第116話 周回戦
「前方、423メートルに巨人。周囲に他の反応無し」
前を行くユキに伝えつつ、レンはM95対物狙撃銃を取り出して二脚を拡げた。
遺跡の中で何度も遭遇している二足歩行の大型モンスターだった。
身長は、20メートル前後。
幼児のように頭部が大きく、頭部に比して胴体が細く手足が短い。
頭髪などの体毛は無く、乳白色のゴムのような質感の皮膚をしている。ゴブリンと同様、性別が判断できる器官は見当たらない。
「これまでと同形……武装無し」
レンは、ユキに向けて囁いた。
風船のように膨張した頭部には、円錐形の突起物がいくつか生えており、目や鼻、耳らしき部位は無く、顔の中央に鋭い牙が並んだ口だけがある。
「200メートル先を交戦地点にします」
ユキがHK417を手に振り返る。
「了解」
レンは冷たい石の床に腹ばいになり、対物狙撃銃の照準器を覗いた。
- 428m
幼児のような姿をした巨人が、こちらに背を向けて離れて行く。
(……膝の裏)
レンは、巨人の膝裏に狙いをつけて、ゆっくりと引き金を絞った。
ダァン!
銃声と共に消炎器から炎が噴き出し、放たれた銃弾が巨大な幼児のような姿をしたモンスターの膝を撃ち抜いた。
(次は、首を……)
レンは伏射姿勢のまま、通路の中央に照準を置いた。
直後、横倒しに倒れたはずの巨人が、凄まじい速さで床を這って迫ってきた。
ダァン!
移動する先を狙って引き金を絞る。
見るからにバランスの悪い外見をしているのだが、動きは異様なほどに機敏で速い。
この近距離で偏差を考慮して撃たなければ当たらないほどの速度だった。
補助脳の分析では、巨人の体内で魔素を利用したエネルギーが循環しているのだとか……。
ダダダダダダッ!
ユキが発砲を開始した。
凄まじい速度で突進してくる巨人を回避しつつ、およそ30メートルの距離を維持して銃弾を浴びせ続ける。
HK417の 7.62×51mm 弾でも、50メートル以内なら巨人の皮膚を貫通することができた。
ユキによれば、75メートル以上離れると、弾が弾かれ始めるらしい。100メートルを超えると、ほぼ全ての小銃弾が巨人の皮膚に阻まれるそうだ。
ちなみに、レンが撃った 12.7×99mm 弾は、頭部以外ならどこに当てても貫通させることができる。しかし、どこを傷つけても90秒ほどで傷口が塞がり、白っぽい体液の流出が止む。銃撃で、体内の器官や骨、腱などを破壊しても再生してしまうのだ。
初見では、この再生能力によって苦戦を強いられたが、脳内にある小さな器官が弱点であることが判明してからは、安定して撃破できるようになっていた。
ただ、頭蓋骨が異様なほどに硬く、12.7×99mm 弾でも貫けない。どんな角度で命中させても弾かれてしまう。
現在行っている討伐方法は、2つ。
1つは、レンの特殊スキルで脳内にある小さなクラゲのような器官を直接狙撃する方法。
もう1つの方法は、頭蓋骨の下型に空いた空洞……巨大な頭部を支えている首の付け根から頭蓋の内側を狙って銃撃するというものだ。
『ターゲットの位置を透過表示します』
補助脳のメッセージと共に、巨大な頭内に存在している微少な"クラゲ"が表示された。
補助脳によると、"クラゲ"の形状は地球のギヤマンクラゲに酷似しているらしい。傘の直径は5センチメートルほど。髪の毛のように細くて長い触手が、頸部を通って巨大な体内の各所へ伸びている。
頭蓋そのものは非常に硬いが、頸部から斜めに銃弾を撃ち込めば、脳内の"クラゲ"を狙うことができる。
ただし、二足歩行をしている間は、首回りを鱗のような物が覆っていて対物狙撃銃でも弾かれてしまう。
ダァン!
レンの対物狙撃銃が発射炎を噴いた。
ガァァァァ……
再び膝を撃ち抜かれた巨人が苦鳴をあげて床に倒れ込んだ。
足を撃って横転させると、巨人は半狂乱になり、腹ばいになってハイハイを始める。
その際、亀のように首を伸ばして巨大な頭部を持ち上げるのだが、伸ばした頸部に鱗が覆っていない部分が露出するのだった。
そこを狙って、頭蓋内の"クラゲ"を撃ち抜く。
この討伐方法を確立するまでは、レンの特殊スキル頼りで、連戦ができずに苦労したが……。
ダダダダダダッ!
