第92話 かるど!!


 日課のようになっている海の巨魚ニードルダンサー獲りを終え、レン達は船渠ドックに戻ってきた。

 マキシス、ミルゼッタは獲った巨魚の搬入を行ってから船の整備、レンとアイミッタはイーズの商館に向かった。

 完成した商館のお披露目をしたいからと、イーズの商船長から招待されたのだ。

 

 上空を謎の正六面体カルドリーンが転がってから、5日が過ぎたが未だに"神"から通知が無い。第九号島にも変化は見られない。

 商館へ行くついでに、イーズの商人が何か情報を得ていないか、訊いてみるつもりでいる。

 

「ユキ達、もうすぐ帰って来るって」

 

「ほんと?」

 

 アイミッタが瞳を輝かせる。

 

「うん」

 

 ケインからのピクシーメールに、そろそろ身辺がきな臭くなってきたから退散すると書いてあった。

 

 ケインだけでなく、キララやマイマイ、ユキも"ピクシーメール"を送ってくる。それぞれが近況の報告と、こちらの様子を訊ねる内容になっているのだが……。 

 

(キララさんとマイマイさん……色々なゲームを買い集めて、ひたすら遊んでいると書いてあったけど)

 

 この世界を変えるための情報集めをしているのだとは思うが、ユキによると寝る間も惜しむくらいゲームに熱中しているそうだ。 

 

(RPGをベースに構築するって……キララさん、何をする気なのかな?)

 

 構築するとは、どういうことだろう?

 ナンシーは諒解しているのだろうか?

 マーニャはどこで何をやっているのか?

 

 考えれば考えるほど不安になってくる。

 

「とうしゅ?」

 

「ん……ああ、ごめん。ちょっと心配になってきた」

 

 レンは、行く手に見えてきた大きな門に目を向けた。

 居留地へ抜ける大隧道を仕切る鋼の扉が聳えている。大門の手前には門番役の亡霊が漂い、門扉の向こう側には、出入島の審査を行うための箱形の建物がある。

 

「お待ち申し上げておりました、島主様」

 

 門扉を抜けた先に、青い顔をしたイーズの商船長と、イーズ人の女の子が並んで立っていた。

 

「久しぶりです。ファーンミト・ジュライノームさん……そちらは?」

 

 レンは、視界に表示された名前を読みつつ声を掛けた。

 

「イーズ自治領、辺境域交易船団所属、第7商船長のキュリス・マイノームと申します」

 

 初顔の三歳児が穏やかな笑顔を浮かべ、胸に片手を当てて頭を下げた。

 

「第九号島の島主、レンです」

 

 レンもお辞儀をした。

 

「まずは、お詫び申し上げます」

 

「えっ?」

 

「こちらのファーンミトが、島主様に対して非常に不愉快な態度を取ったと、報告を受けております」

 

 キュリスという三歳児がレンを見上げて言った。

 

「不愉快な……?」

 

 色々あって、イーズの存在そのものを忘れていたため、急に言われても何のことか思い出せなかった。

 

「ああ、最初の……なんか馬鹿にされた感じだったかな? こっちの世界じゃ、イーズの商人って偉いんですよね?」

 

「……その節は、不愉快な思いをさせてしまいました」

 

 新顔の三歳児が頭を下げたまま言った。声のトーンが一段も二段も下がったようだった。

 隣のファーンミトは、蒼白になったまま項垂うなだれている。どうやらキュリスという女の子の方が立場が強いらしい。

 

「そんなことより、お願いしていた情報はどうなりました?」

 

 依頼をしてから、もうずいぶんと経つ。謝罪の言葉なんかより情報が欲しかった。

 

「この者に、何かご依頼を?」

 

 キュリスという三歳児が顔を上げた。その双眸から、怒気が揺らぎたって見える。

 無論、隣のファーンミトに対する怒りだろう。俯いているファーンミトの背中が微かに震えたようだった。

 

「この辺の勢力図とファゼルナとデシルーダについての情報……合わせて、1075万ウィルでお願いしましたよね?」

 

