第59話 再戦準備


「レン君のアイデアにあったやつなんだが、容器を工夫すれば何とか形になりそうだ。試作した物をアイミル号の後部格納庫で準備しておく。それから、もりの方なんだが……」


 ケインが図面を片手に説明をしていた。

 船渠ドックの中二階にある男性用に割り当てた仮眠室である。部屋に居るのは、レンとケインの2人だけだった。マキシスはアイミル号に取り付けたクレーンの調整を行っている。


 巨魚との一戦から七日、実験機による試験飛行を繰り返しつつ対巨魚用の武装の改良を重ねてきたが、やっと形になりそうだった。


「機体にかかる衝撃を和らげるために、押し棒の中間と保持部にそれぞれ油圧式のクッションを入れ、それでも吸収できない場合は保持部ごと外れるように工夫してみた。機体へのダメージは少ないはずだ」


もりに繋ぐ、ワイヤーロープの方はどうですか?」


 レンは視界に浮かぶ補助脳のメッセージを見た。

 しっかり睡眠を取ったおかげで、フェザーコートが完全回復していた。


「細い繊維を縒って編み込んだ物だから牙が当たれば切られるかもしれねぇが……吊り下げるだけなら15tまでは問題ないぜ」


「やっぱり複座は無理でした?」


 実験機に、ユキが乗るための座席を設けて、M2重機関銃を据え付けられないかどうか検討してもらったのだ。


「ああ……単座用に設計した機体だったからな。今から大幅に改造するだけの資源が足りねぇ。代わりに、アイミル号の船底にM2重機関銃を据えられる銃座を作り、アイミル号から撃つってのはどうだ?」


 ケインが図面を見せる。

 アイミル号の後部に吊り下げ用のクレーンと大型リールが据え付けられ、船底の中央付近に銃眼の空いた半球の出っ張りが描かれていた。

 

「……やれそうですね」


 レンは頷いた。


 作戦は、空中へ飛び上がって来る巨魚を銛で射貫いてロープで宙吊りにし、巨魚が死ぬまでM2重機関銃の銃撃を繰り返すという単純なものだ。


 海中へ戻れない巨魚を延々と撃ち続けられる上に、クレーンで吊り下げたままアイミル号が移動すれば他の魚の邪魔が入らない。時間は掛かるかもしれないが、1匹ずつ安全確実に仕留めることができるはずだ。


(長さはともかく、体高はそんなになかった)


 仮に巨魚の全長が50メートルあったとしても、魚の重量は50キロに届かないくらいだろう。倍の100キロと見積もっても、ロープやクレーンの強度は問題無いだろう。


「銛の押し棒は、機首から10メートル前に出るようにした。取り付ける銛先は5メートル。でっかい電信柱を抱えて飛ぶようなもんだが……いけるか? あまり、無茶をしねぇ方がいいと思うんだが?」


 ワイヤーロープは、銛先の先端から2メートルの位置に接続されていた。魚体を貫いた後、押し棒から分離した銛先はワイヤーロープの接続部を支点にして横向きになるため、魚が暴れても簡単には抜けることが無い。

 そのために、銛先は特別に長く、頑強に作ってあった。


「バランスが悪くなりますね?」


「そりゃそうだ。どうしたって前が重くなる。おまけに、銛先に繋いだワイヤーロープが飛行の邪魔になるだろう」


 アイミル号から伸びたワイヤーロープを引いて飛ぶことになる。当然、飛行の自由は利かない。


「1度か、2度試して……銛で貫けなかったら仕切り直します。前と同じ魚なら、大丈夫だと思います」


「そうか? とにかく、無理をするなよ? 資源なんざ、慌てて集めなくたっていいんだからな?」


「はい」


 レンとしても、無理なことをするつもりは無い。ただ、上手くいけば、安定して巨魚を獲れるようになるのだ。試してみたかった。

 ケインと打ち合わせをしているところに、ユキとアイミッタが配膳用のワゴンを押して入ってきた。


「おっ、チャーハン……いや、ピラフか。美味そうだ」


 ワゴンを覗いて、ケインが呟いた。


「キララさんとマイマイさんが、食堂で待っていましたよ」


 ユキが仄かな笑みを浮かべる。


「ったく……あいつら、食事に関しちゃ壊滅的だからな」


 苦笑を浮かべつつ、ケインが足早に部屋を出て行った。そう言われてみれば、あの2人の食事を用意しているのは、もっぱらケインだったような気がする。他の2人も、食器を並べるくらいはしていたが……。


