第93話 ウェルカムバック!

 

(訳が分からない)

 

 レンは、小さく溜息を吐いた。

 島主の館の屋上で、ポータルゲートを眺めていた。

 今夜中にユキ達が帰って来ると、アイミッタが予言をしたのだ。アイミッタ達はゲートのある屋上まで立ち入れないため、レンが1人で待機していた。

 

(知らないところで何かが起きている)

 

 2度目のカルドリーンから四夜連続して、遙かな夜空を正六面体ダイスが転がった。

 未だ結果についてのアナウンスは無い。

 

(この島には何も起きていないけど……)

 

 知らないところで、何かが起こっているのだろうか?

 調査に出かけたかったが、第九号島を長期間留守にすることはできない。

 イーズの商人が居留地に滞在している。面倒なので相手をしていないが、面会を求める書状が何通も届いていた。

 ミルゼッタから聞いた話だが、他の島では取り引きのトラブルが元で暴れたこともあるそうだ。

 

(ファーンミトが黒ゴブリンと同じくらいなら、あの女の子はそれ以上の強さなのか?)

 

 幼い外見からは想像できないが、警戒しておくべきだろう。

 

(……あっ!?)

 

 不意にポータルゲートが光を放って、中から複数の人影が姿を現した。

 

 ケインを先頭に、キララ、マイマイ、そしてユキが最後にゲートから出てきた。

 

「レン君、ただいまぁ~」

 

「久しぶり!」

 

 マイマイとキララがレンを見て破顔する。

 

「遅くなっちまったが……とにかく、無事で良かったぜ」

 

 ケインがレンの肩を叩く。

 

「そちらこそ……大変だった?」

 

 レンはユキを見た。

 

「大変でした」

 

 そう言って、ユキがキララ達に目を向ける。心なしか、切れの長い双眸の端が尖っているようだ。

 

「まあまあ、ユキちゃ~ん、これが青春なのだよぉ~」

 

「そうよ! 今の内に、いっぱい青春しなくちゃ損よ!」

 

 マイマイとキララが笑いながらユキの背を叩いた。

 

「……青春?」

 

 レンには何のことやら分からない。

 

「知りません」

 

 ユキがそっぽを向いて屋上にある昇降機の方へ去って行った。アイミッタに会いに行くつもりだろう。

 珍しく感情的になっている。

 

「何かありました?」

 

 ユキの背を見送って、レンはマイマイに訊ねた。

 

「なんでもないよぉ~」

 

 マイマイがひらひらと手を振る。

 

「そうですか?」

 

 レンはキララを見た。

 

「ちょっと揶揄からかっちゃったの。ユキちゃん、ずっと張り詰めたままだったから……まあ、後で謝っておくわ」

 

 キララが笑みを浮かべつつ言った。

 

「なんか、怒っていたみたいですけど?」

 

 レンはケインの目を見た。

 

「ああ、まあな……」

 

 ケインが頭を乱暴に掻きながら、マイマイとキララに目をやる。

 マイマイとキララが、人差し指で ×印を作っていた。

 

「……ってことで、俺からは何も言えねぇんだ。まあ、そう深刻に考えるようなことじゃねぇよ。軽くじゃれ合ったような話だ」

 

「そうですか」

 

 レンは、昇降機の方を見た。

 すでに地上階まで降りている。今か今かと待ちわびていたアイミッタが飛び付いているかもしれない。

 

「それより、カルドリーンが何度も出たんだって?」

 

 キララが話題を変えてきた。

 

「……はい。このところ、夜になるとカルドリーンが現れます」

 

 しかも、形状は正六面体だけでなく、四面体や八面体、十面体など、様々な形のカルドリーンが夜空を転がったのだ。

 

「ふふ~ん! アレだねぇ?」

 

 マイマイがキララを見た。

 

「そうね。いきなり改変権限を取り上げられて、あいつらがパニックになっているんでしょ」

 

 キララが頭上を振り仰いで鼻を鳴らした。

 ここから見上げても、岩盤しか見えないのだが……。

 

「もう、ゾーンダルクが勝手にルールを改変できなくなったのよ。あいつらの権限を凍結したわ」

 

「討伐対象にしてやったのよ~」

 

 マイマイがニンマリと目尻を下げる。

 

「討伐対象?」

 

「この世界で遊んでいるゾーンダルクを、魔王という役割を与えたキャラクターとして定義したんだ。世界を再編する流れの一環でな」

 

 ケインが説明してくれた。

 世界の改変について、キララ達が色々と提案したのだが、ナンシーに行えることには限りがあり、かなりの部分を妥協しなければいけなかったらしい。

 

「そのぅ……役割というのは? 魔王って、どういう……キャラクターというのは、どういう感じなんです?」

 

「ロールプレイングゲーム……RPGって分からないんだっけ? 」

 

「レン君、ゲームとかやらない子だもんねぇ~」

 

 キララとマイマイが腕組みをして唸る。

 

「すみません。撃つやつなら少しやったことがあるんですけど……あと、フライトシミュレーターとか」

 

 事前に、キララとマイマイから色々と聞かされたので、ぼんやりとイメージはできているのだが……。

 

「ちょっと昔に流行ったゲームがあってね。まあ、私とマイマイなんかは、ペンと紙持ってダイスを振りながらやる方が好きなんだけど……今回のは、コンピューターRPGというゲームジャンルが近いわね」

 

