第13話 黒狼の群れ
ピッ!
小さく警報音が聞こえて、視界下部に補助脳からの警告文が表示された。
『高濃度ナノマテリアル体の移動速度が上昇しました』
こちらが走って逃げている事に気付いたらしい。
臭いというより、物音が聞こえたのだろう。
みんな黙々と走っていたが、装具がたてる音までは隠せない。
「たぶん、気付かれました」
レンは、前を行く4人に声を掛けた。
「あと、どのくらいなの? その倒木のとこ」
「心臓が凄い事になってるんだけど」
キララとマイマイが荒い息を吐きながらレンを振り返った。
「3キロくらいです」
「うわぁ~近ぁ~い」
「近すぎて泣きそう」
「いいから走れ、走れ! 時速60キロで走れば3分だろうが!」
ケインが
「レンさん、進行方向には何もいませんか?」
先頭を走るユキが訊いてきた。
「……いないと思います」
レンは、行く手を見回しながら答えた。蟻塚は避けて走った。今のところ、補助脳は何も探知していない。
- 503.1m
測距の数値が減ってきた。
つい先ほどまで、900m離れていたのに……。
「狙える位置に来たら撃ちます!」
レンは、先頭のユキに聞こえるように大声で言った。
「了解です!」
ユキから声が返る。
『高濃度ナノマテリアル体の移動速度が上昇しました』
(……え? まだ速くなる!?)
レンは、ぎょっと目を剥いた。
- 286,9m
測距の数値が一気に縮まった。
『敵性マーカー展開します。照準マーカー、使用火器に連動させます』
補助脳のメッセージと共に、レンの視界に ▽ が8個出現した。
同時に、視界中央付近に、[┼] が浮かび上がっている。64式小銃を向ける方向へ、[┼] も連動して動く。
レンは、何も考えず、▽ に [┼] を合わせて引き金を引けばいい。
弾道予測は、補助脳が済ませている。
- 201.7m
さらに測距値が縮まった。
その時、先頭を走ってくる ▽ が [┼] に重なった。
瞬間、レンは引き金を絞った。
ダァン!
銃声と共に衝撃が肩にくる。反動をできるだけ押さえ込みながら、レンは次の ▽ を狙って引き金を絞った。
『命中です』
(どっちが?)
『どちらも命中しました。照準補正は良好です』
(そうか)
レンは、前を向いて走りながら測距値を確かめた。
- 248.5m
わずかに開いた。どこに当たったのかは分からないが、こちらを警戒するだけのダメージを与えることができたらしい。
『高濃度ナノマテリアル量に変化はありません』
(ちょっと驚かせただけ?)
レンは顔をしかめた。
小銃弾が効かないのでは、倒木に籠城しても先がない。
『高濃度ナノマテリアル体が移動を開始しました』
(速度は?)
『時速40キロメートル』
(こっちは?)
『時速14キロメートルに低下しました』
(……駄目じゃないか)
レンは、振り向きざまに64式小銃を構えて引き金を絞った。
ダァン!
銃声が木霊し、離れた場所で小さく苦鳴が聞こえたようだった。
『命中です』
(効いてる?)
ナノマテリアルの量が変動するほどの傷を与えていないというだけで、痛みを感じる程度の傷は与えられているらしい。
- 176.2m
一気に距離が詰まってきた。
レンは、迫って来る ▽ を狙って64式小銃を撃ちつつ、前を行く4人を追いかけた。
ダダダッ!
前方で連射音が鳴った。
ユキが立射で小銃を撃っていた。巨樹の間にばら撒くように撃ったらしい。
「後、600メートルほどです!」
レンは、みんなに声を掛けながら、足を止めて後方を振り返ると、姿が分かるほど迫っているオオカミを狙い撃った。
続けざまに三頭を撃ち、すぐさまマイマイの背を追って走る。
(こんなの、戦技教練じゃ習わなかった)
レンは、忙しく視線を左右しながら、走る速度を上げてマイマイに追いつくと、再び背後を振り返って、追って来るオオカミを狙い撃った。
先頭を走るユキも、時折振り返って連射していた。
ケインとキララ、マイマイは目に見えて足が遅くなっている。ずっと全力で走っていたのだ、そろそろ体力の限界なのだろう。
- 87.9m
ダダダダダッ!
レンは、弾倉に残っていた銃弾を連射で撃ち尽くした。
正面から迫っていた巨大なオオカミが鮮血を散らして、身を捩り、鼻面を歪めて
(もっと強い銃が欲しい!)
