第72話 報告書
第九号島に清水が湧き出る <泉> ができた。
補助脳の探知情報によると、魔素をマテリアル化し、水素と酸素を生成してから、水を生産する装置が地下に出現したらしい。
続いて、<農地> を作った。
場所の指定は、島内マップからの選択式になっていた。耕作位置と範囲を指定するだけで、固い岩盤が耕された土に変化した。
<農地> を生成すると、"鶏卵"の創作メニューに <果樹園:白銀級> <農園:白銀級> というメニューが出現した。<資源インゴット> に余裕があるので創作してみると、<作物指定> というサブメニューが現れ、野菜や果物だろう名称がずらりと並ぶリストが現れた。
ミルゼッタやマキシスと相談しながら作物を決定すると、<果樹園> と<農園> に亡霊の集団が現れて作業を開始した。
「亡霊島ね」
キララが素直な感想を呟いた。地表の農作業者だけでなく、地下街の住人も"亡霊"である。
<農地> の次に、<居留地> を創った。
<居留地> は、地下街の西端から岩盤をくり抜いて伸びた隧道の先に位置し、第九号島の西側に突き出した突起状の岩上に造られた。岩の上は平らに整形され、箱形の建屋が並んでいるが、排水処理の施設があるだけで給水設備は無い。なんとも殺風景な<居留地> には、浮遊桟橋が突き出しただけの外来者用の<港> が併設されている。
レン達の感覚からするとやり過ぎな感じがしたが、この程度の隔離は常識らしい。
「どこの島も、港は柵や塀で囲まれているわ。土や水を盗もうとする連中が紛れるから」
わずかな水や土が原因で凄惨な流血沙汰が起こった過去があり、ほとんどの浮遊島が、外来者用の港湾区画を定めて厳重に警備しているらしい。
「まあ、島外からの訪問者なんて滅多に来ないんだけどね」
ミルゼッタが苦笑する。
<商業ギルド> は、<居留地> から第九号島の地下街に入った場所に設置された。赤茶けたレンガ造りの三階建ての建物だった。
<島主の館> は、"鶏卵"がある管理エリアへ降りるための昇降機を飲み込む形で建っていた。こちらは、乳白色をした方形板状の建物だった。地下街の天井近くまで聳えていて、遠目には何かのモニュメントのようである。
そして、<ポータルゲート> は、<島主の館> の屋上に設置されていた。
「行き先が未登録になってるぜ」
「このまま使用したら、どうなったんだろう?」
「ランダムジャンプかもぉ?」
<ポータルゲート> を調べたケイン達が顔を見合わせている。
「とりあえず、マーニャ先生の調査を待つしかねぇな」
ケインが溜息を吐いた。
新しく設置された設備を見て回る一方で、マーニャに頼んでスキルや第九号島の設備を調査してもらっていた。
「ひっどい罠スキルだったからねぇ」
祝符"ガチャ"で与えられたスキルが酷かった。使用に際してリスクを伴うものばかりで、気付かずに使用し続けると、当人が知らぬ間に自我を失う可能性すらあったのだ。
「"使徒ちゃん"のスキルは……まあ、そこまで悪質じゃ無かったのよね。パワーヒットなんかは、うっかり使うと手が吹き飛んじゃいそうだけど……」
「ボードのスキルも問題なっし!」
「……となると、あのガチャ神だな」
「"使徒ちゃん"は運営スタッフだと自称してたし……ガチャ神は別口よね」
「創造神はどうなのぉ?」
「あれは、"使徒ちゃん"の上役じゃねぇか?」
「でも、マーニャさんの情報通りなら、どっちもゾーンダルクなのよね」
「そうだねぇ~……ミックス思念体だもんねぇ」
腕組みをしたマイマイが唸る。
「ゲートから海に落としたのも、別の奴が介入しやがったのか?」
「どうかな……何をするにしろ、相手がバラバラに思考してるってのはやりにくいわね」
キララが思案顔で呟く。
「ガチャ神みたいなのが、他にもいっぱい出てくるかもねぇ~」
「勘弁してくれ」
ケインが苦い顔で、後ろに控えているレンを振り返った。
「レン君、マーニャ先生から連絡はねぇか?」
「まだです」
レンは首を振った。
「でも……半分くらい終わったみたいです」
レンの視界に、円グラフのような作業ゲージが表示されている。ゲージの横で、2頭身のデフォルメキャラになった"マーニャ"がねじり鉢巻きでつるはしを振っていた。
リリリン……
不意に、着信音が鳴った。
「メールみたいです」
レンはボードメニューから着信一覧を表示し、未読メールを指でタップした。
『防空隊から、お手紙ですぅ~』
のんびりとした声と共に、ピンク色の髪をしたピクシーが現れた。
「防空隊?」
レンは、視界右隅に表示されている補助脳の探知情報に目を向けた。
これといって変化は見られない。
『お返事、書きますかぁ~?』
「ちょっと待って」