「プレイヤーだらけになるから、MMORPGかなぁ~」

 

 キララとマイマイの説明を聞きながら、レンは助けを求めてケインを見た。

 

「まあ、なんだ……難しく考えることはねぇぜ。これまで通りのゲームみたいな世界で、魔王ゾーンダルクをぶっとばせば良いってだけだ」


「このゲームみたいな世界を修正するために、監修役として私達が選ばれたわ!」

 

 ナンシーに話を持ち込んだのは、キララ達だったが、その場でナンシーから助言役を依頼されたそうだ。

 

「まあ、創造主が定めた大きなところは変えられねぇし、ごちゃ混ぜになってる部分は残るんだが……ゲーム内で遊んでいるプレイヤーが、因果の律を改変することはできなくなった。それだけでも大きな収穫だぜ」

 

 ケインが笑顔で言った。

 

「……その、RPGというのになると、どうなるんですか?」

 

「インターフェイスが少し変わるわ。大きな変更点としては、ステーションの役割ね。渡界者を増やすことは、ナンシーの創造主さんの希望に添うから、その辺を足がかりに交渉したの」

 

「えっと……?」

 

「ポイント前払いで、緊急蘇生魔法を掛けて貰えるようになるわ」

 

「……なんです、それ?」

 

「死んだら、その場で生き返るシステム。地球で死んだらお終いだけど、渡界中こっちなら復活できるわ。どう? ゲームっぽいでしょう?」

 

 キララが笑う。

 

「死んでも生き返る? ポイントがあれば、死ななくなるってことですか?」

 

「30日間に1回という縛りがあるわ。交渉したけど、それ以上は無理だったの」

 

 施術はステーションのクリニックで行われ、魔法を掛け直して貰うためには30日間のインターバルを置かなければならない。

 

「どのポイントを使うんですか?」

 

 討伐ポイント、異能ポイント、技能ポイント、採取ポイントの4種類があるが……。

 

「どれでも良いわ。ミックスはできないけど、どれか一つ、溜まっているポイントから支払うことができるの」

 

「1回の魔法で、何ポイント必要なんですか?」

 

「50万ポイントよ」

 

「……それは」

 

 レンは目を剥いた。さすがに必要ポイントが多過ぎるのではないか。

 

「値切りまくって、50万なのよぉ~。命のスペアだから、それより安くはできないんだってぇ~」

 

 マイマイが肩を竦めて見せる。

 

「……なるほど」

 

 命をポイントで購入すると思えば、高くは無いのかもしれない。

 

「まあ、その場で生き返っても、すぐに死んじゃうかもしれないねぇ」

 

「確かに……」

 

 モンスターに噛み殺されたとして、その状態で生き返ったとしても、そのまま喰われて死ぬだけではないか?

 

「死亡してから30秒間、思念体となって移動できるの。そして、移動した先で肉体が再生されるのよ」

 

「思念体に?」


「正確には、思念体みたいな何か……擬似思念体という存在になるらしいわ」


「ふわふわ、空を飛べるんだってぇ~」


「空を……」

 

 速度によっては、かなりの距離を移動できる。運が良ければ、死地を脱出可能かもしれない。


「まあ、御守りみたいなものね。生き延びる確率が少し増える程度かな?」

 

「そんな気がします。でも……」


「無いより、あった方がいいでしょ?」

 

「はい」

 

 消費するポイントとつり合うかどうかはともかく、生き残る手段が増えたことは有り難い。

 

「他にも、ポイントと交換で手に入るスキルがあるわ。全て、ステーションのスキル屋で手に入るようになるわ。もちろん、変なネガティブ要素は無いスキルばかりよ」

 

 すべての調整が終わった時点で、"神の啓示"によって一斉アナウンスが流れるらしい。

 

「地球側だと、使用が制限されるスキルがあるよぉ~」

 

「モンスターと戦闘になると制限解除されたり……転移とか飛行系のスキルは、かなり制限されるわ。アイテムボックスも、収納に制限は無いけど取り出す時に規制が掛かったり……時間制限付きで、こっちの人みたいに魔法が使えるようになるスキルもあるわよ!」

 

 キララが嬉しそうに言った。

 

「……そういうの、キララさんとマイマイさんが考えたんですか?」

 

 レンは周囲に視線を巡らせた。どうしてこの場にマーニャがいないのか、今更ながら気になったのだ。

 

「参考資料を閲覧したのよ」

 

「叡智の結晶がいっぱいあるからねぇ~」

 

 キララとマイマイが胸を張る。

 

「でも……それって、ゲームですよね?」

 

「あっ! ゲームを馬鹿にしちゃ駄目よ? 個性的なアイデアの宝庫なんだから! 今時の仮想現実空間って凄いわよ? ひっどい作りなのもあるけど」

 

「粗製濫造の宝庫であった」

 

 マイマイが腕組みをして頷いた。

 

「地球のゲームを参考に……こっちの世界を変えるんですか?」

 

 元がゲームのような世界だったとは言え、そんな乱暴なことをして良いのだろうか?

 

「あら、こっちだけじゃないわよ?」

 

 キララの口元に笑みが浮かんだ。

 

「え?」

 

「地球も変えちゃうぞぉ~」

 

 マイマイが拳を突き上げて宣言した。

 

「ええっ!?」


 レンは目を剥いた。

 

 

 

 

 

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第九号島に、ケイン達が帰ってきた!

 

両方の世界を改変するつもりらしい!

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