第228話 演説
第九号島に凄まじい数の渡界者達、ゾーンダルクの人々が集まった。
その数、400万人超。移動中の者を含めれば、もっと人数は増えるだろう。
半数近くが、元日本国籍。残りはゾーンダルク側の人間である。
皆、レンがシーカーズギルド経由で送信した招集通知で集まったのだから、全員が"ナイン"国民ということになる。
「なんか……参ったな」
レンは、雑多な人種で溢れかえった九号島の映像を見ながら呟いた。
「本当に、大きくなりました」
隣でユキが微笑した。
いつの間にか、第九号島は5000万という人間を収容可能な浮遊島と化していた。
ケイン達とタルミンが悪ノリして拡大拡張路線を邁進した結果らしい。
「あの人達、宇宙の開拓をやっていたんだよね?」
どうやって、こんな時間を捻出したのだろう?
「マキシスさんが主体となって作業を監督していたそうです」
「ああ、マキシスさんか」
レンは納得した。
稀少種の代表格であるマキシスは、タルミンに次ぐ知識を有している。おそらくは、ケイン達が構想をぶち上げ、タルミンが実現可能な形を示し、マキシスが実行していたのだろう。
「よく、これだけの浮遊島が集まったなぁ」
俯瞰図を見ると、巨大な大陸と化した"第九号島"の周囲に、小さな島が無数に浮いていた。
「巡った島数よりは少ないですね」
「移動できない浮遊島の方が多かったから」
レンとユキは、地球だけでなくゾーンダルクの各地を巡っている。
特に何かをしたわけではない。
強いて言うなら、人々が生活する様を見るためだったろうか。
これという目的を定めず、2人で相談しながら世界を巡った。
元々は、転移ができるようになった時に思い付いたことだ。
旅程を気にせず、思うがままに移動をして、気が向けば現地で支援をやり、気が向かなければ何もせずに別の場所へ移動する。
早くから"ナイン"と同盟関係になったフィンランドやオーストラリアに行き、同盟を渋った国々を訪れ、未だに大氾濫を続けている魔境を悠々と散歩し……。
翌日には、ゾーンダルクの浮遊島に現れて、異界人に向けられる視線の中で珍しい食べ物や飲み物を楽しみ、面白そうな物を土産にしたり、"イーズの商人"の出店を冷やかしたり……。
「どこか地球と似ているところが多かったね」
「ゾーンダルクですか?」
「うん」
「そうですね。地球を参考に創ったという説……はずれていない気がします」
ユキが頷いた。
「誰が、いつ、どうやって?」
「創造主もしくは創造主に操られた人間が、ずうっと昔に、創造器のような物を使って」
レンの問いに、ユキが微笑して応じる。
「僕の……僕達の理解できた範囲だと、そんなところだよね」
レンは、世界各地の物産を集めた商館通りの様子を見ながら頷いた。
「予想は予想です。本当のところは、"マーニャ"さんですら判らないのですから」
「……だね」
ユキの柳腰に手を回しながら、レンは展望室に置かれた植栽へ視線を向けた。
わずかな間があって、白衣を羽織った"マーニャ"が姿を現した。
「久しぶりね!」
"マーニャ"が笑顔で言った。
「こうして、姿を見せてくれるのは……ですけどね」
レンとユキも破顔した。
いつものように、レンの視界の中では2頭身の姿でちょくちょく現れている。
「うん! とても良い精神状態になったわ!」
目を細めるようにしてレンを見つめてから、"マーニャ"が大きく頷いた。
「そう……なのかな?」
レンは寄り添っているユキを見る。
「私はいつも見ていますから……変化は分かりにくいです」
ユキが僅かに首を捻る。
「……まあ、やる気が漲っているのは確かですけど」
レンは、"マーニャ"に視線を戻した。
「もう以前とは別の存在格よ。3年という時間でここまで変容するのね!」
"マーニャ"がレンを見つめて満足そうに頷いている。
「ところで、これから何を? びっくりするくらい人が集まりましたけど?」
"ナイン"国王の名前で招集通知を出したのは"マーニャ"である。
もちろん、レンの許可をとった上でのことだったが、例によって、レンは理由を深く訊いていなかった。
「これからのことを発表するのよ!」
両手に腰を当てた"マーニャ"が胸を張る。
「宇宙移民なんかの話ですか?」
レンは首を傾げた。
「それを含めた将来の……ビジョンというやつよ! 私達が予想していること、起きるだろう出来事、それに対する備え……私達が用意できる選択肢の提示ね!」
「選択肢……」
「もちろん、別の方法を独自に模索し、自らの力で生存方法を探すことが望ましいわ! でも、個人の力で切り開けるような問題だけとは限らない。少なくとも……宇宙か、ゾーンダルク側へ一時避難をしなければいけない期間が発生する可能性が高いと思うの」