レンは、ピクシーから小さな封書を受け取った。途端、目の前に大きく紙面が拡がって文字が浮かび上がる。
(これ……報告書? 挨拶か)
文面は、新設された<防空隊> が防空任務に就いたことを報告する内容になっていた。
「だれからぁ?」
マイマイが側に来る。
「島の防空隊からでした。任務に就いたそうです」
レンは手紙の内容を伝えた。
「うわぁ、なんか本格的なのねぇ~」
「差出人は、第九号島領空防衛団、団長ダルフォスとなっています。これ……誰なんでしょう?」
「防空隊の人じゃないのぉ? ダルフォスさん?」
「亡霊とは別でしょうか?」
「う~ん……」
「どうした?」
「誰からだったの?」
ケインとキララが来た。
「ダルフォスさん」
マイマイが笑う。
「誰それ?」
キララが訊ねた。
「この島の防空隊に着任したという……報告書でした」
レンはもう一度文面に目を通してからメールを閉じた。
『お返事、書きますかぁ~?』
ふわふわと空中で待機していたピクシーが降りてきた。
「ああ……」
レンは、"ダルフォスの着任を歓迎する"とだけ書いた。
『お預かりしましたぁ~』
満足げな声を残して、ピクシーが消えていった。
「そのダルフォスさんも亡霊なの?」
キララが疑問を口にする。
「会いに行ってみるぅ?」
「ちょっと待て!」
歩きだそうとするマイマイの襟首をケインが掴んだ。
「なによぉ?」
「その前に島内調査だろ? まだ、回ってない場所があるんだぞ?」
「……そうだった! ダルフォスさんは後回しだねぇ」
「あの……」
レンは、ケイン達に声を掛けた。
「なぁに?」
「マーニャの作業が終わりそうです」
作業進捗ゲージがMAXに近づいていた。目視で、1ミリほど残っている。
「おおぉ~」
「思ったより早かったな」
「この世界の攻略法が分かると良いんだけど」
「下に降りて、マキシスさんやミルゼッタさんと合流しませんか?」
ユキがアイミッタ達と一緒に下の階で待っている。全員が居る場で、マーニャから話をしてもらいたい。
「そうね。下に降りようか」
「現地の人間も当事者だからな」
「ごぉ~ごぉ~」
3人に押されるようにして昇降機に乗り込み、一気に1階まで降りる。
昇降機から出ると、館内を見回っていたユキ達が玄関前のロビーで談笑していた。興奮した様子のアイミッタが母親を相手に何やら話している。
「どうでした?」
ユキが近づいてきた。
「ポータルゲートは目的地が未登録になってた。どこに飛ばされるか分からないみたい」
「そうですか。あれも罠でしょうか?」
「単に未設定なだけかも? まあ、もうすぐマーニャが帰ってくるから訊いてみよう」
レンは、マーニャの作業が終わりそうだと伝えた。
すでに、マキシスやミルゼッタ、アイミッタの3人にもマーニャのことは教えてある。
「なんか、ドキドキするわね」
キララが落ち着かない様子でレンの顔を見る。
「まあ……この世の終わりのような調査結果を聞かされそうだからな」
「なるようになるわよぉ~」
マイマイが余裕の笑みを浮かべる。
「そんなに悪いのかい? この……ここの世界って」
ミルゼッタが不安そうに訊いてくる。それでなくても、自分達の世界が魔導装置で創られたものだと聞かされて動揺しているのだ。
「危ないのは私達の世界の方よ」
キララ達の予想通りなら、ゾーンダルクを構成する思念体の幾つかは地球を侵略しようとしている。
マーニャの予想では、ゾーンダルクという思念の集合体には、地球と遊ぼうとしている思念グループと侵略しようとしている思念グループ、それに傍観しているグループが存在する。
近い将来、レン達がゾーンダルクと呼んでいた創られた世界を媒体にして、地球に本格的に侵攻してくる可能性が高い。
大氾濫などというゲームじみたイベントなど必要ない。
銃器を所持した万単位の軍兵を"鏡"から放出されるだけで、地球側は大惨事になる。数日で、いくつかの国家が主権を失う事態に陥るだろう。
試練の空間でレンが遭遇したようなモンスターの大群が押し寄せれば、軍事力のある大国でも防衛できずに崩壊してしまう。
さらに、浮動艦や浮遊島などがゾーンダルクの勢力として出現する可能性もある。一隻一隻に対処することは難しくない。実弾は十分に通用するし、渡界で持ち込めない強力な兵器はいくらでもある。地球側での戦闘は、地球人の方が優勢になるはずだ。
だが、"鏡"を破壊できない以上、それらの戦闘の全ては、常に国土の中で行われるのだ。
"鏡"という転移装置から、いつ出現するのか分からないゾーンダルクの軍勢との戦闘は、戦火による傷跡だけでなく、精神的にも人間社会を圧迫し続ける。物流が途絶え、経済活動が機能しなくなったら、いくつの近代国家が残るだろう?
