第127話 戦力


「ふむ。機会損失の補填、第九号島の損害賠償、資源及び戦費の供出、戦闘員派遣……そんなところであるか?」

 

 タルミン・タレ・ナルガが、レンに確認をする。

 

「その上で、先日話し合ったように、情報の提供と陸地を結ぶ交易船の周航、支援物資の配給を行ってもらいます」

 

「納税の義務を課すべきであるな」

 

 タルミンが言った。

 

「税金ですか?」

 

「種の存続の対価である」

 

「賠償では足りませんか?」

 

「それらは、島主が被った被害に対する償いなのである。イーズ人を滅ぼさぬ対価は別途請求するべきであるな」

 

「なるほど」

 

 レンは頷いた。

 

「最新の船を何隻か貰いたいわ。技術レベルに興味があるの」

 

 キララが言った。

 

「イーズ人が使っているエネルギー防護膜を貰って来てぇ~」

 

 マイマイが加わる。

 

「映像で見る限り、島の改造技術はなかなかのものだぜ。あれをやった技師に会ってみてぇな」

 

 ケインが言う。

 

「島主殿は、その"始まりの島"とやらを、渡界者が安全に住める環境にしたいのであろう?」

 

「そうですね。そこまで安全じゃなくても良いんですが……柵や防塁を築いていれば安心して寝ることができるくらいの島にしたいです」

 

 そう答えてから、レンはふと首を傾げた。

 色々あって、すっかり忘れていたが……。

 

「"始まりの島"がどんな環境なのか確認していませんでした。タガミさん達、どうなったかな?」

 

「"ポータル"に到着して、周辺の安全を確保しているらしいわ。まだ、先行した大所帯が来ていないらしいの」

 

 キララが、タガミ達と連絡を取っていたらしい。

 

「クロイヌさん達は?」

 

「今は、ステーションに居るわ。"始まりの島"へ行って、捜索をするかどうか政府から派遣された職員と相談しているみたい」

 

「ふうん……あれだけの大人数が見当たらないというのは、ちょっとおかしいですね」

 

 訓練を受けた隊員が揃っていたはずだ。よほどの事が起きない限り、全滅することは無い。

 

(つまり……が起きた?)

 

 何が起きたのだろう?

 手に負えないモンスター? 自然現象による脅威?

 それとも……。

 

「イーズ人に……陸地の渡界者に対する攻撃を行ったかどうか確認して下さい」

 

 レンはタルミンを見た。

 

「ふむ。イーズ共が、その"始まりの島"とやらを訪問し、渡界者を殺害あるいは捕虜とした可能性があるのだな?」

 

「ファゼルナやデシルーダかもしれません。でも、イーズなら情報を持っているんじゃないですか?」

 

 そう言いつつ、レンは"眼"を使って無数に存在する孤島を調べ始めた。広大な海原に、ぽつりぽつりと点在しているため、確認には時間が掛かりそうだ。

 

「キララさん、タガミさんに……状況が許せば、発光弾か……閃光発音筒スタングレネードを使うように連絡して貰えませんか?」

 

「なにか、場所を報せるような物ね?」

 

「はい」

 

 一瞬の光を"眼"で拾えるかどうか不安だが……。

 

「あっ……アイミッタ……は、タガミさんを見たことがないか」

 

 レンが呟いた時、

 

 

 リリリン……

 

 

 涼やかな音が鳴って、袖なしの白い貫頭衣に、膝丈の黒いズボンを穿いた"ピクシー"が現れた。

 

「タガミさんよ」

 

 そう言って、キララがピクシーから手紙を受け取る。

 

「レン君、スモークで良いかって。大きなモンスターが寄って来るから、あまり大きな音を出したくないみたい」

 

「スモーク……発煙筒を持ち込んでるんですね。島の位置を知りたいだけなので、遠くで焚いてもらって構いません」

 

「分かったわ」

 

 頷いたキララが"ピクシー"に返事を持たせる。

 

 

 リリリン……

 

 

 鈴の音と共に、別の"ピクシー"が現れた。

 

「クロちゃんだぁ」

 

 マイマイが"ピクシー"の手紙を受け取ると、そのまま返事を書かずに送り返す。

 

「日本政府は捜索を打ち切るみたいよぉ。なんか、渡界者どころじゃなくなってるみたいねぇ~」

 

