第225話 ラブ&ピース
「それは?」
レンは、ユキが持っている物を見た。
「カメラです」
ユキが軽く持ち上げて見せる。
黒革のケースに包まれた無骨な雰囲気のカメラだった。
「それって……」
「フィルムの……電池を必要としない機械式の物です」
ユキが微笑する。
デジタルのカメラでは無いらしい。
「フィルム?」
「キララさんにお願いをして、特別なフィルムを作ってもらいました。カメラと交換レンズは、ケインさんの作品です」
「へぇ……」
いつの間に、こんな物を作っていたのだろう。
レンの場合、目で見たものを補助脳が保存している。わざわざカメラで撮影をする必要は無い。
「宇宙空間でも使用できます」
ユキが嬉しそうにカメラ上部のつまみを弄っている。
「えっと……現像とかやるの?」
「はい。専用の部屋を作ってもらいました」
ユキは軽々と持っているが、かなり重量がありそうなカメラだった。
「替えのレンズもあります」
ユキが【アイテムボックス】から円筒形の革筒に入ったレンズを取り出してみせる。
("ボード"にも撮影機能があるんだけどな?)
わざわざフィルムに映す必要があるのだろうか?
「ボードでも沢山撮影をしています。でも、いきなり消えてしまうかもしれないでしょう?」
ユキが言った。
「えっ? あ……ああ、うん」
考えていたことを見透かされたようで、レンは狼狽えた。
「"ボード"はとても便利ですけど、創造主という存在の創作物ですから、いつか……失うかもしれません」
だから、別の手段で残しておこうと考えたらしい。
「……確かに、そうなるかも」
ユキが言うとおり、何年か後、創造主とまみえた時には、戦いになる可能性がある。その場合、ゾーンダルク渡界時に与えられた能力全てを失う可能性が高い。
「代替になる物をマイマイさんが開発中です」
「そうなんだ?」
「"マーニャ"さんに相談をしながら……まだ、実用化には時間がかかると言っていました」
「"ボード"を……人間が作れるんだ?」
「ケインさん達は特別だと思います。これは、"マーニャ"さんに確認をしたのですが……」
そう前置いて、ユキが自分自身を含めた、傷病渡界者の能力について説明をした。
「今の……この身体を奪われる可能性は極めて低いそうです」
創造主に敵対すれば、傷病渡界時に与えられた身体を失う可能性があるのではないか?
ユキの問いに、"マーニャ"が"極めて低確率"だと回答したらしい。
「それに、もしも創造主によって元の肉体に戻されても、"マーニャ"さんが再生して下さるそうです」
そのために、"マーニャ"は全員の身体情報を素粒子レベルで記録してあるそうだ。
「"マーニャ"さんが創造主だと言われても信じるけどな」
レンは、苦笑気味に言った。
「私も、そうであればと思いますが……」
笑みを浮かべたユキの横に、
「私は神ではないわ!」
等身大の"マーニャ"が姿を現した。
「……ですよね」
レンは素直に頷いた。
「今は、先生をしているから、先生と呼びなさい」
白衣を羽織った"マーニャ"が、両手を腰に当てて胸を張る。
「先生ですか?」
「マイマイ、キララ、ケインの3人を教えているのよ」
「ああ……もしかして、テラフォーミングの方法とか?」
「基礎の知識よ」
「基礎の?」
「もっと伝えたいことがあるのだけれど、受け手に基礎知識がないから難しいのよ。だから、基礎から教えることにしたの。急がば回れ……でしょう?」
そう言ってから、"マーニャ"がユキの手元を覗き込んだ。
「カメラです。作ってもらいました」
「撮影装置ね。悪くないけど、素材に……少し強度にムラがあるわ。工作技術手直しが必要ね」
"マーニャ"がユキのカメラに触れる。
「"マーニャ"さん?」
「少し、密度を弄ったわ。耐久性が増したはずよ」
「ありがとうございます」
ユキがお辞儀をした。
「いいのよ。私の生徒の作品なのだから。お友達も、私が少し手直しするくらいは許してくれるでしょう」
「はい」
「それで、身体の心配についてなのだけれど」
"マーニャ"がレンを見る。
「心配は不要よ。仮に、完全にロストした状態からでも、思念体を保護隔離した上で完全蘇生できるわ」
「……ありがとうございます」
「確率的には、起こりえないと思うのだけれど……備えてあるから心配はいらないわ。2人で旅行を楽しんでらっしゃい」
「"ナンシー"さんの創造主とは、戦いになるでしょうか?」
「ならない……というよりも、そうした行動を行う存在ではないと思うわ」
「そうなんですか?」
「まずは、その存在を知覚するところからよ? それができなければ、文字通り、話にならないわ」
"マーニャ"が微笑する。
「確かに、そうですね」
レンも笑った。
「マイチャイルドなら、地球に存在する"鏡"の脅威を取り除くことができるでしょう?」
「はい」
ゾーンダルク側から各ステーション経由で、全ての"鏡"にアクセスできる。
レンなら、全ての大氾濫を制止することが可能だった。
その気になれば、一週間もかからないだろう。
「でもね。私は、"鏡"を消去してゾーンダルクを切り離すことに不安を感じるわ」