ゾーンダルク側は軍兵を生成して"鏡"から送り込み続け、地球側だけがじわじわと疲弊し続けることになる。
「実際、詰んでるわね」
「どこまでいっても、あいつらのゲーム盤の上だからな。あいつらは、不利になればルールを変えちまえばいいんだ。どうやっても勝てねぇよ」
ケインが吐き捨てるように言う。
「……そのゾーンダルクというのは、やっつけられないのかい?」
ミルゼッタが訊ねた。
その時、レンの視界に表示されていた作業進捗ゲージがMAXになって点滅した。
リリリン……
着信音が鳴るのを待って、レンはボードを開いた。
『ハロ~、マイチャイルド!』
元気な声と共に、白衣姿のマーニャが現れた。両手を腰に当てて、笑顔を浮かべて全員の顔を見回す。
『元気にしていましたか?』
「はい。島を見て回っていたところです」
レンは<ポータルゲート> の行き先が未登録だったことなどを伝えた。
『そうね。そういう細かなところも修正しないと駄目ね。でも、まずは依頼された調査事項について話しましょうか』
マーニャが腕組みをしてレンの顔の高さに降りてきた。
「よろしく、お願いします」
レンはマーニャに向かって頭を下げた。
「お願いします」
横で、ユキやケイン達も一緒になって頭を下げていた。
習慣が異なるマキシスやミルゼッタ達は戸惑ったように顔を見合わせている。
『話すと長くなるから、箇条書きにした簡易報告書をメールで送るわ。まずは、読んで頂戴!』
マーニャが指をくるくると回して、勢いよく振り下ろした。
ほぼ同時に、着信音が鳴った。
『マーニャさんから、お手紙ですぅ~』
ピンクの髪をしたピクシーが封書を持って現れた。ユキやケイン、マイマイやキララの前にも、それぞれのピクシーが浮かんで手紙を差し出している。
『お返事を書きますかぁ~?』
「いや、本人が居るから直接話すよ」
『それでは失礼しますぅ~』
ピクシーがお辞儀をして消えていった。
******
①思念体ゾーンダルク
・現在参加している思念体は、5グループ(グループ=G)。
> G1:地球産のゲームを物質化し、地球人を招いて遊びたい。
> G2:地球人を招かず、閉じた世界として観賞物にしたい。
> G3:別世界の文明同士を戦わせたい。
> G4:他の思念体が楽しんでいることが気に入らない。
> G5:他の思念体の動向に興味が無い。
②物質世界ゾーンダルク
・TLGナイトメアを基に構築されたが、途中から他のゲームを持ち込んで改変を繰り返したため収拾が付かなくなり、多くの矛盾と不具合を抱えたまま放置されている。
・直近3ヶ月間、不具合解消に着手した痕跡は見られない。
・神々の大地は、G1の創作物。
・神々の太海は、G1の創作物。
・浮遊島は、G2の創作物。
・"鏡"は、G1の創作物。
・ステーションは、G1の創作物。
・ステーションと神々の大地を繋げるゲートは、G1の創作物。
・浮遊島のポータルゲートは、G2の創作物。
・ファゼルダは、G3の創作物。
・デシルーダは、G4の創作物。
③渡界人に与えられたスキル
・ボードメニューは、G1の創作物。
・"使徒ちゃん"のイベントで手に入ったスキルは、G1の創作物。
・祝符で手に入ったスキルやアイテムは、G2の創作物。
・どのスキルも、G4による悪意ある改変を疑う必要がある。
④所感
G1が先行して世界の構築を行ったが、G2が勝手に入り込んでスタンドアローン化を企み、G3が"鏡"を利用した他世界侵攻を企て、G4が創造物の改変や破壊を行っている。G5は不干渉といいながら、物質世界内に滞在しているようだ。
魔導装置によって物質化された世界であるため、改変にはかなりの制限がかかり、抜本的な変更を行えば物質世界そのものを崩壊させる可能性が高いと思われる。
******
場が静寂に包まれた。
レン達、渡界人達が沈黙し、マキシスとミルゼッタが見守る。その様子を、幼いアイミッタが不安げに見上げていた。
プシュッ……
不意に、小さな音が鳴った。
続いて……。
プシュッ! プシュッ!
連続して同じ音が鳴った。
マイマイ、キララ、ケインが、"報告書"を読みながらビールを飲み始めた。
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第九号島に様々な施設が追加された!
マーニャの報告書が配布された!
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