第229話 タイムアウト


 始まりは、正体不明の存在による地球を模倣した惑星の創造だった。

 

 創造された巨大な惑星は、現在ゾーンダルクと呼称されている。

 

 ゾーンダルクを創造した存在は、地球との行き来が可能な"鏡"を設置し、渡界を強制するために"大氾濫"というペナルティを設けた。

 

 その真意は、現在においても不明。


 創造をした存在についても不明。

 

 ゾーンダルクを創造後に、試験的に遊んでいた存在が複数いた。

 ゾーンダルクにおいてはファゼルダやデシルーダを興して戦争を楽しみ、後に"魔王"として地球に渡ってから、幾多の混乱をもたらした。

 

 マイマイ博士の統合シュミレータによる未来予想により、"魔王"を放置すると、かなりの高確率で地球上の人間が絶滅することが判った。

 

 猶予は、最長で18年。最短では、6年後という内容だった。

 

 人類滅亡を回避する手段は無いのか?

 

 統合シュミレータの回答は、『有る』だった。

 

 世界各国に呼びかけや働きかけをしている時間はなかった。

 

 多くの国家が次々に瓦解している中で、既存国家の思惑に配慮して行動することは許されなかった。

 

 だから、"ナイン"という国を創った。

 

 既存の国家群の思惑を無視し、惑星そのものを管理して人類滅亡を防ぐために。そして、国を失った人間の拠り所となるために。

 

 世界の慣例や常識となっていることを、その垣根ごと粉砕する必要があった。

 

 "ナイン"は、"魔王"の討伐に成功したが、地球の各地に存在するヒトデ内部のダンジョンや大陸を徘徊する大型のクリーチャー、沿岸部から侵略をしてくる人型のモンスター、そして極めて悪質で根絶が難しい虫等を残した。

 

 最近では、宇宙から高度文明の成長を阻み人類を殲滅しようとする存在が攻めてきた。

 

 "ナイン"は、これらの脅威を撃滅した。

 

 現在も脅威が現れる可能性を監視しているが、統合シュミレータによる回答も、我が国の識者達の意見も、数十年……少なくとも50年間は大きな脅威は発生しないだろうと、意見が一致している。

 

 この数字は、一定の期間、現在の状況を維持できることを示すと同時に、新たなる脅威の可能性が存在していることを示唆している。

 

 現環境は、決して平和と言えるものではない。

 それでも、かつての混乱時に比べれば、良くも悪くも落ち着きを取り戻している。

 

 実際に各地を巡り、歪ながらも、ナインがもたらした物資によって、一定の安定的な生活サイクルが形成されていることが確認できた。

 

 少なくとも、"ナイン"が関与している地域においては、生活環境が徐々に上向き、衣食住で困窮することはないだろう。

 

 風雨を凌ぐ家があり、寒さを防ぐ衣服があり、飢えることはない。

 

 ひとまず、最悪期は脱したと考えている。

 

 だが、以前のような文化的な生活を謳歌できる自由は失われた。

 

 銃を手にダンジョン徘徊や地下の害虫駆除活動をすることが当たり前になり、爪や指先は機械油で汚れ、鼻孔は硝煙で黒ずみ、喉は荒れている。

 

 もちろん、"ナイン"の治療ポッドで元通りに修復できるが、こんなものが日常となることは許容できない。

 

 ここに集まった地球の人達は、まだ覚えているはずだ。

 

 こんな環境を受け入れてはいけない。

 

 状況に馴染んで忘れてしまってはいけない。

 

 特に地球側は、何もかもがこれからだ。

 

 積み重ねてきたものが一気に失われてしまった。それら全てを取り戻すためには、相応の努力と時間が必要となる。

 

 今後も、"ナイン"はそれらを支援する国家として努力を続けることになる。

 

 "ナイン"は、地球とゾーンダルクに跨がる国家だ。

 

 当然、ゾーンダルクにおいても、これからの繁栄をもたらすために活動を続けてゆく。

 

 実現を果たした各浮遊島を巡る連絡船の就航、土や水といった恵みの支給、食糧源である海洋の利用手段等、"ナイン"が保有する知識や技術を供与し続ける。

 

 幸いにして、ゾーンダルクについては強力な協力者が存在する。これは、地球においても同様だが……少なくとも、50年間は大きな混乱は起こらないし起こさせない。


 武力闘争、環境破壊行為その他、"危険"だと認識した場合は即座に撃滅する。

 

 問題となるのは、50年後だ。

 

 "ナイン"が……私達が恐れているのは、ゾーンダルクという惑星を創造した存在……その再出現だ。

 

 わずかな時間で惑星を生成し、これほど多様な生き物を生み出すような技術は、ナインにはない。つまり、この世界には存在しない知識であり、能力であるということだ。

 

 未知の能力を持った存在が、地球か……ゾーンダルクに再出現する時、いったい何が起こるだろう?

 

 どういった事象が起こるのか?

 

 その存在を知覚できるのか?

