第137話 世界に冠たる四大勇者


「"プリンス"を襲名しております、レンゼウト・エウ・バーンと申します」

 

 どこか軍服を想わせる詰め襟の上着に、細身のスラックスという格好のイーズ人が、両手の拳と片足の膝を床についた姿勢でこうべを垂れていた。

 

(これが、プリンス?)

 

 レンは、3歳児の様子を無遠慮に観察した。外見は、他のイーズ人達と変わらない。短く刈り上げた頭髪は濃い黄金色、やや青みがかった灰色の肌に、真っ赤な瞳。幼い顔立ちながら容貌が整っていて、凜々しい雰囲気である。

 

 "プリンス"が一度顔を上げてレンを見つめてから、

 

「イーズの者達による非礼の数々、伏してお詫び申し上げます」

 

 再びこうべを垂れた。

 

「……イーズ人には、始まりの島を結ぶ連絡船の運航を無償で担ってもらうことになったぜ」

 

 イーズ人との取り決めを説明しつつ、ケインが黒革に金色の装飾が施された分厚い本を差し出す。

 レンは、受け取って分厚い表紙を開いてみた。

 

(……えっ? これだけ?)

 

 やたらと豪奢な装飾の表紙の下には、日本のA4サイズの厚紙が1枚挟んであるだけだった。

 

 ケインが言った通り、始まりの島を結ぶ連絡船の運航を無償で行うことを誓約する旨が記されている。

 

「進呈された新造船20隻は、妙な仕掛けが無いかどうか調べているが……あってもなくても分解するから関係ねぇな」

 

「全部解体するんですか?」

 

「例の……マノントリを使用する船だからな。俺達が新しく造る船に、あんなものは載せねぇよ」

 

 ケインが笑みを浮かべる。

 

「……できるんですね?」

 

「タルミンの塔のおかげでな」

 

「カイナルガですか」

 

 タルミンの私有地"ナルガの塔"が役に立っているらしい。

 

「ああ、必要な情報を発掘するのは大変だが……あれは、とんでもないお宝だぜ」

 

「イーズの船は無駄でした?」

 

 楽しそうなケインの顔を見ながら、レンは訊ねた。

 少し前から、イーズ人を排除して無人船を周航させることを考えていた。

 

「いや、島巡りはイーズに任せていいんじゃねぇか? 俺達だけで全てを管理するのは面倒だぜ」

 

「……そうですね」

 

 レンは、床の3歳児へ視線を向けた。頭を垂れた姿勢のまま微動だにしない。

 

「プリンス……で、いい?」

 

「いかようにも」

 

 顔を伏せたまま"プリンス"が答える。

 

 そちらに衝立代わりの生け垣があり、タルミン他4名が待機している。

 

「始まりの島だけじゃなく、他の浮遊地……島への連絡船が必要になるかもしれない」

 

 レンは分厚い革表紙を閉じた。

 

「イーズの流通網がお役に立てるでしょう」

 

「素直に使わせてくれるかな?」

 

 その都度、あれこれ条件交渉が始まるようでは面倒なのだが……。

 

「逆らう者あらば、首にして並べます」

 

 プリンスが、淡々とした口調で言い切る。

 

(……もう一度くらい信用してみようか)

 

 レンは、3歳児の後頭部を見つめた。

 

「で……隣の人が?」

 

 プリンスの横に、禿頭の若い男が両膝を床について平伏していた。

 襟元がゆったりとしたサテン生地のようなシャツに、赤い光沢のあるベルボトムのズボン、真っ赤な靴のヒールがやけに高い。

 

「彼が"女王蜂"らしい」

 

「……女王なんですよね?」

 

「まあ……そうらしいな」

 

 ケインが床の男へ目を向けた。

 

「我が君、そこのプリンス同様に"女王蜂"も代々襲名するお役目でございます」

 

 男が顔を上げた。

 

(……お面?)