「眠れました?」


 壁際の机に、ユキが大皿を置きながら訊いてきた。


「うん、もう大丈夫」


 レンは寝台の上で開脚ストレッチをしながら返事をした。

 その様子を、アイミッタが小首を傾げて眺めている。ピクシーメールの一件で少し距離が縮まったらしく、レンを怖がる様子は見られなくなった。

 距離がどうこう以前に、レンの方から話しかけることはないのだが……。


「銛の準備ができたみたいだ」


 レンは立ち上がって大きく伸びをした。


「あの魚は食べられますか?」


「さあ? 美味しそうには見えなかったけど」


「ここに座って下さい」


 ユキが座席を指さす。


「……うん、ありがとう」


 この3日間、レンは自炊を許されていない。

 放っておくと、ろくな物を食べないという理由で、ユキが食事の用意をしてくれている。


「僕も自分が食べる分くらい作れるんだけど……」


「どうぞ。後から来るミルゼッタさんの分まで作ってあります」


 皿にこんもりと盛られたエビ入りのピラフと、塩胡椒で焼かれた白身魚がレンの前に置かれた。もちろん、食材は地球産のものばかりだ。


「……はい」


「スープです」


 湯気の立つカップが差し出される。


「はい」


「サラダが無いので果物の缶詰を開けました」


「どうも、ありがとう」


 目の前に並べられた料理を前に、レンは素直にお礼を言った。

 同じ物がアイミッタの前に並び、最後にユキが自分の料理を取り分けてから着席する。


「食べましょう」


「……頂きます」


 レンは手を合わせてこうべを垂れた。

 

「おいしっ」


 小さなスプーンを手に、アイミッタが声をあげる。

 

「スープはまだ熱いから気をつけて」

 

 ユキに言われて、ピラフを頬張ったアイミッタが小刻みに頷いている。

 

(何歳だっけ?)

 

 ミルゼッタが紹介していたような気がしたが……。

 

『アイミッタは、3歳です』


 レンの疑問に、補助脳が答えた。

 

(3歳……ずいぶん小さいけど、あんなもの?)

 

『身長93センチメートルは同年代の平均値です』

 

(……ふうん)

 

 ピラフを頬張りつつ、レンはふとユキの髪へ目を向けた。


「また伸びた?」


「少し伸びました」


「それがショートボブ?」


「後ろが長いので……もう、ボブっぽい何かです」


 ユキが軽く頭を振ってみせた。白金色の髪が照明の光を滑らせて踊る。


「きれい……きらきらぁ」


 アイミッタが大きな瞳で見つめている。


「アイミッタの真っ赤な髪も、とても綺麗です」


 ユキがアイミッタの髪を指で持ち上げて微笑みかける。


「ゆきのほうがきれい」


 はにかんで顔を赤くしながら、アイミッタが自分の皿にあるピラフを掬った。


『扉の外に、ミルゼッタが来ました』


 メッセージが表示された。


「どうぞ?」


 レンは、ノックを待たずに声を掛けた。


「お邪魔するわ」


 ミルゼッタが戸口から顔を覗かせた。振り返ったアイミッタが持っていたスプーンを掲げて見せる。


「あはは……ごちそうだね」


「どうぞ、ここに座って下さい」


 ユキがアイミッタの横に椅子を置き、皿に料理を取り分けて並べる。


「なんだか、御免なさいね」


「これ、おいし」


「うん? どれ?」


 アイミッタの相手をしつつ、ミルゼッタがスプーンを使って食べ始める。

 

