第44話 腑分け

「レンさん」


 声をかけられて視線を巡らせると、ユキがマキシスを伴って艦首方向から近付いて来た。


「艦橋から侵入してきたのは、ゴブリン・トルーパー2体とレイス1体でした」


「こっちは、トルーパー5、レイス1が来た。こいつは厄介だったね」


 レンは、足下に転がっているゴブリン・レイスの死体を見下ろした。レンが撃った銃弾が背から胸と腹部へ抜け、傷口から紫色の液体を流している。


「いきなり消えて、別のところに現れて……追い詰めるのに苦労しました」


「あれも魔法なのかな? 結構、危なかった」


 レンは、HK417の銃口で楕円形の頭部を小突いてみた。見た目よりは素材が柔らかく、頭部は軽く押すだけで動かすことができた。ゴムタイヤを突いたような感触である。


「魔法陣を設置しない転移……それも連続して行うというのは、かなりの練達者でなければできない術です。そんな術者が2匹もいるとは思えません」


 そう言いながら、マキシスがゴブリン・レイスの傍らに膝を突いた。

 何をするつもりかと見ていると、フルフェイスヘルメットのようなゴブリンの頭部を抱えて頭の後ろを摩り、首の付け根辺りを指で探り始めた。


(このゴブリンのナノマテリアル反応は?)


『微量です』


(……そうなんだ)


 補助脳の反応が素っ気ない感じだ。あまり質の良いナノマテルアルでは無いのだろう。


「魔導器が埋設されていますね」


 マキシスが呟いた。


「魔導器ですか?」


 レンはマキシスの手元を覗き込んだ。


「取り出して調べないと断言はできませんが、おそらく短距離転移に特化した魔導器でしょう。この頭部は、魔力を貯めるための容器を兼ねています。ユキさんから聞いた話では、転移を5回行って以降、消えることができなくなったそうです。魔導器を調べれば、おおよその能力が把握できます」


「腑分けするんですか?」


 レンはマキシスを見た。


「安定して転移を成功させる魔導器は調べておくべきです。この型の兵士は、外殻の内側に防腐処理された体組織が入っているだけです。人に似せた外見ですが、中身は虫に近い構造をしていますから……」


 マキシスがゴブリンの頭部を抱えて捻ると、レンの方に後頭部を向けた。なぞるように指を滑らせた場所に、薄らと継ぎ目のような筋が見える。


「この下に頭殻を密閉するための魔導具があります」


「……分かりました」


 レンは、吊っていたナイフを抜いてマキシスが指さした位置へ切っ先を当てた。分厚いゴムを突き刺すような抵抗が手元に返るが、そのまま体重を乗せて押し込んでいった。


(う……?)


 3センチほど押し込んだところで、固い金属のような物に切っ先が当たる。


「ナイフの先が何かに当たりました」


 レンが感触を伝えると、マキシスが指を伸ばしてレンのナイフに触れた。そのまま眼を閉じて俯く。


「外殻の形状を記憶し、復元するための魔導具です。外殻の脱着時に特定の魔力を与えることで作動しますが……ゴブリンを統括している者の魔力が登録してあるのでしょう。私の魔力を受け付けませんね」


「破壊しますか?」


「はい」


 マキシスの返事を待って、レンはわずかにナイフを引いてから鋭く突き入れた。勢い余って深く突き入れ過ぎないよう、切っ先を数センチ動かしただけで止める。小突くように何度か繰り返して穴を開けようと思ったのだが……。


(あれ?)


 硬質な手応えと共に、あっさりとナイフの先が貫通していた。



 フシュゥゥゥ……



 気体が漏れ出る音と共に、ヘルメットのようなゴブリンの後頭部が継ぎ目に沿って左右に開いた。


『気化した体液です。毒性は微少です』


 補助脳のメッセージが視界に浮かぶ。


(臭い……腐った卵みたいだ)


 レンは悪臭に顔を歪めつつ、傍らのマキシスに眼を向けた。


「器官を衝撃から守るためのものです。害は無いはずです」


 そう言いながら、マキシスが割れた後頭部を覗き込んだ。


「中心体に、触角葉……視葉の数が異常に多いですね」


 呟くようなマキシスの声を聞きながら、レンはゴブリンの頭の中を見つめていた。

 明らかに人間の頭部とは異なる。大きなヘルメットのような物は、小さな脳と無数の視葉が詰まった容器だった。


(……これだけ、金属?)