 

 いったい何がもたらされるのか?

 

 意思の疎通が可能なのか?

 

 その存在には、感情というものがあるのか?

 

 こちらを哀れむ思念があるのか?

 

 なにもかもが不明のまま、ただ待つしか無いのか?

 

 何を備えればいい?

 

 対処の準備はどうすればいい?

 

 まったく判らない相手をどう想定する?

 

 "ナイン"は、地球上の兵器が全く通用しない相手に遭遇している。

 

 宇宙には、物理的な兵器が意味をなさない存在が当たり前のように存在している。

 

 これまでは、それらに対抗する手段、知識を有した識者のおかげで難を逃れてきた。

 

 しかし、これから現れるだろう未知の存在については、有効だと確信できる手段が用意できない。

 

 未知の存在そのものに対抗する手段は用意できない。

 

 ならば、別の方法で人類を保全しなければなならい。

 

 それが、避難地……入植地の確保だ。


 その時になってからでは間に合わない。


 今から準備をし、避難の訓練を行っておく必要がある。

 

 準備中の入植地については、すでに聞いている者も大勢いると思うが、改めてここで説明をしておこう。

 

 

 上空に投影されていたレンの立体映像が消え、代わりに宇宙空間が現れると、いくつかの惑星が浮かび上がった。

 

 

******

 

 

「ふぅ……」

 

 声に出して大きな溜息を吐いたレンを、ユキが笑顔で迎える。

 

「何カ所か、読み間違ったかも」

 

「とても聞きやすかったです」

 

 ソファーに崩れ落ちるレンに、ユキが冷たいレモネードを用意してくれた。

 

「棒読みだったけどね」

 

 視界に表示された原稿をひたすら読み上げただけである。

 

 自己紹介から始まって、これまでに起きた問題の数々を説明し、今は小康状態であること、50年後に例の創造主が出現して"何か"が起こることを伝えた。

 

 たったそれだけのことだったが、人前で演説をしたことがないレンにとっては、非常に重たい作業だった。

 

「ケインさんがやってくれれば良かったのに……」


 レンは、横目で壁面モニターを見た。


 

 地球が駄目なら惑星ゾーンダルク、両方危ないなら他の惑星へ、一時的に避難をする。


 現在、そのための準備を急ピッチで行っていること。

 

 移住するしないはともかく、気軽に訪れて滞在できる程度には仕上がっていること。

 

 特別な装備が無くても過ごせる環境に調整してあること。

 

 実際に、滞在していて身体に異変は起きていないこと。

 

 万が一、何か身体に問題があってもステーションのクリニックで治ること。

 

 

 現地を映した動画等を紹介しながら、ケインが説明をしていた。

 

「国王は、レンさんですよ?」

 

 棒状に焼いたクッキーを皿に並べながらユキが微笑する。

 

「まあ……ね」

 

 対外的な面倒事はケイン達がやってくれるという話だったけど……と、レンは胸中で呟いた。

 

 レンの感覚では、"名義貸し"のようなものだったのだ。

 

「国王が宇宙の果てまで行って怪獣と戦うとか……おかしくない?」

 

 言っても仕方が無い愚痴も、ユキが相手ならついつい口をついて出る。

 

「大昔は、そういう王様が居たみたいですよ?」

 

「そうなの?」

 

 差し出されたクッキーを頬張り、冷たいレモネードで流し込む。

 

 レン自身、やらないといけない事だとは理解している。

 ただ、どうしても愚痴を言いたくなるのだ。

 どうして、自分なのかと……。

 

「後、7分です」

 

 ユキが進行時間を確かめた。

 

 ケインによる入植構想の説明が終わると、再びレンの出番がやってくる。

 

「それが問題なんだよなぁ……」

 

 ストローで氷をつつきながら、レンは溜息交じりにぼやいた。

 

「どんなことでも良いのでしょう?」

 

「そうは言うけどさ」

 

 レンは、視界に"原稿"を表示させた。

 

(台本だと……)



 = テラフォーミング経緯の説明(ケイン博士) =


 

 = 国王の思いを伝える!(レン国王) =

 

 

(みんなで頑張ろうという内容)

 

 

 = 上空で機人化して格好良く飛び去る!(レン国王) =

 

 

 そうなっている。

 ここからは、もう"原稿"が無かった。

 

 

「これって、みんなで頑張ろう~~……とかで、良いのかな?」

 

 レンは苦笑浮かべた。

 

「それでも良いと思います」

 

 見つめるユキの双眸が、仄かな笑みを湛えていた。

 

 その一方、

 

『マイチャイルド、ハートを燃やすのよ! もっと心の言葉を伝えるの! 内容じゃないのよ! 正誤なんてないの! 情熱を伝えるのよ! パッションの爆発よ! それだけで、みんなが安心するのだから!』

 

 レンの視界では、2頭身の"マーニャ"が賑やかに騒いでいる。


 

======

レンは、スピーチ原稿通りに、朗読した!


レンは、ユキを相手に愚痴っている!

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