「レンさん、嫌いな食べ物はありますか?」


 不意に、ユキが訊いてきた。


「無いよ。ユキは?」


「納豆が苦手です。あと……牡蠣かきも」


「そうなんだ? 納豆は美味しいのに……でも、牡蠣は食べたことがないな。どんな味なんだろう?」


「どちらも臭いが嫌いです」


「そうなの? ふうん……牡蠣か」


 貝の一種なのは知っているが、味の想像はつかない。


「ゾーンダルクにも、牡蠣はありますか?」


 ユキがミルゼッタに訊ねた。


「御免なさい。どういうものかは頭に浮かぶんだけど……そもそも海の中から貝を獲ってくることができないの。だから、食べたことは無いわ」


 ミルゼッタが首を振った。


「それもそうですね。魚はどうですか?」


「あまり種類は多くないけど……魚は、浮遊島の主食よ」


「魚を……どうやって獲るんですか?」


「月に一度くらい、小さな魚の群れが海面に集まって来るの。その時に、鈎針をいっぱい付けたロープを引いて引っ掛けるのよ」


 半径数百メートルの海面が魚群で真っ黒になるそうだ。


「大変ですね」


「大きな魚も集まって取り合いのようになるんだけど……その時は、大きい魚は小さな魚を食べることに夢中で、私達の船には見向きもしないの」


 獲れるだけ獲って、島の冷凍庫に保管しておくらしい。


「その魚……こっちでは、ラッギというんだけどね。島の食料のほとんどは、ラッギを加工したものよ。他には海面で拾った海藻や海藻に付いていた虫ね」


「ラッギというのは、どのくらいの大きさですか?」


「私の背丈くらいよ」


 ミルゼッタが自分の頭に手を置いた。


「大きいですね」


 ユキがレンを見る。


イワシみたいな魚かな? それが……170センチもあるのか」


 ミルゼッタの身長は、ちょうど170センチメートルだった。


「引っ掛けたラッギに他の魚が食いついて、船ごと海に引きずり込まれることもある。命がけの漁になるわ」


「島の住人に行き渡るくらい獲れるんですか?」


「大きな群れに当たれば……2日、3日はお祭りみたいになるわね。島の冷凍庫をいっぱいにした後は、市場で自由に売っていいから、船持ちの漁師は不眠不休で島と海面を往復するの」


「すると、魚が主食? 果物なんかは無いんですか?」


 ひたすら毎日、魚だけを食べ続けるのだろうか?


「私が住んでいた島では、神の大地から持ち帰った種子を植えて育てていたわ。育てるために真水や土が必要になるから……果物は物凄く高価なのよ?」


 ミルゼッタが苦く笑いながら小皿へ目を向けた。桃の缶詰が開けてある。


「こんなに美味しい食べ物なんて……想像したこともない」


「おかあさん、おいし……ね?」


 アイミッタが母親の顔を心配そうに見上げている。


「魔導の船や武器があるのに、魚以外の……鳥や獣なんかは獲れなかったんですか?」

 

 光弾は駄目でも、撥条バネで銛などを射出したり、船首に取り付けてぶつけたり……方法はいくらでもありそうだった。


「魔導銃を使って分かったでしょ? 海の魚は光銃では倒せないのよ。魔導砲を撃ち込んで海面を沸騰させたり……まあ、色々とやったのよ? 今回、あなた達がやろうとしているような、槍や杭を船首に取り付けて衝突させたりして、大きな魚を狩ることに成功したこともあるわ。でも、どうしても船が傷むし、何度か繰り返す内に、逆に食いつかれてしまう船が出るから……」


 ほとんどの島では船を新造する技術が失われ、古い船を修理しながら飛ばしている。ラッギの引っ掛け漁ですら命がけになるそうだ。


「ここは……第九号島は、ミルゼッタさんが知っている他の島と似た感じですか?」


「施設そのものは似ていると思うわ。あの亡霊には驚いたけど……シーカーズギルドや銀行はどこの島にもあるはずよ。他の店は……自分達で市場を作ったり、工房なんかを増設しているから、最初期の面影は残ってないわね」


