第51話 ダイス!?


「カルドリーンって言うらしいよぉ~」


 マイマイが缶ビールを片手に言った。


「かるど?」


「ミルちゃんの国では、そう呼んでるんだってさぁ~」


 あの立方体は、ゾーンダルクでも古くから認識されているものらしい。


「あれは何だと思います?」


 ユキが訊ねた。


「あんなの、行って調べてみないと分かるわけないじゃん」


 マイマイが笑いながら言った。


「ミルちゃん達は、浮遊島だって言ってるよぉ? 大昔の島なんだってさ」


「あれが島ですか? ゆっくりと回転していたように見えました」


「そこまで見えたの?」


 レンは、ユキの顔をまじまじと見つめた。


「はい。初めは星が映っているのかと思いましたが、透けて見えていることに気づきました」


 ユキが持っていたマグカップをレンに差し出した。


「え?」


「混ぜて下さい」


 ユキがスプーンを添える。

 先ほどから食事の準備をしていたのは知っていたが、まさかレンの食事まで作ってくれていたとは思わなかった。


「……ありがとう」


 素直に礼を言って、レンはマグカップを受け取った。中身はどろりとした野菜ジュースのようだった。


「今、パンを焼きます」


 ユキが燃料ストーブの上に網を置いて、【アイテムボックス】からバゲットを取り出してスライスする。横に厚切りにしたベーコンとチーズを並べ、炙ったバゲットに薄い緑色をしたオイルを塗り……。


「どうぞ」


 ユキが皿を差し出した。上には、スライスしたバゲットに、炙り焼きにされたベーコンとチーズが添えてある。


「えっと……これ、僕の?」


 レンは戸惑いながら皿を受け取った。


「生野菜は嵩張りますから、ジュースにして持ち込みました」


「うん、それは……」


「ちゃんとした食事を摂った方が良いですよ?」


 小首を傾げたユキが真っ直ぐに見つめてくる。


「……うん、そうだね」


 レンは素直に頷いた。自分の食事が"ちゃんとしていない"ことは理解している。特に不満に思ったことは無かったが……。


「先に野菜ジュースを飲んでください」


「はい」


 レンはマグカップのジュースを一息に飲み干した。ほとんど甘味を感じない草臭い飲み物だった。


「卵も食べますか?」


 ユキが訊いてくる。


「えっ……いや、もう十分だから……ユキの……自分のを作ったら?」


「足りないでしょう?」


「これで、十分」


 レンは、バゲットにベーコンを挟んでかぶりついた。口中に脂と塩気が広がってとても美味しかった。


「これ、すごく美味しい」


 レンは素直な感想を口にした。

 その様子をじっと見つめていたユキが、網の上にスライスしたバゲットとベーコンを並べ始めた。


「えっとぉ~……それで、カルドリーンなんだけどね?」


 軽く咳払いしつつ、マイマイが元の会話に引き戻した。


「あれが見えると、地上とか海とかのモンスターが増えるんだってぇ」


「モンスターが増える? 宇宙のアレがどういう影響を与えているんですか?」


 特に、何のエネルギーも観測されなかった。ただ、大きな立方体が夜空を移動していっただけだ。


「普段は奥地とか、深い海の底にいるモンスターが集まって来るだけかもしれないわ。ただ、ミルゼッタ達はあの箱とモンスターの増加が関係していると……そう言い伝えられているそうよ」


 キララが "ホタルイカの沖漬け" とラベルの貼られた瓶をマイマイに手渡した。嬉しそうに相好を崩して、マイマイが小皿に取り分ける。


「熱燗も飲みたくなるけど……」


 マイマイがちらとレンの顔を見た。


「……モンスターが増えるそうですから、今晩は控え目にして下さい」


「だよねぇ~」


 マイマイがうなだれた。

 そこに、ケインとマキシスが戻ってきた。2人は、白い船に積まれていた魔導具を調べていた。


「カルドリーンって言うらしいな。あのデカい箱」


「今、その話をしてたの」


 キララがケインに小皿と箸を渡す。


「今回は、六面体でしたが、三角の四面体の時もあります」


 マキシスが "ホタルイカの沖漬け" を見てわずかに眉をひそめる。


「正四面体もあるの? それって……」


 キララがマイマイを見た。


「ダイスじゃん!」


 マイマイが目を大きく見開く。


「だいす?」


 マキシスが首を傾げた。


「……待ってねぇ。ちょっと、これは大事件ですよぉ」


 マイマイが興奮顔で缶ビールをあおった。


「もしかして、おまえが遊んでたやつか?」


 ケインがマイマイを見る。


「色々なゲームが混ざってるとは思ってたけどぉ……その中に、テーブルトップRPGが入ってる。さっき見えたのがダイスなら……誰かがやった行動の判定か、結果を決めるために転がしたってことになるよ」


