第92話 かるど!!
日課のようになっている
マキシス、ミルゼッタは獲った巨魚の搬入を行ってから船の整備、レンとアイミッタはイーズの商館に向かった。
完成した商館のお披露目をしたいからと、イーズの商船長から招待されたのだ。
上空を
商館へ行くついでに、イーズの商人が何か情報を得ていないか、訊いてみるつもりでいる。
「ユキ達、もうすぐ帰って来るって」
「ほんと?」
アイミッタが瞳を輝かせる。
「うん」
ケインからのピクシーメールに、そろそろ身辺がきな臭くなってきたから退散すると書いてあった。
ケインだけでなく、キララやマイマイ、ユキも"ピクシーメール"を送ってくる。それぞれが近況の報告と、こちらの様子を訊ねる内容になっているのだが……。
(キララさんとマイマイさん……色々なゲームを買い集めて、ひたすら遊んでいると書いてあったけど)
この世界を変えるための情報集めをしているのだとは思うが、ユキによると寝る間も惜しむくらいゲームに熱中しているそうだ。
(RPGをベースに構築するって……キララさん、何をする気なのかな?)
構築するとは、どういうことだろう?
ナンシーは諒解しているのだろうか?
マーニャはどこで何をやっているのか?
考えれば考えるほど不安になってくる。
「とうしゅ?」
「ん……ああ、ごめん。ちょっと心配になってきた」
レンは、行く手に見えてきた大きな門に目を向けた。
居留地へ抜ける大隧道を仕切る鋼の扉が聳えている。大門の手前には門番役の亡霊が漂い、門扉の向こう側には、出入島の審査を行うための箱形の建物がある。
「お待ち申し上げておりました、島主様」
門扉を抜けた先に、青い顔をしたイーズの商船長と、イーズ人の女の子が並んで立っていた。
「久しぶりです。ファーンミト・ジュライノームさん……そちらは?」
レンは、視界に表示された名前を読みつつ声を掛けた。
「イーズ自治領、辺境域交易船団所属、第7商船長のキュリス・マイノームと申します」
初顔の三歳児が穏やかな笑顔を浮かべ、胸に片手を当てて頭を下げた。
「第九号島の島主、レンです」
レンもお辞儀をした。
「まずは、お詫び申し上げます」
「えっ?」
「こちらのファーンミトが、島主様に対して非常に不愉快な態度を取ったと、報告を受けております」
キュリスという三歳児がレンを見上げて言った。
「不愉快な……?」
色々あって、イーズの存在そのものを忘れていたため、急に言われても何のことか思い出せなかった。
「ああ、最初の……なんか馬鹿にされた感じだったかな? こっちの世界じゃ、イーズの商人って偉いんですよね?」
「……その節は、不愉快な思いをさせてしまいました」
新顔の三歳児が頭を下げたまま言った。声のトーンが一段も二段も下がったようだった。
隣のファーンミトは、蒼白になったまま
「そんなことより、お願いしていた情報はどうなりました?」
依頼をしてから、もうずいぶんと経つ。謝罪の言葉なんかより情報が欲しかった。
「この者に、何かご依頼を?」
キュリスという三歳児が顔を上げた。その双眸から、怒気が揺らぎたって見える。
無論、隣のファーンミトに対する怒りだろう。俯いているファーンミトの背中が微かに震えたようだった。
「この辺の勢力図とファゼルナとデシルーダについての情報……合わせて、1075万ウィルでお願いしましたよね?」
レンは、黙ったまま立っているファーンミトに声を掛けた。
「……その報告は受けていませんね」
キュリスという三歳児がファーンミトを凝視した。
2人からの視線を受けて、ファーンミトが下を向いたまま小刻みに背を震わせている。小さな手を握りしめて俯いている姿は哀れを誘うものだったが……。
「黙っていては分かりません。島主様からどのようなご依頼があり、何をお受けしたのか、
キュリスが冷え切った声で問いかけた。
「そっ、その……確かに、依頼をお受けしました」
ファーンミトが掠れ声を絞り出した。
「詳細を報告しなさい」
「……リジナーダ空域全図をお売りすることになりました」
「蟲王の名が出たようですが?」
「それは……そのぅ……」
「第108商船に、蟲王についての情報を取り扱う権限はありません。まだ、船首像も頂けぬ船の長が、商船会の定めを破るつもりですか?」
キュリスが胸元にぶら下げているペンダントに指を触れた。
「いっ、いいえ! 決して、そのような……その、ご相談を申し上げようと考えていたところで……ご報告が遅くなり、申し訳ありません!」
真っ青になったファーンミトが、喚くように言って地面に這いつくばった。
(つまり……情報は用意できないってことか)
レンにとっては、三歳児同士のやり取りなどどうでもよく、頼んでおいた情報が手に入るかどうかの方が問題だった。
(駄目そうだな。戻って、スキルの確認作業をやるか)
新しく取得したスキルを、補助脳が一つ一つ解析している最中だ。
今日は、日課の魚獲りが終わってから、未確認スキルの性能確認を行う予定になっていたのだ。
・ミラージステップ
・プリビジョン
・ファイアサポート
・クロースコンバット
・クリーンボディ
・キュアボディ
・スクリーンショット
・マーキング
・メッセージボード
・支援要請(パーティメンバー)
(クロースコンバットは、そのまんま? クリーンボディとキュアボディなんかも名称通りかな?)
