第81話 新武装


 地響きが鳴り、大きな揺れが地面を伝って拡がった。

 巨亀の自爆だった。


 1匹目の巨亀は、エナジーサックで吸収しようとして触れた瞬間に大爆発をした。これで、満量だったフェザーコートが残20%になってしまった。

 2匹目と3匹目は息絶える寸前に、火炎を口から吐きながら大爆発をした。用心して近寄らなかったので無傷で済んだ。

 4匹目と5匹目、6匹目は、全身から放電しながら爆発した。

 7匹目、8匹目、9匹目、10匹目は目に見えない何かを撒き散らして地面を穴だらけにしながら爆発した。

 

(移動する爆弾だ)

 

 タングステン芯の徹甲弾を弾く外殻で覆われ、目標に向かって秒間約1キロメートルずつ移動、致命のダメージを受けると何かを撒き散らしながら自爆する。

 タチの悪いモンスターだった。

 ただし、生命力はかなり低い。内部に銃弾を1発撃ち込めば、少し暴れてから絶命する。

 そして、爆発する。

 

 巨亀の爆発は、強烈な衝撃波が地表を荒れ狂い、火炎を纏った高熱の爆風が2キロメートル弱を焼き払う。3キロメートル以上離れた場所に居ても、熱風で呼吸が辛くなるほどの威力だった。

 

(マーニャのおかげで斃せたけど……)

 

 銃弾を体内に転移させることができなければ為す術が無かった。

 

(次は、5匹同時?)

 

 同時に出現する巨亀の数が増え続けている。

 1度全滅すると、5分後に次の巨亀が出現する。そういうルールのようだった。

 

 最初は1匹だけ。

 2回目は、2匹。

 3回目は、3匹。

 4回目は、4匹。

 同時に出現する数が1匹ずつ増えている。次は5匹同時出現になると考えるべきだろう。

 

(5匹まではやれる)

 

 巨亀の動きは把握した。移動位置の予測は難しくない。

 巨体のわりに生命力は高くなく、内部に銃弾を撃ち込めば2~3分で絶命して自爆する。とにかく、2キロメートル以内に近寄らせなければいい。

 

(でも……5匹同時だと、オーバーヒートは避けられない)

 

 銃弾を転移させる狙撃は、5発撃つと補助脳がオーバーヒートしてしまう。1発撃つ毎に60秒のインターバルをとれば、オーバーヒートさせずに継続して撃ち続けることができるが、同時出現からの一斉行進がそれを許してくれない。

 オーバーヒート覚悟で撃ち切るしかないだろう。

 

(獲得した時間は……)

 

 

 [ 1,937 min ]

 

 

 ゴブリンを相手に、必死になって稼いだ時間数が虚しくなるほどの勢いで獲得時間数が貯まっていた。

 巨亀を斃すと、180 min の時間を獲得できる。それだけ厄介なモンスターだということなのだろう。

 もう、最低目標だった24時間は超えている。

 

(あと5匹斃せば……47時間になる?)

 

 最低限の責任は果たした。それだけで気分が楽になる。

 ここまで頑張ったのだから稼げるだけ稼ぎたいが、それを許してくれるような試練ではないだろう。

 

『モンスターが出現しました』

 

 補助脳のメッセージが浮かんだ。予想した通り、5つの光点が探知範囲ギリギリに出現していた。

 

 

 - 9,937m

 

 

 ほぼ等間隔に並んだ光点の内、一番近い光点までの距離が表示される。

 

(狙撃準備……)

 

 レンは、M95対物狙撃銃の照準器を覗いた。

 

『移動座標の算出を行います』 

 

 補助脳のメッセージと共に、5つの光点が一斉に前進した。

 亀は、出現から5秒後に行動を開始する。これまでと同様に約1キロメートルの移動幅だった。巨亀の行動パターンに変化は無さそうだ。

 

『狙撃準備、完了』

 

 

 ダァーン……

 

 

 レンの対物狙撃銃が銃弾を撃ち出した。わずかに遅れて地図上の光点が移動した。

 

(よし……)

 

 移動した光点は、4つ。光点が1つ移動せずに留まっている。

 レンは、向かって右側の巨亀に照準を定めた。

 

 

 - 7,899m

 

 

『狙撃準備、完了』

 

 

 ダァーン……

 

 

 移動する地点を予想して撃つのではなく、移動直後の巨亀を狙い撃つ。巨亀が移動を開始するまでの1秒を与えずに銃弾を送り込む。

 撃ってすぐ、レンは3匹目の巨亀に照準を合わせた。

 

 

 - 6,924m

 

 

『狙撃準備が整いました』

 

 補助脳のメッセージと同時に引き金を絞った。

 射撃の反動を抑え込みながら、4匹目の亀に狙いをつける。

 