「本当に、創造主が現れた場合ですよね?」
"マーニャ"は確信しているようだが、かなり低確率の予想なのだ。
いつまで経っても、何も現れない可能性だってある。
「相手がどういう存在格なのかは不明……せっかくの準備も、まったくの見当外れという可能性だってあるわ。そもそも、知覚可能な存在かどうかすら怪しいわね」
「なのに……根拠が薄い情報を伝えるんですか? 移住とか、かなり覚悟が必要だと思いますけど」
世のほとんどの人間は、住み慣れた場所を離れることを嫌がる。
「マイチャイルドは国の元首でしょう? 国民にビジョンを示さなければいけないわ!」
「それって、そもそも強制はできないし……結構な確率で、空振りに終わるかもしれないビジョンですよね?」
「必要なことよ」
"マーニャ"が頷いた。
「そもそも、創造主なんてものが居るのかどうかも……なにも確かなことは判っていないのに、それを説明をするんですか?」
「判らないことは判らないと言えばいいわ。それでも、備えるべきなんだと拳を握って力説するのよ!」
「力説って……」
レンには一番似合わないポーズのようだった。
そもそも演説というものが苦手だ。
「そうね。ライブでは失敗するかもしれないからやらないわ」
「えっ?」
「先撮りと言うの? 事前に映像を準備しておいて、立体映像を投影しましょう。元々、空に立体映像を表示するつもりだったのだから」
「良いんですか?」
何度か練習できるのなら、その方が有り難いが……。
「良いに決まっているわ。演説を放送した後、島主の館で各コミュニティの代表から挨拶を受けて、それから立食をしながら歓談ね。終わったら次は……」
"マーニャ"がスケジュールを話し始める。
どこで誰と相談してきたのか、練りに練ったスケジュールが用意してあった。
「なんか、大変なことになった」
レンは、苦笑しつつ傍らのユキを見た。
「また、忙しくなりそうですね」
囁いたユキの双眸が仄かな笑みを湛えている。
「大丈夫かな?」
演説の心得について熱く語り始めた"マーニャ"に気圧されつつ、レンはユキの耳元で囁いた。
「大丈夫です」
「そう? でも、なんか面倒臭い感じだよ?」
「命を失うわけではありませんから」
「うん? ああ……まあ、そうなんだけど」
その基準で言えば、レンにとっては世の中のあらゆることが"大丈夫"になってしまう。
「だから、大丈夫です」
ユキの唇が微かに綻んだ。困り顔のレンを面白がっているらしい。
「……なるようになるか」
経緯はどうであれ、レンが国王であることは間違いない。
国王として、何かの恩恵を受けてきたかと問われれば、首を捻りたくなるようなことばかりだったが……。
「マイチャイルド、ちゃんと聞きなさい」
"マーニャ"がレンを指差した。
「声には、艶と張り。目には目力? そういうのが必要だと書いてあるわよ!」
「そんな本があるんですか?」
どこで拾ってきたのか、厄介な資料を見つけたものだ。
「稀少な資料よ! 表情の作り方まで書いてあったわ!」
「ははは……」
レンの頬が引き攣った。
「笑い事じゃないわ! 満足できるまで何度でも撮り直しをします!」
"マーニャ"が腕組みをして宣言した。
「あの? そんな時間が無いんじゃ?」
告知をした時間は今日の正午である。後、2時間ほどしかない。
「腹痛で、明日になったと発表しましょう」
「いや……腹痛って……無理でしょ? 僕、鉄砲の弾が当たっても腹痛になりませんよ?」
「なら、すぐに成功させるのよ!」
「普通に話せば良いんじゃ?」
「国王が普通では、国民が不安がるでしょう?」
「いや、別に気にしないと思いますよ?」
「そうなの?」
"マーニャ"がユキを見る。
「選挙に出るわけではありません。伝えたい内容をきちんと話すことができれば十分だと思います」
ユキが穏やかに答えた。
「そうなの? そういうことなら、台本は用意できているから、生放送でやりましょう!」
"マーニャ"が笑顔になった。
「えっ!?」
レンは慌てた。
「国民が待っているのよ! 善は急げでしょう? さっさと終わらせましょう!」
「いや……さっき、腹痛がどうとか」
「ケイン達に伝えて準備をしてくるわ!」
「ああっ……」
止める間もなく"マーニャ"が消えた。
「大丈夫ですよ」
ユキが笑いを堪えて俯いた。
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第九号島が、大陸になっていた!
レンは、演説をやらされることになった!
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