どれも実際に使用してみないと、どの程度の効果があるのか分からない。
(なんか……変化だらけで頭が追いつかない)
整理がついていないのは、スキルだけではない。
ナンシーが言っていたように、思念体のゾーンダルクが"神様ごっこ"をやっているのなら、カルドリーンを転がしたのは、そのゾーンダルク達だということになる。
悪い方向での"改変"を覚悟する必要があるだろう。
(たぶん、もう目を付けられてるし……)
直接何かを仕掛けてくる可能性がある。
(ファゼルダとデシルーダも、こっちを狙ってくるのかな?)
すでに十分過ぎるほど敵対行動を取っている。
(少しくらい数が多くても勝てると思うけど)
"アイミス"の操縦に慣れてきた。フェザーコートを使わずに済むギリギリの線が感覚で分かるようになっている。
相手が"ニードルダンサー"なら余裕を持って戦うことができる。銃弾が尽きなければ、ファゼルダのスズメバチくらい圧倒できるはずだ。
(あぁ……なんか、考えることがいっぱいで……疲れるなぁ)
レンは小さく息を吐いた。最近、気が付けば溜息を吐いている気がする。
「とうしゅ?」
アイミッタに手を引かれて、レンは我に返った。
「……どうした?」
そう訊きかけて、レンはイーズの商人が居たことを思い出した。
先ほどまで何やら揉めていたが、どうやら一段落ついたらしい。ファーンミトが這いつくばり、キュリスが何かを問う眼差しでレンを見つめていた。
「どうなりました?」
不機嫌な気分を隠さず、レンは訊ねた。
まだ何かやっていたのだろうか?
「この者の処断ですが……商船長の地位を剥奪することになりました。積み荷を賠償の品としてお納め下さい」
キュリスが低頭した。
「ファゼルダとデシルーダについての情報はどうなりました?」
「申し訳ありません。イーズの中立を保つため、情報をお売りすることはできません。そういう盟約になっております」
「ああ……そうなんですか。それなら、最初にそう言ってくれればよかったのに」
レンは溜息を吐いた。無駄な時間を費やしてしまった。
「……戻ろうか」
アイミッタに声を掛けると、
「うん」
アイミッタが頷いた。
「じゃあ、これで」
レンは、アイミッタの手を引いて門扉の方へ歩き出した。
「おっ、お待ちください!」
キュリスが声を上げて追いすがってきた。
「はい?」
「積み荷を……どちらへ降ろしましょうか?」
「積み荷?」
「賠償の……すべての積み荷を賠償品として贈呈いたします」
「邪魔になるから、そのまま持って帰って下さい」
ファーンミトが持ち込んだ品をその辺に置かれては困る。爆発物や毒物の可能性だってあるのだから。
「えっ!?」
「僕が欲しいのは情報です。それ以外はいりません」
幼げなキュリスの顔を
「とうしゅ、おこった?」
「ん? 怒るというか……イーズに、がっかりした」
「がっかり?」
アイミッタが見つめてくる。
「イーズの商人は嘘つきだった」
「うそつき?」
「うん、嘘つき」
「うそつき、きらい?」
「大嫌いだ」
答えながら、レンは苦笑した。
アイミッタと話をしていると、ささくれた気分が鎮まってくる。三歳児に慰められているようで情けないが……。
「おかさん!」
不意に、アイミッタが大きな声を出して手を振った。
見ると、島主の館前にある小さな公園で、ミルゼッタとマキシスが待っていた。
「何か買えました?」
勢いよく駆け寄ったアイミッタを抱き留めながら、ミルゼッタが訊いてくる。
「いいえ、欲しかった情報は手に入りませんでした。二人の方は? ニードルダンサーを解体場へ持ち込んだんですよね?」
「宝石持ちが交じっていたそうです。シーカーズギルドから連絡がありました」
マキシスが言った。
「宝石?」
「噂でしか聞いたことがありませんでしたが……海の怪魚の中には、稀に宝石を体内で生み出す個体が交じるのです」
「……宝石を生み出す?」
レンは困惑して首を傾げた。真珠貝のようなものだろうか?
「モンスターが体内で生み出した宝石は、正しい手順で精錬すると魔導宝珠になります」
浮動船の動力部などの基幹部分に使用する極めて貴重な品らしい。通常は、粗悪な模造品で代用するらしいのだが……。
「精錬のやり方は分かりますか?」
「はい。ファゼルダに捕らえられている間、何度か作業に従事したことがあります」
マキシスが笑みを浮かべた。
「何か設備が必要なんですよね?」
「いいえ。精錬は魔法で行います。必要な設備は、精錬後に安置する台座だけです。石の大きさを測ってから、先に造作しておけば大丈夫です」
「ふうん……」
どうやら問題無さそうだ。イーズの方は無駄足だったが、獲った魚からは面白そうな物が出てきたらしい。
その時、
「かるど!」
いきなり、アイミッタが叫んだ。
「……まさか!?」
レンは頭上を見上げたが、ここは岩盤の中だ。地表の船渠まで上がらないと、空を見ることはできない。
(何が起きている?)
先日のカルドリーンの結果も通知されていないというのに……。
レン達は、
======
色々と未整理のままだ!
また、カルドリーンが現れたらしい!
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