 レンは、黙ったまま立っているファーンミトに声を掛けた。

 

「……その報告は受けていませんね」

 

 キュリスという三歳児がファーンミトを凝視した。

 

 2人からの視線を受けて、ファーンミトが下を向いたまま小刻みに背を震わせている。小さな手を握りしめて俯いている姿は哀れを誘うものだったが……。


「黙っていては分かりません。島主様からどのようなご依頼があり、何をお受けしたのか、つまびらかに説明しなさい」


 キュリスが冷え切った声で問いかけた。


「そっ、その……確かに、依頼をお受けしました」


 ファーンミトが掠れ声を絞り出した。


「詳細を報告しなさい」


「……リジナーダ空域全図をお売りすることになりました」

 

「蟲王の名が出たようですが?」


「それは……そのぅ……」


「第108商船に、蟲王についての情報を取り扱う権限はありません。まだ、船首像も頂けぬ船の長が、商船会の定めを破るつもりですか?」

 

 キュリスが胸元にぶら下げているペンダントに指を触れた。

 

「いっ、いいえ! 決して、そのような……その、ご相談を申し上げようと考えていたところで……ご報告が遅くなり、申し訳ありません!」


 真っ青になったファーンミトが、喚くように言って地面に這いつくばった。

 

(つまり……情報は用意できないってことか)

 

 レンにとっては、三歳児同士のやり取りなどどうでもよく、頼んでおいた情報が手に入るかどうかの方が問題だった。

 

(駄目そうだな。戻って、スキルの確認作業をやるか)

 

 新しく取得したスキルを、補助脳が一つ一つ解析している最中だ。

 今日は、日課の魚獲りが終わってから、未確認スキルの性能確認を行う予定になっていたのだ。

 

 

・ミラージステップ

・プリビジョン

・ファイアサポート

・クロースコンバット

・クリーンボディ

・キュアボディ

・スクリーンショット

・マーキング

・メッセージボード

・支援要請(パーティメンバー)

 

 

(クロースコンバットは、そのまんま? クリーンボディとキュアボディなんかも名称通りかな?)

 

 どれも実際に使用してみないと、どの程度の効果があるのか分からない。

 

(なんか……変化だらけで頭が追いつかない)

 

 整理がついていないのは、スキルだけではない。

 ナンシーが言っていたように、思念体のゾーンダルクが"神様ごっこ"をやっているのなら、カルドリーンを転がしたのは、そのゾーンダルク達だということになる。

 悪い方向での"改変"を覚悟する必要があるだろう。

 

(たぶん、もう目を付けられてるし……)

 

 直接何かを仕掛けてくる可能性がある。

 

(ファゼルダとデシルーダも、こっちを狙ってくるのかな?)

 

 すでに十分過ぎるほど敵対行動を取っている。

 

(少しくらい数が多くても勝てると思うけど)

 

 "アイミス"の操縦に慣れてきた。フェザーコートを使わずに済むギリギリの線が感覚で分かるようになっている。

 相手が"ニードルダンサー"なら余裕を持って戦うことができる。銃弾が尽きなければ、ファゼルダのスズメバチくらい圧倒できるはずだ。

 

(あぁ……なんか、考えることがいっぱいで……疲れるなぁ)

 

 レンは小さく息を吐いた。最近、気が付けば溜息を吐いている気がする。

 

「とうしゅ?」

 

 アイミッタに手を引かれて、レンは我に返った。

 

「……どうした?」

 

 そう訊きかけて、レンはイーズの商人が居たことを思い出した。

 先ほどまで何やら揉めていたが、どうやら一段落ついたらしい。ファーンミトが這いつくばり、キュリスが何かを問う眼差しでレンを見つめていた。

 

「どうなりました?」

 

 不機嫌な気分を隠さず、レンは訊ねた。

 まだ何かやっていたのだろうか?