 レンは、束になっている糸状の組織をナイフの先で触った。


「造作された中枢神経の管です。色々と取り除かれていますが……このゴブリンの母胎は蠅でしょう」


「ハエ? あの、飛び回る蠅ですか?」


 レンは、マキシスの顔をまじまじと見つめた。


「デシルーダ兵の大半は、虫の体組織を培養して、こういう外殻を取り付けた化け物です」


「……これが兵士? こんなのがいっぱいいるんですか?」


「はい。その数は、数百万とも数千万とも言われています」


「数千ですか」


 魔導銃を手に押し寄せてくるだけなら対処できそうだが、大型の戦闘艇に乗られると厳しい数だ。大型の銃しか使用できないゾーンダルクでは、白兵戦の方が分が良い。


「そのメタイム製の神経管を辿った先に、短距離転移の魔導器が埋設されているはずです」


「これの先……」


 レンは、ナイフの切っ先で持ち上げている金属の細管の先を見た。

 組織の束が頭部を支える首へ向かって集まっている。

 その下は、胸部だ。


「胸殻は、襟の少し下に脱着のための魔導具があるはずです。少し開いた後、筋肉の付着点を切断しなければ開閉できません」


「……そうですか」


 レンは、そっと嘆息を漏らした。

 とても気分が沈む作業だった。腐敗臭が鼻孔に押し寄せる中、外骨格のようになっているという外殻の接合部を探り、ナイフで割って開いた隙間に手を入れて……。


(これの構造分かる?)


『現在、収集した情報の精査中です』


(外殻の内側を引っ張る筋肉を切り離したいんだけど)


『透過処理を行いますか?』


(できるの!?)


『手を入れている周囲についての情報処理が完了しました』


(……すぐやって)


 ナイフを握る手に、湿った何かが触れている。非常に気持ち悪い。


『胸部の透過処理を行います』


 補助脳のメッセージと共に、ゴブリン・レイスの胸部が内部まで透けて見えるようになった。胸殻越しに、レンの手や握っているナイフが見える。


(カラーやめて……白黒にならない?)


『モノクロ表示にします』


 生々しい色が消え、モノクロ表示になった。


(付着した筋肉って、これか?)


 袋状の組織が胸殻の内側に付いている。見える範囲で、8箇所もあった。


「切れそうですか?」


 マキシスが訊いてきた。


(別の意味でキレそうです)


 胸内でぼやきながら、レンは押し込んだ手を捻ってナイフを細かく動かして筋肉を切っていった。


 すべての作業を終え、マキシスが探している転移の魔導器を取り出したのは、作業開始から50分が経過していた。


「これが短距離転移の魔導器ですね。そして、位置を定めるための装置……これはマノントリに似ています。こんな物を内包していたとは……」


 マキシスが興奮気味に唸っているのを横目に、レンは水を溜めたバケツで手を洗っていた。


「お疲れ様でした」


 少し離れた場所からユキが労いの声を掛けてくる。


「……まだ臭う」


 手はしっかり洗ったのだが、鼻孔にこびりついているのだろう。

 レンは手の臭いを嗅ぎつつ、【コス・ドール】を使って衣服を換装し、装備一式をランドリーボックスに放り込んだ。


「防護服が要りますね」


「そうだね」


 レンは、取り出した魔導器を調べているマキシスから離れてユキの方へ行った。


(……こっちは臭わない)


 船の進行方向へ立ち位置を変えるだけで、周りから腐敗臭が消えた。

 レンは横目でユキを見た。


「風上に居ると臭いません」


 視線に気付いたユキが涼しい顔で言う。


「……そうだね」


 レンは、大きな溜息を吐いた。


 その時、


『高濃度ナノマテリアル反応です』


 視界に、補助脳のメッセージが浮かんだ。


(また、ゴブリン?)


 レンは、HK417を手に上空を振り仰いだ。


「レンさん?」


 ユキも空を見上げる。


『海中から大型の個体が浮上して来ます』


 視界に表示されているメッセージが、白色からオレンジ色へ変じた。







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レンは、ゴブリン・レイスの腑分けを行った!


海中から何かが接近してきた!

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