第118話 食事休憩


 鎧姿の"ダルクバーブ"は、"ナイトバーブ"という名称だった。

 狙い通り、特殊スキルを使用した開幕の4発で4体を仕留め、残る"ナイトバーブ"2体と細身の人形との乱戦に突入した。

 

『特殊演算領域の回復まで、240秒です』

 

 補助脳のメッセージが表示される。

 5発撃てばオーバーヒートして、補助脳そのものが10分間ダウンしてしまうが、4発で止めておけば、通常の機能を維持したまま4分後に、再使用が可能になる。

 スキル使用1回につき、1分。4発撃ったので、回復に4分かかるという計算だ。60秒毎に1回分の演算利用枠が得られる。

 

 レンのHK417が"ナイトバーブ"の頭部を狙い撃つ。

 激しい金属音をあげながら、"ナイトバーブ"が突進してくる。その脛をユキが六角の棍棒で打ち払いながら細身の人形に向けてHK417を連射する。


 襲いかかってきた細身の人形を引き連れてユキが走る。

 赤光の弾が次々に放たれてユキを襲い、ユキが隙間を縫うようにして直撃を回避する。

 

 "土俵"という限られたスペースでの回避は非常に困難だったが……。

 

 

 ダァン!

 

 

 レンは、ユキが転倒させた"ナイトバーブ"の兜の顎下にM95対物狙撃銃の銃口をねじ込んで引き金を引いた。

 

「ユキ!」

 

 声を掛けながら、レンはユキと入れ替わるように前に出て、細身の人形の正面へ立った。

 ユキが残る1体の"ナイトバーブ"に銃撃を加えながら駆け抜ける。

 

「シザーズ、オン!」

 

 レンは両手に"シザーズ"を装着しながら前に出ると、ユキを狙って放たれた赤い光弾を"シザーズ"で弾いた。

 

 

 ギィン!

 

 

 背後で激しい金属音が鳴り、"ナイトバーブ"が地面を抱くようにして倒れた。ユキが膝を刈ったのだろう。

 

(他に反応は?)

 

 細身の人形の相手をしながら、レンは補助脳の探知情報に目を向けた。

 

『エネルギーの収束を観測しました』

 

(……どこ?)

 

『高濃度ナノマテリアルが増加しています』

 

(こいつが……)

 

 レンと対峙している細身の人形の全身が赤黒い光を放ち始めた。

 レンは左の"シザーズ"を開き、人形の首を狙って挟もうとしたが、ぎりぎりのところで赤黒い光に阻まれて防ぎ止められてしまった。

 

(コートみたいなものか?)

 

 レンは"シザーズ"を消し、代わりに【アイテムボックス】から銃座に取り付けた重機関銃を取り出して床に置いた。

 

 背後で……。

 

 

 ダァン!

 

 

 ユキが転倒させた"ナイトバーブ"を仕留めた。

 

(あとは、こいつだけだ)

 

 レンは至近距離から細身の人形めがけて 12.7×99mm 弾を連射した。

 狙いはもちろん、細身の人形が纏った赤黒い光の膜を削り切ることだ。

 銃弾だけでなく、"シザーズ"を防ぎ止めるエネルギーの膜だが、レン達の"フェザーコート"と同じようなエネルギー膜なら、攻撃を加え続けることで破ることができる。

 

(……88%)

 

 "フェザーコート"の残量値を確認しつつ、レンは重機関銃を収納しつつ走った。

 直後、細身の人形が放った無数の光弾が奔り抜けて床を灼いた。

 

「88」

 

 走りながら、レンはユキに向かって自分の"フェザーコート"の残量を伝えた。

 

「72%です」

 

 ユキの返事が返る。

 

 細身の人形がレンを狙って体の向きを変える。それを見て、ユキが斜め後方へ回ると、重機関銃を取り出して設置した。

 

 右へ左へ位置を変えて回避するレンを狙って、細身の人形が赤色の光弾を連射する。

 

「パワーヒット、オン」

 

 レンは、打撃用のスキルを発動した。

 

 ユキの重機関銃が連射を開始し、細身の人形を包む赤黒いエネルギーの皮膜を無数の銃弾が削り、ついには数発の弾が人形に当たり始める。

 人形を覆っていたエネルギーの膜を削り切ったのだ。

 

(……弾かれた!?)

