第58話 初陣
どこまでも澄み切った蒼穹を、
レンが操縦する実験機だった。
真っ直ぐに高空を目指していたかと思えば、車がやるサイドターンのように機体後方を滑らせて180度向きを変え、急降下をして雲間へ突っ込む。
雲海すれすれで急停止をして、左右に小刻みに機体を振ってから、ジグザグに軌道を変えつつ急上昇と急降下を繰り返す。
『フェザーコートが発動しました』
補助脳の警告メッセージが視界に浮かぶ。
(……機体の性能に、体が負ける)
マイマイが作ってくれた試作耐Gスーツを着ていても耐えきれないらしい。
『血流異常です』
(時間は?)
『92秒』
(……凄い)
上昇速度を緩めて、大きな弧を描いて宙返りを行いながら、レンはバイザーに表示された情報に目を向けた。
(機体に異常は無い。魔力消費は多かったけど……まだ残量が半分ある)
補助脳の測定値で、高度は1万3千メートル。速度は、マッハ3。
雲の上で停止した状態から、マッハ3到達するまで92秒だった。高高度なので速度が出やすいことを差し引いても、異常な上昇速度だ。
(体が強くなれば、もっと速度を出せるかも……)
レンの口元に笑みが浮かんでいた。
『魔導式30ミリ機銃(R)の魔力充填が完了しました』
『魔導式30ミリ機銃(L)の魔力充填が完了しました』
バイザー下部に、火器情報が表示されて点滅した。これは、マノントリからの情報だ。
(別のスキルの効果が判明したのは良かった)
使い道がよく分かっていなかった"アクロバット"というスキルが、実験機を操縦している最中に効果を発揮していたらしい。
急上昇と急加速、急旋回から急停止、飛行機ではあり得ない急ターンなど、延々と繰り返していても、平衡感覚を失う空間識失調に陥ることなく、計器を見なくても地面の方向や水平位置を認識できている。補助脳によれば、レンが身に付けている"アクロバット"と高い空間認識能力のおかげで、空間識失調を回避できているそうだ。
白兵戦では何の役に立つのか不明だったスキルだが……。
(あれは……アイミル号か)
遙か下方に、船影を認めてレンは目を凝らした。
- 4,970m
補助脳が測距する。
『……レ……える?』
不意に、耳元で声が聞こえた。途切れ途切れだが、魔導の通信が届いたようだ。
「こちら、実験機、レン……機体各部、異常なし。これより海面近くまで降下します」
レンは、周囲へ視線を巡らして他に飛影が無いことを確かめてから、機首を下げてアイミル号めがけて降下を開始した。
- 3,118m
「こちら、実験機、レンです。機体各部、異常ありません。海面近くでモンスターとの交戦を試みます」
繰り返し報告しながら、フットペダルを踏み込む。
体が座席にめり込み、耐Gスーツがギリギリと締め付けられる。血が抜け落ちて希薄になるような感覚が襲ってくる。それでも、視界は明瞭なまま維持されていた。
『フェザーコートが発動しました』
補助脳のメッセージと同時に、ペダルから足を離して大きく息を吐いた。
- 1,442m
アイミル号との距離が一気に縮まっている。
『ちょっと、レン君! 聞こえてる?』
やや尖ったキララの声が聞こえてきた。
「レンです。通信感度は良好です」
『なに、いきなりぶん回してるの! 危ないでしょ!』
「機体の設計限界と性能限界を確かめようとしたんですが……体の方が先に限界に達してしまいました」
『……あのねぇ、有人飛行が初めての機体なのよ? いきなり限界に挑戦してどうするの?』
キララの溜息が聞こえる。
「動力炉は、1号から3号まで異常ありません。各スラスタ、バーニアスラスタも、全て正常に稼働しています」
レンは、バイザーに投影された情報を伝えた。
会話している間に、アイミル号を左手に見ながら通過して下方へ抜けている。
『勢いで組み上げたような機体なのに……びっくり性能だったわね』
キララが呆れている。
「地球に持って帰りたいくらいの性能ですね」
レンは、海面との距離を測りながら速度を落として降下していった。これに広域レーダーと中長距離のミサイルを搭載できれば、とんでもない戦力になるのだが……。
『そんな飛行機、レン君じゃないと乗れないわ』
『ああ……ケインだ。移植したマノントリの様子はどうだ? マキシスが気にしているんだが……』
ケインに替わった。
「とても良好です。完璧に機体を制御してくれています」
あれだけ機体に負荷をかけているというのに、反応遅れなどは全く感じられなかった。
『そうなのか? そうか……マキシスに伝えておこう』
「光弾はモンスターに効果が薄いんでしたよね?」
レンはヘルメットのバイザーに映る照準器を見た。
バイザー中央に、緑色に光る小さな円が2つ浮かんでいる。やや下には、青色の円が1つ表示されていた。
緑の円が、魔導式30ミリ機銃、青色の円がM2重機関銃の照準だ。
すでに、上空で何度か試射をして、補助脳による弾道予測が行える状態になっていた。
『魔導砲なんかは、ファゼルダやデシルーダとやる時には有効らしいが……モンスター相手だと、残念な威力になっちまうらしい。どういう理屈か知らねぇが、毛皮や羽毛で、光弾が散らされるそうだ』
「魚に撃ってみます」
『無理するんじゃねぇぞ? 今日のところは飛行試験なんだからな?』
「はい。ついでに、M2の実弾が通用するかどうか確認します」
