かる?)


 レンは息を呑んだ。


『何度か対話をすれば解析できます』


(何だろう……水を汲んで何処かに運ぼうとしている? こんな危ない森で?)


『重量が9トンを超えました』


(4トン以上も水を汲んだったってこと?)


 レンは首を傾げた。


 その時、



 ……ピッ


 ……ピピッ



 小さく警報音が聞こえた。


『上空より、高濃度ナノマテリアル体が接近中。この反応は、データベースに存在します。赤色の大型鳥です』


(えっ!?)


 レンは、慌てて上方へ銃口を向けた。


(あっ!)


 巨樹の梢を粉砕して、巨大な鳥影が舞い降りて来た。

 岩山龍を喰った真っ赤な巨鳥だった。

 レンは、急いで倒木の下を覗いて報せようとした。


「レンさん?」


 すでにユキが来ていた。


「大型の鳥が上空を通過しました。みんなに声を出さないよう言って下さい」


「分かりました」


 ユキが後退って奥へ戻って行く。


『紅色の鳥の位置が、観測対象と交錯します』


(それって……襲ったってことか?)


 レンは、▽ マークが点灯する方向を見つめた。

 補助脳による補正映像でも判別が難しい状態だったが、水を汲んでいた"何か"に、真っ赤な巨鳥が襲いかかったのは確かだ。


(あの岩山龍を一撃で仕留めたくらいだから)


 遠く、鈍い金属音が響いた。微かに人の悲鳴らしきものも聞こえる。


『言語解析のため、音声を記録します』


(……ゾーンダルクの人間? 日本人ってことはないよな?)


 レンは、背後を振り返った。

 倒木の下から這い出したユキが静かに近付いて来た。


「この方向で、真っ赤な大きな鳥が何かを襲いました」


 レンは小声で囁いた。


「この物音ですね」


 ユキが頷いた。双眼鏡を取り出して見ようとしていたが、巨樹が乱立していて視界が塞がれている。


「ステーションからゲートに入って渡界したばかりの時、あの鳥を一度見ています。大きな岩山みたいなトカゲを襲って食べていました」


「その鳥が、今何かを捕食しているんですね?」


 ユキが何とか見えないかと、木立に向けて双眼鏡を動かしている。


「そのはずです。ただ……」


「何か?」


「金属音がしました。それに、人の声みたいなのも」


「……声ですか?」


 ユキが眉をひそめた。


「虫や動物を襲ったのとは違うような……聞き違いかもしれませんけど人間かもしれません。鳥が去ったら、みんなで見える位置まで近付いてみませんか?」


「そうですね。できれば、鳥の姿を見ておきたいです」


 レンの提案に、ユキが頷いた。


『真紅の鳥が移動を開始しました』


「……飛びました」


 レンは、上空を見上げて呟いた。巨鳥を表す光点が、一瞬で視界を左から右へ移動し、検知外へと去って行った。


「レンさん?」


「見失いました。遠ざかったようです」


 レンは、身を屈めて、倒木の隙間を覗き込んだ。


「皆さん、先ほど大型の鳥が何かを襲いました。多分、ここから1キロくらいの場所です」


「分かった」


「行くわ」


「すぐ行きます」


 すぐに3人から返事が返った。


「気のせいかも知れませんが、人の声のようなものが聞こえた気がします」


 レンは、這い出てきたケインを助け起こしながら言った。


「人? 同じ九期の探索士か?」


 ケインがレンを見た。


「それが、なんだか違う言葉だったようなんです」


 レンは、小さく首を振った。


「えっ!? 現地人ってこと? ここって、人間がいるの?」


 マイマイが興奮した顔で這い出してきた。


「人間がいたって不思議はないけど……そんな情報は無かったわよ?」


 最後に、キララが出てきた。


「遠かったし、聞き違いかも知れません。ただ、あの鳥が何を襲ったのか確かめておきたいと思います」


 レンは、64式小銃に銃剣を取り付けた。

 それを見て、ケインとキララ、マイマイが同じように銃剣を付ける。


「ゆっくりと歩いて行きましょう。オオカミの群れが来たら、また倒木まで逃げ戻ります」


「今度は近くて良いな」


「ほんと、昨日は一生分走ったから」


「キララ、あれって一昨日よ」


 マイマイが小さく笑う。


「えっ、そうなの!? 私、ずっと眠りっぱなし?」


「っていうか、俺等3人共、眠りっぱなしだったんだぜ?」


 ケインが苦笑した。


「御免ね。ユキちゃん、レン君……」


 マイマイが頭を下げる。


「誰も負傷せずに済んだのですから。最良の結果です」


 ユキが微笑を浮かべた。


「では、行きましょうか。先頭はユキさんにお願いして、僕は最後尾につきます」


「了解です」


 ユキが先頭に立った。後ろに、ケイン、キララ、マイマイ、レンが後ろを守って歩く。


(……ゾーンダルクの人間か)


 レンは、静まりかえった森の中を見回した。

 うまく会話が成立すれば、マーニャに関する情報が得られるかもしれない。少なくとも、レン達よりは、この世界について知っていることが多いだろう。


(でも……)


 あの巨鳥に襲われて生きているとは思えなかった。







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レンは、人の声を聞いた気がした!


赤い巨鳥の狩り場だ!

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