第227話 招集通知


「AIって凄いわ」

 

 タシロナが、大きな伸びをしながら呟いた。

 

 実際は、世にあるAI全てというわけではなく、マイマイが生み出したAIが凄いのだが……。

 

 その道の人間が10年や20年かけて身に付ける判断業務を数分間の学習期間で理解をして代替してしまうのだ。

 

「お疲れ様」

 

 湯気の立つアップルティを持って、カナタが近づいてくる。

 

「良い香りね」

 

 テーブルに置かれたカップを両手で包み、タシロナが目を細めた。

 

「なんか、大丈夫そうね。もっと疲れているかと思った」

 

 カナタがクッキーの包みを開く。

 

「最初はどうしようか悩んだし……正直、無理だと思っていたけどね」

 

 レンから、『国民向けの契約事項登録所』を作って欲しいと頼まれたのだ。

 

 全く意味が分からなかったから、詳しく意図を訊ねてみると、夫婦になったことを"ナイン"が公的に認めるシステムが無い。それでは困るという。

 

「僕の周りには、ちゃんと結婚をして子供を育てていて、そういう届け出をしたことがある人が少ないから……」

 

 そう言って、レンが苦笑していた。無理を承知で依頼してきたらしい。

 その時のレンの態度に、身内に対する甘えのようものがあったため、断り切れず引き受けることになったのだった。

 

「婚姻届とか必要? 家族がオッケーなら良いんじゃないの?」

 

 タシロナがクッキーを割って口に入れる。

 

「公式に認めることで、婚姻の効力を法的に認める……儀式プロセスね。戸籍なんてものは東アジアにしか残っていないけど」

 

 その東アジアの国々は崩壊した。

 日本国も形ばかり存続しているが、内実は"ナイン"が運営している。

 

「ふうん」

 

「カップルがくっついたり別れたり……届け出をする前よりは手間が増えるから、双方が我慢を覚えるための役に立つわ」

 

 タシロナが、アップルティを口に含んだ。

 

「届けない人だっているんでしょう?」

 

「もちろん、やるやらないは当人同士が決めることよ。まあ、親御さん達が認めるかどうか……その辺は、色々と大変でしょうけど」

 

「……それって、相手が違う国の人だとどうなるの?」

 

「どこの国でも、婚姻届のようなものはあるわ。独身であることや年齢を証明する書類は必要になるけど……なあに? 今度は、外国の人と付き合っているの? 私は、聞いていませんよ?」

 

「まさか! ただ、どうなんだろうって思っただけよ」

 

「冗談よ。もう、成人したんだし、煩いことは言わないわ」

 

「だから、違うって」

 

 カナタがクッキーを割った。

 

「……レン君だけは諦めた方が良いわよ?」

 

「とっくに諦めてるわ。だって……何にも覚えてないんだから。気が付けば、宇宙とか行っちゃってるし……」

 

 割ったクッキーを頬張りながらカナタが言う。

 

「レン君には悪いんだけど、宇宙は、ちょっと……ねぇ」

 

 タシロナが、穏やかに日が差す窓辺へ目を向けた。


 かつて家があった辺りが"ナイン"領になったため、家を建て直して住んでいた。家の外観も間取りも昔のままだ。

 カナタはそれほど拘っていなかったが、タシロナにとっては色々と思い出深い家だった。似せて建て直したものでも、どこか気持ちが安らぐのだ。

 

(宇宙は無理だわ)

 

 元々、乗り物が得意では無い。飛行機ですら腰がひけるというのに、宇宙船は……。

 

「疲れちゃわないかな」

 

 不意にカナタが言った。

 

「えっ?」

 

「レンよ」

 

「レン君?」

 

「レンは……ずうっと戦ってばかりだったでしょ? 強いのは分かるけど……心が疲れるというか、そういうのよ」

 

 摘まんだクッキーをヒラヒラ振りながらカナタが言う。

 

「そうね。でも、大丈夫そうだったわ」

 

 タシロナも心配していたのだが、レンが疲弊した様子はなかった。

 

 先日、久しぶりに顔を合わせたのだが、以前よりも落ち着いた雰囲気になり、無理をしている感じはしなかった。

 

「そうなんだ? なら、いいや」

 

「今日もダンジョン行くの?」

 

「ううん、今日と明日は休息日。潜るのは明後日よ」

 

 カナタが首を振った。

 気の合う仲間とチームを作り、ダンジョンに潜ったり、ゴキブリ討伐の応援に出かけたりしている。

 

「大丈夫だとは思うけど、気をつけなさいよ?」

 

「うん、装備にも慣れたし、メンバーの子達も凄く腕が良いから……」

 

 カナタが言った時、

 

 

 リリリン……

 

 

 リリリン……

 

 