 

 真っ白に塗られた顔には眉が無く、糸のように細い双眸の端と唇には紅が塗られていた。

 

「……そうなんだ」

 

 レンは視界にある観測情報を見た。

 

・身長:165センチ

・体重:48キログラム

 

 なで肩で肉が薄い、ずいぶんと華奢な体つきだった。

 

「その……"女王蜂"のお役目って何です? どこかに国があるんですか?」

 

 レンは目の前の"女王蜂"に意識を戻した。

 

「真なる名は、デンシャと申します」

 

 "女王蜂"が微笑した……ような気がした。薄く開いた口元に、黒く塗られた歯が覗いている。

 

「"女王蜂"のお役目は暗殺で御座います」

 

「……暗殺」

 

 レンは軽く目を見開いた。

 

「蟲王の暗殺を仕損じ、獄に繋がれておりましたところを御身に救って頂きました。あらためて感謝申し上げます」

 

 そう言うと、"女王蜂"がゆっくりと頭を垂れた。

 ややあって、ゆっくりと顔を上げるとレンを見つめてくる。

 

「えっと……"女王蜂"というのは、どこかの国の役職?」

 

「いいえ、我が君。暗殺を生業とする一族の裔が、細々と世襲しているだけの卑しいお役目でございます」

 

「……そうなんだ」

 

 今はあまり深く訊かない方が良さそうだ。

 

 レンは、隣に蹲っている男へ目を向けた。

 

・身長:204センチ

・体重:168キログラム

 

 こちらは、かなり大柄だった。

 

「第901代"モゼス・イーター"……」

 

 何かの獣の毛皮を纏った男が伏せたままもごもごと言った。滑舌が悪いのか、ひどく聞き取りにくい。

 

「ええと……普通に顔を上げて話して下さい」

 

 レンは、ゴワゴワと固まって見える頭髪を眺めながら言った。

 

「"モゼス・イーター"……キガノス・ラウン」

 

 男が顔を上げた。

 

(かぶり物?)

 

 虎に似た猛獣の頭部を頭に乗せていた。ゴワゴワして見えたのは頭髪ではなく、獣毛だったらしい。

 

 長く白い牙の間に、彫りの深い男の顔がある。

 

「……これ、正装」

 

「ふうん……」

 

 レンは、男が着ている物を見回した。

 何かの毛皮や鱗らしき物を繋ぎ合わせたロングコートの下は、プロレスラーが穿いているような黒いパンツ、踝まであるハイカットのブーツという格好だった。

 

「"モゼス・イーター"も世襲ですか?」

 

「モゼス倒したらモゼス・イーター……なる」

 

「……モゼスって?」

 

「島落とす……大きな獣」

 

「そんなのがいるのか」

 

 レンは眉をしかめた。

 

「頭ぶっ叩いたら死んだ……モゼス、強くない」

 

「へぇ……」

 

 レンは隣の男へ目を向けた。

 

「お初にお目に掛かります。"エインテ・クイーン" ヴォルカン・マルローノと申します」

 

 かなり高齢に見える老齢の男が両手を後ろに伸ばし、頭を垂れて額を床につけた。

 

「……顔を上げて下さい」

 

「まず申し上げておきます。"エインテ・クイーン"は、エインテ人とは何の関わりも御座いません」

 

 "エインテ・クイーン"が微笑した。

 地球の人間なら、70代後半くらいだろうか? 若い頃は美形だったに違いない、端正な風貌をしている。赤銅色をした顔に緑色の瞳、真っ白な長い髪を背で束ねていた。

 

「名前の由来は?」

 

「エインテ……"幻"という組織があり、その長が代々名乗っている……と、伝え聞いております」

 

 ヴォルカンの生まれ育った地域では、幻のことを"エインテ"と言っているらしい。

 

「幻の民と呼ばれるエインテ人に、何か憧れのようなものを抱いていたのでしょう。受け継いだだけの私には理解できない感情です」

 

「組織ですか」

 

 レンは、黙っているタルミンの方を見た。

 

「正しく伝わっておらんようですな」

 

 タルミンがレンの横まで歩いてくる。

 

「翼を失ったエインテの女が、イーンという土着民との間に産み落とした子が興した組織で、以前は"幻夢の民"と称していたのである。代替わりを繰り返す内に、色々と風化したようであるな」

 

「……おお! 我らにそのような過去が?」

 

 "エインテ・クイーン"が目を見張った。

 

「実に勉強不足であるな」

 

 嘆かわしいと呟いて、タルミンが元の位置へ歩いて行った。

 

 レンは、最後の一人に目を向けた。

 

「はいっ! "澱みの王"です!」

 

 小さな女の子が元気よく手を挙げた。

 

 

 

 

======

 

レンは、プリンスを信じてみることにした!

 

レンは、混乱している!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る