 

 細身の人形の表面に当たった 12.7×99mm 弾が圧壊して床に散らばる。わずかに表面を削っているようだが……。

 

 ユキの方へ向き直って光弾の連射を始めた人形の背後から、レンは軽く宙へ跳び上がると【アイテムボックス】からマイマイ特製の巨大ハンマーを取り出した。

 人が扱うには巨大過ぎる総チタンの鎚頭が付いたウォーハンマーの柄を握り、ほぼ真下へと打ち下ろす。

 落下の勢いにわずかな方向感を与えた程度だったが、

 

 

 ドギィッ……

 

 

 重たい破砕音を響かせ、細身の人形の頭が割れて、胴体の中へ押し込まれて見えなくなった。

 

「……78」

 

 レンの"フェザーコート"が10%も削られている。巨大ハンマーを【アイテムボックス】に収納しながら、レンはピンを抜いた手榴弾を放りつつ離れた。合わせて、ユキも手榴弾を投擲する。

 

 相次いで爆発する手榴弾を尻目に、レンとユキは"土俵"の縁ぎりぎりまで離れると、重機関銃を設置して銃撃を開始した。

 

(これを繰り返す)

 

 人形の"コート"を霧散させてからの攻撃には手応えを感じた。ベストでは無いかもしれないが、このまま継続すれば倒せるだろう。

 

 

******

 

 死告騎士 [ オリジン・テン ] を討伐しました!

 

******

 

 

(今ので……意外に脆いのか?)

 

 レンは、圧壊して"土俵"に転がった人形の残骸を見守った。再生することを想定して、身構えていたのだが……。

 

 

******

 

 討伐ポイント:30,000

 異能ポイント:100

 技能ポイント:100

 採取ポイント:100

 

******

 

 

[死告騎士の宝珠 :1]

 

[死告騎士の甲殻 :9]

 

[死告騎士の光衣 :3]

 

[英知の煌珠   :1]

 

 

******

 

 

「ナイトバーブも、復活しませんね」

 

 ユキが駆け寄ってきた。

 

「うん……でも、何も……」

 

 起こらないと言いかけて、レンは口を噤んだ。微かな振動が"土俵"全体を揺らしていた。

 

(反応は?)

 

 ユキと背中合わせになって周囲を警戒しつつつ、レンは補助脳に問いかけた。

 

『離れた位置に、"土俵"が出現しました』

 

 

 - 981m

 

 

(えっ!?)

 

 

『経路の崩落を観測しました』

 

「経路……道が?」

 

「レンさん?」

 

「別の場所に、ここみたいな"土俵"が現れたらしい」

 

「そこにも別の敵かいるのですね」

 

 ユキが小さく頷いた。

 

「……道が崩れ始めたみたいだ」

 

『推奨経路を表示します。ナビゲーション表示を行いますか?』

 

(よろしく)

 

 レンは、ユキを目顔で促して走り始めた。いつの間にか、方々に枝道が出現している。普通に探索をしていたのでは迷って時間が掛かってしまう。

 

「オリジン・テンでしたね」

 

 ユキが呟く。

 

「たぶん……」

 

 そういうことなのだろう。

 ゲームに疎いレンだったが、"テン"が意味することと、新たに出現した"土俵"を関連付けて考えるくらいには理解が進んでいる。

 

 果たして……。


 レンとユキが予想した通り、次の"土俵"には"ナイトバーブ"を従えた"死告騎士"が待ち受けており、討伐を完了すると、また別の場所に新しく"土俵"が出現した。

 

 2人とって救いだったのは、"土俵"へ続く石段だけは途中の道と違って崩落が進まずに、セーフエリアとなっていて休憩ができることだ。

 おかげで、弾薬の準備や食事休憩、スキル回復などを十分に行ってから"土俵"に挑むことができた。

 

 "オリジン・テン"から始まった"死告騎士"は、ナイン、エイト、セブン……と番号を減らすにつれて、体を覆うエネルギー膜の強度が増し、光弾以外に破壊光線を放ったり、体表から光刃を生やしたりするようになったが、1回ずつ完全回復して戦いに臨めるおかげで、"フェザーコート"を減らしながらも討伐することができた。

 

