第212話 吠えろ闘魂


『選択の時間よ!』

 

 "マーニャ"が等身大になって目の前に現れた。

 

(……あれ?)

 

 レンは慌てて自分の体を見回した。

 

 いつの間にか、元の姿……マイマイの戦闘服を着た姿になっている。

 

『自分がどう見えているの? 機人ではないでしょう?』

 

 "マーニャ"が小首を傾げた。

 

「はい。生身……というか、元の体です」

 

 レンは、周囲に視線を巡らせた。

 

 どこともしれない闇の中である。

 詳しいことは分からない。ただ、人間が生きていられる環境では無いことだけは確かだった。

 

『中から精神に干渉してきているのよ。完全には封じられなかったわ』

 

 "マーニャ"が虫籠を持ち上げて見せた。

 

「中の"迷惑ちゃん"……コンヴィクタが?」

 

『マイチャイルドのために空間を隔絶させているのだけれど……そのために、私はかなりの力を注ぎ続けないといけないわ。正直に言うと、ここまで負荷が大きいとは思わなかったの。ちょっと誤算だったわ!』

 

 レンを生存させるために"マーニャ"が生み出した空間は、レンの初撃で防護体を失った"迷惑ちゃんコンヴィクタ"にとってのエスケープゾーンとなった。だからこそ、捕らえることに成功したのだが……。

 

『選択してちょうだい!』

 

 "マーニャ"が虫籠を突き出した。

 

「選択?」

 

 何を選べと言うのだろう?

 

『選択肢の一つは、こいつをこのまま外に放り出すことね』

 

「……隔絶した空間の外に?」

 

 それで片が付くなら良さそうだが……。

 

『コンヴィクタという存在の全てが分かっているわけではないの。私が把握しているだけの能力なら、外の空間で生き残ることはできないわ。空間の歪みに耐えきれずに消滅するはずよ』

 

「生き延びる可能性もある?」

 

 確実に消滅させられると言い切れないということか。

 

『もしかしたら、あっさりと消えて無くなるかもしれないわ。ただし、解放してから、もう一回捕まえるのは不可能でしょう』

 

「二つ目の選択肢は?」

 

『マイチャイルドが直接退治することよ』

 

「それは……ここで?」

 

 レンは闇を見回した。

 

『違うわ。この中よ。万が一にも逃すわけにはいけないでしょう?』

 

 "マーニャ"が手に提げた虫籠を揺らして見せる。

 

「虫籠で……それに僕が入るんですか?」

 

 レンは、"マーニャ"が持っている虫籠をまじまじと見つめた。

 

『思念体になれば入ることができるのよ』

 

「思念体?」

 

 "マーニャ"のような存在になれというのだろうか?

 

『そういうことよ』

 

 "マーニャ"が笑みを浮かべる。

 

『入れ籠というの? 閉鎖空間を重ねた正六面体なのだけれど、思念体にとっては形や広さは意味を成さないわ』

 

「思念体って……どうやって戦うんですか?」

 

 物に触れられない状態で、何をどうやって戦うのだろう?

 

『思念のぶつかり合いになるわ。その辺はコンヴィクタの方がベテラン? 先輩だから、マイチャイルドが苦しむような幻影を見せたり……揺さぶりをかけてくるでしょうね』

 

「面倒臭そうですね」

 

 不利な戦場にわざわざ飛び込むわけにはいかない。

 そんな危険を冒すくらいなら、虫籠ごと外へ放り出してしまった方がいい。

 

『虫籠はコンヴィクタの能力を大きく減衰させているわ。マイチャイルドの存在格の方が勝っているから、あいつが何をしてきても、気持ちが負けなければ最終的には勝てるはずよ』

 

「そうなんですか?」

 

 レンは虫籠を見た。

 

『コンヴィクタ自体は戦う能力を有していないから、マイチャイルドの記憶を読み取って、勝算が高い状況を作り出そうとしてくるでしょう』

 

「僕の記憶を?」

 

 レンは顔をしかめた。

 

『マイチャイルドの敗北の記憶……何かに殺されかけた記憶……そういうのを見つけて動揺を誘ったり、感情を揺さぶって綻びというの? つけいる隙を生み出そうと画策してくる。思念体の戦いとはそういうものよ』

 

「敗北と言われても……」

 

 死にかけたことは何度もある。ただ、負けた記憶は無い。

 当たり前だ。負ければ死ぬ。そういう戦いばかりだった。

 

 勝てない相手といえば、初めて渡界した時に遭遇した赤い巨鳥だろうか?

 

(あれが出てくる?)