「どうしてです?」
レンは、首を傾げた。
「マイチャイルドには知覚できない領域内で、この……地球を取り巻く空間が歪んでいるのよ」
擬似的な"創世"により幾重にも世界の理が顕れてしまったため、収まりが付かない状態になっているのだと言う。
「危険なのですか?」
「何て言うの? モグラ叩き? いたちごっこ? そういう感じで、歪みが酷くて壊れそうになる空間を修繕して回っている最中なのよ」
だから、留守がちなのだと"マーニャ"が言った。
「本当に……マーニャさんが居なかったら、地球は終わってましたね」
レンは、溜息を吐いた。
「私がここに来たことも、創造主とやらの導き? 仕込みかもしれないわよ? 何しろ、私が知覚できないレベルの存在なのだから」
"マーニャ"が軽く肩を竦めて見せる。
「"鏡"は弄らない方がいい?」
「というより、私がモグラ叩きをやって修繕している空間にどんな影響が出るのか……出ないかもしれないのだけれど、とにかく恐怖でしかないわ。このまま、多少の歪みを抱えたままでも沈静化を図りたいのよ」
「そうなると……」
モンスターやクリーチャーを日常の一部として受け入れなければならない。
向こう数十年間は仕方が無いと思っていたが……。
「もう、これが……この今の世界が……守るべき世界ですか?」
レンは、足下へ視線を落とした。
「マイチャイルドにとって、世界はどこなの?」
「えっ?」
「世界をどういうものだと認識しているの?」
「えっ……と、世界は……世界ですよね。この……海とか山とか、僕達が暮らしている場所……」
「マイチャイルドは、惑星……地球を世界だと認識しているということ?」
「生活圏でしょうか?」
レンは、自分の答えに首を捻りながら答えた。
「生活圏? 社会………肉体を持つ生命体にとっては、生息するための領域が世界になるなのかしら? 恋人さんはどうなの?」
"マーニャ"がユキに訊ねる。
「人の営み……社会全てです」
少し考えてから、ユキが答えた。
「"マーニャ"さんの世界はどんなものなんですか?」
「私にとっての世界は、私がアクセス可能な全ての領域ね」
"マーニャ"がレンを見る。
「何か、僕とは違う感覚なんですね」
「あら? 赤児にとっての世界は、ベビーベッドと親の腕でしょう?」
「……そんな感じかも」
全ての赤児がそうだとは思わないが……。
"マーニャ"が言いたいことは理解できた。
「もしも、マイチャイルドが部屋の中から出なければ、部屋の中だけが世界なのかしら?」
「ネットとか……外の情報を得られます。部屋の中だけってことはないかも」
「つまり、アクセス可能な領域が含まれるということね? その場合、私の世界と何が違うの?」
「……まあ……同じなのかな?」
「大変ね。マイチャイルドがアクセス可能な領域は、とてつもなく広大よ? もう忘れてしまったの? 宇宙から帰ってきたばかりでしょう? 貴方の世界はとんでもなく広いのよ?」
「……でしたね」
「マイチャイルドは、貴方の世界で起きている出来事を把握可能なのかしら?」
"マーニャ"がレンの顔を覗き込む。
「いいえ」
レンは首を振った。
"マーニャ"が言わんとすることを察して俯く。
「地球とゾーンダルクの出来事でさえ、完全には把握できないでしょう?」
「はい」
「大切なことだと思うから、私の見解を言っておくわ」
世界を守ることはできない。
局地的な、即応可能な範囲においてのみ、影響力を発揮することが可能である。
知覚領域外で起きている出来事は認識できないから対応不能である。
「私はそう考えています」
「……はい」
「今、マイチャイルドが守るべき世界は、ここにいる恋人さんでしょう?」
"マーニャ"がユキを指差した。
「えっ?」
「だって、愛は世界を救済するのでしょう? つまり、恋人さんを守ることが世界救済になるのでしょう?」
"マーニャ"が小首を傾げた。
「えっ……と?」
いきなりの話題の飛躍にレンは戸惑った。
「私が収集した物には、そういう題名の資料が沢山あるわよ? 数多くの媒体で発見することができたわ!」
「ええと、それは……」
「愛があれば地球を救えるらしいわ。そうなのでしょう?」
「ええ、まあ……」
「マイチャイルドは、ユキを愛しているのでしょう? だから恋人なのでしょう?」
「それは……はい、そうなんですけど」
「だったら、もう大丈夫でしょう? だって、マイチャイルドには恋人ができたのだから! 愛を増大させれば、地球だけじゃなくて、世界全てを救うことだって可能になるかもしれないわ!」
「それは……」
レンは、助けを求めてユキを見た。
シュカッ……
機械式のシャッター音が鳴った。
紅く染まった顔をカメラで隠すようにして、ユキがカメラを構えていた。
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"マーニャ"先生にお説教された!
"マーニャ"の中で"愛"が大変なことになっている!
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