 5体目からは、補助脳による解析に成功し、死告騎士の体構造が詳らかになった。

 その結果、頭部と胴体の複数箇所に"核"を持っていて、レンの特殊スキルを使っても1撃では仕留められないことが判明した。

 7つめの"土俵"からは、お供の"ナイトバーブ"がでたらめに放電を行ってくるようになり、完全回避が困難になり、レンの特殊スキルで開幕に4体を仕留めることが必須になってしまった。

 

(まあ、格闘の方が攻撃力が上がるから……)

 

 レンとユキの場合、"フェザーコート"は減るが、"パワーヒット"常時使用で殴り合いをやった方が瞬間的な火力が出せる。

 特に、ユキの場合は手持ちの銃よりも、用意していたチタン製の六角棒やウォーハンマーを使った方が強かった。

 

 9体目の死告騎士 [ オリジン・ツー ] の時は、開幕で4体のナイトバーブを仕留めて以降、レンもユキも"パワーヒット"をオンにして"シザーズ"とハンマーで残りのナイトと死告騎士を粉砕している。

 

「次で最後なら良いけど」

 

 レンは門柱の横から"土俵"に目を向けた。

 見たところ、"土俵"のサイズも、居並ぶ"ナイトバーブ"の数もこれまでと変化はない。

 奥に立っている死告騎士が、[ オリジン・ワン ] なのだろう。

 

「お湯が沸きました」

 

 ユキが、アルミのケトルをストーブから下ろした。

 

「味噌汁にしようかな」

 

 レンは、オレンジスプレッドを乾パンにつけつつ、用意してあった粉末の味噌汁をカップに入れた。

 

「それと合いますか?」

 

 ユキがオレンジスプレッドを見る。

 

「……合わない?」

 

「オレンジ味と味噌汁ですか?」

 

 ユキが首を傾げた。

 

「まあ……食べたら一緒だから」

 

 乾パンに付属のコンペイトウを口に入れつつ、レンはケトルのお湯を自分のカップに注いだ。

 ユキの方は"コーンミートベジタブル"という缶の半分をマグカップに移して湯を注いでいる。

 

 

 リリリン……

 

 

 レンが、マグカップの中身をかき混ぜていると涼しげな鈴の音が聞こえた。

 

 レンではなく、ユキ宛てにピクシーメールが届いたらしい。

 ふやけたワカメをフォークで弄りながら見ると、ユキの前に花びらのようなスカートを穿いたピクシーが浮かんでいた。

 

(アイミッタか)

 

 ケインやキララからメールが来ないから緊急の用ではないのだろう。

 

(これから、どうしよう?)

 

 この遺跡とファゼルナの関係は不明だが、思念体を仕留めたことは大きな成果だった。

 偶然だが、思念体にとっての特別な道具を破壊したらしく、もう世界を創造したり改変したりすることはできなくなったそうだ。

 今、その装置の残骸を"マーニャ"が調べている。残滓を調査すれば、何をやろうとしていたのかが判明するのだそうだ。

 残っている他の思念体にとって、レンは最悪の存在だろう。

 何とかして排除しようと画策してくるとは思うが、レンとしても相手の襲撃を待っているつもりはない。

 積極的に探して攻撃するつもりでいる。

 

(物質文明の創造をやろうとして失敗したって、マーニャは言ってたけど)

 

 "マーニャ"から装置について色々と説明を受けたが、理解することはできなかった。つまるところ、思念体が物質文明にちょっかいを出す方法が大幅に減ったということらしいが……。

 

「マイマイさんが、アイミッタ用の防護服を作ってくれたそうです」

 

 ユキがピクシーメールの返信を終えて言った。

 

「元気そう?」

 

「はい」

 

 ユキが頷いてみせる。

 

「ここって、アイミッタにも見えない?」

 

「何も見えないそうです」

 

「やっぱり、自力で抜け出すしかないか」

 

 レンは、残りの乾パンを口に押し込んだ。

 

「ここを突破すると、遺跡の中枢へ移動するそうです」

 

 ユキがマグカップのスープを口に含んだ。

 

「誰がそんなことを?」

 

「キララさんです」 

 

「……ここって、キララさんが設計したとか?」

 

「いいえ。ゲームって、そういうものらしいです」

 

「……ふうん?」

 

 口中の水分を乾パンに奪われ、レンはカップの味噌汁を啜った。

 

 

 

 

======

 

レンとユキは、"土俵"のモンスターを討伐した!

 

"土俵"に続く石段は、安全地帯セーフエリアになっていた!

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