ミルゼッタとマキシスから、魔導銃がモンスター相手では無効化されると聞かされたので、無理を言って内蔵スペースを作ってもらい、M2重機関銃を取り付けたのだ。
給弾ベルトのままでは、空で宙返りをした時などにベルトが捩れて装填不良を起こすため、即製で1200発の給弾ベルトを巻き込める大型のドラムマガジンを作ってもらった。
(光弾の方が魔素子で補充できるから良いんだけど……)
魔導式の機銃は、充填してある
(M2は弾を撃ち尽くしたら、帰投しないと給弾できないからなぁ)
レンは、残弾情報を表示させた。
弾道の癖を掴むために、上空で何度か試射をしたため、12.7×99mm 弾の残りは、885発になっている。巨魚を相手にするには、心許ない残弾数だった。
「ケインさん、そこにユキは居ますか?」
レンは、近づいてくる海面を見つめながら、上空のアイミル号に向かって呼びかけた。
『ユキです』
ユキが応える。
「これから、海中の魚を誘って空中へ飛び上がらせようと思うんだけど、前と同じ魚なら、アイミル号から狙える高さまで跳ねるかもしれない」
ユキの腕なら、移動するアイミル号からでも狙い撃てるだろう。
『分かりました。届く距離まで上がって来たら狙います』
「アイミル号の高度は下げないようにね」
『伝えます』
ユキが短く応じる。
「じゃ、今から3分後に始めるから」
『はい』
『キララよ。レン君が釣り役で、ユキちゃんが射手ということね?』
「はい。基本それでやってみます」
『違う魚種が襲ってくるかもよ?』
「この機体なら回避できると思います」
『……とにかく無理しないでよ?』
キララが念を押す。
「了解です」
レンは、補助脳の測距値を見た。
- 973.1m
アイミル号との距離ではない。海中に潜んでいる何かとの距離だった。
『探知範囲内に、高濃度ナノマテリアル反応です』
(数は?)
『4体です。各測定値を表示します』
(4匹……少ないな)
レンは、海面から50メートルまで高度を下げて機体を空中停止させた。
補助脳が捉えた情報が視界に表示される。
全長42メートル。前回と同様、細長い魚体をしていたが……。
(違う……よな?)
前とは違う魚種のようだった。
『日本でダツと呼ばれる魚種に似ています』
(だつ?)
知らない魚だった。
首を捻るレンの視界に、魚体の輪郭が表示された。
(……なんか、危なそうな魚だな)
口が細長く尖り、鋭い牙が並んでいる。獰猛そうな外見をしていた。
『反応しました。急速浮上を開始しています』
(この距離で見つけた?)
レンは測距値を見た。
- 845.1m
初めはゆっくりと、次第に速さを増して距離が縮まっていく。レンの実験機を見つけて動いているのは間違いない。
『最速個体の移動速度は、244km/h です』
- 110.3m
一気に距離が縮まった。
(……来る!)
海面めがけて上がって来たのは、3匹。
3匹が競うようにして海面を割り、長い口を上に巨魚が躍り上がってくる。
寸前で、レンは実験機を急加速させて3匹の間をすり抜け、180度ターンをして機首を向けながら魔導式30ミリ機銃を連射した。
機首にある2つの機銃孔から青白い光弾が放たれ、至近から巨大な魚の胴体に命中したが、魚体を覆う鱗に届くことなく霧散する。
(なるほど……)
マキシス達が言う通り、モンスター相手に光弾を撃っても意味が無いようだ。
『直下から接近』
補助脳の赤色メッセージが点滅した。
瞬間、レンは操縦桿を前へ、スロットルレバーを思いっきり引きながら、床のフットペダルを踏み込んだ。
カッ……
乾いた交錯音が遙かな後方で響く。真下から伸び上がってきた4匹目の巨魚が食いついてきたのだ。
(こいつ……大きい)
4匹目は、それまでの3匹よりも二回りは大きかった。
『ユキのM2重機関銃の射程内です』
(……よし!)
レンは、機首を上げて急上昇した。
直後、上空から火線が伸びて、空中に跳ね上がった巨大魚に着弾して火花を散らした。
かなりの数が弾かれたが、鱗を割って貫通した弾もあった。
(目を狙う)
レンの意思を受けて、巨魚の目に ◎ マークが点る。
レンは、機体を捻って巨魚の側面に舞い降りるなり、巨魚の落下速度に機体速度を合わせた。
- 27.8m
(この位置からなら……)
M2重機関銃の照準器を ◎ に合わせながらトリガーボタンを押した。
至近距離から全弾撃ち込むつもりだった。
タタタタタタッ……
遮音されているため、微かな作動音だけが伝わってくる。
視界の左隅で、表示されている残弾数が急速に減っていった。
『下方から別個体5……さらに、数が増えています』
(……駄目か)
残弾32発になったところで、レンは機体を180度ターンさせて離れた。
目の奥には脳がある。あわよくばと期待したのだが……。
『ケインだ。レン君、九号島に戻ろう。別のやり方を考えた方が良さそうだ』
「了解です」
レンは海中へ没していく巨大魚を目で追いながら、新たに海中から飛び出してくる魚を回避して機体を上昇させた。
(もっと強い武器があれば倒せたのに……)
アイミル号に高度を近づけながら、レンは目を閉じて唇を噛んだ。
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実験機の性能がとんでもなかった!
機体性能は優れていたが、武装は貧弱なままだ!
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