「あらら、なんか偉そうな人が居たみたいだけど……結構経ったから仕方がないのかな」

 

 キララが頷く。

 

「レン君、どうする?」

 

「捜索ですか? 生きているかどうかは分かりませんけど、何がどうなったのかは確かめたいです」

 

 ファゼルナ、デシルーダ、イーズが関与していたかどうか。今後のために、それだけは確認しておきたい。

 

「分かった。タガミさんに伝えておくわね」

 

「クロちゃんにも共有しとくねぇ」

 

 キララとマイマイが自分の"ピクシー"を喚んで手紙を持たせる。

 

「捜索だけなら、ステーション経由で"始まりの島"へ行けば良いんですけど……それは政府に任せます」

 

 タガミ達が居て合流できないのなら、別の場所に別の"ポータル"があったか、あの人数でも対処できない大物に襲われたか。

 

(タガミさんが発音筒の使用を嫌がったんなら……危険なモンスターが居る?)

 

 レンは傍らのユキを見た。

 

「どう思う?」

 

「銃弾を弾く大型のトカゲが居るようです。ただ、大きな音を立てなければ温和おとなしいそうです」

 

 ユキも連絡を取り合っていたらしい。情報を書き留めた手帳を開いていた。

 

「トカゲ?」

 

 レンの脳裏に、初めて渡界した時に遭遇した"岩山龍"の姿が浮かんだ。

 

「赤い鳥は見ていないそうです」

 

 レンの思考を先回りして、ユキが答えた。

 

「そうなんだ。それなら……まあ、大丈夫かな」

 

 ネズミはともかく、オオカミやナメクジなどは、初渡界では対応が難しいかもしれないが、過去に遭遇した動植物、モンスターに関する情報は事前に共有されているはずだ。

 

「……タルミンさん、イーズが降伏した後の事はお願いします」

 

「任せるのである」

 

 タルミンが頷いた。

 

「レン君、隷属がどうとか……ファゼルナに囚われていた人? あれはどうするの?」

 

 キララが聞いてくる。

 

「まだ、何の連絡も無いですが……働けるなら働いてもらいましょう」

 

 実際に会ってみないと、どんな存在なのか想像できない。

 レンの支配下になるそうだが、どの程度の拘束力があるのだろう?

 

(まともに話ができる相手なら良いけど……)

 

 今は、色々と手が足りないので、騒動を起こす輩は遠慮したい。

 

「ビシュランティア殿が治療しているのであろう。10日とかからず、届くのである」

 

 確信ありげに、タルミンが言った。

 

「女王蜂に、プリンス、モゼス・イーター? 後、エインテのクイーンと澱みの王だっけ? 普通じゃない感じよね? 共存できるような生き物なの?」

 

 キララがタルミンを見る。

 

「本来なら共存など不可能であるが……なんらかのクサビを入れるのであろうな」

 

「私は、そのエインテ・クイーンという存在を知りません。その方は、本当にエインテ人なのでしょうか?」

 

 マキシスがタルミンに訊ねた。

 

「ふむ。源種としてはエインテなのである。イーズが我の傍流であるように、エインテにも複数の種が存在するのである」

 

「エインテに……では、私の他にも生き残りが?」

 

「無論、存在するであろうな。どういった形かは知らぬが……少なくとも、ビシュランティア殿は"種"を保管しているのである」

 

「……そうですか」

 

 小さく頷いたマキシスの背を、ミルゼッタが抱くようにして摩る。

 

「すでに大勢は決したのである。この世に、第九号島より強い勢力は存在しないのである」

 

 タルミンが笑う。

 

「世界を手中にする力があり、ビシュランティア殿からの信任を得ている。第九号島より豊かな国は無く、第九号島より英智の集まる島も無い。女王蜂とモゼスが護る島には、いかなる者も手出しはできないのである」

 

「あら、何だか景気のいい話ね」

 

「タルちゃん、調子乗りすぎぃ~」

 

 キララとマイマイがタルミンの頭を撫でる。

 

「我は事実しか言わぬのである」

 

 頭を撫でられながら、タルミンが鷹揚おうように頷いてみせた。

 

「だが、地球の何百倍もある惑星なんだ。イーズやデシルーダの他にも勢力がいるんじゃねぇか?」

 