 

 - 5,895m

 

 

『狙撃準備が整いました』

 

 

 ダァーン……

 

 

(……命中)

 

 レンは、最後の巨亀が移動してくる進路上に狙いを定めた。

 

 

 - 4,907m

 

 

『狙撃準備が整いました』

 

 補助脳のメッセージが浮かぶと同時に、レンは引き金を絞った。

 射撃の反動と共に、視界下部に表示されたOHオーバーヒートゲージが右端まで達して真っ赤に染まる。

 わずかに遅れて、それまで表示されていた測距値や探知情報、俯瞰図などが視界から消えた。

 

(補助脳が……)

 

 レンは上着の袖を巻くって腕時計を見た。補助脳の回復まで10分かかる。

 その時、遠雷のような爆発音が聞こえた。

 

(最初の1匹かな)

 

 1番初めに撃った巨亀が息絶えて爆発したらしい。

 続いて似たような爆発音が轟いた。さらに、もう1度、2度……。

 地面を揺るがすほどの爆発音が連続して鳴り響く。

 

(……3……4……5)

 

 5回目の爆発音まで数えて、レンは安堵の息を吐いた。

 

(5匹だから……15時間稼げたはず)

 

 レンは、空になったM95対物狙撃銃の弾倉を抜いて銃弾を込めた。まだ、ポケットに20発ほど残っている。

 

(……普通に撃っても、亀には効かないけど)

 

 ゴブリンや蜘蛛が相手なら十分な威力だ。

 対物狙撃銃の射撃準備を終え、レンは荒涼とした平原を見回した。

 補助脳が回復するまでの10分間、なんとか生き延びなければならない。

 

(なんか……久しぶりだ)

 

 レンは、何の情報も浮かんでいない"生の視界"で周囲をゆっくりと見回してから、澄み切った青空を見上げた。

 

(次は、何が来る?)

 

 レンは、地面に下ろしていたHK417の遊底を動かして状態を確かめた。ここまで使いどころは無かったが……。

 

『あら? 補助脳をオーバーヒートさせちゃったのね』

 

 レンの視界に、2頭身のマーニャが現れた。灰色の作業服姿で、手に大きなレンチを握っている。

 

『特異装甲の申請をしてきたわ。ここのレギュレーションに照らして問題が無ければ素体が送られてくるそうよ』

 

(どのくらい掛かります?)

 

『時間? そうね……許可が出てから素体到着まで5時間くらいらしいわ』

 

(5時間……)

 

 レンは小さく息を吐いて目を閉じた。

 今の急場には間に合わない。

 

『ただ、君が頑張って規定時間数を突破したから、ご褒美として部分的に先行使用を認めてくれたわ』

 

(……部分的というと?)

 

『特異装甲の一部分だけを……ええと、顕現? 具現化? とにかく、体から生やすことができるのよ!』

 

(……体に生やす)

 

『そういうわけだから、貰ってきたアタッチプログラムを埋設するわね。すべて検査したから大丈夫よ』

 

(武器ですか?)

 

『もちろん、強い武器よ! 地球だと何と言うの? アイアンフォーク? ハサミ? 相手を圧砕するハサミを生やして相手を攻撃できるのよ!』

 

(……ハサミ……それは、僕に動かせますか?)

 

『もちろんよ! ええと……籠手? ミトン? 先が二股になっている手袋を付けている感覚よ。組み込むから、1分44秒待って!』

 

(お願いします。あまり、時間が無さそうです)

 

 地面に突いている膝頭に微かな振動が伝わってくる。何かは分からないが、地上を走って近づいて来ている。

 どうやら、次のモンスターが出現したらしい。

 

(亀じゃない)

 

 レンは、M95対物狙撃銃の照準器を覗いた。

 

(……トカゲ? いや……恐竜?)

 

 まだ距離があり過ぎてはっきり見えないが、何かのイラストで見たような"恐竜"が二足で立ち上がり前屈みになりながら走ってくる。身の丈は、レンの半分ほどだろうか。手は小さく、脚部は大きい。全身は、灰色と茶色の斑模様をしている。

 

(前方からだけか)

 

 レンは、照準器を覗いたまま周囲を確認した。

 

(あの……マーニャさん)

 

『どうしたの?』

 

 視界の端でレンチを上下させていたマーニャが動きを止めた。

 

(パワーヒットをオンオフできるように改良できますか?)

 

『できるけど、必要なこと?』

 

(必要ない時に発動すると、フェザーコートが減ってしまうんです)

 

 モンスターによっては、パワーヒットが必要無い時がある。

 

『分かったわ! 補助脳が停止しちゃっても使えるように、コマンドは音声入力にしましょう』

 

(えっ? えっと……はい?)