 ほぼ同時に、鈴の音が鳴って、2人の前にそれぞれ幼い少年の姿をした"ピクシー"が浮かび上がった。

 

「ギルドの公式メッセだ」

 

「珍しいわね」

 

『シーカーズギルドから、お知らせです!』

 

 白いシャツに、サスペンダー付きの黒い半ズボンという格好の"ピクシー"が、空中でお辞儀をして封書を差し出した。

 

「……これ、レン国王の召集通知だわ」

 

「でも、レンの"ピクシー"じゃないわ」

 

 タシロナとカナタが、返事を待っている"ピクシー"達に目を向けた。

 

 大勢に宛てた文書らしく、"各位"から始まり、末尾に日付とレンの署名がある。

 

「シビルステーションの試験運用について報告するつもりだったし、久しぶりに九号島に行くのも良いわね」

 

 元々、身分証明書代わりだったE・B・Cエーテル・バンク・カードに項目を加えただけだが、それだけで十分に機能する。

 

 情報の集約その他は、マイマイのAI任せだ。個性の異なる複数のAIが精査するため、人為的なミスは皆無といって良く、市や区の役所で行うサービスのほとんどが無人で行われる。

 

 音声による案内も、人間より愛想良く、人間より分かりやすく、常に和やかに、何度でも丁寧に、同時に何人でも、24時間365日……。

 

 現状、シーカーズギルドに出向く必要はあるが、試験運用が終わると同時にE・B・Cだけで事足りるようになる予定だ。

 

「9月9日? まさか、"ナイン"にひっかけたりしてないよね?」

 

「どうかしら?」

 

 タシロナが微笑する。

 

「あっ! もしかして、ユキさんとの婚約発表とか?」

 

 カナタが喜色を浮かべてタシロナを見る。

 

「……無いとは言い切れないけど、どうかな? あのレン君よ? そんなこと思い付くかな?」

 

「う~ん、そうよね。レンは、そんなのやらないかなぁ?」

 

「じゃあ、何か……また問題が起きたとか?」

 

 カナタの顔が曇る。

 

「そっちの方がありそうだわ」

 

 タシロナが苦笑した。

 

「うわぁ、ダンジョン潜ってる場合じゃないわ。装備更新と……予備を確認しておかないと」

 

 カナタが慌て始めた。

 

「そういえば、バロット君が訊ねてきたわよ?」

 

 タシロナが不在記録のことを思い出した。

 

「えっ!? い、いつ?」

 

「インターフォンのカメラに映ってて……一昨日の夕方だったわ」

 

「そうなの? こっちに戻ったのなら、どうして連絡してこないかなぁ」

 

 カナタがぶつぶつと不満そうに呟く。

 

「驚かそうと思ったんじゃない?」

 

「……うん、まあ……」

 

「9日には会えそうだけど……予定が合うなら、それまでに連れていらっしゃい」

 

「うん、伝えてみる」

 

「その……」

 

 タシロナが躊躇いがちに言った。

 

「なに?」

 

「ううん、なんでもないわ」

 

 タシロナは、言いかけた言葉を飲み込んだ。

 

 『白いタキシードにバラの花束』は、少々力が入り過ぎだと思うのだが……。

 

(私の感性が古いのかもしれないわね)

 

 タシロナは小さく首を振った。

 

 ダンジョン内で危ないところを助けてもらったらしく、それからも各地での援助活動や海浜エリアの防衛活動などで一緒になり、つい先日、告白をされたのだと嬉しそうに報告をされたばかりだ。

 

「あっ、でも、婚姻届のこととか……そういうのを考えるってことは、やっぱりレンもユキさんとの結婚を意識しているんじゃない? そうよね?」

 

「まあ……そうね」

 

 母親としては、"レン"の一言に反応したくなるが……。

 

 一時はどうなることかと思ったが、娘が前向きになり、以前の快活さを取り戻してくれた。

 

(レン君のことも……)

 

 どうやら、乗り越えてくれたようだ。

 

「どうしたの?」

 

「え? ああ……バロット君と上手くいっているようで安心したわ。なんか、強そうな人だったわね」

 

「初期メンバーだもん。すっごく強いし……優しいのよ」

 

 カナタが照れて笑う。

 

「そう。本当に良さそうな人ね」

 

 大切な一人娘が付き合っている相手のことだ。略歴はかなり前から把握している。

 あのユキを追いかけ回していた過去も。ピシャリと振られた事実も。

 

(……でも、やっぱり……初めて家に来るというのに、白いタキシードは……どうかしら?)

 

 インターフォンの来客動画を思いだして、タシロナは内心で首を傾げた。

 

 

 

 

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国民登録システムは、叔母に丸投げされていた!

 

バロットが、カナタと付き合っているらしい!

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