「地下の卵のような建物は?」


「島の統治者だけが入れる特別な空間……私が居た島では、神の社だなんて言って、誰も入れないようになっていたわ」


「島主も?」


 あの"鶏卵"は島を管理するための施設だ。誰も入れないというのはおかしい。


「高齢で寝たきりだったわ。今はどうなったか……」


「島と島の交流はありますか?」


 ユキが訊ねた。


「滅多にないけど……島が見えた時は、連絡船で行き来して情報を交換したり、食料なんかを交換することがあるわ。交易は……"イーズの商人"という行商人がやって来るの」


「行商人?」


「イーズから来たと言っているから"イーズの商人"って呼んでいるけど……マキシスのようなエインテ人とは違った意味で幻の種族よ。どこに住んでいるのか、どんな暮らしをしているのか……どうやって、ファゼルダやデシルーダの領空下を通過してくるのか、何もかもが謎だらけ」


 何の前触れもなく、カタツムリのような形状の白い船でやって来て、露店を並べるらしい。何日か経つと、またどこかへ去って行くのだという。


「見た目は、小さな子供みたいなんだけど、私達よりずっと長生きをしているようなの。ちょうど、この子と同じくらいの外見よ?」


 ミルゼッタがアイミッタの頭に手をやる。3歳児のような外見をした人種ということらしい。

 ちょっと想像ができないが……。


「その人達が、行商をしているんですよね?」


「イーズの露店には、神の大地でしか手に入らない、穀物の種子、果物の種、土や真水……私達が望んでも手に入らない物がずらりと並ぶわ」


 ミルゼッタの話では、対価さえ用意できれば、いくらでも用意してくれるらしい。対価については、ウィルだけでなく物々交換にも応じてくれるそうだ。


「どうやって、それだけの品を?」


 どこから仕入れてくるのだろう? まさか、自分達で採取しているのだろうか?

 

「捕まえて聞きだそうとした人がいたそうだけど……」


 得体の知れない魔法を浴びて灰になったらしい。以降、その島での取引単価は倍に設定されてしまった。

 イーズの商人に対する"ルール違反"が発生するたびに、単価が倍になっていき、問題発生から5年間はそのままになるそうだ。


「普通に取り引きをすれば良いだけなんだけど……あれだけの品を見せられたら、仕入れ先や入手方法を訊きたくなるのは当然だわ。目の前に、大量の土を盛られて……真水が満たされた水瓶を並べられて……」


 別の島では、島全体の総意で徒党を組み、イーズの商人に襲いかかって品物を奪おうとしたらしい。


「みんな灰になったそうよ。高齢で動けなかったり、幼くて参加しなかった子供だけが残されて……」


「お金……ウィルで取り引きができるんですね?」


「ええ、そうよ。取り引きのルールを破らなければ、値段は変わらないわ」


「物々交換だと、どんな感じになります?」


「私達の島では、冷凍保存しているラッギと交換してもらっていたわ。お金に余裕なんてなかったからね」


「魚と交換ですか」


「500キロのラッギで、一握りの種と両手で掬えるくらいの土が手に入るわ」


「それって、つり合うんですか?」


「値は、イーズの商人が決めるの。私達は、払うか払わないか……それだけよ」


 ミルゼッタが、アイミッタの口元を布で拭きながら苦笑を浮かべる。


「そのイーズの商人は、僕達が最初に目指していたカイナルガとは関係無いんですか?」


 カイナルガという場所には、魔導書を集めた塔があるという話だったが……。


「イーズがカイナルガ? 別の場所だと思うけど……行ったことが無いから、はっきりしたことは分からないわ」


 ミルゼッタが首を振った。


(イーズの商人か。変なのが居るんだな)


 レンは、空になった皿の横にスプーンを置いた。カイナルガはともかく、イーズの商人は向こうから勝手に現れるらしいから気にしても仕方が無い。


「量は足りました?」


 ユキが訊いてくる。


「うん、とても美味しかった。ごちそうさま」


 レンは、手を合わせて頭を下げた。

 まずは、足下の海に棲む巨大魚を獲る。そのことに集中しなければいけない。

 






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対巨魚用の銛を製作中だ!


童子の交易集団がいるらしい!

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