 

「この者の処断ですが……商船長の地位を剥奪することになりました。積み荷を賠償の品としてお納め下さい」

 

 キュリスが低頭した。

 

「ファゼルダとデシルーダについての情報はどうなりました?」

 

「申し訳ありません。イーズの中立を保つため、情報をお売りすることはできません。そういう盟約になっております」

 

「ああ……そうなんですか。それなら、最初にそう言ってくれればよかったのに」

 

 レンは溜息を吐いた。無駄な時間を費やしてしまった。

 

「……戻ろうか」

 

 アイミッタに声を掛けると、

 

「うん」

 

 アイミッタが頷いた。

 

「じゃあ、これで」

 

 レンは、アイミッタの手を引いて門扉の方へ歩き出した。

 

「おっ、お待ちください!」

 

 キュリスが声を上げて追いすがってきた。

 

「はい?」

 

「積み荷を……どちらへ降ろしましょうか?」

 

「積み荷?」

 

「賠償の……すべての積み荷を賠償品として贈呈いたします」

 

「邪魔になるから、そのまま持って帰って下さい」

 

 ファーンミトが持ち込んだ品をその辺に置かれては困る。爆発物や毒物の可能性だってあるのだから。

 

「えっ!?」

 

「僕が欲しいのは情報です。それ以外はいりません」

 

 幼げなキュリスの顔を一瞥いちべつし、レンはアイミッタを連れて門扉を抜けた。

 

「とうしゅ、おこった?」

 

「ん? 怒るというか……イーズに、がっかりした」

 

「がっかり?」

 

 アイミッタが見つめてくる。

 

「イーズの商人は嘘つきだった」

 

「うそつき?」

 

「うん、嘘つき」

 

「うそつき、きらい?」

 

「大嫌いだ」

 

 答えながら、レンは苦笑した。

 アイミッタと話をしていると、ささくれた気分が鎮まってくる。三歳児に慰められているようで情けないが……。

 

「おかさん!」

 

 不意に、アイミッタが大きな声を出して手を振った。

 見ると、島主の館前にある小さな公園で、ミルゼッタとマキシスが待っていた。

 

「何か買えました?」

 

 勢いよく駆け寄ったアイミッタを抱き留めながら、ミルゼッタが訊いてくる。

 

「いいえ、欲しかった情報は手に入りませんでした。二人の方は? ニードルダンサーを解体場へ持ち込んだんですよね?」

 

「宝石持ちが交じっていたそうです。シーカーズギルドから連絡がありました」

 

 マキシスが言った。

 

「宝石?」

 

「噂でしか聞いたことがありませんでしたが……海の怪魚の中には、稀に宝石を体内で生み出す個体が交じるのです」

 

「……宝石を生み出す?」

 

 レンは困惑して首を傾げた。真珠貝のようなものだろうか?

 

「モンスターが体内で生み出した宝石は、正しい手順で精錬すると魔導宝珠になります」

 

 浮動船の動力部などの基幹部分に使用する極めて貴重な品らしい。通常は、粗悪な模造品で代用するらしいのだが……。

 

「精錬のやり方は分かりますか?」

 

「はい。ファゼルダに捕らえられている間、何度か作業に従事したことがあります」

 

 マキシスが笑みを浮かべた。

 

「何か設備が必要なんですよね?」

 

「いいえ。精錬は魔法で行います。必要な設備は、精錬後に安置する台座だけです。石の大きさを測ってから、先に造作しておけば大丈夫です」

 

「ふうん……」

 

 どうやら問題無さそうだ。イーズの方は無駄足だったが、獲った魚からは面白そうな物が出てきたらしい。

 

 その時、

 

「かるど!」

 

 いきなり、アイミッタが叫んだ。

 

「……まさか!?」

 

 レンは頭上を見上げたが、ここは岩盤の中だ。地表の船渠まで上がらないと、空を見ることはできない。

 

(何が起きている?)

 

 先日のカルドリーンの結果も通知されていないというのに……。

 

 レン達は、船渠ドックへ上がるための昇降口へと走った。

 

 

 

 

 

 

 

======

 

色々と未整理のままだ!

 

また、カルドリーンが現れたらしい!

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