「あれか。何度も付き合わされたから俺にも分かるぜ」


「それって、登場人物は渡界者プレイヤー? ルールブックと進行役ゲームマスターは? 八面体とか、十二面体もあるの?」


 キララが缶ビールを飲みながら訊ねた。マイマイが沖漬けの瓶を抱えたまま唸る。


「偽神が関与しているのは間違いないねぇ~、途中で書きかえてるみたいだしぃ……」


「渡界者を登場人物にしているんなら、ストーリーを作る役は大勢いるかもしれねぇな」

「あの時の"使徒ちゃん"かな?」


 キララが、マイマイから沖漬けの瓶を取り上げた。


「テーブルトップって何?」


 レンは、小声でユキに訊ねた。


「分かりません」


 ユキが軽く首を振る。


「ゲームなんだよね?」


「恐らく」


「俺も詳しくは知らねぇが、そういうジャンルのゲームだと思ってくれ。紙とかカードとか……あとは、筆記道具に……要は、ゲーム機を使わずに遊ぶロールプレイングゲームだ」


 ケインが教えてくれた。


「ルールブックに大枠のルールが決めてあって、その枠組みからはみ出さないように、進行役がシナリオを書くの。ゲームの参加者は、用意された登場人物の誰かになりきってプレイする……テーブルトップゲームって呼ばれることが多いわ」


 そう言ってから、キララがいくつか有名らしいゲームの名前を列挙しつつ熱く語り始めた。

 無論、レンは列挙されたゲームを一つも知らなかった。ちらと見ると、ユキも困惑顔で首を振った。


「その……それだと、渡界者の行動も縛られていることになりますよね?」


 レンは理解を深めるために質問をしてみた。


「いい質問ね。大枠のルール、進行役のシナリオから外れることはできないわ。でも、テレビゲームと違って、登場人物同士の会話までは決められていないの」


「会話……」


 それがどういう意味なのか全く分からない。


「進行役が書いたシナリオには、起こるイベントや登場人物の関わり方、そこでどんな行動をとると、どんな結果が起こるのか……進行役の性格にもよるけど、結構細かく書き込んであるの」


「キラちゃんがシナリオ書いたら大枠どころか、小枠まで山盛りで、融通利かないし……いつも、焼け野原になるよねぇ」


 マイマイがぼそぼそ言っている。


「飲みながらやるからだろ」


 ケインが呟く。


「でも、登場人物の台詞は決めていないわ。それに、登場人物からの質問に、進行役がシナリオが許容するかどうかを判断して……」


「あのぅ……それで、ダイスというのは? 双六スゴロクみたいな感じでしょうか?」


「全然、違う!」


 キララが顔を紅潮させて吠えた。


「駒を何マス進めるかを決めるんじゃないの! いい? さっきの話しに戻るけど、登場人物が希望する行動が、シナリオの許容範囲かどうかをダイスによって決定したりするの。登場人物は、進行役の想定外の行動を取ろうとする奴ばっかりなのよ! いつも、途中から想定したストーリーがぐだぐだになってるの!」


「……シナリオで、登場人物の行動は縛れない?」


「この世界で "できること" "できないこと"……トリガーイベントと強制参加イベントくらいかな?」


「なぁに? そのトリガーイベントって?」


 マイマイが訊ねた。


「私が勝手に言ってるだけよ。登場人物がやらかしたら発動するイベントのこと」


「ああ、即死系ねぇ」


「私のシナリオではそうだけど。登場人物の行動に対して発生するイベントを用意しておくのは普通のことよ?」


「あのカード引くやつか?」


「ダイスで決める方が多いかも」


 キララを中心に、マイマイとケインが次々に新しい缶ビールを並べて酒盛りを始めた。どうやら、3人は自分たちでオリジナルのゲームを制作して遊んでいたらしい。


「……分かった?」


 レンは傍らのユキを見た。


「無理でした」


 ユキが申し訳なさそうに首を振った。






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夜空の正六面体がTRPGのダイス!?


キララ達がゲーム話を肴に酒盛りを始めた!

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