第130話 奇襲


「分かっているとは思うけど、ここに存在しているのは本体とは切り離した分体に過ぎないわ。例え、この場で戦闘になったとしても……」

 

 若い女の姿をした"魔王"がレンを前にして色々と語っている。

 その間、レンは強襲準備を行っていた。

 

『"マーニャ"から座標が届きました』

 

 補助脳のメッセージが視界中央に浮かぶ。

 

(オーバーヒートしない?)

 

 敵地のど真ん中で補助脳のサポートを失うことは避けたい。

 

『84%のリソースを消費します。回復に382秒必要です』

 

(6分ちょっとか……了解)

 

 初撃が重要になるが、例の銃弾を転移させるスキルは使用できないようだ。

 

から銃撃、接近して"パワーヒット"を使ってハンマーで一撃……その後は、"シザーズ"で一気に追い込む感じかな)

 

 相手の反撃を許さずに仕留めきることが理想だが……。

 強襲の流れを脳裏に描きながら、レンは演算の完了報告を待った。

 

 第九号島では、黒いゴブリンを含め、これまで回収した転移装置を解析し、より安定した運用が可能な転移装置の開発を行っている。完成間近だと、マイマイが言っていた。

 

 それとは別に、レン専用のスキルとして"マーニャ"が創作を行っていた。

 あらかじめ転移先に、転移孔を設置しなければならない等、制約はあるものの、魔素の有無などの周辺環境に関係なく使用できるという点で、非常に優れている……らしい。

 

 初めての使用になるが"マーニャ"の仕込みだ。信じて使ってみるしかない。

 

「……イーズ人との関わりは、決して一方的なものではなかったのよ?」

 

 "魔王"が話しかけてくる。

 

「プリンスというのがファゼルナに囚われていたけど?」

 

 レンは訊ねた。

 

「プリンス……ああ、あの子は色々と聞き分けが悪かったからね。そう……まだ生命活動を維持していたの」

 

 "魔王"が軽く眉をしかめた。

 

「隷属させられていたらしい」

 

「そうでしょうね。あちらの"魔王"は、この世界を……この遊戯場を楽しんでいたからね」

 

「あなたは楽しんでいなかったのか?」

 

 レンは"魔王"の眼を見た。

 

「あまりにも原始的過ぎてね。ちょっと肌が合わないのよ」

 

 "魔王"が笑う。

 

 その時、視界に2頭身の"マーニャ"が現れた。

 

転移孔ホールを固定したわ! いつでも行けるわよ!』

 

 頭上の吹き出しが強調表示される。

 "転移"は、これまで一度も見せてないスキルだ。

 

(この奇襲は刺さる!)

 

 "マーニャ"の説明通りなら、レンの"転移"スキルは何の前触れも無い。正確にはコンマ数秒前に空間に歪みを発生させるらしいが……。検知してから対応するだけの時間としては十分ではない。

 

「……よく分からないけど、かなり文明が進んだ世界だったのかな?」

 

 "魔王"との会話に付き合いつつ、レンは"魔王"によって招かれた宇宙を模した空間を見回した。

 

「あなた達が認識できるようになるには……数百年はかかるでしょうね」

 

「数百年……か」

 

 レンは小さく息を吐いた。

 

 視界中央に、『演算を完了しました』という文字が浮かんだのだ。

 

『カウントダウ~ン!』

 

 2頭身の"マーニャ"の吹き出しに、" 5 "と表示された。

 

 

 4……3……

 

 

 数字が減ってゆく。

 

(2……)

 

 レンは心を落ち着けながらその時を待った。

 

「そんなに宇宙が珍しい?」

 

 "魔王"がレンの視線を追うようにして果てしなく広がる宇宙空間へ眼を向けた。

 

 瞬間、

 

『スタート!』

 

 "マーニャ"が信号拳銃らしきものを頭上に向けて撃った。

 

『空間転移を開始します』

 

 補助脳のメッセージが浮かぶ。

 レンの視界から"魔王"も宇宙空間も消えた。

 

「あなたのいる星も、この煌めきの中に……」

 

 "魔王"が何かを言いかけて顔を強張らせる。

 

 レンの姿が消えていた。

 

 

******

 

 

 同時刻、隔絶した別空間内に、無事に転移を完了したレンの姿があった。

 

 薄暗い大きな部屋の中央に、真鍮のような質感の台座に支えられ、巨大な水晶のようなものが安置されている。

 形は似ても似つかないが、どことなく第九号島の"コア"を想わせる光景だった。

 

『対象を探知しました。強調表示します』

 

 補助脳のメッセージと共に、大きな水晶のようなものの輪郭が浮かび上がる。

 

 他にめぼしい物は無い。

 巨水晶が思念体、あるいはその入れ物なのだろう。

 

「ティック・トック!」

 

 魔法名を口にしながら、レンは対物狙撃銃を構えた。

 

 すぐさま、レンの頭上に大きなアナログ時計の文字盤が浮かぶ。

 

 

 チッカッ……チッカッ……チッカッ……

 

 

 規則正しい機械音を聞きながら、

 

 

 ダァン!

