第24話 アグレッサー


「……了解」


 無線でやり取りしていた伊藤がレンを見た。


「"鏡"からモンスターが出ました」


「銃声がしませんでしたけど?」


 レンは、地面に片膝をついて、右手側の斜面を見つめていた。補助脳が探知情報を視界に表示している。義眼から肉眼になっても、問題なく情報を表示できていた。


「煙幕のような霧に包まれて、視界を奪われたと言っています。富士の"鏡"では初めての事態です」


 伊藤が答えた時、上の方で銃声が鳴り始めた。陣地で見かけた重機関銃の音ではない。軽快な小銃音だった。


「……ゴブリンのガンナータイプが8体です。処理は上の部隊に任せて、我々は下山を継続しましょう」


「伊藤さん」


「はい?」


「モンスターを発見しました」


 レンは、64式小銃を構えた。


「えっ? どこに!?」


 反応よく、伊藤が担いでいた小銃を手に身を屈めて、レンの銃口の先へ眼を凝らす。


「大型の狙撃銃で、頂上方面に狙いをつけています」


 あれを撃たせるわけにはいかない。



- 344.2m



 レンの視界に、怪異な姿をしたモンスターが映っていた。


(あれが、ゴブリン? 資料とは姿も大きさも違うじゃないか)


 手足の長い猿に似た姿だが、体毛はなく、灰褐色の肌色をしていた。尻から蜥蜴のような鱗のある長い尾が生えている。体は、つるりとしたプラスチックのような質感で、生殖器らしきものはない。装備らしい物は、ロードバイクのエアロヘルメットのような頭部と、両手に抱えている長大な銃だけだった。ヘルメットに隠れて顔はよく見えない。


(性別がない生き物なのか? というか、生物? ロボット?)


 レンの視界には、▽ マークが対象の胴体中央に点り、視界中央には[+]が表示されていた。補助脳が弾道予測をした照準である。撃てば当たるはずだ。


(あいつは、まだ、こっちに気付いていない)


 レンは、静かに引き金を絞った。



 ダァン!



 床尾板が肩に食い込み、わずかに視界が揺れる。


『命中しました』


(……火花が見えた。皮膚が硬いのか?)


 レンは、射撃モードを"レ"に変えながら走った。モンスターの脇腹辺りに命中したが、弾かれたようだった。


『ポインターが照射されました』


(えっ……)


 ぎょっとしながら、レンは咄嗟の判断で真横へ身を捻って転がった。

 直後、腹腔に響く銃声が響き渡った。前方のモンスターが構えている銃が、白煙を噴いて跳ね上がっている。


『回避成功です』


(ポインターって、レーザーポインター? モンスターがそんなの使ってるのか?)


 レンは跳ね起きて走り始めた。モンスターが持っているのは狙撃用の銃に見える。距離を詰めて狙撃の余裕を与えないようにしなければいけない。


『レーザーではありません。肉眼では不可視の射線を引いています』


(それも、なんとかマテリアル?)


『ナノマテリアルではなく、魔素子によるエネルギー通路の構築です』


(まそし? また、不思議エネルギーか)



- 276.6m



 レンは距離を詰めながら、64式小銃を連射した。

 立ち上がったモンスターは、身長が3メートル近かった。その割に胴体が細く、手足と尾が長い。レンが撃った銃弾はモンスターの灰褐色の肌に弾かれて地面に転がっていた。


『ナノマテリアル量が微減しました』


(少しは効いてる?)


 斜面下側へ回りながら、レンは銃撃を加えた。全部が弾かれるのではなく、何発かは徹ったようだ。


「新顔が1体! 大型種! 狙撃タイプだ! 現在、探索士レンが交戦中!」


 伊藤が無線に向かって怒鳴りながら、レンから横に離れた位置で小銃を撃ち始めた。型式は知らないが、レンの64式より一回り小さく扱いやすそうな銃だった。


『ポインターが照射されました』


 メッセージと共に、レンは真横へ大きく位置を変えた。

 先ほど同様、轟音と共にモンスターが抱え持つ銃から銃弾が放たれ肩を掠めて過ぎた。


(位置を変えない? 動けないのか?)


 モンスターは移動せずに、その場でレンを狙い撃とうとしていた。一方、レンの銃撃はほぼ全弾が命中し、少しずつ貫通弾が増えている。伊藤の射撃も痛撃を与えつつあった。このまま時間をかければ斃せそうだ。


『ポインターが照射されました』


 メッセージと同時に、レンは地面に転がって伏せた。

 大きな銃声が轟き、かなり離れた場所で土煙が上がったようだった。


(正確に狙えてないな?)


 モンスターの体に大きな銃創は見当たらないが、それなりに弱っているだろう。

 相手が狙撃銃を扱えないなら、これ以上近づく必要はない。レンは距離を保って銃撃を繰り返すことにした。

 モンスターが銃を向けようとするが、素早く移動して狙いをつけさせない。


(なんか、妙だ)


 レンは内心で首を傾げていた。

 狙撃タイプの銃を持っているからといって、いちいち正確な狙いをつけて撃つ必要はない。銃口を向けて撃つだけで、こちらに対する牽制になるのに……。


(それしか知らない……できないのか?)