レンは、弾倉を入れ替えながら走った。
「あっ、あれか? あの倒木だな?」
ケインが大きな声を上げた。
「今見えている倒木の向こう側に、腹ばいになって入れる隙間があります! 急いで潜って下さい!」
レンの声に、ユキが連射する小銃音が重なった。
「もうちょいだ! キララ、マイマイ!」
ケインがよろめく2人を励ます。
「ユキさん! 2人を!」
「分かりました」
ユキが小銃を担いで2人に駆け寄ると、左右に一人ずつ支えて走った。
代わって、ケインが不慣れな手つきで小銃を撃った。
「ケインさんも行って下さい!」
ケインに声を掛けながら、レンは次々に迫ってくる ▽ に [┼] を合わせて引き金を絞った。
効果のほどは分からないが、小銃弾が当たれば多少は怯むようだ。
「すまねぇ!」
ケインが、レンに声を掛けて離れて行った。
『高濃度ナノマテリアルの流出を検知しました』
(……効いてるってことか)
撃った弾の数の割りに効果は薄いようだったが……。
- 21.7m
(左っ!?)
レンは、咄嗟の判断で自分から地面に転がっていた。
すれすれを巨大な獣影が掠めて過ぎる。
- 0.5m
表示された測距値に、ゾッと背筋を冷やした時、
ダァン!
銃声が轟いて、レンに飛びかかろうとしたオオカミの巨躯がわずかに
ユキが狙い撃ってくれたらしい。
レンは地面を這うようにして逃れ、倒木へ向かった。
ダダダダダッ!
レンが離れたタイミングで援護射撃が始まった。
ユキが、倒木の上に64式小銃を据えて狙い撃っていた。
「助かりました!」
レンはユキの隣へ駆け込むと、同じように64式小銃を構えて撃った。
ガアァッ!
猛った咆吼と共に、目の前に迫っていた巨大オオカミが横倒しになって倒れた。
- 32.8m
測距値が変化した。
(……離れた?)
今のオオカミが倒れるのを見て、他のオオカミ達が一斉に距離を取ったようだった。
「包囲されましたが……距離を取ったようです」
レンは、測距値を見ながらユキに伝えた。
「私達も、樹の下に潜りますか?」
巨樹の間に見え隠れしている巨大オオカミに、小銃の狙いをつけながらユキが訊いてきた。
「暗くなるまで、このまま粘りましょう」
レンは、大きく息を吐きながら、照準器を覗き込んだ。
致命傷ではないにしても、かなりの数のオオカミに手傷を与えていた。鼻面や目、胸元、横腹など、流血しているオオカミが目立つ。
地球産のオオカミなら、鼻面に当てた一発の銃弾でけりがつくはずだが、こちらのオオカミは肉体が一定量の損傷を負うまで倒れずに襲って来る。
(あの牙で食い付かれたら即死だろうけど)
小銃弾を弾くほどの獣皮ではない。不意さえ突かれなければ、手持ちの64式小銃で十分に仕留められるようだ。
- 57.3m
オオカミ達は、一端距離を取ってこちらを覗っていた。
横で、ユキが射撃モードを"タ"に切り替えた。
「狙撃しますか?」
「近い奴から狙いましょう」
ユキに答えつつ、レンは引き金を絞った。
どのオオカミも、50メートル前後をウロウロしている。
外す距離じゃない。
レンは、傷が多いオオカミを中心に狙い撃った。
最初のオオカミが斃れた時点で、他のオオカミ達が戦意を喪失したようだった。群れのボスだったのかもしれない。
******
黒牙狼 [ ランカス ] を討伐しました!
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いきなり、銀色の文字が宙空に出現した。
「うおっ、やったのか!?」
倒木の下からケインの声が聞こえる。ケインの眼前にも同じような表示が浮かんだようだ。
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討伐ポイント:50
異能ポイント:2
技能ポイント:5
採取ポイント:13
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銀色の文字が小さく崩れて消えていき、続いて戦利品が表示された。
[ランカスの牙:4]
[黒狼の爪 :6]
[黒狼の毛皮 :1]
3枚のカードが空中に浮かび上がり、応じるように現れたエーテルバンクカードに吸い込まれて消えていった。
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レン達は、逃げ切った!
レンは、黒牙狼ランカス×1を討伐した!
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