 

 

 レンは対物狙撃銃を撃って走った。

 

 

 ダァン!

 

 

 ダァン!

 

 

 計3発を撃つなり、レンは床を蹴って跳んだ。その手に、対物狙撃銃に代わって巨大なハンマーが現れる。

 

「パワーヒット、オン!」

 

 使用スキルを宣言して剛力をブーストしながら、渾身の一撃を巨水晶めがけて振り下ろした。

 

 

 ビシィ!

 

 

 硬質の破砕音が鳴り、打撃痕を中心に無数のひび割れが拡がった。

 

「レフト・シザーズ、オン!」

 

 レンは、ハンマーを放した左手に"シザーズ"を顕現させるなり、ひび割れた水晶めがけて叩き付けた。

 

「ライト・シザーズ、オン!」

 

 ハンマーを【アイテムボックス】に収納しつつ、右手に顕現させた"シザーズ"を突き入れる。 

 

(……何かに触れた)

 

 突き入れた"シザーズ"の先端が何かの薄皮を破ったようだった。

 

 レンは、同じ亀裂に左手の"シザーズ"を突き入れると強引に左右へこじって押し開けていった。

 

『障壁を突破したことにより、エネルギー体が露出しました』

 

 補助脳のメッセージが浮かび、亀裂の先にあるらしいエネルギーの塊を赤く表示する。

 

(……これが"魔王"?)

 

 レンは大きく開いた"シザーズ"を突き入れるなり、赤く着色表示されたエネルギー体を挟んで切断した。

 

『エネルギー体が消失しました』

 

(……逃げられた?)

 

 こちらが転移をしたように、"魔王"も転移をして逃走したのだろうか?

 

『大丈夫よ! ここに保存してあった思念体は消滅したわ!』

 

 2頭身の"マーニャ"が視界に戻って来た。

 

「そうですか」

 

 どうやら、奇襲は成功したらしい。

 

『でも、20%ほど、第九号島に残っているわよ? あれはどうするの?』

 

 2頭身の"マーニャ"が小首を傾げた。

 転移スキルの再使用をするには時間がかかる。補助脳の演算能力が回復するまで、まだ5分近くかかる。

 

「大丈夫です」

 

 レンがイーズの商館に招かれた時から、第九号島の警備陣は警戒レベルを引き上げている。

 能力の落ちた"魔王"では、死告人形の廉価版にも苦戦するだろう。

 

『思念体だから、物理的な攻撃は効果が無いわよ?』

 

 "マーニャ"が納得いかない顔で腕組みをした。

 

 その時、

 

 

 リリリン……

 

 

 涼しげな鈴の音が聞こえて、凜とした雰囲気のピクシーが現れた。

 ユキのピクシーだった。

 

「仕留めたそうです」

 

 レンは笑みを浮かべた。

 ユキには第九号島の"コア"の前に待機してもらっていたのだ。案の定と言うべきか、防衛隊の警戒網を抜けた"魔王"が島の中枢にある"コア"のエリアに侵入してきたらしい。

 

『あの子ね! そうか、ナンシーが対思念体用のスキルをあげたのだったわね!』

 

 得心のいった顔で、"マーニャ"が大きく頷いた。

 レンのチクタクとは異なるが、ユキも思念体と戦うためのスキルを所持している。

 

『これで3体目。他の思念体は、警戒して姿を見せなくなるわ。何か探し出す方法を考えないといけないわね』

 

「今、思念体を消滅したことが伝わるんですか?」

 

『元々は同源の存在だもの。部分的に知覚を共有しているのよ』

 

「……おとなしくなります?」

 

『裏に隠れて、コソコソやるわね』

 

「魔王なのに……コソコソですか?」

 

『代行者? 配下を使って活動するのよ!』

 

「そうなりますか」

 

『当然でしょう! 正面切って戦うと、マイチャイルドの方が強いのだから!』

 

 "マーニャ"が両腰に手を当てて胸を張った。

 

「……今の"魔王"は何がしたかったんでしょう?」

 

『さあ? それは思念体に訊いてみないと分からないわよ?』

 

「まあ……そうなんですけど」

 

『何か気になったの?』

 

 2頭身の"マーニャ"がレンを見つめる。

 

「隠れておけば、こうして消滅させられることはなかったのに……なんで、わざわざ接触してきたのか、不思議に思って」

 

 イーズ人が絡むことだったから、調査すればすぐに"魔王"の存在が明るみに出たかもしれないが……。

 

『暇だったんじゃない? それか、寂しかったとか?』

 

「そんなことで?」

 

『あら、思念体にとっては、わりと重大な理由になるわよ?』

 

 "マーニャ"が微笑を浮かべた。

 

「そうなんですか?」

 

『退屈はエネルギーの減退を加速させるのよ!』

 

「そういうものですか」

 

 レンは首を捻った。

 

 その時、

 

『転移スキルの再使用が可能になりました』

 

 視界に、補助脳からのメッセージが浮かんだ。

 

 

 

 

======

 

"魔王"G4に、完勝した!

 

レンには"魔王"G4の行動原理が分からない!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る