 モンスターの単調な行動を不審に思いつつ、レンは弾倉に残っている銃弾を全て撃ち切った。


『金属反応が多数接近してきます』


 メッセージが浮かんで消える。

 レンは、モンスターめがけて銃撃を加えつつ、横目で山の斜面を見た。砂埃を上げながら、山肌を滑るようにして野戦服姿の自衛隊員が降りて来ていた。

 上に湧いた8体のモンスターを仕留め終えたらしい。


「後は任せます!」


 横で撃っている伊藤に声をかけて、レンはモンスターから離れた。

 上から下りて来た自衛隊員の銃撃が始まった。もう、モンスターが斃れるのは時間の問題だろう。


『別のナノマテリアル反応を感知しました』


 メッセージが浮かんだ。


(どこ?)


 レンは、空になった弾倉を防弾チョッキの弾倉ポーチに収めながら周囲を見回した。


『マーカー表示します』



- 211.4m



(……あそこか)


 斜面を下った場所に小柄なモンスターがもう一体潜んでいた。

 レンは替えの弾倉を挿して初弾を装填すると、地面に片膝をついて64式小銃を構えて引き金を絞った。

 何も居なかったはずの場所に着弾し、小柄なモンスターが姿を現した。

 身長は1メートルほど。資料にあったゴブリン型のモンスターだ。先ほどの大型モンスターと同じく、つるりとしたプラスチックのような肌身をしていて、こちらも雌雄を表すような部位はない。頭部はフルフェイスのヘルメットのような形状で、鼻や耳、口などがなかった。顔に当たる部分の中央に、大きな眼のような物がついている。


(あれが、ゴブリンなのか)


『何らかの擬態技術によって隠れていたようです』


(あいつ、何をしている?)


 倒れたゴブリンが、レンの方へ手を伸ばしている。


『魔素子が凝縮しています』


(まそ……不思議エネルギー?)


 レンが顔をしかめた瞬間、衝撃が襟元で弾けた。いきなりの衝撃に上体を揺らされ、レンは大きく姿勢を乱して地面に尻餅をついた。


(撃たれた!?)


 銃声は聞こえず、発射炎も白煙も見えなかった。首周りに軽い痛みはあるが、失血している感じはしない。

 レンは尻を地面につけたまま64式小銃を構えて狙い撃った。今度は、ゴブリンが仰け反って地面に転がった。

 レンが放った銃弾が、ゴブリンの単眼を撃ち抜いている。

 さらに、1発、2発と撃ち込んでから、レンは立ち上がって自分の襟元を見た。

 防弾チョッキの襟を鏃のような金属の棒が貫いている。ぎりぎりのところで、首には当たらなかったようだが……。


(重くても、チョッキを着てて良かった)


 単眼のゴブリンは、先ほどのモンスターと違って硬くなかった。

 紫色をした体液で山肌を汚して、ゴブリンが弱々しく痙攣をしながら、レンに向けて手を伸ばそうとしている。

 レンは、ゆっくりと近づくと胴体と頭部に3発ずつ撃ち込んだ。



******


 アグレッサー [ ゴブリン・スポッター ] を討伐しました!


******



 銀色に光る大きな文字が浮かび上がった。


 討伐ポイント:0

 異能ポイント:0

 技能ポイント:1

 採取ポイント:0


(これ!? 日本でも表示されるのか!)


 てっきりゾーンダルクだけのものだと思っていたのに……。


 レンが見ている前で、ゴブリンが灰になって消え始めた。防弾チョッキの襟を貫いていた鏃も消えてなくなった。


(ゾーンダルクの時と違って、死んだモンスターは灰になって消えるのか。死んでから1分も経ってないのに)


「レンさん!」


 伊藤が駆けつけてくる。


「これ、ゴブリン・スポッターというモンスターらしいです」


観測手スポッター……なるほど」


 伊藤が先ほどの狙撃銃を持ったモンスターを振り返った。あちらが狙撃手なら、観測手が近くにいるのは不自然ではない。

 狙撃銃を持ったモンスターを6人の自衛隊員が、半包囲して小銃を撃っている。



******


 アグレッサー [ リザード・スナイパー ] を討伐しました!


******



 討伐ポイント:0

 異能ポイント:0

 技能ポイント:3

 採取ポイント:0


 銀色の文字が表示された。

 ゾーンダルクのミサイル蜘蛛の時もそうだったが、アグレッサー何某というモンスターは取得ポイントが少なかった。


「何か見えています?」


「えっ?」


「倒したモンスターの名称が見えると聞きました」


「アグレッサー、リザード・スナイパーとなっています」


「その文字は、"鏡"の向こうに行って帰って来た人にしか見えないそうです」


 伊藤が、レンの周りを見回しながら言った。本当に何も見えていないようだった。


「そうなんですか?」


「何色の文字です?」


「銀色です。文字が宙に浮かんで……少ししたら、消えていきます」


「銀色なのは共通ですね。そういうの……あの偽神に遊ばれているようで腹が立ちます」


 伊藤が悔しそうに呟いて、無線で状況の報告を始めた。

 報告する声を聞きながら、レンは64式小銃の残弾を確かめてから山の斜面へ眼を向けた。


(どうだ?)


『探知範囲内に、ナノマテリアル反応はありません』


 補助脳のメッセージが視界に浮かんで消えた。


「処理は、あの部隊に任せて、我々は下山を続けましょう」


「了解です」


 伊藤に促され、レンは64式小銃を肩に担いで歩き出した。









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レンは、リザード・スナイパーを討伐した!


レンは、ゴブリン・スポッターを討伐した!

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