 ケインが疑問を投げる。

 

「無論、我の知らぬ勢力があるだろうな。その方達が思念体と呼ぶ存在などが暗躍をして強大な対抗勢力を生み出す可能性はある」

 

「……だろうな」

 

「だが、"ことわり"を外れることは無いのである。"ことわり"を外れたまま目に余る行動を取ると、ビシュランティア殿に消滅させらるのである」

 

「ふむ……同じ土俵なら負けねぇってことか」

 

「どひょうというのは知らないのである」

 

「ん? ああ……同じルール……"ことわり"を守った中でなら、負けることはねぇんだよな?」

 

「その通りである」

 

「う~ん……でもぉ、ファゼルナはレン君にやられちゃったよねぇ?」

 

 マイマイが小首を傾げた。

 

「女王蜂とか色々隷属させていたのに、レン君とユキちゃんにサクッと斃されたじゃない?」

 

「うむ。単純な理屈なのである。ファゼルナに隷属させられていた連中は、指示命令が無ければ動けないようになっていたのである」

 

「その指示が遅れたってこと?」

 

「強襲からの侵攻速度が恐ろしく速かったのである」

 

 タルミンが苦笑を浮かべた。

 

「格下だと決めつけて対応をおざなりにした可能性はあるのだが……わずかでも自由に判断をして行動をさせると極めて危険であるため、思考と行動の全てを縛っていたのである」

 

「……女王蜂のぉ~?」

 

「一番危険なのは、"澱みの王"であるな」

 

「王様ってことは、どこかに国があるの?」

 

 キララが訊ねた。

 

「我が滅ぼしたのである」

 

 タルミンが胸を張った。

 

「うっそ……それ、大丈夫なの? 島の中で喧嘩騒動は嫌よ? 色々と造っているんだから」

 

 キララが顔をしかめた。

 

「ビシュランティア殿は、隷属を解いて島主殿の支配下に置くと仰ったのだ。心配は要らぬのである」

 

 タルミンが笑った。

 

 その時、

 

「……予定時刻です」

 

 ユキが告げた。

 

「開戦時間か。タルミンさん?」

 

 レンは、椅子から立ち上がった。

 

「我が騎士達にお任せあれ。島主殿」

 

 タルミンが恭しくこうべを垂れた。

 

「では、予定通り、イーズ本島に向けて"死告騎士"を出撃させて下さい。抵抗戦力は全て排除、包囲孤立させた後、降伏勧告を行います」

 

「承った。新造の騎士、5千騎に出撃を命じよう」

 

 お辞儀をしたままの姿勢で、タルミンが消えていった。

 

「短い時間で、ずいぶん増やしたわね」

 

 キララが呆れ声を漏らした。

 

「有り余る資源インゴットのおかげだねぇ~」

 

 マイマイが目尻を下げる。

 オリジナルと比べると6割程度の性能になっているが、相手が絶望するには十分な戦力らしい。

 今、この瞬間にも増産が続けられている。一ヶ月もあれば、10万近い数の空飛ぶ"騎士"が揃うだろう。 

 

「じゃあ、俺はイーズの連中をどやしつけてくるぜ! 良さそうなタイミングで呼ぶからよ」

 

 ケインが、レンの肩を叩いて部屋から出て行った。

 

(ファゼルナとデシルーダに10万騎ずつ送るとして……100万騎くらい製造したら十分かな?)

 

 それだけ製造したとしても、ケイン達の計算では在庫の資源インゴットの1%も減らない。

 

(海の魚の骨からも少し回収できるし……ああ、イーズが備蓄しているかも)

 

 レンは、補助脳が表示している映像を見ながら、ふと動きを止めた。

 

(これ、スモーク?)

 

『演習用の発煙弾による煙です』

 

 補助脳のメッセージが視界に浮かんだ。

 急速にズームアップしてゆく映像の中、小さな孤島から濃い緑色の煙が立ち上っていた。

 

(タガミさんだな)

 

『島の座標を確認。情報の解析を開始します』

 

(よろしく)

 

 

 リリリン……

 

 

 鈴の音が聞こえて顔を向けると、キララの前にタガミの"ピクシー"が浮かんでいた。

 

 

 

 

======

 

第九号島の戦力が大変なことになっているらしい!

 

多方面作戦になりそうだ!

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