ユキが銃撃による挑発を始めた。
狂乱状態になった巨人が、四つん這いで襲ってくるところを、ユキがHK417を撃ちながら引き回し、晒された頸部を狙ってレンが撃つ。
巨人がユキではなくレンの方に向かって来たら、レンが釣り役になって走り回り、ユキが狙撃役になる。
HK417の 7.62×51mm 弾が与える痛痒など微細なものだろうに、巨人は狂ったようにユキを追いかけ回している。
(……いい角度)
目の前を横切る巨人がユキを狙って食い付こうと限界まで首を伸ばしている。斜め下方から、脳内の小器官まで射線が通っていた。
移動する距離を勘案しながら、レンは引き金に触れた人差し指を絞った。
ダァン!
M95対物狙撃銃の反動を抑え込みつつ、レンはユキを追って移動する巨体を目で追った。
異様な速度で這い進んでいた巨人が、大きく痙攣して石の壁に頭から突っ込んで倒れ込む。
『命中しました』
補助脳が透過表示している"クラゲ"が破砕して散った。他の器官は時間で再生するが、この"クラゲ"だけは再生しない。
(よし……)
レンは、対物狙撃銃を【アイテムボックス】に収納して起き上がった。
わずかに間を置いて、
******
プレデター [ ダルクバーブ ] を討伐しました!
******
銀色に光る文字が浮かび上がった。
******
討伐ポイント:8,200
異能ポイント:9
技能ポイント:31
採取ポイント:58
******
「これで、87体目ですね」
ユキがHK417の弾倉を入れ替えながら近づいて来た。
[ダルクの狂魂:1]
[ダルクの涎 :2]
[ダルクの逆鱗:7]
[セクタル :1]
[ダークの刺胞:8]
レンとユキ、それぞれの目の前に拾得アイテムのカードが浮かび上がった。
「ゴブリンとは違う種類みたいだけど……あの口で何を食べていたんだろう?」
レンは、エーテルバンクカードに吸い込まれる小さなカードを見ながら呟いた。
「私達を食べても、小さすぎて足りないですよね」
ユキが仄かな笑みを浮かべる。
「小さな子供みたいな体型だけど……あれの大人が居るのかな?」
消えていく銀色の文字を見ながら、レンは眉をひそめた。
「どうでしょうか。イーズの商人は、あの姿で成人なのだそうです」
ユキが小首を傾げる。
「イーズか……何がやりたかったのかな?」
レンは、巨人が消えた石の床を見た。ダルクバーブの死体が光る粒子になって消え去ってゆく。
「取り引きのためでしょう?」
そう言いながら、ユキが使用していたHK417を【ランドリーボックス】に入れ、予備のHK417を取り出した。
「何も売ってくれなかったけど?」
レンも、自分のHK417を取り出して初弾を確認した。
「買い付けでしょうか?」
「九号島の土や水?」
防弾チョッキに取り付けた弾倉ポーチの中身を確かめて、レンはユキに向かって頷いた。
「地図を依頼したと言っていませんでした?」
ユキが先に立って歩き始める。
「……ああ、でも断られたよ」
「蟲王がどうとか?」
「蟲王が関係する情報は売れない……そんなことを言ってたかも」
補助脳が描画した地形図を見ながら、レンは眉根を寄せた。
「レンさん?」
「ユキが言ったように、この通路は円形になっていた。もうすぐ一周して、元の場所に戻るみたいだ」
これまで通過してきた巨大な通路が、ドーナツ状に二重の輪となって描画されていた。
モンスターが居ない最初の通路を外輪だとするなら、今居る通路は内輪。
幅15メートル、天井高が30メートルある通路をぐるりと巡り、2人は元の場所に戻っていた。
"内輪"から抜け出すために、"外輪"の時のような仕掛けを見つける必要があるのかもしれない。
「あの
レンは、
「気をつけていましたけど、それらしい箇所はありませんでした」
ユキが首を振る。
「床や壁に何もないなら……天井?」
レンは、30メートル上方にある天井を見つめた。
『地形図作成のため、常時走査を行っています』
視界に、補助脳のメッセージが浮かぶ。
(変化なし?)
『ありません』
「……天井にもおかしい部分は無かったらしい」
レンは前方の闇を見つめた。
500メートル先に、ダルクバーブの反応が点っている。
「この先にダルクバーブが1体……あそこは、一番最初に交戦した場所だ」
「ゲームのように、同じ位置に出現する仕組みかもしれません」
ユキが言った。
「死んだ奴が蘇った?」
「いいえ、別の個体が同じ場所に出現したのだと思います」
「斃しても……キリが無いってこと?」
レンの眉根が寄った。
抜け出す方法を見つけない限り、ぐるぐると"内輪"を周回しながら、
「そうなりますね」
ユキが頷いた。
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罠を抜けた先は、同じような巨大な廊下になっていた!
巨大な幼児のようなモンスターが徘徊している!
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