 

 機人化すれば問題無く勝てるだろうが、生身で戦うのは厳しい。

 

「渡界前の記憶は、演習事故……後は病院くらいです」

 

『私の籠の中では、コンヴィクタは自らが想いを描くことはできないわ。どうしても、誰かの記憶……イメージを借りることになるから、やっぱりマイチャイルドの記憶を漁ると思うのだけれど』

 

 "マーニャ"が呟く。

 

「よく分かりませんが……僕が有利なんですね?」

 

『極端な言い方をすると、コンヴィクタが見せる幻影に勝てなくても、マイチャイルドが動揺して負けを受け入れなければ勝ちなのよ』

 

 泰然自若としていることで、コンヴィクタは力を削がれ続け、その内に力尽きて幻影が消え去るらしい。

 その時がくるまで耐え続けるか、幻影として現れたものを打ち倒せばレンの勝ちになる。そういう戦いらしい。

 

「僕の方が受け身なんですか? できれば、先制して押し切りたいんですけど?」

 

 ここまで追い込んでおいて、どうして相手のルールで戦わなければならないのだろう?

 

『そうできれば良いのだけれど……能力的には、マイチャイルドが上でも、思念体としてイメージ……記憶から生み出したり、状況を作り出すことは相手の方が上手よ。どうしても、向こうが用意した幻影空間で戦うことになると思うわ』

 

「う~ん……」

 

 レンは、小さく唸りながら考え込んだ。

 

『どうする? やっぱり外に捨てちゃおうか? 案外、あっさりと消滅するかもしれないわ』

 

「コンヴィクタが……仮に生き延びたら、いつか脅威になるんですよね?」

 

『再生に時間が掛かるけれど、それでも……かならず同じことをやってくるでしょう。もう、幾度となく繰り返していることだから』

 

 "マーニャ"が苦笑を浮かべる。

 

「なんとなく……僕が生きている間とかではなさそうですね」

 

『そうね。数百年以上先のことになるわ。マイチャイルドには関係が無い……かもしれないわね』

 

 "マーニャ"が頷いた。

 

「……ナンシーさんはコンヴィクタを仕留めきれなかったんですね」

 

『ええ……撃退には成功したけれど、コンヴィクタには逃げられたようね』

 

「ここでなら……」

 

 レンは虫籠へ目を向けた。

 ほんの微かなものだが、レンに何かが触れているようだった。

 

『感じる? あいつが、マイチャイルドの思念を探っているの』

 

「……はい」

 

 レンは頷いた。

 

 わざわざ危険を冒さなくても、外の空間に放り出すだけで消滅するかもしれない。

 だが、もし消滅を免れて生き延びてしまうと、いつか地球やゾーンダルクに大きな災いをもたらすことになる。

 その時、今のレンのように、打ち勝てる力を持った者がいればいいが……。

 

(まあ……今更か)

 

 レンは大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した。

 

 何のために宇宙の果てまでやって来たのか。

 "迷惑ちゃん"を消滅させるために来たのだ。

 

(ここまできて、仕留めなかったら駄目だろう)

 

 もしかしたら冒す必要が無い危険かもしれない。だが、自分の手でコンヴィクタという存在を仕留めるまたとない好機でもある。

 

(ここまで、上手くいきすぎたんだ)

 

 だから、帰ることに意識が向いてしまった。

 

『マイチャイルド?』

 

「可能性をゼロにします」

 

 レンは自分の体を見た。

 

 何かが纏わり付くように体を触っていたが、目では捉えられないようだった。

 

『そうね。このまま帰ったら、目玉の無いダルマになってしまうわ。貴方の決断を支持します!』

 

 "マーニャ"が目が空白のダルマを出現させた。

 

「……なんですか、それ?」

 

『最後の仕上げを失敗すると、全てが台無しになるということよ!』

 

「……ダルマは違うんじゃないかな?」

 

 レンは首を傾げた。

 

『そうなの?』

 

 "マーニャ"がダルマを放り捨てた。

 

「僕が負けた場合の処置は?」

 

『虫籠ごと外へ投げ捨てるわ。にょろにょろ何か出てくるし、このままじゃ気持ち悪いもの』

 

「そうして下さい」

 

 レンの口元に笑みが浮かぶ。

 

『帰るまでが遠足よ! 私は貴方に住んでいるんだからね!』

 

「勝つつもりです」

 

『気合いが足りないっ! 絶対勝つのよ! 吠えろ闘魂よ! ネバーギブアップ! 死んでも立ちあがるのよ!』

 

 そう言った"マーニャ"の手にラケットが現れた。 

 大きくラケットを振りかぶった"マーニャ"が、渾身の力で振り下ろした。

 

 

 

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"迷惑ちゃん"を確実に仕留めるために、虫籠に入ることになった!

 

勇者レンは、ハエ叩きで殴られた!

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