 

『改良したわ! コマンドを声に出して試してみて!』

 

 わずか数秒で改良が終わったらしい。2頭身のマーニャが胸を張っていた。

 

(コマンド?)

 

『パワーヒット、オン! パワーヒット、オフ! 声に出さないと反応しないわよ?』

 

「……パワーヒット、オフ!」

 

 レンは、マーニャが言う"コマンド"を声に出してみた。

 途端、一瞬だけ全身を淡い白光が包んだ。

 

(これで?)

 

『今はオフになってるわ!』

 

 2頭身のマーニャが満足げに頷いた。

 

「パワーヒット、オン!」

 

 もう一度"コマンド"を口にする。再び、淡い光が体を包んで消えた。

 

『うん、ちゃんとオンになったわ!』

 

(……ありがとうございます。助かります)

 

 レンは、地面に伏せるとM95対物狙撃銃の照準器を覗いた。

 

『特異装甲も音声入力にしておきましょう。これからも、補助脳が停止することがあるかもしれないから』

 

(はい)

 

 返事をしつつ、レンは大地を埋め尽くして迫ってくる"恐竜"の大群を見回した。

 

(やれるだけ、やってやる!)

 

 約1キロメートルの距離に迫ってきた"恐竜"の大群を見ながら、レンは大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した。

 

ハサミのコマンドは何ですか?)

 

『シザーズ、オン! シザーズ、オフよ! 左右別々に生やしたい時は、ライト・シザーズ、レフト・シザーズという感じで指定してね!』

 

 2頭身のマーニャの頭上に吹き出しが表示された。

 

(シザーズですね。分かりました)

 

 答えながら、対物狙撃銃の引き金を絞った。補助脳による補正はなかったが、銃の癖は体が覚えている。

 

 

 ダァーン……

 

 

 銃声が響き渡り、わずかな間を置いて照準器で捉えていた"恐竜"が跳ね転がった。命中した箇所は小さな突起が生えた頭部である。

 

(あれで……即死しないのか)

 

 頭部を失った"恐竜"が地面で足掻いて立ち上がろうとしている。亀のように自爆はしないようだった。

 

 レンは、立て続けに対物狙撃銃を撃った。

 視界前方に"恐竜"がひしめいている。狙いを付ける必要は無かった。高さだけ気をつければ外す方が難しい。

 

(弾が勿体ない気はするけど……)

 

 貫通させて複数に当てることを意識しながら、レンは弾倉の銃弾を撃ち尽くした。

 

(かなり寄られた)

 

 レンはM95対物狙撃銃を諦めて立ち上がると、HK417を抱えて身を翻した。迫ってくる"恐竜"の群れとは逆側に走る。

 包み込むように左右へ広がって迫る"恐竜"めがけてHK417を連射しつつ、後方を振り返った。

 目測で、100メートル程度。全力で走っているレンに、じわじわと追いついてくる。

 

(速いけど……すぐに追いつかれるほどじゃない)

 

 

 ダダダダダッ!

 

 

 走りながら振り返ってHK417を連射する。

 

(4……5発当てないと駄目だ)

 

 胴体に5発当たれば倒れて走れなくなる。それまでは、頭が半壊しても追ってくる。

 

(あの口だけか?)

 

 "恐竜"の武器は牙の並んだ口だけだろうか?

 併走してくる"恐竜"の口元を見ながら、レンは空になった弾倉を捨て、防弾チョッキのポーチから予備弾倉を取り出して装填した。

 

『アタッチ:[ シザーズ ] の組み込みを完了したわ!』

 

 作業をしていた2頭身のマーニャが、笑顔でレンチを振り上げた。

 

(ありがとうございます!)

 

 大きく横へ跳んで食い付いてきた"恐竜"を躱し、HK417を連射する。

 

(……肉弾か)

 

 弾倉を取り替えて、また連射する。

 もうすぐ弾が尽きる。弾倉ポーチから次の弾倉を取り出しつつ、レンは引き金を引き続けた。

 

(これが最後っ!)

 

 最後の弾倉をHK417に挿し、至近距離から"恐竜"に銃弾を浴びせる。

 

(何匹やれた?)

 

 横倒しになった"恐竜"は多かったが、あのまま絶命したかどうかは分からない。

 

「レフト・シザーズ、オン!」

 

 レンは、弾を撃ち尽くしたHK417を捨てて声を張り上げた。

 

 その時、

 

『アタッチ:[ シザーズ ] の性能確認を行います』

 

 視界中央に、メッセージが表示された。

 

 

 

 

 

 

======

 

レンは、一気に"獲得時間"を稼いだ!

 

レンに、シザーズが付いたらしい!

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